二、ニーハのエリオット(1)
レックスとシエラは、ミランダ、ティムもふくめて、十人ばかり部下とともに騎馬で山を下り、ニーハへと向かっていた。訓練所がある山から、ニーハまでは馬で六日ばかりの距離だ。
寒い山からおりた下界は、すでに春で、まだ木々は芽吹いてはいなかったが、風は心地よく、レックスは紅竜の上で、ついウトウトしてしまう。
レックスが紅竜をつれて里へもどったとき、里はちょっとした騒ぎになった。こんなに立派な赤い牝馬は、見たことがない。どこで見つけてきたのかと、さんざんきかれ、レックスはごまかすのに大変だった。
紅竜は、白竜とともにおとなしく厩舎に入り、それ以降はレックスが話しかけても、ブルルと馬並みの返事をするだけで、言葉を口にすることはなかった。
シエラが説明するには、この世界にくると、ドラゴンの力も言葉をあやつる知力も、かなり弱まるようで、必要以上には話をしなくなるらしい。
「紅竜は、よく君の説得におうじてくれたね。白竜は、気質がおだやかで優しいから、すぐにぼくと仲良しになれたけど、あの姉さんとは話をしたくてもできなかった。長年、この島を守ってきたプライドもあるし、第一、寿命のみじかい人間と、つきあっても意味ないと考えてたようなんだ。
でも、取引の条件は高くついたろ。君のことだから、けっこう大見栄切ってきたんじゃないか。責任は重大だぞ。」
たしかにドラゴンは便利だった。力が弱まったとはいえ、空は飛べるし、馬としてもすごいし(馬上で寝てても、おちないようバランスをとってくれる)、何があってもひるまないし、レックスが命じれば、どんな無茶でもしてくれるし、とにかく、いたれりつくせりだった。
それに、やっぱりかっこいい馬に乗ってると気分がいい(道行く人が、ふりかえって見てくれるし)。
(馬って、貴族のステータスなんだよな。どれだけかっこいい名馬に乗ってるか、みんな口には出さないけど、けっこう自慢してんだもんな。)
なんて、うたた寝しながら考えていると、ミランダに頭をたたかれた。
「いい加減、目をさましなさい。これから、戦いにいくのよ。いまから、そんなにだらけていたら、あんた、真っ先にねらわれてしまうわよ。」
ミランダは、自分の定位置であるシエラのそばへともどっていった。レックスは、たたかれた頭をかきつつ、チェと口をならした。
日中のシエラは、だいたいはライアスの方だ。夜寝るときの、ほんのわずかな時間だけ、女房のシエラが出てくる。仕事の関係上、しかたないとはいえ、レックスには少々さびしい毎日だ。
(あいつ、シエラとして生きるって言ってたよな。けど、こっちもどってから、ぜんぜんシエラじゃない。性格きついし、何かってっと逆らうな、だしな。もうシエラじゃなくて、ライアスでいいんじゃないか。)
シエラがこっちを見て、にらんでいた。レックスが目を合わせると、フンと鼻をならし、そっぽを向く。
(あいつ、おれが考えてることを、ときどき読んでるな。でも、フェアじゃない。こっちはわからないのに、一方通行なんて。)
力の差、というものだろう。レックスが使いこなせない神杖を、あっさりと使いこなし、さまざまなことにしっかり役立てている。ピアスは、いまはシエラの耳にある。シエラはこうして、騎馬で移動しているときも、たえず仕事をしているのだ。
レックスは、ゾクッとした。何か見えないものが道の向こうにいる。シエラは、ピアスを投げて返してきた。レックスがうけとると、見えない気配は感じられなくなった。
(不成仏霊か。ほんと、あちこちいるんだな。ピアスがないと、けっこうやばい。調子悪いと、とりつかれるしさ。しかし、わからないって幸せなことだよな。あんな波動の悪い場所通っても、平気でいられるし。)
ティムが、水筒をさしだした。
「顔色悪いよ。つかれたのかい。休憩できる村までは、もう少しだよ。ニーハまでは、あと一日だ。がんばろう。」
レックスは、水筒をうけとった。ちょうど、のどがかわいた。
「なあ、ティム。ニーハで義勇軍と合流するんだろ。それで、ニーハの小領主やっつけるんだろ。やっつけるってことは、ニーハの小領主を、その、これってことなのか。」
レックスは、自分の首を手でスパッとやった。ティムは、
「バテントス寄りだからね。サイモン様も何度も説得の手紙を送って、やっと会談にこぎつけたんだけど、バテントスに通報されててね。あやうく捕まりかけたことがあったんだ。
それで、もうダメだということで、ニーハの義勇軍、まあゲリラだけども、そっちと接触して、同盟を結ぶことにしたんだよ。限られた戦力しかない、ぼく達だけでは、ニーハの奪還は無理だからね。そこのリーダーが、ニーハの小領主の御子息で、ライアス様とともにバテントスと戦った男なんだよ。」
レックスは、水筒をかえした。
「じゃあ、親子で戦うことになるのか。自分の親だぞ。親をたおすってことなのかよ。シエラは、おれにはなんにも言ってなかったぞ。」
「国が生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ。ニーハは、戦略上どうしても必要だ。シエラ様が言わなかったのは、君に話しても、いまの君じゃあ理解できないと考えたからだよ、きっと。ぼくが見てても、君の親への思いは深いもの。話すと反対されるに決まってるからね。それに、義勇軍と同盟を結んだのは、サイモン様なんだよ。」
「おれ、シエラに戦争やめるよう言ってくる。親と戦わせちゃいけないんだよ。」
ティムは、レックスの前に馬をすすめた。
「だめだ。君は自分の妻が、どういう立場にいるか、まったく理解してないようだね。大きな正義のためには、捨てなきゃならないことはたくさんあるんだよ。」
「親をやっつけることが正義だってのかよ。わかんないよ、そんなこと。やっぱり、やめるよう言うよ。もっと別の方法があるはずだ。」
シエラがいつのまにか、自分のそばにきていた。顔つきは、きびしかった。
「くだらない議論で、馬の足をとめるな。明日の昼過ぎには、義勇軍の本拠地に到着する。そこで、リーダーのエリオットと会え。会って、じかに話をきけばいい。君のことは、すでに手紙で知らせてあるから。」
シエラは、行ってしまった。あいかわらず有無を言わさない態度に、レックスは腹が立ってしまう。ティムは、
「シエラ様というよりも、ライアス様だね。兄貴からは、シエラ様はおとなしい姫君だってきいてたから、びっくりしちゃった。それで、性格ちがってないかと兄貴に言ったら、兄貴は、ライアス様の妹だからなって、ごまかされたんだ。
ぼくは、戦場でライアス様の身の回りの世話をしていたから、ライアス様のことはよく知ってるんだよ。ね、レックス、君なら知ってるはずだ。だれにも言わないから、教えてくれよ。」
レックスは、ドキリとした。ティムは、
「里では、みんな、そうじゃないかと考えている。ただ、いてくれた方がたすかるから、だれもそのことを口に出してはいない。」
レックスは、ため息をついた。
「そのとおりだよ。ライアスはずっとシエラといっしょだったんだ。クリストンとシエラが心配で、ここにいることにしたんだよ。けど、ライアスなんて呼ぶなよ。あいつはシエラとして生きると決めたんだからな。」
ティムは、小さくうなずいた。レックスは、
「ま、お前が知っていたほうが、おれとしては楽だな。ライアスとシエラは、引きはなせないんだよ。いろんな意味でな。
お前、これからずっと、おれといっしょにいるんだろ。なら、もう少し、おれ達のことを知っていてもらいたいんだ。宿で今夜、おれ達の部屋にきてくれ。シエラといっしょに、お前に伝えたいことがある。これは、ミランダも知ってることなんだ。」
「つまり、それを知ったら、ぼくは君からはなれられなくなる、そういうことなんだろ。」
「そうなるな。お前は、おれ達といっしょに、マーレル行かなきゃならないはめになる。クリストンの情報部を退職してな。ま、マーレルで好きな女でも見つけるんだな。」
ティムが、プッとふきだした。
「なんだよ、それ。ね、ほんとにそれでいいの。結婚したっていいんだよね。君の秘密知っても、奥さんもっていいんだよね。」
「ああ、いいよ。結婚って楽しいものな。けど、家族に秘密は言うなよ、それだけだ。」
「よろこんできくよ。君が異世界のドラゴンだっておどろくもんか。今夜だね。うん、わかった。」
レックスは、紅竜の赤いたてがみをなでた。ごわごわとした感触はなく、人の髪にちかい、サラリとした感触だ。
(異世界のドラゴンか。そんなもんだよな、おれって。いろんな意味でふつうじゃないものな。いや、自分からのぞんで、ふつうじゃなくなったんだ。)
で、その夜、レックスはシエラとともに、ティムにこれまでの経緯を説明した。王家の剣の秘密。レックスのピアスの正体。ティムは、はじめこそ驚いていたが、おおかた冷静にきいてくれ、素直に受け止めてくれたので、二人はホッとした。
「やっぱり、お前がいないとさみしいよ。」
ティムが帰ったあと、レックスはシエラにそう言った。シエラは、
「ごめんね。戦いが近いから、兄様ピリピリしてんだ。絶対成功させなきゃならないからね。」
「お前は平気なのか。父と息子を戦わせるなんて。」
「兄様も、最初はなんとかならないか、いろいろと考えてたの。けど、ニーハの小領主様は、バテントスの言いなりだし、義勇軍のリーダーのエリオット様は、父親とは縁を切ったと一点張りで、どうにもならなかった。兄様の言うとおり、エリオット様に会って話をきいてみて。私には、それしか言えない。」
シエラは、お腹をかるくおさえた。
「ちょっと、お腹の調子が悪くて。」
「ずっと馬でつかれたんだろ。腹こわしてもしかたないよな。あいつを出せよ。シエラの体、酷使するなって文句言ってやる。」
「つかれて、寝ちゃってるわ。もう大丈夫。少し痛んだけど、痛みはおさまわったわ。寝よ、明日も早いわ。」
そして、翌日の昼過ぎに、やっと義勇軍の本拠地に到着した。義勇軍の本拠地は、ニーハの町から、かなりはなれた山の中にあり、そこに砦をつくって、ニーハとの戦いにそなえていた。
一行が砦に入ると、がっしりとした三十くらいの男が近よってきて、シエラを馬からおろし、その前にひざまずいた。シエラは、レックスにこっちにくるよう、言う。
「手紙に書いた夫だ。いまは、レックスと呼んでくれ。あつかいは、ぼくの夫という以外、一般兵と同じでいい。レックス、この男は、エリオットだ。あいさつをしろ。」
エリオットは、頭を下げたままだ。レックスは、
「あんたが、義勇軍のリーダーなんだな。なあ、なんで自分の父親と戦うんだよ。親子で戦争なんて、ありなのかよ。」
シエラは、ティムにレックスを連れて行くよう指示をした。そして、エリオットはシエラとともに砦の奥へと向かう。シエラは、
「状況はどうなっている。向こうもこちら側の襲撃にそなえて、サラサからバテントス兵が応援にきてるんだろう。エッジから報告があった昨日の段階では、まだ動きはなかったみたいだが。」
「バテントス兵は、百人程度です。ニーハの町の住民は、こちら側をおそれて、どこかへ避難しているようで、町には人影はありません。かわって、各地から集められた兵士達が町にはいます。バテントス兵の持ち場は、親父の館ですね。」
「まあ、人数的にはそうなるな。けど、バテントス側も、ニーハ側の要請を受けて、とりあえず出したという数でしかないな。いざとなれば、ニーハをすてて逃げ出すかもしれない。
サラサにいるバテントス兵の数は、本国からの増援がくるまで限りがある。ゼルム侵攻にそなえて、こっちにまわす余裕はないはずだ。本国からの増援がくるまで、できるだけ兵を温存したいとこだろう。
春になったとはいえ、海風は気まぐれだ。いつなんどき、冬の風にかわり、海を荒らすか予測はできない。船団をくんで兵を送るには勇気がいるはずだ。だから、ニーハをとるには、今しかないんだよ。」
「決行は、明日ですか。」
「準備はできてんだろ。君は昨日にでも出たかったはずだ。ただ、ぼく達がくるのを待っててくれた。君にまかせるよ。ここの指揮官は君だ、エリオット。」
「なら、明日の明け方、決行します。兵はすでに、この砦の周囲に集結しております。夜中にここを出ますので、今日もうお休みください。長旅で、つかれておいでなのでしょう。」
「戦略を教えてくれないんだな。」
「あなた様は、後方で待機していてください。町をうばったら使いを送ります、ライアス様。」