一、紅竜(3)
レックスは、おそるおそる、その光に手をのばした。光にふれると同時に、スッと吸いこまれてしまう。気がつくと、大きな洞窟の中だった。
薄暗い、というよりも薄明るい。光らしい光はないのに、洞窟の内部がはっきりと見わたせる。なんとも不思議な場所だ。
周囲を見回したあと、目当てのものをさがして、奥だと思われる方向へと歩いた。
(ここが異世界。なんか、見た目はおれ達の世界とあんまり変わらないな。光がないのに、明るいのが不思議なんだけどもな。まあいい。白竜の姉さんは、どこだ。デカイはずだから、すぐに見つかると思うが。)
女がいた。赤い髪、赤い服、そして赤い目をしている。よく見ると、赤いということをのぞけば、ミランダそっくりの女である。
「ここは、人間のくる場所ではありません。早々に立ち去りなさい。」
「あんた、だれだ。知ってる女に似てるが、おれは、ここにいるドラゴンに会いにきたんだ。白竜ってドラゴンに教えてもらったんだよ。姉さんが、ここにいるってな。」
「私のこの姿は、仮のものです。あなたの知っている人間に似てると思うのは、私がその人間に気質がよく似ているからでしょう。弟の白竜がなにゆえ、あなたをここへ送ったのか知りませんが、ここは人間がいてよい場所ではありません。」
「弟? あんた、ひょっとして、そのドラゴンか。仮の姿だといったな。あんたが、白竜の姉さんだろ。だったら、話が早い。おれといっしょにきてくれ。あんたの力をかりたいんだ。」
「ずっと昔、白竜が人間に好意をもち、この世界をとびだしてから、私もずいぶん長いあいだ、人間の世界を見てまいりました。いまのあなたの世界の状況もわかっています。
たしかに、ドラゴンの力をもってすれば、異国の侵略者など簡単に追い払えるでしょう。人間とドラゴンでは力の差がありすぎますから。
でも、それでよいのですか。人間のしたことの結果は、人間の手でぬりかえるのが筋というものです。そうでなければ、あなたの世界の主役は、人間ではなくなってしまいますから。」
「力をかしてくれないのか。」
ドラゴンの女は、しずかにたたずんでいた。レックスは、少し考えた。たしかに、この女の言うことももっともである。
「なら、白竜はどうして力をかしてくれたんだ。ミユティカの時代、あいつは、たしかに力をかしてくれた。そして、いまもだ。」
「白竜は白竜です。私とでは考えが違います。でも白竜も、必要以上には関与はしてないはずです。翼と足で、自分の主人を守り、たすけているだけのはずです。」
「それだけでいいんだ。白竜は、おれを乗せてくれない。だから、あんたにたのみにきた。」
「私にあなたの足になれと?」
「翼がほしい。女房のシエラを守る翼がほしいんだ。そして、シエラに白竜がいるように、おれも自分の分身ともいえる存在がほしい。」
ドラゴンの女は、レックスを見つめている。レックスは、さらに続けた。
「おれは、あんたと話なんてできないと思ってた。あんた、ドラゴンそのものだって、白竜が言ってたから。けど、あんたは人間の姿で出てきてくれた。そして、話をしてくれた。だから、たのむ。」
レックスは、その場で頭をさげた。ドラゴンの女の表情には、まったく変化はない。レックスは、ピアスをはずし、黄金の杖へともどした。長身のレックスよりも大きい杖だ。
「力づくでも従わせてみせる。正体をあらわせ、ドラゴン。」
ドラゴンの女は笑った。たちまち、巨大な真紅のドラゴンが現れる。白竜よりもはるかに大きい。レックスはひるんだ。
「まともに杖など使えないのに、口ばかりの子供ですね、あなたは。あまり、ダダをこねないでお帰りなさい。出口はつくってさしあげますから。」
白竜のときと同じく、光がレックスの背後にあらわれた。が、レックスは無視した。
「こっちだって、せっぱつまってんだよ。このままじゃあ、シエラは過労でたおれてしまう。帰れと言われても、手ぶらで帰れるか!」
レックスは、杖でドラゴンの硬い皮膚をたたいた。手がビリビリとしびれる。まるで岩のようだ。ドラゴンは、頭をおろし、レックスに視線をあわせた。
「わからないのですか、私にとってあなたは、小さなアリのような存在なのですよ。どうやって、私を力づくで従わせるというのですか。」
ドラゴンは、軽く羽ばたいた。風圧で、レックスは岩にたたきつけられてしまう。右肩を痛めてしまったらしい。激痛が走り、腕がしびれた。ドラゴンは、小バカにしたように、苦痛に顔をゆがめているレックスをながめていた。
(やっぱり、だめなのか。こんな自分じゃあ、何一つできないのか。いきおいこんできたけど、やっぱりドラゴンなんて無理だ。せめて、この杖を自在にあつかえたのなら、なんとかなったかもしれない。説得もだめ、杖もだめ、しょせん、おれはこれだけか。でも。)
レックスは、杖をピアスにもどした。そして、痛む肩をおさえつつ、フラフラとドラゴンの前へとひざをつく。
「たのむ、おれといっしょにきてくれ。おれの力になってくれ。何一つ見返りを与えることはできないけど、おれといっしょに戦ってほしい。いま、エイシアは危機をむかえているんだ。国が無くなってしまうかもしれない。
お前の言い分は、もっともだと思う。おれに力がないことも確かだ。けど、どうしても翼がほしいんだ。せめて、バテントスを追い払うまで、おれに力をかしてほしい。」
「帰りなさい。私は人間に力をかす気はありません。」
レックスは、ドラゴンを見つめた。
「なら、おれをこの場で八つ裂きにしろ。どうしても力をかす気はないと言うのなら、いますぐ、おれを殺せ。それすらもする気はないと言うのなら、おれはこの場で命をたつ。」
「世迷いごともいい加減にしなさい。命を粗末にするのは、自然の理に反します。」
レックスは立ち上がり、キッとなった。
「おれが死ねば、魂は肉体からはなれられる。そして、おれはお前を乗っ取る。非力な力しかない人間の肉体をすてて、ドラゴンに乗り移ってやる。お前のドラゴンとしての力は強大だが、魂の力では、おれには勝てないはずだ。少なくとも、魂が人間よりも格下のお前では、おれには勝てない。
かつて、ライアスがおれの肉体を使って戦ったように、おれはお前のドラゴンの肉体を使って、シエラとエイシアを守ってやる。それが、おれの覚悟だ。」
賭けだった。もちろん、レックスに死ぬ気はない。自分が死ねば、シエラが悲しむ。家族をすべて失ったシエラを、また一人にはさせたくない。
ドラゴンは、あきれたように笑った。
「私をおどしてもムダですよ。あなたは、これまでたくさんに人間の命によって、ここまで生かされてきています。その意味がわからないほど、あなたは愚かではないはずです。」
レックスは、ドラゴンをにらみつけている。ドラゴンは、フッと笑った。
「あなたがいずれ、ここへくると予想してました。少し話をききませんか。ずーっと昔の話です。
かつてこの島へ初めて人間がやってきたとき、この島はこんなに美しく繁栄した世界ではなかったのです。巨大で粗暴な生き物が住む、弱肉強食の世界でした。長年、この島に人間が住み着かなかった理由は、そこにありました。
そんな島に人間が、なにゆえやってきたのかわかりません。さまざまな理由があったのでしょう。その人間達のリーダーが、あなたのように私のところへとやってきて、粗暴な生き物を一掃するために、力をかしてほしいと言ってきたのです。
私はもちろん、断りました。いまと同じ理由でです。でも、その者は、こう言ったのです。
この島を、理想の世界として繁栄させる。島を豊かにし、美しい世界としたのならば、この島の守護者であるドラゴンも格が上がると。その者は、なんどもここを訪れ、私はその熱意に負け、力をかしました。そして、その者の言ったとおりになりました。
この島が人でみち、すばらしい世界ができあがると同時に、この島の守護者である私達ドラゴンも、徐々に格があがり、いまのような力を持つにいたりました。
人間がいるということは、すばらしいことです。けど、あなたの言うとおり、私達ドラゴンは力はあるけども、存在としては人間よりも格下なのです。その理由は一つ。人間にだけある特性、すなわち、世界を創造する力。これが、私達にはないのです。世界の進化を創造できるのは、人間にだけ与えられた特別な力なのです。
白竜が、人間の世界から、はなれられない理由は、たぶんそこにあるはずです。ですが、私達は誇り高い種族。人間以外の生き物としては、神にも匹敵します。
あなたは私に、バテントスがこの島を支配するより、より多くの繁栄を、この島にもたらしてくれると約束してくれますか。かつて、ダリウスがそういう約束をしてくれたようにです。」
「つまり、あんたにとっちゃ、この島をよりよくするためには、バテントスでもどこでもいいと考えてるんだな。だから、何もせずに見ているだけなんだな。けど、甘いな。
バテントスは、搾取だけが目的だ。この島の繁栄なんてどうでもいいんだよ。シエラとおれを暗殺して、自分達につごうのいい政権をつくろうとしてんだものな。バテントスに支配されたら、この島は終わりだよ。ただの農地になってしまう。だから、力をかしてくれとたのんでいるんだよ。
おれは、ダリウスじゃないから、あんたにその約束ができるとは限らない。けど、自分が産まれて育った、この島を守りたいと思っている。ここは、おれが生きている世界だから。」
ドラゴンは、じっと見つめていた。赤い瞳は、何を考えているのだろうか。レックスは、おそるおそる手をのばし、ドラゴンの鼻をなでた。
「お前、この島が好きなんだろ。でなきゃ、守護者なんてやってるわけないものな。だったら、いっしょに守ろう。人間の世界に関与したっていいじゃないか。バテントスはすでに、お前の領域をおかしてるんだからさ。」
そして、
「約束するよ。この島をもっとすごくしてやる。いままでとちがった方法で、まったくちがった世界を創造してみせる。」
痛むのは肩だけではない。岩に全身をうちつけているので、立っているのもつらい。レックスは、たおれかけた。それをだきしめる手。ドラゴンは女にもどっていた。
「がんこですね、あいかわらず。いいでしょう。あなたについて行きます。しばらくぶりに、外の世界へ出てみましょう。けど、最低限ですよ、力をかすのは。歴史の主役は、あなた達人間なのですからね。」
気がつくと、レックスは森の中にいた。山から太陽がのぞきかけている。
(ここは、里から、それほど離れてない山だ。もどってきたんだ。そうだ、ドラゴンは。)
気がつくと、そばに真紅の馬。レックスは、だきついた。
「名前が必要だな。赤いから紅竜。白竜の姉さんだから紅竜だ。」
レックスは、紅竜の背に乗った。たづなもくらもない裸馬だが、乗り心地は悪くはない。
(体が痛くない。肩も平気だ。夢じゃないことは、たしかだよな。紅竜もいるし。)
レックスは、紅竜の首筋をそっとなでて、里に帰ろうと言った。だが、紅竜は、その場から動かず、ブルルと興奮して背後をふりむき警戒する。
ホームレスみたいな男が、じっとこっちを見ていた。里の人間ではない。男は、薄汚れた、ぶあついマントに身をつつみ、左顔半分を、よごれた布でおおっていた。
レックスが、こっちに気づいたのを見ると、男はヨロヨロと近よってくる。そして、お前は彼なのか、とたずねた。
「お前は、彼なのか。あのお方がつげた、彼なのか。」
レックスは、気味悪くなった。
「なんだよ、お前。こんな山の中で何してんだよ。迷子になったのかよ。この先には、なんにもない。このままここにいても凍死するだけだぞ。ここから、北東に向かって歩いていけば山道にでる。そこの道を南に下れば、人里にでるはずだ。」
訓練所の場所は、必要以上に人に知られてはいけない。
「お前は、ちがうのか。彼ではないのか。」
男は、同じ言葉をくりかえした。レックスは、
「彼って、だれなんだよ。お前の知り合いか。おれは、お前なんか知らない。人違いもたいがいにしてくれ。」
レックスは、紅竜を走らせた。そして、わざと里と逆方向に向かい、男の姿が完全に見えなくなってから、紅竜に飛べと命じた。
(変な男だったな。なんでこんな朝早くから、あんな場所をうろついてるんだ。まさか、一晩かけてやってきたとか。冬山をか? バテントスじゃあないだろうな。とにかく帰ろう。シエラが心配してる。)
あざやかな虹が、太陽に向かって弧をえがいた。スーッと虹が走り、あっというまに朝焼けの空へと溶け込んでいく。人の目には、そう見えるはずだ。