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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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一、紅竜(1)

 真っ白な雲が、スーッと早春の空を横切っていく。ものすごい速さだ。そして、半分雪がとけかかった山へとおちていった。


 雲が山へとおちた、人の目には、そう見えるだろう。白竜(はくりゅう)は、真っ白な翼をはためかせ、だれもいない山中へとおりたった。真っ白なドラゴンは、たちまち白い馬へと変わる。馬上のシエラは、白い息をはき、ブルリとふるえた。


「うう、さむ。やっぱり冬の空はつめたい。凍死するかと思った。早くもどって、あったかいものでも飲もう。」


 白竜は、澄んだ青い瞳で、自分の背の御主人様を見つめた。姿形は変わっても、自分が背にのせるのは、ただ一つの魂の持ち主だけだ。


「白竜、つかれたかい。遠いサラサまで飛んで、急いでもどってきたからな。訓練所についたら、お前もゆっくり休むといいよ。今日はもう、どこにも出かけないからさ。」


 白竜は、ブルルとうなった。そして、(こご)えてふるえている御主人様をいたわるよう、いそいで山を下っていく。


 シエラ達が根拠地としている訓練所とよばれる施設は、山をくだった小さな盆地にあった。ここは、クリストンのスパイ組織の養成学校である。バテントスにクリストンが占領されてから、この施設は、シエラの叔父サイモンの拠点(きょてん)となり、反バテントス勢力の中心としての役割をはたしていた。


 訓練所の場所は、バテントスは知らない。首都サラサから、かなり離れているうえ、スパイ養成学校という事情がら、場所を知っているのは、クリストン内部でも領主と、ここにたずさわる者達だけだ。

 

 訓練所は、はじめて見る人間からは、山深い人里のようにも見えるつくりになっている。ふつうの農家の家々があり、畑があり、家畜が()いている。幼い子供こそいないが、老人の姿もあるし、それぞれの世代もいる。


 だが、ここにいるすべての里人達は、エイシアの裏世界にかかわっている者達ばかりだ。フラリと訪れる一般人の目をごまかすために、山里に擬態(ぎたい)しているのである。


 シエラは、里の中で一番大きな家に向かった。かけつけてきた男に白竜をあずけ、家の中へと入っていく。すると、


「おかえりなさい、シエラ様。食事の用意ができております。」


 ミランダが、すぐに暖かな飲み物をもってきた。ミランダは気がきく。自分がいつ帰るとも伝えてないのに、女のカンというか、シエラが帰ってくる時間がわかるようで、食事の用意やらフロの用意やらをして待っていてくれる。


 飲み物には酒がまじっているらしく、ふるえが少しだけおさまった。


「どこに行っていたとは、きかないんだな。」


 シエラは、カップをかえした。ミランダは、


「私はシエラ様の御命令にしたがうだけです。御命令がなければ、少しでもお役にたつよう、はげんでいるだけですわ。」


 シエラは、笑った。


「グラセンから、クビを言い渡されたらしいな。君の役目は、レックスをクリストンに(たく)したら終わりのはずだった。それなのに、のこのこついてくれば、そうなるのは当然だろう。ぼくが必要としているのは、身の回りの世話をしてくれる侍女だ。国を奪還(だっかん)したら、正式に君と契約を(むす)ぼう。いまは、仮契約、それでいいだろ。給料はきちんと出すよ。」


「ありがとうございます。たすかりました。」


 ミランダは、ホッとしたようだ。シエラは、


遠慮(えんりょ)することはないよ。君がいてくれてたすかってるから。食べたら、少し休む。夜になったら、みんなに会議室にくるよう声をかけてくれ。」


「かしこまりました。エッジが、ニーハからもどってきておりますが。その報告も夜で?」


「そうしてくれ。レックスはどうしてる。ここ数日、部屋にひきこもってばかりだったんで、今朝、出かける前に外へおいだしておいたけど。」


「さっきまで、外でティムから格闘関係の訓練を受けてたみたいですが、見あたらなかったですか。」


「どこに行ったんだ。まあいい。レックスが帰ってきたら、これをわたしてくれ。今朝、とりあげたオモチャだ。」


 ミランダは、金色のピアスをうけとった。シエラは、


「それは、ぼくの剣と同じだ。ピアスに形をかえてるが、ヤリほどの大きさがある杖だ。神杖(しんじょう)なんだよ。マーレルで、バカばかりしてたから、ベルセアが心配して、それをあずけたらしいんだ。


 その杖は、知恵を意味している。ダリウスの知恵の象徴だ。大聖堂の壁画(へきが)にあるだろ。それの実物だ。まあ、知恵だから、いまの彼に使いこなせるかどうか疑問だが、少なくとも悪霊(あくれい)からは彼を守ってくれる。」


 ミランダは、ため息をついた。


「部屋にひきこもって、何をむちゅうになってるかと思えば、このピアス、いえ杖ですか。これを使って遊んでたんですね。わかりました。わたしておきます。」


 シエラは、あくびをした。連日、バテントス関係でシエラは、寝るヒマもないくらいいそがしい。叔父のサイモンはいま、海をわたり大陸へ行ってるから、仕事はすべてシエラ一人の肩にのしかかっていた。


(つかれた。サラサが気になって、白竜で行ったのはいいが、遠距離の冬空の往復は、さすがに体にこたえる。シエラの大切な体だから、酷使(こくし)しちゃいけないのはわかってるけど、どうにもならない。


 けど、行ったかいがあった。剣で姿を消して、宮殿内を調べていたら、偽物シエラが、バテントス皇帝の息子の一人と結婚するって話がきけた。式は夏を予定してるって言ってたな。


 夏か。バテントスは、夏までにゼルムに侵攻(しんこう)して、一気におとすつもりでいるな。そして、皇子と結婚した偽物シエラをダリウス王にしろと、マーレルに(せま)るんだろうな。帝国が後ろ(だて)になって。


 ゼルム侵攻だけは、なんとしてもとめなきゃ。いまのゼルムの状態だと、ロクな抵抗もできずに占領されてしまう。早めにこっちが行動おこして注意をひきつけ・・・。)


 シエラは、食事をしている最中に眠ってしまった。よほどつかれていたのだろう。ミランダはシエラをだきかかえ、湯たんぽで暖めている布団へとつれていった。



 レックスは、半分凍(こお)っている川で()りをしていた。けど、いっこうにかからない。雪がふってきた。山の天気は変わりやすい。


「ねぇ、レックス。そろそろ帰ろう。雪がふってきたよ。もう、夕方近いし、冷えてきてるよ。」


 ティムは、ブルッと体をふるわせた。


「さむかったら、お前一人で帰れよ。うまい魚が、ここで釣れるんだろ。シエラに新鮮な魚、食べさせたいんだよ。おれも食いたいし。」


「ぼくは兄貴から、君から目をはなすなと言われてるんだよ。目をはなすと、ロクなことしないからって。」


「おれが何したんだよ。ロクなことって、なんだよ。」


 ティムは、釣竿(つりざお)をとりあげた。


「マーレルでの話、しっかりきいてるよ。連続殺人犯にされかけたってね。帰るよ。君の顔、真っ白じゃないか。こんな寒い中、川にいたら熱だしてしまうよ。いそがしいシエラ様に、よけいな心配は、かけさせちゃあいけないんだよ。」


 レックスは、しぶしぶ川をあとにした。


 エッジにつれられて、ここへとやってきたのはいいけど、バテントスとの戦争にそなえて、みんなバタバタしているし、シエラはてんてこまいだし、手伝おうにも、なんにもできない自分は、することがなく浮いてしまっている。


 せめて、敵の情報でもと、ベルセアがくれた杖をいじくってはみたが、シエラの剣よりもあつかいにくく、どうにか使いこなせないかと数日ねばっていたが、今朝方ついに、引きこもりもいい加減にしろとばかりに、シエラに杖を取り上げられてしまった。


(マーレルで使えたのは、ベルセアのおかげだったかもしれない。彼女が、力をかしてくれてたんだな。)


 レックスは、真っ白いため息をついた。そして、なんにもない右耳をさわる。ピアスなのに、耳には穴がまったくあいてなかった。


 最初、杖がピアスに変化し、耳にしっかりとはまったときは、たしかにびっくりしたが、痛みはまったくなく、耳を貫通(かんつう)しているはずなのに、その貫通している感覚もなく、ただ耳にある、という感じだった。


 レックスは、自分の前をあるく青年の背中を見つめた。ティムは、エッジの弟だ。歳は、二十。レックスよりも二つ上である。


 ティムは身長がレックスよりも高い。兄のエッジ同様、髪の色も黒く肌も浅黒い。兄弟だから似ているのは当然だが、いい加減で荒っぽいエッジとは異なり、ティムは純粋でそぼくな青年だ。シエラは、いそがしい自分にかわり、ティムにレックスの面倒を見させていたのである。


「レックス、帰ったら勉強しよう。手紙の書き方を教えてあげるよ。王様だったら、手紙くらい書けなきゃね。」


 レックスの正体は、訓練所でも知ってるのはごくわずかだ。他の者は、シエラがつれてきた夫、という程度にしか考えてない。みんな、いそがしすぎるので、なんにもできないレックスには、興味をしめすヒマもない、というのが実情だ。


「なあ、ティム。訓練所にくる訓練生って、どういうふうに選ばれるんだ。こういう秘密の仕事だし、いろんな条件とかあるんだろ。お前とエッジは、どうやってここにきたんだ。お前の家族とかは、どっかにいるのか。」


 レックスは、この訓練所にきたときから、疑問に思ってたことをたずねた。こういう特殊な仕事をする人材は、どうやって選ばれてるんだろう。


 ティムは、


「訓練生は、養護施設にいる子供達から、素質がありそうな子を選んで連れてくるんだ。こういう仕事は、家族があったら面倒だからね。ぼくと兄貴も施設だった。」


「お前の親って、病気か何かで死んだのか。おれの親父は、おれをかばって死んだけど。」


「さあね。兄貴の話だと、ぼくが産まれて一歳にもならずに二人とも施設にあずけられたらしい。死んだのか、それとも捨てられたのか、兄貴は教えてくれなかった。ここへきたのは、ぼくが三歳くらいのころだったかな。」


「お前、たった三歳で選ばれたのか。」


「選ばれたのは兄貴だけだよ。でも、ぼくがいっしょじゃないと、どこにも行かないってダダこねたらしいんだ。それで、ぼくもいっしょに、ここへくるはめになったってわけ。ぼくは別に、きたくてきたわけじゃないし、この仕事はしたくてしてるわけじゃない。兄貴は、(しょう)にあってるみたいだけどさ。」


「じゃあ、将来、この仕事から足を洗って、ふつうの生活するつもりなんだろ。結婚とかさ。」


 ティムは、首をふった。


「ここへきたときから、そういう将来とは無関係になったんだ。ここに、かかわってしまった者の宿命なんだよ。こんな仕事は、仕事自体が秘密だから、へたな家族なんかいないほうがいいんだ。恋人とかはいても、結婚して家庭を持つということはしない。


 年をとって働けなくなったら、ここへもどってきて後輩の指導や面倒をみながら、死ぬまで暮らすのがふつうだね。けど、老人になる前に命をおとす人も多いんだよ。


 ここにいる老人達は、そういう過酷(かこく)な仕事を生きぬいた人達ばかりなんだ。だから、後輩の指導にあたれるんだよ。どうやったら、任務をまっとうしつつ、生きのびられるか知ってるからね。」


 レックスは、きいてはいけないことを、きいてしまったと思った。レックスの目から見ても、ティムはごくふつうの青年だ。結婚とか家族とかに、あこがれることもあるはずだ。


「お前も、エッジみたいな仕事とかやるんだろ。あちこち出かけて、追跡とか諜報とかさ。」


「ぼくは兄貴ほど優秀じゃあないからね。仕事といっても、雑用みたいな仕事ばかりだよ。」


「悪かったな。デキの悪い、おれをおしつけられてさ。」


 ティムは、笑った。


「そうだね。最初はびっくりして緊張したけど、いい友達ができたと感謝してるんだ。だって君ってさ、らしくないんだよね。感覚的にも、ぼく達平民とおんなじだしさ。」


「しょうがないだろ。ゼルムで運び屋やってたもんな。」


「ぼくね、本当はサイモン様について行きたかったんだ。サイモン様は、いま、バテントス対策で困っている大陸の人達と、協力関係のとりつけをしてるだろ。海の向こうには興味があったし、一度行ってみたいと考えてたんだよ。


 でも、志願しても、だめだったんだ。やっぱり、ぼくじゃダメなのかなって、ずいぶん落ちこんでたんだ。でもそれは、シエラ様が、ぼくを君の世話係りにするためにそうしたって、あとから知ったんだよ。


 うれしかったな、あの時は。ぼくのこと、そういうふうに見ててくれてたんだなって。兄貴とちがって、ぼくはここのお荷物なんじゃないかって、悩んでたこともあったからね。」


「お前、荷物なんかじゃないよ。武器とかあつかいがうまいし、格闘術だってエッジに負けていないんだぜ。そんなお前が、なんでお荷物なんだよ。」


「武器のあつかいとか、格闘とかが、いくらうまくても、ぼくは思い切ったことができない。命乞いする人を殺せと命令されたら、ちゅうちょしてしまう。けど、兄貴は、なんの迷いもなくできる。その違いだ。」


 シエラがなぜティムを選んだのか、わかったような気がした。

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