第六夜、決着(1)
エッジの巧みな誘導のおかげで、警察には見つからず、すんなりと宮殿に到着できた。エッジはレックスをつれ、宮殿西にある客室へと向かう。
「ここは、火事があった玉座の間から、だいぶはなれている。寝具はないがベッドはあるし、西日が入ってきてるせいで、だいぶ暖かい。今夜は、ここですごそう。」
エッジは、二つあるベッドの片方のホコリを軽く手ではらった。そして、ゴロンと横になる。
「ここから出るなよ。トイレに行きたかったら、おれに言うんだ。食い物と水は、おれの荷物の中にある。」
エッジは、それだけ言うと眠ってしまった。レックスは、残ったベッドのホコリをはらい、すわる。そして、寝ているエッジを見つめた。
玉座の間に行こうとしてもムダだろう。眠っていても、自分が部屋を出れば、すぐに目をさますはずだ。
とりあえず、夜まで待つことにした。エッジの荷物をあさり、食べ物を取り出す。パンと干し肉とバターだけだったが、ふだんから質素な食生活になれているので、これだけあればじゅうぶんだ。
「うーん、ミランダ、そんなに冷たくすんなよ。仕事仲間になるんだろ。もうちょい親密にさ、待てったら。」
寝言らしい。久々に心臓に悪い言葉をきいた。
(な、なんで、あんな毒女がもてるんだよ。マーブルといい、こいつといい、毒っ気にあてられんのも、いい加減にしろってんだ。)
エッジは、いびきをたてて寝ている。そばで見ると、実にのんきな寝顔だ。なんだか、腹がたってきた。
(こいつ、だれかに似てると感じてたけど、マーブルにそっくりだ。荒っぽいとことか、強引な命令口調とか。クソ、おもしろくもない。)
レックスは、ベッドにすわった。フワリと光るものが見えた。金色の髪が、エッジのそばでゆれているような気がする。目をこらして見ると、
「ライアス、ライアスだろ。ここにいるのか。」
ライアスは、笑った。が、すぐに消えた。そして、その晩、目をさましたエッジは、ライアスとの過去について語った。
「ライアスの幽霊が見えたんじゃあな。だれにも話す気はなかったが、ききたかったら話してもいい。」
レックスは、ぜひにと言った。
「・・・ライアスと出会ったのは、そうだな、やつが十四か五か、親父さん(ドーリア公)が、マーレルから手ぶらで帰ってきたあとだった。ボス(サイモン)が連れてきてな。ライアスは、ここでしばらく暮らすことになったから、仲良くしてくれと言ってきたんだ。」
「ここってどこだ。サラサじゃないよな。」
「通称、訓練所。おれ達みたいな裏方仕事のスペシャリストをつくる施設だ。場所は、簡単には見つけられない、サラサから、うんとはなれた山の中にある。場所を知ってるのは、ボスと親父さんくらいのモンだ。ライアスは、ボスに連れられて、そこへやってきたんだよ。」
ライアスは以前レックスに、ドーリア公のマーレル侵攻に反対し怒りをかい、塔に閉じ込められたと言っていた。サイモンが、ライアスを訓練所と呼ばれる場所に連れて行ったのはたぶん、ドーリア公から引きはなすためだったのだろう。
レックスは、
「ライアスはそこで、しばらくお前といっしょだったんだな。どんなだった。」
「どんなって、元気なかったな。まあ、塔に閉じ込められて餓死しかければな。」
「ドーリア公って、どんな男だったんだ。話、きいてると、かなり怖い男みたいだけどもさ。けど、父親の話をするシエラの様子を見てると、そんなに怖い感じてもないしさ。」
エッジは、苦笑したようだった。
「男親は、たいてい娘にだけは甘いモンなんだよ。妹姫様の前じゃあ、ただの父親だったものな。だが、娘以外では、お前のいうとおりだよ。とにかく、恐ろしかった。この男だったら、カッとして息子を餓死させても不思議じゃないってな。
まあ、それはそうとして、とにかくライアスは美形でな。おれをふくめてライアスをはじめて見た訓練生は、ほんとに男なのかよって、びっくりしてたんだ。」
「シエラそっくりだったろ。」
「ああ、そっくりだな。けど、ライアスの方が上だ。妹姫様には悪いがな。でもって、おれは、その日のうちに、女じゃないかと確かめに行った。あきれた顔するなって。めちゃくちゃきれいだったし、この目で実際確かめてみなければ、信じられなかった。結果、やつに半殺しにされた。」
レックスは、なんだか頭が痛くなってきた。エッジは、
「まあ、そんな事件があったんで、ライアスのやつ、訓練所で一目おかれる立場になった。なんせ、訓練生のなかでもトップだったおれを、ショックで呆然としていたとはいえ、半殺しにしたんだもんな。さすが神童って事になった。」
「だろうな。ところで、ライアスは訓練所で何をしてたんだ。」
「訓練生にまじって、いっしょに訓練してたよ。やつは、体を動かすのが好きだったからな。けど、おれをつぶしたんだから、ライアスの上達は早いのなんの。あっというまに、おれと互角に戦えるようになっちまった。」
レックスは、どうりで強いわけだと思った。いつだったか、川でバテントスと戦ったとき、ライアスは自分の体をかりて、その場で苦戦しているマーブルをたすけつつ、バテントスを撃退したっけ。
「あのさ、お前とライアス、どっちが歳が上なんだ。」
「一つ違い。ライアスは、おれの弟分だ。で、おれも必死になって訓練した。やつに追いぬかれまいと必死だった。そうこうしているうちに、一年近くたったな。ライアスは、サラサに帰ったんだ。」
エッジは、水筒から水を出して飲んだ。
「いなくなったときは、さびしかったな。胸の中にポカンと穴があいたようでさ。しばらく、なーんにもやる気がおきてこなかった。それからまもなく、おれは訓練所を卒業したんだよ。何年かはボスの命令で、あちこち行ってて、ライアスとは会えなかった。」
「あちこちって、どこに行ってたんだ。」
「そのうちの仕事の一つが、お前の捜索だよ。クリストンの情報部は、お前の生存を確かめてたんだ。まあ、お前をホゴしていた坊さんが法力もってて、未来を先読みしてたんじゃ、どんなにがんばって捜索してもムダな努力でしかなかったしな。この話は、これくらいでカンベンしてくれ。ライアスの話にもどそう。」
「ライアスは、どんな領主だったんだ。神童と呼ばれたくらいだから、すごかったんだろ。」
「切れ者だったよ。けっこう、気性が激しかった。気分屋っぽいとこもあったしな。まあ、親父さんほど恐ろしくはなかったが、なんていうか、人には心を開かないやつだったよ。いつも何か、カラに閉じこもっていると言うか、別に世界に生きていると言うか、価値観が、みんなと違ってた。」
レックスには、その意味がよくわかった。ライアスは霊能者だ。見えない世界がわかっているのだから、価値観がちがっても当然だ。エッジは、
「人には心を開かないやつだったが、どういうわけか、おれは信頼されててな。おれは、領主となったライアスの直接の命令で、いろんな仕事をすることになったんだ。まあ、情報部からのヒキヌキみたいなモンだ。仕事はともかくとして、あのときほど、楽しいことはなかったな。」
「お前、いつからおれにそばにいるんだ。クラサからじゃあないよな。」
「案内役を、お姫様から直接命令されたんだよ。ほら、お前が、ジョアンナを助けようと飛び出しかけたときさ。あの朝、ちょうどマーレルついて、お前の顔を拝みに行ったんだ。そのとたん、あのトラブルだ。さすがにやばいと感じて、おれがお前のかわりに出たって寸法さ。」
「そういうことだったのかよ。パンを宿に置いたのもお前か。」
「腹すかせて、また町に出られると困ったからさ。他のやつらじゃ、ここまではしないぞ。命令には入ってないからな。ぜんぶ、おれのその場の独断だ。だから、ライアスは、おれを案内役にしたんだよ。あ、言っちまった。」
レックスは、やっぱりと思ってしまう。
「シエラかサイモンか、どっちからか、きいてたんだな。」
「なーんにもきいてないよ。ボスは、必要以上のことは言わない主義だからな。けど、すぐに気がついたよ。お姫様に会ったとき、なつかしい風を感じたんだ。ああ、もどってきたんだな、って。」
「友達だったのか、ライアスと。」
「兄弟に近いな。言葉をかわさなくても、お互いの気持ちはわかったものな。すまん、おれがもう少ししっかりしていれば、ライアスを戦場で死なせなかったかもしれない。」
「大砲の直撃うけたんだろ。どうしようもなかったんじゃないのか。」
「ライアスは、自分から大砲の的になりに出ていったんだよ。」
レックスは、びっくりした。エッジは、
「ライアスは、この戦争は技術差で負けるとわかってたんだ。だから、被害が少ないうちに降伏して、チャンスを待つ気でいた。けど、クリストンの大部分は、名誉にかけて最後の一兵まで戦うつもりでいて、若いライアスは、それをおさえることはできなかった。
ライアスは、がんばったさ。バテントスとの技術差を、さまざまな戦法を駆使してねばっていたが、しょせん時間の問題だ。日に日にふえる戦死者と、救いきれない怪我人に苦しんだライアスは、領主の自分が死ねば、クリストン軍は降伏すると考えた。
何も言わなくてもわかる仲だ。おれは、ボスにそのことをつたえ、ライアスにへばりつくことにした。けど、ライアスは、おれのすきをつき戦場へと行ってしまった。おれが気がついたときは、もうおそかった。
そして、乗っていた馬の白竜とともに、この世から消えたんだよ。おれのせいだ。おれが、目をはなしたばかりに、あいつを死なせてしまった。」
エッジは、持っていた水筒をギュッとにぎった。手が、かすかにふるえている。レックスは、
「お前のせいじゃないよ。白竜に乗ってたんだろ。なら、お前が目をこらしてライアスを見ていたとしても、ライアスは行ってしまう。白竜は、馬に見えてるけど、馬じゃあない。竜という名前がしめすとおり、ドラゴンだ。伝説のドラゴンなんだよ。信じられないかもしれないが、ライアスは、そういう馬に乗ってたんだよ。」
エッジは、
「その話も信じるさ。あの馬はな、ライアスが五つのときから、そばにいたんだよ。ボスの話だと、ある朝、とつぜん宮殿の厩舎にあらわれて、ライアス以外、絶対乗せなかったらしい。
とにかく、ふしぎな馬だった。年もとらないし、怪我や病気にもならない。エサや水がなくても平気で生きている。
一度だったか、サラサ教会の坊主どもが、奇跡の馬だということで、ベルセア国教会の法王への貢物にしようとして、親父さんを説得して連れ出そうとしたらしいが、白竜には、さわることもできなかったらしい。
けど、おれにとっては、馬よりもライアスの方がふしぎだったよ。あれだけ気持ちが通じていたのに、かんじんなことは、何もわからなかったもんな。ライアスが何を思い、何を望んでいたかなんてな。今の今になるまでな。」
エッジは、レックスを見つめた。
「ま、そういうことだ。とにかく、無茶だけはするな。見える敵は、すべておれが片付けるが、それ以外の敵は、おれの手では無理だ。」
「おれが何をしようとしてるのか、わかってるのか。」
「お前も、ライアスと同じ匂いがするからな。出発は、夜明けと同時だ。それまでに終らせろ。」
エッジは、また寝てしまった。