第四夜、誤認
で、さっそく行動をおこした。夜中まで待って、モーガン宅をぬけだす。玄関はカギがかかっていたので、客室(三階)の窓から、家のでっぱりや雨どいなんかを利用して、地面へとおりた。
見回りの警官を警戒しつつ、宮殿めざして走った。そして、この前見つけた、こわれた窓から内部へと入り、玉座の間へ直行した。
焼け落ちた室内は、十三年たっても、死のにおいが色濃く残り、やはり不気味だ。自分の母は、死んでも死にきれず、ずっとここにいたのである。
「母さん、おれだよ、アレクスだよ。あんたが、ここから逃がした息子だ。帰ってきたんだよ。母さん、そこにいるんだろ。おれのそばにいるんだろ。姿を見せてくれよ。」
シンとしていた。レックスは、もう一度呼びかけてみる。
「おれが、わからないのか。ドーリア公はもういないんだよ。あれから、十三年たってんだよ。おれは十八歳になったんだ。母さんが知ってる五歳のおれは十八なんだよ。もう、大人になったんだ。母さん。」
黒い影が、玉座があったあたりに現れた。それが、おずおずと近よってくる。自分がだれか、たしかめてるようだ。レックスは、ゾクッとしたが、グッと恐怖をこらえた。
頭の後ろで、むすんでいた髪をほどいた。その髪を手にとり、
「ほら、母さんと同じ色だ。この色、おぼえてるだろ。アランも、この髪を見て、おれがアレクスだとわかってくれたんだ。母さんなら、なおさらだろ。」
モヤッとした手らしきものが、レックスの髪にさわる。冷たい感触が、背筋をとおりぬけたが、これもガマン。
(クソ、ライアスのときとは、まるで感覚がちがう。でも、なんとかしなきゃ。母さんがこのままだったら、マーブルだって安心して、あの世に逝けないはずだ。)
影は、少し考えてるようだった。十三年間、時間が止まってるマルガリーテにとり、とつぜん現れた息子は、とまどいの対象でしかない。
レックスは、なんとか話ができないものかと考えた。
(目で見ず、心の目で見てみよう。意識を集中して、母さんを受け入れてみよう。)
不成仏霊相手に、こんなことをするのは危険きわまりない。下手すれば、のっとられてしまう。けど、このときのレックスは、ライアスのときはうまくいったから、今度もうまくいくだろう、と単純に考えていた。
影が、レックスの内部に侵入してきた。いやな感触がし、体が気味の悪い冷たさにみたされる。
「アレクス、ほんまにアレクスか。わらわのかわいいアレクスか。」
金髪を高くゆい上げた女の姿が感じられた。心の目で見ているのだから、見えるよりは、感じると表現したほうがいいだろう。
「そうだよ、アレクスだよ。母さんの息子だよ。やっと、会えた。」
女は、
「他人のようにも思える。わらわのアレクスは、こんなに小さかった。なぜ、そのような姿になったのじゃ。」
「だから、十三年たったって。おれはもう大人なんだよ。いつまでも子供じゃないんだ。」
「ウォーレンはどうした。そなたをあずけたウォーレンは、どこにおるのじゃ。」
「父さんは死んだ。だから、父さんのかわりに、おれがここにきたんだ。母さんをたすけるために。」
亡霊は、
「たすける、わらわを。そうじゃ、ドーリア公はどうした。わらわの宮殿をうばいにきた、クリストンの鬼はどこじゃ。」
「ドーリア公はもういない。何年か前に死んだ。」
「死んだ。あの男がか。それはまことか。そうか、天罰がくだったのじゃな。我が祈りが天にとどいたか。よくぞ、知らせてくれた。礼を言うぞ、若いの。」
なんか話が、うまく通じない。自分のことを息子だと認識したはずなのに、もう他人あつかいだ。それに父が死んだと話したことに関心をしめさない。
マルガリーテは、
「アレクスとかもうしたな。わらわの息子もアレクスじゃ。同じ名のよしみじゃ、そなたを息子のそばにあがらせよう。だれか、アレクスをここへ。」
ポンポンと手をたたくと、マルガリーテのそばに小さな子供が出現した。レックスとおなじ金髪の男の子だ。
「わらわのアレクスじゃ。よろしゅうな。」
レックスは、ギョッとした。十三年前の自分だ。男の子は、にっこりと笑いレックスの手をとった。
「お兄ちゃん、あそぼ。こっちきて。」
さすがに、気味悪くなり、レックスは男の子の手をはじいた。男の子は、幻のように消え、レックスは現実にもどった。さっきまで感じていたマルガリーテの気配はない。だが、胸の辺りに、気味の悪い感覚が残っている。
レックスは、宮殿からでた。宮殿の外に、ベルセアがいた。
「あれ以上は危険だと判断して、あなたからマルガリーテの霊をひきはなしました。これでわかったでしょう。話が通じる状態ではないのです。」
「おれがいた。どういうことなんだ、あれは。」
「あの子は、マルガリーテがつくりだした幻です。死を認識していない彼女にとり、幼い息子がそばにいるのは、母として当然なのですから。」
「けど、おれを息子だと、少しの時間だけだったけどわかってくれた。大人になったことは、あまり理解してなかったようだけど、たしかにわかってくれたんだ。」
「そうですね。あなたに興味を持ち、あなたが自分の息子だと認識することはできました。けど、ウォーレンの死まで認めることはできなかった。あなたが、彼の死を口にだしたとたん、彼女はまた自分の世界に閉じこもってしまい、あなたを認識することを意図的にやめてしまったのです。」
「なぜ、そうしたんだ。おれは、母さんを悲しませてしまったのか。」
ベルセアは、目をふせた。
「自分にとり、つごうの悪い事実は、すべて排除してしまうのです。現実を認めてしまえば、自分が得たものすべてが消えてしまうからです。
なんども説得には行ったのです。でも、あそこから引きはなすことはできなかった。現世に執着した人間の魂の、なれのはての姿でしょう。本人が自覚するまで、あのままにしておくしかないでしょうね。」
「あのままって、どれくらいなんだ。」
「百年でも二百年でもです。本人が、幻の世界にあきあきするまで、放っておくしかないでしょう。」
レックスは、あぜんとした。
「あんた、女神なんだろ。すごい力もってんだろ。なら、なんでその力でたすけてやらないんだよ。口で説得できなきゃ、強引にひっぱりだしたらいいじゃないか。」
「人には自由意志があります。人はその意志により、己をかたちづくっている存在です。あなたは、父親やグラセンによく反発したでしょう。他人の意志をおしつけられるのはいやだって。それと同じなのです。」
「なら、おれがする。もう一度、あそこにもどって母さんと話をする。わかってもらえるまで、なんどでも話をしてみる。」
ベルセアは、苦笑した。
「あなたもそうとうガンコですね。私がいくら忠告しても耳をかしてくれない。なら、これ以上私と話してもむだでしょう。私は、もう何も言いません。あとは、あなたにまかせます。」
ベルセアは消えた。レックスは、もう一度宮殿へと入る。玉座の間にきたが、今度は何度呼びかけても何もおこらなかった。レックスは、モーガン宅へ帰ることにした。
帰り道、トボトボ歩いていると、やたら寒さが身にしみる。レックスは、防寒用のマントを身によせた。まもなく春がくるというのに、真冬とかわらない寒さだ。
(人が死ぬってどういう感じなんだろ。マーブルは、とつぜん死んでしまったし、母さんだって、まさかあんな死に方するなんて考えもしなかったろうしな。)
人の死は、使い物にならなくなった肉体から、魂が分離する作業だ。肉体は滅んでも、魂は生き続けるので、現世がすべてだと信じている人間は、なかなかその死を自覚できない。
(母さんにとり、自分が女王であり続けることが、すべてだったって、ベルセアは言っていた。侍女の娘に産まれて、いやな思いをいっぱいしてきたんだろうな。マーブルと出会って結婚して、おれが産まれて、母さんは幸せだったのかな。)
図書館で見た母の肖像。女王ではなく、ただの女優の肖像だ。拍手喝采をあび、満面の笑顔をふりまいている。女王という永遠のスターであり続けたかったのだろう。
そして、今も。
(母さんをたすけるには、おれが、母さんの息子だと、はっきりとわからせるしかない。そして、マーブルが死んだこともだ。百年も二百年も、あのままにしておけるか。おれを産んでくれた母さんなんだぞ。)
ずっと考え続けて歩いていたので、レックスは違う道に迷いこんでいたことに、やっと気がついた。いつのまにか下町に出ている。モーガン宅とは逆方向だ。
(やばい。下町はとくに警戒がきびしいんだ。裏組織同士が、ケンカしてるって話だし。また、警察はごめんだ。とにかく、ここから退散しよう。)
レックスは走った。けど、角をまがったとき、だれかとぶつかってしまった。警官かと一瞬思ったが、自分と同じ防寒用マントをきた男だった。
男とぶつかった一瞬、レックスは何かハーブのようなの匂いを感じた。男は、チラリとレックスを横目で見ただけで、走り去っていく。レックスは、男から、ただよってきた匂いにおぼえがあった。
(この匂い。ジョアンナの茶の匂いだ。新しい男でもできたのかな。)
ピリリーッと警笛がなり、レックスはしまったと思った。この前同様、逃げ出すよゆうもなく、三、四人にかこまれてしまう。
「連続殺人犯。もう逃げられないぞ。」
連続殺人犯、さっきの男か!
「ちがう。おれじゃない。さっき、ぶつかった男だ。あっちに逃げたよ。」
警官は、レックスの顔を見つめた。
「お前、たしかこの前、警察署に連行した男だな。レオンとか言った。」
運の悪さにも限度があってほしい。
「ちがうったら。おれじゃない。外出したのは悪かったよ。知り合いが、死にかけてるってきいたからさ。しかたないだろ。死に目に会えなかったら、いやだしさ。」
「苦しまぎれのウソを言うな。捕縛しろ。」
縄が出され、レックスは反射的に警官をなぐってしまった。ピリリーッとうるさく鳴り、取り返しがつかなくなったレックスは、警棒をふりまわす警官をふりきり、全速力で逃げた。
とんでもないことになった。
(このマントかよ。防寒用マントなんて、みんな同じようなモンだから、これをきてるってだけで、かんちがいされてしまったんだ。けど、なぐっちまった。これで、犯人確定だ。)
レックスの目の前に、警官が一人とびだしてきた。警笛が、しつこく夜の下町に鳴り響く。レックスは、ええいとばかりに警官に体当たりをし、のびた警官をとびこえた。
(このまま、モーガンの家に行くのはまずいな。けど、ガードのやつら、いっこうに出てこない。おれが死にかけないと出てこないってのかよ。めいっぱいピンチなのに、たすけてくれってんだ!)
逃げこんだ路地にある家の戸が少しひらいた。レックスは、その戸を無理にひきあけ、家の中へとおし入り、戸口にいたオケをもった女の口をふさぐ。
「しずかにしてくれ。警官をやりすごしたら、この家から出て行く。」
女は、恐怖にふるえながら、うんうんうなずいた。レックスは、一間しかない部屋の奥を見た。ベッドに子供が寝ている。うーんうーん、うなっているところを見ると、カゼで熱が出ているようだ。
このあたりは、共同井戸をつかっている世帯が多い。たぶん、夜中に熱をだした子供のために、水をくみに出ようとしたのだろう。レックスは、すまないと心でわびた。
どれくらい時間がすぎたろう。うるさいくらい響いていた警笛がやんだ。少し明るくなってきている。レックスは、女を軽くなぐり、そっと床に寝かせた。熱をだしている子供は、意識がボンヤリしているようで、レックスには気がついていないようだ。
レックスは、警戒しつつ外へ出た。慎重に足をすすめ、モーガン宅についたのは、夜がすっかり明けてからだった。