第三夜、執着(2)
レックスは、モーガン宅の客室のベッドにすわった。今日も収穫は無し。
(つかれた。大学も、どっちかっていうとムダ足だったしな。)
また、何かの気配を感じる。おふくろのことなど考えてなかったはずだ。が、違った。黒いモヤッとした影ではなく、おだやかな顔つきの美女だ。
「せっかくきてくれたのに、今日はごめんなさいね。」
「わざわざ、きてくれたのか。」
美女は、ほほえんだ。
「私はいつも、あなたを見ています。あなたが知りたいのは、マルガリーテのことですね。」
「ライアスのときと同じように思えるけど、真相はどうなんだ。」
「経緯としては同じでしょう。マルガリーテもまた、現世に思いを残して命を終えてますから。けど、大きな違いがあります。」
「ライアスも母さんも、どっちも似たような悲劇的な最後をむかえてる。この世に思いを残しても当然だと思う。おれには、同じように見えるけど、あんたから見た違いってのはなんだ。」
「残した思いの違いと、生前、どれだけ真実を知ってるかの違いです。ライアスは、霊能力を持っていました。つまり、ライアスは、私達の存在を見えないものとしてではなく、実在するものとして、とらえることができたのです。けど、マルガリーテは、王家の人間という以外は、ふつうの女性でした。」
「ライアスはなぜ、ああなったんだ。あんたとこうして話ができたんだろ。」
ベルセアは、
「ライアスの過去であるミユティカは、直接私と話をすることができました。彼女には、エイシア解放という使命があったからです。私達の指導どおりに解放し、国をあらたにつくるには、私達と話ができなくてはなりません。ですから、女王というよりも、巫女としての能力を要求されたのです。
けど、ライアスは、あなたの補佐が使命です。ですから、それほど力は必要なかったのです。
例の魔物がねらっていることもわかってましたから、悪霊の影響をうけやすい霊能力など必要ないとも考えましたが、確実に使命をはたすため、そして、私達の指導をうけやすくするために、本人の希望もあり、ある程度の能力をもって産まれてきたのです。
たしかに最初は、うまくいったのです。幼いライアスに、私達はさまざまな形で接触することができました。私達の姿は、ライアスには光の塊、すなわち天使として見えていたはずです。けど、だれがきていたかまでは、能力的に判別することができなかったのです。
けど、ある時をさかいに、ライアスの魂にくもりができてしまいました。ドーリア公との葛藤です。」
ライアスとの接触は、その後むずかしくなったとベルセアは言った。そのかわり、近よってくるものがいた。例の魔物である。
「魔物は巧妙でした。私達のふりをしたり、または本性を現したりで、ライアスは、私達と魔物の区別が、しだいにつかなくなっていったのです。本人が、気がついたときには、すでに手おくれの状態でした。そして、バテントスの襲来があり、あの子は短い生涯を終えてしまったのです。」
「ドーリア公と何があったんだ。あんたなら、わかってるはずだ。」
「ドーリア公が、ライアスを自分の子ではないと信じたからです。あの子の母親には恋人がいました。クリストンまでやってきた恋人は、結婚式のあと、一度だけあの子の母親と会ったのです。
産まれた子は、恋人とよく似た金髪と青い目でした。自分のあやまちを悔いた母親は、それを死ぬまぎわに夫に告白したのです。ただ、髪と目の色が似てるというだけでね。」
ライアスが、いくら考えてもわからないわけだ。けど、髪と目の色だけでそうだと判断されたのは悲劇だ。レックスは、
「国立図書館で昔の王様達の肖像画を見たよ。金髪と青い目がやたら多かった。おれのジイサンにあたる王様だって、金髪と青い目だったしさ。ライアスは、ジイサン似だよ。」
「人は、悪い方を信じやすいものです。ドーリア公もその立場がら、人をうたがう傾向が強くありました。ライアスは、母親にも愛されてはいませんでした。ライアスは、母親にとり罪の象徴でしたから。
切に、父に愛されたとねがいつつも、わけがわからず、そのすべてを拒絶されたライアスにとり、妹のシエラだけが、自分のたった一人の家族だったのです。シエラへの溺愛ぶりは、あなたも知ってるでしょう。」
「ああ、すごかったな。シエラがかわいくて、どうしようもないみたいだった。妹というよりも、恋人か娘みたいで、何があっても、シエラから離れたくないって感じだった。」
ベルセアは、
「それだけ、肉親の愛情に飢えていたのです。シエラも純粋に兄を愛していましたからね。シエラとの深い愛情と、あなたへの無償の思いがあったからこそ、ライアスを救うことができたのです。」
レックスは、うなずいた。
「おれ、ライアスが好きだよ。できることなら、生きたまま会いたかったよ。」
「その気持ちを大切にしてください。あなたのその気持ちが、ライアスを救ったのですから。」
ベルセアは、
「マルガリーテの方に入りましょう。彼女は、執着霊です。宮殿と女王という地位に、死後もしがみついた霊です。彼女は、二人の兄である前王とドーリア公と母がちがいます。二人の兄の母はベルセア出身ですが、彼女の母は王妃の侍女でした。王が酔った勢いで王妃とまちがえ、マルガリーテが産まれたのです。」
執着霊、ときき、レックスはやはりと思った。あのゾッとするような冷たい感覚、ライアスとはあきらかに違う。ベルセアは続けた。
「マルガリーテは、その出生上、王家では低い位置におかれてました。あなたの父ウォーレンとの結婚も、たしかに大恋愛でしたが、どちらかといえば差別されている宮殿から、いっこくも早く逃げ出したいという気持ちが強かったのです。」
「だが、つつましい家では、おさまりきれなかった。マーブルは、そう言ってたよ。」
「そうでしょうね。華やかでもなんでもない下級貴族の生活は、王女にとり、がまんしなければならないことが多いですから。ですから、女王となり、宮殿で堂々とできる立場に執着したのです。ドーリア公におどされ退位すれば、もとの下級貴族の妻に逆戻りですからね。
火を放ったのも、宮殿が燃えつきれば、だれの手にもわたらないですし、女王のまま自殺すれば退位しなくてすみます。やっとめぐってきた栄光を、手放したくなかったのです。」
「けど、おれとマーブルは逃がした。」
「さすがに、自分の野心に、幼いあなたまで道連れには、人の母としてできなかったのです。あなたがいなければ、ウォーレンもマルガリーテとともに死んでいたはずです。ウォーレンは愛情深かったので、自ら進んでそうしていたでしょうね。」
「マーブルは、母さんを愛していたからな。好きな女のためなら、なんだってやるってタイプの男だったものな。」
「マルガリーテは、現世に強い思いを残していたので、自分が死んだことに気がついていないのです。宮殿にとどまっているのも、いまだに自分が女王だと信じているからです。けど、あなたがきてしまった。」
「母さんが、おれだとわかったから、おれについてきたのか。」
ベルセアは首をふる。
「彼女の時間は、十三年前でとまっています。あなたがだれか、じゅうぶんにはわかっていません。けど、心惹かれるものがある、そんな感じです。その意味をたしかめようと、あなたを見ているです。」
「今はいるのか。」
「私がいますからね。この部屋に結界をはっておきましょう。あなたが、この部屋にいるかぎり、よってこれないはずです。」
「おれに、何かできることはあるか。マーブルのためにも、なんとかしてあげたい。」
「グラセンとちがい、法力も何もないあなたでは、救おうなどと考えないほうがよいでしょう。私としては、あなたにクリストンに、すぐにでも向かってほしいのです。シエラがいれば、マルガリーテの霊など、あなたに近よってはこないでしょうから。」
「でも、親父の忘れ物があるんだよ。親父の忘れ物って、母さんを救えってことじゃないのか。」
ベルセアは、ため息をついた。
「私の言っている意味を、よく理解してないようですね。自分の親を救いたいという思いは、だれでも同じです。ですが、それは自分の実力をこえて、されるべきではないのです。ましてや相手は執着の塊です。それをほぐすことは、あなたの父親でもむずかしいでしょう。」
「けど、なんとかしたい。ライアスだって救えたじゃないか。あんたの手助けがあったけどさ。」
ベルセアは、本当に意味を理解してないな、と思った。
「わかりました。けど、この町は、今のあなたにとって、あまりよい町ではありません。できるだけ早く、クリストンに向かいなさい。」
「あんたにもいろいろ心配かけて悪いと思ってる。あとは、おれがやるから。」
ベルセアは消えた。レックスは、パッと目をさます。まだ外が明るいところを見ると、さして時間はたってないらしい。うたた寝した程度か。