第三夜、執着(1)
レックスは、モーガン家の世話になることにした。モーガン家は、マーレルの中流貴族だが、レックスの父親のような地主ではなかったので、その生活は実につつましいもので、こじんまりとした家には、中年の使用人の男が一人いるだけだった。
夕食まで時間があったので、レックスは近所を散歩することにした。このあたりには、官庁街につとめる貴族達が多い。収入の中身もモーガン家と似たりよったりのようで、こじんまりとした家が密集している感じだ。
(マデラの商人の家のほうが大きかったな。お役所勤めと自分で商売するとじゃ、収入が違うんだな。マーブルは地主だったから、家の大きさのわりには、いい暮らししてたみたいだし。クラサの別宅のほうが、こっちの本宅よりもでかかったしな。)
「あら、昨日の金髪さんじゃない。こんなとこで会うなんて奇遇ね。」
声をかけられた。ふりむくと、昨日の女?がいる。たしか、ジョアンナとか。
「なんであんたが、こんなとこにいるんだ。」
「それは、こっちのセリフ。私は商売。茶葉の宅配してんのよ。何軒か回って、最後はモーガン様のとこね。」
昼、図書館で飲んだ茶の味は、この女?のとこで飲んだ茶と同じ味がしてた。
レックスは、
「なあ、なんであんた、そんな格好してんだ。あんた、男なんだろ。」
ジョアンナは、レックスの口をふさいだ。
「バカ。そんなこと知ってても口には出さないの。失礼じゃない。私は女よ。女でいいじゃない。それでも、それ以上、何か言うのだったら、あんたの顔、ツメでぐちゃぐちゃにしてやるから。」
「わかった、わかった。ツメをこっちに向けるなよ。やたら、背の高い女だと思ってたら、そういうことだったんだな。ヤボにこときいた、おれが悪かったよ。だから、ツメひっこめてくれ。」
ジョアンナは、フンと顔をそらした。レックスは、
「昨日は、やばかったな。あれから、あの変な男どもはこなかったか。」
「こなかったわよ。あの時は、あんたが、たすけにきてくれるのを期待してたけどもね。まあ、十八の子じゃあ、無理があるものね。ねぇ、あんた、あの黒い男と無関係なの。」
「無関係。実際、たすけようとしたよ。そしたら、先にあのコウモリ男が割りこんだんだ。おれがたすけに入っても、あのコウモリ男ほど、うまくはいかなかったさ。」
「コウモリ男ね。イメージぴったり。また会えないかしら。」
「なんで、あんな連中に目をつけられてんだ。」
ジョアンナは、ちょっと考えた。
「あの男ね、私の父親なの。ここだけの秘密だけど、やばい組織のドン。通称、闇商人のマローニ。私を組織に連れもどそうとしているの。」
「父親? ぜんぜん、似ていなかったけど。」
ジョアンナは、クスッと笑った。
「そりゃそうよ。私は母親似だしね。あの男は、もとは普通の商人だったけど、十三年前のことで仕事がなくなったのよ。お客さんのほとんどが、マーレル逃げ出しちゃったもんね。
そこで、やばい商売に手を出し始めて、今では、あのあたり一帯を仕切る、大ボスになったの。それでもって、マーレルにいくつかある、やばい組織達と、マーレルの覇権をめぐって抗争中ってわけ。
夜間外出禁止令が出た理由は、殺人事件だけではないのよ。夜間、やばい組織同士が、よくケンカするの。だから、外出をきびしく制限しちゃったのよ。ほんと、メイワクな話ね。」
「いろいろと大変なんだな。お前、組織の跡継ぎにされるのがいやなんだろ。」
ジョアンナは、うなずいた。
「私、こんなでしょ。まともに組織なんて仕切れるわけがない。男に、もどるのもいやだしさ。それに、私には、私の生き方があるしね。」
ジョアンナは、そう言い、明るくほほえんだ。レックスは、
「茶葉、いくらだ。モーガン家なら知ってる。おれが代わりにとどけてやるよ。ここから、けっこうはなれてるしさ。」
「あんた、モーガン様の知り合いだったの。たすかるわ。じゃ、おねがい。」
レックスは、金をはらい茶葉をうけとった。
そして、夕食のあと、のんびり茶を飲みつつ適当な話でもして、レックスは客室に案内された。レックスは、ベッドに転がり、ホッとしていた。
(居場所も確保できたし、少し、マーレルにいよう。けど、マーブルが、モーガンの教え子だったなんてな。大学出てたなんて知らなかったよ。がさつで無教養だとばかり思ってたけど、見かけによらないんだな。)
シエラ、いまごろどうしてるかな。ホッとすると同時に、シエラが無性に恋しくなってしまう。
(っくしょう、会いたいな。クラサで別れたとき、マーブルが死んだばかりで、そっけない別れ方してきたけど、思いっきりだきしめて、いっぱいキスしてくればよかった。)
レックスは、頭をたたいた。
(自分探しもかねての一人旅じゃないか。明日から、もっと行動範囲を広げてみよう。マーブルが通っていた大学とか、行きそうな場所とかさ。このまま、なんの収穫もなしに、クリストン行けるか。)
と思ったが、レックスは、ため息をついてしまう。
(夫婦か、少し離れただけでも、こんなつらいのに、女房死なせて逃げ出すなんて、どんな思いだったのだろう。グラセンは言ってたな。マーブルは過去にとらわれてるって、後悔してるって。マーブルの忘れ物って、後悔なのかな。女房置き去りにして逃げたしな。けど、母さんが生きているのならともかく、もう。)
レックスは、ギョッとした。また、あの影が見えた。今度は、ベッドのわきだ。影は、レックスが気がつくと、すぐに消えた。
(母さんのことを考えると、かならずだ。まちがいない。母さんの亡霊だ。宮殿から連れてきてしまったんだ。おれにそばにいる。)
レックスは、悪寒がはしった。
(し、しっかりしろ、おれ。亡霊なら、ライアスでなれてるじゃないか。母さんの霊だ。悪さなんかするものか。きっと、シエラのときみたいに、おれを守ってくれてるんだ。)
そう思ったが、ふるえはとまらない。怖くて怖くてたまらない。レックスは、フトンを頭からかぶってしまった。
ほとんど眠ることができなかった夜があけた。朝日に、これほど安心したことはない。レックスは、起き上がり、はれぼったい目をこすった。
(はじめてライアスと会ったときは、たしかに怖かったけど、眠れないほどじゃあなかった。次に会ったときもビクビクしたけど、そのうちなれて、それが当たり前になった。なれる? そうだな、そのうち、なれるよな。おふくろだもんな。)
でも、心に氷の矢がつきささっているよう感じる。とても重く、冷たい。この冷たさは、ライアスがいた地獄の世界の冷たさだ。
(王家の剣をあずけたのが失敗だったかな。あれがあれば、はっきりとわかるのにな。母さんが今、どういう状況に置かれているか。)
そうだ、教会に行ってみよう。教会なら、意識を集中すれば、何か、わかるかもしれない。うまくすれば、ベルセアの援護が受けられるかも。
それで、午前中、モーガンの好意で勉強を教えたもらったあと、午後になってから、アランに教会へ連れてってもらうことにした。場所は、マーレルで一番大きな大聖堂だ。
大聖堂は、人が、ごった返していた。どうやら、ベルセアから偉い坊さんが説法にきているようで、話をきこうと人が大勢つめかけてきたらしい。
アランは、
「礼拝は無理だね。もうすぐ説法が始まるから、きいてくかい。」
レックスは、がっかりした。坊さんの長話なんて、グラセンであきている。
「帰る。お前、話がききたいのか。」
「まあ、どっちでもいいけど。でも君が礼拝なんてね。」
「そんなふうには見えない、って言いたいんだろ。これでも、神様は信じてるんでね。」
二人は、ごったがえしていた聖堂をあとにした。アランは、
「あそこは、女神ベルセアが主宰神なんだ。ベルセアは縁結びの神でもあるから、金持ちとか貴族の結婚式に、あの聖堂がよくつかわれるんだ。君達の御両親も、あそこだったんだよ。」
「そいつは知らなかったな。あの親父、なーんにも話してくれないんだもんな。大学行ってたのも、館長にきいて知ったくらいだしさ。」
「まだ、帰るには早すぎるよ。どこか行きたい場所あるか。」
「館長がいた大学って、どこだ。親父が在学してたんだろ。見てみたい。」
「ぼくの大学だよ。けど、関係ない者は入れないから、外だけでいいか。」
レックスは案内してもらい、大学のまわりをグルッと回ってから、アランとともにモーガン宅へともどった。