第二夜、再会(2)
アランは、意味ありげに笑った。
「ぼくは、昔、君の遊び相手として、宮殿にあがってたんだ。だから、君の父さんの事は、よーく知っているんだ。」
レックスは、う、となった。けど、できるだけ表情には出さない。
「なんの話をしてるんだ。おれは、お前なんか知らない。他人のまちがいじゃないのか。」
「最初は、たしかにぶしつけな視線に腹がたったよ。けど、話してるうちに、どこかで会ったような気がしてきたんだ。君の髪を見て、やっとわかった。ぼくは、アラン。アラン・モーガン。君はアレクスだろ。」
「知らんな。他人のまちがいもたいがいにしろよ。おれの名前は、レックス。じゃあな、アラン。」
レックスは、去ろうとした。アランが、レックスの手をつかんだ。
「まちがえるはずがない。君の事は、この十三年、一度もわすれたことはない。その緑色の目も、はっきりとおぼえている。当時、ぼくは七歳かそこらだったけど、それでも、はっきりとおぼえているんだよ。ずっと、生きていると信じて祈り続けていたんだ。」
「しつこいな。髪と目の色くらいで、かんちがいするな。」
警官が、ピリリーと笛をふいて走ってきた。はた目には、学生が、からまれているようにしか見えない。アランは、レックスをひっぱった。
「アレクス、こっちだ。官庁街でつかまると、君はまちがいなく警察署に連行されるぞ。」
「もう、おとといされてるよ。夜ついたんで、不審者にまちがえられた。それで、一晩牢屋ですごした。」
二人は、公園の植え込みにかくれ、うまく警官をやりすごした。アランは、
「連行されたって? 牢屋? 身分は、ばれてないだろうな。」
「偽の身分証があるんだよ。あー、もうめんどくさくなった。お前の言うとおりだよ。まさか、こんなとこで、昔の知り合いに出くわすなんてな。けど、おれはお前のことなんて、さっぱりだ。」
アランが周囲をさぐり、安全をたしかめてから、二人は公園を出て図書館に向かった。レックスは、
「おれのこと、おぼえてる人間がいるなんてな。そういや、カイルの領主もおぼえてたな。おれ、そんなにわかりやすいのか?」
「その髪の色なんだよ。地毛で、そこまであざやかな色は、めったにない。だから、おぼえてしまうんだよ。それに君、顔立ちもいいしさ。」
「それで、次のセリフは、頭の方はさっぱりだ、だろ。もういい。」
アランは、
「君は十三年、どこで何をしてたんだ。」
「最初の何年かは、グラセンという坊主の援助をうけての逃亡生活。そのあとは、ゼルムで運び屋。死んだ親父がなげいてたよ。今じゃあ、下町の男だってさ。お前も最初は、そう思ったんだろ。」
「まあ、ね。身なりが身なりだしね。マーレルには、一人で?」
「見えないガードがいる。なんかあったら出てくる。」
「ガードって、君はだれかの保護をうけているのか。」
「今は、クリストンかな。反バテントス勢力のサイモンって男の部下だ。おれの嫁のシエラの叔父さんなんだよ。おれは、クリストンのお姫様と結婚したんだよ。」
アランの足が止まった。
「結婚、君が? 相手は、クリストンのシエラ姫だって?」
レックスは、ほーらきたと思った。
「そんなに眉間にしわをよせるな。結婚したのは、サラサにいるシエラじゃない。ありゃ、偽物だからな。国立図書館は、まだ遠いのか。長くなるから話はそこでしよう。ところで、なんでお前が国立図書館に入れるんだ。」
「ぼくの父上が、あそこの館長なんだよ。研究好きの学問好きの行き着く先が、あのカビくさい図書館だったんだよ。けど、おだやかじゃないね。マーレル・レイは、君の結婚を祝福しないと思うよ。」
「話もきかずに、そういう結論になるんだな。まあいい。とにかく国立図書館行こう。お前の父さんにも会いたい。当時のこととか、こっちも知りたいことがたくさんあるからな。」
レックスは、図書館正面ではなく、裏口から中へと案内された。建物は、外から見ても大きかったが、内部も広くて大きな部屋が、いくつも並んでいる。その広くて大きな部屋には、さまざまな本や資料、標本、博物類などが大量におさめられていた。
「でかい建物だな。図書館というよりも、ちょっとした宮殿じゃないか。いったいどれくらい本があるんだ。この部屋、なんか変な標本みたいなの、たくさんあるな。アルコール漬けの内臓みたいなのがあるけど、なんの内臓かわかんないな。人間のか?」
各部屋には、扉がなく、廊下から内部が見えるようになっている。レックスは、ある部屋の前で足をとめ、興味深そうに内部を見ていた。アランは、
「動物の胎児だよ。別の部屋に人間のもあるよ。全内臓、すべてのアルコール漬けがね。え、見たいって。ふつう、気持ち悪がるんだけどもね。蔵書の正確な数はわからない。それに、めずらしい文物も多いんだ。エイシアの歴史、いやすべてが、そのまま収まってるような場所なんだよ。」
「立ち入り禁止も納得だな。めずらしモノ好きの金持ちに荒らされちゃあ、たまらないものな。」
アランは、階段をのぼってすぐの扉をトントンたたいた。ここが館長室らしい。返事があり、アランはレックスを室内に入れた。
丸いメガネをかけ、だいぶ頭がうすくなった五十半ばくらいの男が、本と書類の山から顔をだした。
「お帰り、アラン。お前が友達をつれてくるとはめずらしいな。大学の学生には見えんが、どういうお人なんだい。」
アランは、父親の耳にヒソヒソつぶやいた。アランの父は、レックスを見つめた。
「アラン、その話はもう少し待ちなさい。お前の早とちりかもしれない。私が直接確かめてみよう。」
レックスは、ぽりぽり頭をかいた。
「証拠だせと言われても、なんにも持ってないよ。王家の剣は、シエラにあずけちまって、今クリストンだしさ。カイルの領主からは、結婚証明書もらったけど、それもグラセンにあずけて、今ベルセアだ。」
「君の話だと、君はつねにガードされているはずだ。つまり、」
館長は、壁にかざってある骨董品のオノをもってきて、それをレックス目がけて、いきなりふりおろした。その瞬間、オノが館長の手からふっとんで床にころがった。
レックスは、あーあと思った。窓の外をみる。冬でも枯れない常緑樹の木がたくさん見え、ここは二階だから、その木のどれかから、こっちを監視してるのだろう。
館長は、床にしりもちをついていた。
「な、何がおきたんだ。手からオノが、はじかれた。」
レックスは、床のオノをひろい、
「あんた、むちゃくちゃな人だな。見かけによらずさ。いきなり、オノふりおろされてびっくりしたけど、下手すればあんた、今ごろ、あの世行きになってたんだぜ。」
レックスは、オノを見せた。オノの刃には、小さな弾がしっかりと食い込んでいる。
「銃だ。筒の中に入れた弾を火薬でとばす武器だよ。バテントスの大砲を、うんと小さくしたものだと考えればいい。シエラのやつ、もうつくって、ガードにわたしてたんだな。館長さん、あんたに殺意がなかったから、おどしだけですんだんだ。けど、二度目はたぶんないぜ。」
レックスは、窓を指さす。窓には、ヒビに囲まれた小さな穴があいていた。アランと館長は、ゾッとした。レックスは、
「これでわかったろ。おれは本物だ。あんたにききたいことが、たくさんあるんだ。」
レックスは、腰がぬけている館長の手をとった。館長は、
「こんなにおそろしい思いをしたのは、ドーリア公以来ですな。しかし、あなたは度胸がありますね。よく、あのような、おそろしい者達とともにいられますね。」
「ガードの顔なんて見たことないよ。おれの行動のじゃまをしないよう、かくれてガードしてんだ。けど、おれはここへくるまでに、なんどもバテントスがらみの襲撃をうけている。あのくらいのガードがつかなきゃ、一人で行動させてもらえないんだよ。」
「まずは、あなた様のお話をおきかせください。あなた様のおかれた状況を、くわしく知る必要がございますので。」
こっちの話はてっとり早く終らせ、十三年前の話を館長からききたかったが、あれやこれやしつこく質問をうけて、レックスは、ライアスと王家の剣の秘密をさけて話し続け、気がついたらもう昼だった。
三人は、館長室で昼食をすませ、少し休憩してから、館長はようやく十三年前当時のことを話してくれた。
まあ、ありきたりと言えば、ありきたりで、マーブルとグラセンからきいたような話ばかりで、忘れ物のヒントには、なりそうもなかった。
館長は、
「あなた様のお父上は、よく知っております。彼は、私が大学で教鞭をとっていたときの教え子なんです。私が大学をやめて、ここの館長になったさいに、私のつてを使って、お父上は研究員の資格をとり、ここによく遊びにきてたんです。彼は、この図書館のしずかな環境が気に入っていたようです。宮殿に入られたあとも、息抜きのようにここを訪れていましたよ。」
「おふくろもいっしょにきてたのか。」
「いいえ、女王陛下は本は苦手で、文字を見ただけで頭痛がする方だったようです。」
レックスは、自分の頭の悪さは、やっぱり母親似なのかと落ち込んでしまった。でも、文字を見るだけで頭痛とは、ある意味、救いきれない。館長は、
「こちらにいらしてください。お見せしたい物がございます。」
レックスは、四階へとつれていかれた。長い廊下を歩き一番奥の部屋の扉をあけると、ズラリとした肖像画が壁にびっちりとならんでいる。館長は、歴代の王の肖像画だと説明した。
「もともとは宮殿にあったものです。宮殿がああなったさい、ここへ移されたのです。」
宮殿に何もなかったのは、泥棒を警戒して、調度品をあちこちに運び出したからだった。その中の肖像画と、王家が所有していた、めずらしい文物が図書館の保管となった。
「ここで受けた保管品は、そのままここにありますが、他は雲散霧消したようです。高価な物ばかりですし、保管場所も限られてましたから、十三年のうちに、だれかの家や質屋にあったとしても当然でしょうな。」
レックスは、運び出した意味がないんじゃないかと考えてしまう。まあ、自分は死んだとされているんだから、宮殿の財産は国家の物となり、最終的にはダリウス国民の物となったのだろう。そう考え、納得することにした。
「このお方です。マルガリーテ女王様です。」
金髪で青い目をした、王家の特徴そのままの女が、そこにいた。たしかに美人だ。けど、この肖像画は、女王よりも女優だ。
館長は、女王のとなりが、前王だと説明した。つまり、女王とドーリア公の兄。こっちは、王様の威厳がある。シエラの父ドーリア公が、バテントスのことを自分の母親に相談しなかったわけが、この二枚を見くらべてよーくわかった。
(こんな女相手じゃ、話にならないよな。無能な女王だって、マーブル言ってたけど、おれが見ても、そう感じる。もしも、おふくろが生きていて、いまだに女王だったら、エイシアはどうなっていたんだろう。)
考えるだけでもおそろしいと思った。たぶん、すでにバテントスの属国だ。バテントスは相手の事情を調べつくしてからやってくる。
館長は、四百年くらい前の古い画の前にレックスをつれてきた。この肖像画の王は、他の肖像画と比べて、比較的若い。たぶん、三十歳前後の時のものだろう。王族らしい品のよい顔立ちから優雅さが、かもしだされている肖像画だ。
「アレクシウス大王です。彼は、海の向こうの大陸の一部を征服し、属領とした王です。彼は英雄王として歴史に名を残しています。属領はすでにありませんが、あなた様のお名は、この英雄王からいただいたと、お父上は話しておりました。お母上様の御希望だったようです。」
アレクシウスなんて、時代おくれの名前をよくつけたなと感心してたくらいだ。たぶん、頭の悪い母親が、あとさき考えずに、英雄王の名だというだけで、つけたのだろう。
(おれが即位したら、アレクシウス二世王になるのかよ。完全に名前負けする。冗談じゃない。いっそのこと、改名したほうがいいかも。偽名のレックスのほうが、今じゃあ、しっくりきてるしさ。)
館長は、知りたい王はいるかとたずねた。レックスはもういい。館長室にもどり、茶でも飲むことにした。レックスは、部屋を出る前に、母親の肖像画をもう一度見つめた。
(母さんと一度くらい、話がしてみたかったな。おれ、母さんと話した記憶がないから。)
肖像画に、黒い影が重なったように感じた。レックスはまたかと思い、バタンと扉をしめた。話をしたいなんて考えなきゃよかった。背筋がゾッとしている。
「どうかしましたか。」
青ざめているレックスに館長は声をかけた。レックスは、なんでもないと答えた。