第二夜、再会(1)
やっぱり、昼寝しすぎて眠れない。眠れない夜は苦痛でしかない。レックスは起きた。そして、マントをまとい、窓をしずかにあける。一階の部屋だったので、飛び降りることなく外へ出た。そっと窓を閉め、今度は警官に見つからないよう慎重に走る。行き先は、宮殿だ。
(宮殿行かなきゃ、マーレルきた意味ないじゃないか。マーブルの忘れ物は、宮殿に行けばわかるかもしれない。せめてヒントくらい。)
警官には見つからなかった。レックスは、体力があるので長距離走っても、たいしたことはない。休みなしに走り続け、例のバリケードのとこまできた。
少し、息をととのえる。バリケードは、柵で道をふさいでるだけで、よじ登れないほど高くはない。レックスは、柵に手をかけた。ギシギシと音をたて上り、向こう側に飛び降りた。そしてまた走る。
宮殿まできた。警官は、立ち入り禁止の宮殿まで、見回りにこないはずだ。月明かりが、廃屋となった宮殿を照らしている。レックスが見た宮殿は、当時のままで火のあとがなかった。
(火を放ったというけど、全部が全部燃えたんじゃなかったんだな。考えてみれば当たり前だな。こんなデカイ宮殿丸ごと燃やすには、一人じゃむりだ。みんなして、火が出れば、あわてて消すしさ。
それに、死んだのは、火付けの張本人の女王一人で、他は無事だったって、グラセンからきいてるし、火事の規模も考えてたよりも小さかったかもしれない。)
レックスは、宮殿の敷地に入り、内部に入れそうな場所をさがした。どの扉もカギがかかっていたが、壊されている窓を見つけたので、そこから侵入する。宮殿内部には、調度品らしい物は何もなかった。ガランとした、ホコリっぽい廊下や部屋がいくつもあるだけだ。
(みごと、なんにもないな。ドロボウでも入ったのかな。まあいいや。玉座の間は、どこだろう。)
焼け焦げた場所に足をふみいれた。一つの大きな部屋を中心に、その周りに火災のあとがしっかり残っている。
ここがたぶん、玉座の間だ。母親が、火を放ち自殺をしたのは。
(マーブルとおれが、ここから脱出したあと、おふくろは一人になった。けど、使用人達は、まだいたはずだ。使用人の目をぬすんで、玉座に火をつけたのか。ドーリア公の軍勢さわぎで、宮殿中、ふるえあがっていたから、気がついたら、おふろくは死んでいて、火はここを中心に燃え広がってたってことかな。)
レックスは、足元の燃えカスをふみつけた。パキリと軽い音がし、くだけた。死ぬまぎわ、自分の母親はどんな思いだったのだろう。
だれかに見られている気がした。背後をふりむくと、フワリと人影が見え、すぐに消えた。レックスは、ゾッとした。
(ま、まさか幽霊。見えた? シエラにあずけた王家の剣なしで?)
レックスは、怖くなりその場から走った。今夜は退散しよう。そのまま、宿へとわき目もふらずもどり、ベッドの上でゼーゼーしていた。
(おふくろの幽霊なのか。死んだのは、おふくろ一人だし。玉座の間にいたのか。ライアスみたいに成仏できずにか。)
レックスは、室内に用意されていた水差しから水を飲んだ。
(ライアスに憑かれ、シエラがおびえたわけだ。やっぱり、怖いな。でもまだ、おふくろだという証拠がない。けど、夜行くのは、やばいな。)
レックスは、そのままフトンを頭からかぶり、無理やり眠ることにした。さっきの出来事は、夢にしてしまおう。
翌朝、少しおそめに起きたレックスは、朝食を食べに宿から出た。そして、朝食を食べたあとは、またすることがなくなり、どうしようかと考えていた。
(宮殿も見たし、そろそろ、クリストン行こうかな。サイモンは、部下が、おれがマーレルから出たのを確認したら、すぐに案内のために姿を現すとか言ってたな。けど、マーブルの忘れ物は見つからなかったな。何を忘れたんだろう。)
レックスは、足をとめた。
(まだだ。おれがまだ納得してない。昨日、今日じゃあ、マーレルにきただけで、何も見ちゃいない。たしか、国立図書館があるって、昨日の女?が言ってたな。そこへ行ってみるか。)
レックスは、案内板をさがした。そして、国立図書館へむけて、また歩いた。国立図書館は、官庁街という場所にある。官庁街は、その名のとおり、ダリウスの国を動かす組織が集まっている行政区画だ。
さすがにここは、道を歩いている人種がちがう。レックスみたいな一般人の姿は、ほとんどなく、上流階級の姿ばかりが目立っていた。
巡回している警官に、国立図書館の場所をきく。すぐに教えてくれたが、国立図書館は、立ち入りは禁止されていると付け加えられた。
レックスは、また立ち入り禁止かよ、といやになった。警官は、
「あそこには、マーレルの古い蔵書や博物類がたくさん収納されているんだよ。中には、国宝級の物もあるんだ。図書館と言うよりも、マーレルの知的財産の宝物庫なんだよ。
そんな場所だから、国立図書館を使えるのは、許可証をもらった学生か、学者、研究者くらいのものだ。貴族といえども、ただ本が読みたいだけじゃあ、中へ入れてはもらえない。まあ、あきらめることだな。」
警官は、行ってしまった。レックスは、がっくりくる。なんだか、マーレルの町自体が、自分を拒否してるみたいだ。
(おれ、ほんとにここの出身なんだよな。一番偉い王家の人間なんだよな。なんか、自信なくなってきた。)
すなおにクリストン行こう、もう、つかれた。シエラの顔が見たい。トボトボ歩いていると、同じ服装をした若者の束に出くわした。自分と似たような年頃の青年達だったので、マーレルの大学生だとわかった。
レックスは道をゆずり、楽しそうにしゃべる学生の姿を見ていた。その中の一人が、レックスの視線に気がついた。不愉快そうに眉間にしわをよせ、ツカツカと近寄ってくる。
「用もないのに、人をじろじろ見るな。じつに失礼だ。さっさとどこかに行け。」
いかにも貴族丸出しの態度に言葉を返す気もなく、その場を去ろうとした。学生は、
「まてよ。謝罪くらいしろよ。人を不愉快にさせておいて、だまって帰るのは礼を失する態度だぞ。」
レックスは、ムカッときた。
「さっさと行けと言ったのは、お前じゃないか。ああ、あやまりゃいいんだろ。じろじろ見て悪かったな。これで気がすんだろ。」
レックスの態度に、学生達はざわめいた。貴族に対する、一般民の態度ではない。けど、レックスの堂々とした体格にひるんだのか、ヒソヒソする程度でおわっている。
目の前の学生だけはちがった。
「お前、マーレルの人間じゃないな。旅行者か。どこからきた。言葉のアクセントが違うな。これだから、田舎者の旅行者は、めざわりなんだよ。なんでも、めずらしがってジロジロ見るからな。」
「田舎者でわるかったな。たしかに旅行者だよ。制服きた学生なんて、はじめて見たしさ。おれとおんなじくらいかなーって、見てただけだよ。なんだよ、国立図書館あるってきいたから、わざわざきたのによ。立ち入り禁止のうえ、制服見ていただけで、ナンクセつけられるしさ。」
「国立図書館? ただの観光か。」
「本を読もうかと思っただけだ。マーレルについて知りたいんだよ。マーレルのことは、何も覚えてないから。ここに、五歳までいたんだ。おととい、十三年ぶりに、帰ってきたばかりさ。」
「十三年前? ドーリア公のときか。君も、あのさわぎで町を脱出した人間だったのか。あの時は、ずいぶんたくさんの人が逃げ出したんだよな。けど、一年以内に、ほとんど、帰ってきたときいている。なんで、いまごろ。」
「親父が死んだんだよ。でも、もういい。昔、住んでいた家は人手にわたってるし、おれの居場所はどこにもないみたいだ。この町には、もう用はない。」
レックスの金髪が、フワリと風になびいた。学生は仲間に向かい、先に行くよう言う。一人残った学生は、
「・・・本を読みたいのなら、国立図書館に入れてやってもいいよ。ついてきて。」
さっきまでとはガラリとちがう態度に、レックスはとまどった。
「ちょっとまてよ。お前、何をたくらんでんだ。さっきまで、おれのこと失礼だのなんだのと、さんざんわめいてたじゃないか。どういう風のふきまわしだ?」
学生は、レックスの金髪をながめた。
「君の金髪はね、ダリウス・カラーとよばれる色なんだ。王族に、あざやかな金髪をもつ人が多かったからね。その色にあこがれて、ダリウス・カラーに染める人が多いんだよ。ぼくの亡くなられた母上も染めてたんだ。君のは地毛だろ。」
レックスは、
「なんでそんなことをきく。おれがどんな色してたって関係ないだろ。」
「君の色は、特にきわだっている。亡くなられた女王様も、そんな色だったけど、あざやかさなら君が上だ。少し赤がまじってるから、より強い色合いになってるんだよ。」
「死んだ親父は、見事な赤毛だったからな。だから、なんでそんなことをきくんだよ。」
「君の父さんの名前は、ウォーレン・サクセスだろ。」
レックスは、ドキリとした。