第一夜、到着(2)
ジョアンナは、指をほおにあてた。
「通り魔って言えばそうかもしれないけど、人が殺されてるのよ。しかも夜ばっかり。同じ手口で殺されてるから、同一人物の犯行らしいわ。つまり、連続殺人事件。」
「連続殺人事件? おれ、犯人にされかけのかよ。だから、外出禁止なんだな。」
ジョアンナは、うなずいた。
「去年の秋口から、ちらほら出始め、今年になってから、すでに三件出ているのよ。犯行は、下町が中心だけど、貴族達の住む地区でも遺体が出たから、警察はピリピリしてるわけ。」
「そりゃ、こわいな。それで、だれも夜の町には、いなかったのか。みんな、びっちり戸をしめてたしさ。でも、そんな凶悪犯、なんでつかまらないんだ。」
「さあね。犯人は、三十前後の男だってことくらいしかわかってないわ。おかげで、うちの店も商売あがったりよ。ここ、昼は軽食だけど、夜はお酒もだしているのよ。夜のほうが、あがりがいいしね。」
レックスは、お金をはらった。そして、店を出ようとすると、四、五人の人相の悪い男どもが、ドヤドヤと店に入ってくる。そのなかの、中年太りしている、ドスのきいた顔がジョアンナの腕をつかんだ。
「約束の期日だ。さあ、くるんだ。」
「いたい、はなして。」
「お前が、すなおについてくれば、この腕は、はなしてやる。ったく、この店の営業の期限は、昨日までという約束だったのに、まだ続ける気か。」
「あんたが、勝手に決めた期限じゃない。私は約束してないわ。出て行ってよ。私、あんたのとこにもどる気なんてないわ。いたい、いたいってば。」
男は、ジョアンナの腕をぎりぎりしめあげた。レックスは、ここは下手な正義感ではなく、逃げたほうがいいと思ったが、男の手下らしき者どもに出口をふさがれてしまう。
ジョアンナは、
「その人、ただのお客さんよ。新しい男じゃないわ。出してあげてよ。」
レックスは、
「お、おれ、ただの客です。金、はらったから出ていっていいですか。」
中年男は、出してやれと命じた。レックスは店から逃げた。が、やっぱり、人がいいのか正義感か知らないが、気になって、店の様子をかくれて見ていた。
ジョアンナが、ひっぱりだされた。今度は、腕ではなく、髪だ。レックスは、がまんできなくなった。
飛び出そうとするレックスの肩を、ポンとつかむ手があった。ふりむくと、レックスよりも大きな男が、いつのまにか背後に立っている。黒髪と黒服、黒マント、浅黒い肌、全身ほぼ真っ黒な、コウモリみたいな大男だ。
コウモリ男は、レックスをおしのけ、さわぎのなかへと入っていった。そして、
「せまい道で、朝から、いい迷惑だ。女をつれだすのは勝手だが、こんな場所でさわぎをおこさないでほしいね。通行人が、ここを通れなくてこまってる。さわぎをおこすんなら、外出禁止令が出てる夜にでもしろ。」
人相の悪い手下が、いっせいにコウモリ男におそいかかってくる。コウモリ男は、むだのない動きで、手下どもを瞬時にたおしてしまった。男どもは逃げ出し、ジョアンナは解放された。
「フー、だれだか知らないけどありがとう。たすかったわ。」
コウモリ男は、
「ただの通りすがりだ。じゃあ、おれは行く。さっきの連中がまたきたら、あんた一人でなんとかするんだな。」
「まってよ。あんた、強いのね。歳、いくつかしら。」
去りかけたコウモリ男は、ジョアンナをチラとみた。
「悪いが、あんたは、おれの守備範囲外だもんでね。ボディーガードだったら、他をあたってくれ。」
コウモリ男は、どこかへと去ってしまった。ジョアンナは、やれやれと乱れた髪を直しつつ、店へと入っていく。レックスは、ホッとして歩き出した。しばらく歩くと、さっきのコウモリ男がいた。男は、
「やすっぽい正義感は、身をほろぼすぜ。たとえ、体力に自信があっても、自分が素人だと考えるなら、さっさと逃げたほうがいい。さっきのやつらは、マーレルに巣食う裏組織のやつらだ。下手に手をだしたら、今度はお前が目をつけられるぞ。」
「あんた、わざわざそんなことを言うために、こんなとこでまってたのか。」
「まってたわけじゃない。ただの通りすがりだって言ったろ。お前の姿が見えたんだで、少しばかり忠告してやろうと思ってね。ただ、それだけだ。」
レックスは、警戒した。
「親切にありがとう。じゃあ、これで。」
「まてよ。逃げることはないだろ。おれが、うさんくさいのは仕方ないが、もう一つ、忠告しておく。さっきの女は男だ。女の格好をした男なんだよ。だから、守備範囲外だと言ったんだ。お前には、わからなかったろうがな。」
「男? それ、ホントかよ。ぜんっぜん、わからなかった。」
「そういうことだ。じゃあな。」
コウモリ男は、行ってしまった。レックスは、また歩き出す。
(なんだったんだ、さっきのやつは。変になれなれしいやつだったな。それに、すごい強かったし。まさか、バテントスの殺し屋。でも、殺し屋って、殺す相手に、こんなになれなれしくするのかな。)
レックスは、自分の周囲を見回した。サイモンの手下が、つねに自分の周囲にいるはずだ。
(素人のおれじゃあ、気配なんて読めないか。いるんだかいないんだか、よくわからない連中だな。まあ、ほんとに危険になれば出てくるはずだしな。とりあえず、さっきの男は、なれなれしいだけの、おせっかいかもしれない。)
レックスは、宮殿方面に向けて歩き出した。マーレルのあちこちに設置されている案内板を確認しながら進む。かつて、自分が住んでいた町なのに、レックスは、ここですごした記憶はない。
(ま、五歳かそこらじゃ、おぼえてるはずないか。そろそろ宮殿だな。)
宮殿に向かう道は、バリケードによってふさがれていた。立ち入り禁止の看板がある。
(なんだよ、これ。せっかくきたのに入れないのかよ。宮殿見なきゃ、忘れ物がなんだったのか、手がかりすらつかめないじゃないか。)
レックスは、バリケードを乗り越えようとした。
(ここは、もともと、おれの家なんだしな。かまうもん、やばい、警官だ。)
レックスは、警官に見つかる前に、その場を去った。また、警察署に逆戻りはいやだ。レックスは、マーブルの家、つまり、自分が産まれた家へ向かった。
家は、貴族達が住む区画から、だいぶはずれた場所にあった。家の大きさも、ベルセアのグラセンの家より、少し大きい程度である。
すでに他人が住んでいるので、外観だけを見て、その場をひきあげた。することがなくなった。午前中、てきとうにマーレルの町をぶらついて、昼を食べた後、今日の宿を選んだ。
午後、することもなく、ベッドでゴロゴロしていると、なんだか眠くなり、めずらしく昼寝をしてしまう。ゆうべ、牢屋でよく眠れなかったせいか、気がついたら夜だった。
腹がすいてたが、外出禁止令のおかげで、外に出ることができない。第一、店は、どこも閉まっている。
真っ暗だったので、室内のロウソクに火をともした。ポッと明るくなると、自分の荷物のそばに包みがあった。旅費と、肉をはさんだパンだ。
(ったく、姿くらい見せろよ。いっつもこれだ。おれが、寝すぎで夕飯食いそこねたのを知ってて、金だけじゃなく、差し入れもしてくれたんだな。)
レックスは、パンをかじった。まだ、ほんのりと暖かい。これが置かれて、さほど時間はすぎていないはずだ。
シエラはどうしてるかなー、とか考えつつ、レックスは最後の一口をのみこんだ。