第一夜、到着(1)
到着したら夜だった。道をまちがえたせいだ。華の都マーレル・レイも、こう真っ暗じゃあ、華も鼻も見分けがつかない。
マーブルからは、マーレル・レイは、夜でも明るく、人々がはなやかに行きかう町だときいていた。なのに、家や店はびっちり戸じまりをし、シンとしていて、道には人っ子一人、いや犬っころ一匹見当たらない。
いや、ネコがいた。真っ黒なネコで、夜目には見分けがつきにくい。うさんくさそうに、こっちをにらんだあと、ニャーと鳴き、どっかへ行ってしまった。
(な、なんだよ、ここ。ほんとに王都なのか。どこ行っても真っ暗じゃないか。だれもいないし。とにかく、泊まるとこ、さがそ。)
レックスは、宿をさがした。けど、どの宿も閉まっており、扉をたたいても、呼び鈴を引っ張っても返事すらない。困ってしまった。
(ひょっとして、王都にまできて野宿? しかも、こんな寒い冬に。防寒用マント一枚だけで、凍死しろってのかよ。こんなんだったら、道まちがえたとわかった時点で、前の町に引き返せばよかった。)
レックスは、ブルッとふるえた。腹もすいてるし、泊まるとこもない。でも、考えていてもしょうがない。寒さだけでも防ぐ場所をさがそう。ウロウロし始めたとき、ピリリーッと笛がなり、数人の警官に囲まれてしまった。
「あやしいやつだな。お前、こんな夜に何をしていた。夜間外出は禁止されているんだぞ。あやしいやつを見たら、連行しろとの命令だ。」
レックスは、両手をしばられ、わけがわからないまま、警察署につれていかれた。
「名前、レオン・ナッシュ。年齢、十八。出身地、ゼルム。ゼルム人が、こんな夜中に町中で何をしていたのだ。」
レックスは、取調室にいた。いかつい顔の警察官ににらまれ、弱りはてている。
「だからぁ。道まちがえたせいで、おそくなってしまったんだよ。それで泊まれる所さがしていたら、あんたらに御用になってしまったんだよ。なんで、マーレル・レイにきたって? おととし、死んだおふくろが、ここの出だったんだ。それで、マーレル・レイってどんな町なのか見にきたんだよ。」
「ゼルム北部からベルセア、カイルからダリウスへか。ずいぶん遠回りしたんだな。」
「しょうがないだろ。クリストンから海まわりで入れなかったんだしさ。とにかく、釈放してくれよ。やっとついたと思ったら、これかよ。」
警察官は、レックスの身分証を、そばにいた警察官にわたした。
「マーレルでは、ある事件が発生しているんだ。犯行は主に夜間行われるから、外出を禁止している。
夜、外出している人間は、特別な理由がない限り、警察署に連行しなければならない。まあ、お前はどうみても犯人ではないな。見栄えはいいが頭は悪そうだ。牢屋でよかったら、今晩、泊まっていきなさい。毛布くらい出してもいい。」
ここの人達は、都市名をマーレルと呼んでいるようだ。マーレル・レイは長いからだろう。レックスは、
「牢屋かよ。明日、ちゃんと釈放してくれんだろうな。けど、頭、悪いはよけいだよ。」
警察官は、レックスが書いた書類をさしだした。
「少しは勉強したほうがいい。マーレルの人間は、下町の子供でも、もっとましな字を書く。パンくらいしかないが腹もすいているだろ。あたたかいお湯もだそう。」
親切だか、バカにしてんだか。牢屋ってのは気にいらないが、外で凍死するよりはいい。でもって、牢屋のくさくて、かたいベッドで夜をすごし、翌朝早く、レックスは解放してもらった。
今日は、朝からよく晴れている。陽射しも、この時期にしては暖かく感じる。レックスは、うーんと背伸びをし、朝飯が食べられる店をさがした。
(腹へったな。パン一個じゃ、腹すいて眠れなかった。飯食ったら、宮殿のほうへ行ってみるか。さっさとマーブルの忘れ物みつけて、クリストン行かなきゃ。)
周囲を見わたした。朝がくると同時に、閉め切っていた扉がひらき、人の姿がチラホラ見える。とりあえずホッとした。
(事件って、どんな事件かな。きいてくればよかった。けど、安心した。昼間はふつうの町なんだな。)
「ねぇ、そこのあなた。金髪さんで背の高い男の人さん。ちょっといいかな。」
ふりむくと、背の高い美人がいた。歳は三十くらいか。
「わぁ、きれいな顔。すてき。ねぇねぇ、いくつ。」
レックスは、顔をしかめた。女は、
「十八? そんなに若いの。なんだー、お姉さんの守備範囲、はずれてるぅ。お姉さん、歳の差五歳でなきゃ、つきあわないことにしてんのよ。残念だわ。」
レックスは、立ち去ろうとした。女が、レックスのマントをつかんだ。
「こんな朝早くから出歩いてるなんて、あなた、旅行者ね。推測するに、夕べおそくついて、そのまま警察かしら。」
「はなせよ。守備範囲じゃないんだろ。」
「ここいらで、朝早くから開店してんの、うちの店だけよ。軽食屋だけど、朝食べるには、じゅうぶんでしょ。」
なんだ、客引きか。
「わかったよ。あんたの店によるよ。だから、マントから手をはなしてくれ。」
女の店は、こじんまりとしていた。店内に入ると、いい香りがただよってくる。
「そこにすわって。すぐ、用意するから。お茶もだしていいわね。ジョアンナ特性のハーブティーよ。」
女の名前は、ジョアンナと言うらしい。ジョアンナは、てきぱきとスープを皿にもり、パンをあぶり、バターとともに出してくれた。そして、ハーブティーをそそぐ。レックスは、ハーブティーに口をつけた。
ジョアンナは、
「ね、おいしいでしょ。これ、気に入っているお客さんが多くてね。貴族も茶葉を買ってくれるのよ。お茶の配合もきかれるけど、もちろん営業秘密。」
店内に充満する匂いのもとは、このお茶だった。レックスは、おかわりをしていた。冷えて疲れた体にしみわたる、やさしさだ。
「あんた一人で、この店を切り盛りしてんのか。」
「そうよ。この前まで、男がいてくれたけど逃げられちゃった。で、やっぱり女一人は不安でしょ。夜が夜だしさ。それで、いい人いないかなーって、さがしてたの。」
「悪かったな。ただの客にしかならなくて。おれが、強そうに見えたから声かけたんだろ。五歳が守備範囲って、歳いくつだよ。三十?」
「あら、女にそんな質問していいのかしら。あんた、マナー知らないのね。」
レックスは、パンにかぶりついた。さっさと飯食って退散しよう。ジョアンナは、レックスをからかうように笑う。
「ぶっきらぼうで愛想がない。やっぱり、若い子は、こうでなくちゃね。ね、恋人いる。その顔なら、いてもおかしくないわね。」
「顔、顔、顔って言うな。顔をほめて、次は頭悪そーとでも言うつもりだろ。顔なんで、どーでもいーんだよ。頭さえ良ければさ。なんだよ、マーレル・レイのやつらって、人をほめて、けなす連中ばかりだ。」
「あんたってさ、危険な匂いはしないのよね。だから、警察からあっさり釈放されたんでしょ。でも、その様子じゃあ、だいぶ、頭のこと言われたみたいね。でも、しかたないよ。この町、勉強家多いもんね。
マーレルって、大学いっぱいあるんだよね。おっきな国立図書館もあるしさ。エイシア中から、学生さん集まってくるのよね。カイルの領主様の弟さんもいたしね。
むかーしの話になるけど、クリストンのライアス様も、マーレルの大学にきたがってたって。でもほら、ドーリア公のせいでさ、くることできなかったんだよね。かわいそう、あんなに頭がよかったのに。」
きいていて、これほどおもしろくない話はない。レックスは、スープを丸呑みした。
「ごちそうさん。いくらだ。」
ジョアンナは、お茶をカップにそそいだ。
「もう少し、ゆっくりしてったら。」
「一つきいていいか。なんで、夜間外出はだめなんだ。外出禁止しなきゃならない事件って、なんなんだ。さっするに、通り魔か?」