九、父さんの忘れ物
シエラは、ずっと泣いていた。レックスは、ずっとだきしめてた。シエラは、そのうち眠ってしまった。目がさめたら夕方だった。
シエラは、はれぼったくなった目を水でひやしていた。
「ひどい顔。目が真っ赤。叔父様もあんな事、話す必要なかったのにね。私も、はじめて知ったけどさ。」
レックスは、
「マーブルのやつも、ショック受けてたみたいだ。さっきやっと、もどってきたけど、ムッとして部屋に閉じこもっちまったしな。」
「サイモン叔父様も、苦しかったんでしょうね。それに、父様も、言い訳なんかする人じゃなかったしね。」
「ライアスはなぜ、父親にきらわれたんだ。反乱に反対して、きらわれただけじゃあない気がするんだよ。それ以前に、なんかあったんじゃないのか。反乱に反対しただけで、塔に閉じ込めるなんて、おかしいと感じてたんだ。」
シエラは、少し考えた。
「分かんない。兄様の記憶しらべても、よく分からないの。兄様が小さいころは、きびしかったけど大切にされてたわ。母様の死んだあたりになるのかな。このあたりから、父様の態度が、よそよそしくなってきたみたい。兄様、かなり困惑してる。母様の死が関係してるのかな。」
「女房死んで、さびしかったんじゃないか。それで、ライアスは母親によく似ていて、顔を見るたびに思い出すから、そうなったんじゃないのか。」
シエラの母親は、シエラが二歳かそこらのとき死んでいる。シエラは、母の顔は知らない。
「それも分からないの。母様が死んだとき、父様、サラサにある母様の肖像画、みんな燃やしたんだよね。私、母様の事は、みんなからきいただけ。美人だったのは確かよ。私の髪と目の色は、母様と同じ栗色なんだよね。」
「でも、お前、心神喪失してたとき、母親の幻がそばにいたんだろ。幻をつくれるくらいなら、ある程度は覚えてるって事じゃないのか。」
「うーん、今となっては、はっきりしないんだよね。あの時の記憶は、かなりあいまいだしさ。けど、考えてみれば、金髪で青い目ってのは、ライアス兄様だけだったな。シゼレ兄様は、父様とおなじ黒だしさ。」
「金髪と青い目は、ダリウス王家の特徴だって、マーブル言ってたよ。おれの緑の瞳は、マーブルからもらったんだけどもさ。けど、この金髪は、母さんからのモンだっだって。ライアスの金髪は、王家のモンじゃないのか。」
レックスは自分のサラリとした金色の髪を手にとって、シエラに見せた。シエラは、
「かもね。ライアス兄様は、レックスほどじゃないけど、とてもきれいな金髪してたしね。王家の人は、レックスのお母さんの前の王様も金髪だってきいてるし、黒だった父様のほうが、めずらしいくらい。私、兄様の髪、すっごくうらやましかったんだ。」
「その栗色も、あったかそうでいいよ。結局、ライアスの原因は分からずじまいか。それさえ分かれば、もう少し、あいつの事、分かってやれたのにさ。」
「ごめんね。でももう、この話は、これくらいでやめとこ。さわられたくない過去の傷なんだしさ。今、あの子、眠ってるけど、起きたらたぶん機嫌悪いよ。あまり、変な事きかないでね。」
「なら出すな。機嫌直るまで、お前の中に閉じこめておけ。」
その夜遅く、マーブルはミランダに、マーレル・レイに行きたいとつげた。忘れ物を取りに行きたいと言う。ミランダは、
「それは、かまわないけど、忘れ物って何? 逃げる時、だれかに預け物でもしてたの。」
「モノじゃない。十三年前の忘れ物さ。それを取りに行かないと、おれはお前といっしょになっても墓参りばかりしてしまう。すまん、ミランダ。」
ミランダは、ため息をついた。
「あやまる必要ないわ。行きたければ行けばいいでしょう。でも、あんた、ほんとに、私といっしょになりたいの? 本心から、そう望んで求婚したの?」
「ほんとにすまん。けど、おれの十三年の意味を、もう一度ちゃんと考えて整理したいんだ。サイモンの話を信じたわけじゃない。信じてしまえば、マールの死はむだになる。おれが、必死でレックスを守りぬいた意味もなくなってしまうんだよ。」
「マーレル・レイに行けば、その答えが分かるとでも。」
マーブルは目をふせ、床を見つめている。ミランダは、
「あんた、息子が手をはなれたから、さびしいんでしょ。私は、待っていたほうがいい?」
「おれは、身勝手な男だよ。下手すりゃ帰ってこないかもな。でも、一人には、なりたくない。やっぱり、お前には、ここにいてほしい。」
ミランダは、いい加減にしてと思ったが、だまっている事にした。今のマーブルに、何を言っても無意味だ。
次の日の昼過ぎ。クラサの町に旅芸人の一座がやってきた。サイモンがきてから、屋敷の空気が重苦しくなっている。シエラはまた、おばあさんに姿を変え、ミランダといっしょに町へ出かける事にした。
何もない田舎町では、ときおりおとずれる旅芸人は唯一の楽しみだ。大人も子供も、このときばかりは仕事の手をとめ、芸を見にあつまってくる。
町の広場は、見物人でいっぱいだった。大道芸は、田舎のドサまわりとは思えないほど芸が立派で、シエラはひさしぶりに楽しんだ。
シエラが、特に気に入ったのは、お手玉だった。芸人の男の体のあちこちから、とりだされた玉は、あっというまに増え、芸人の手をすきまなくクルクルまわっている。その見事な動きに見物客は歓声をあげていた。
「楽しかったね、ミランダ。レックスにも見せたかったな。」
帰り道、シエラはそう言った。ミランダは、
「見れるかもしれませんよ。町の人の話では、夜になると、芸人がそれぞれ各家庭をまわるそうです。こんな田舎じゃ、一回芸を見せただけでは、あんまり稼ぎはないですからね。」
「屋敷にもきてくれるかな。おじいさんとおばあさん、お金持ってるから、きっときてくれるよね。あのお手玉の芸人さんがいいな。」
ミランダは、笑った。
「さあ、どの芸人がくるかは運ですね。夕食を早めにして待ってましょう。ところで、ライアス様の御様子は?」
「しばらくダメかな。心を閉ざしちゃったみたい。カラに閉じこもっている、そんな感じ。できるだけ、表の事は分からないようにしてる。目と耳をふさいでいる状態。あ、叔父様との話なら心配ないわ。あの子の知識と能力は使えるもの。これからの事は、私がちゃんとやるから。」
そうですか、ミランダはつぶやいた。
で、その夜、早めの夕食の後、シエラとレックスは夕食を食べた後のテーブルで、芸人を待ちながら、サイモンとごちゃごちゃ話をしていた。
シエラは、
「うん、クリストンのだいたいの事情は分かったわ。豪族達の協力もとりつけたし、あとは銃の量産ね。手紙でたのんでおいた鍛冶屋さんは集まってるかしら。いままでつくっていた武器とは、だいぶちがうから大丈夫かな。」
サイモンは、
「実は、大砲をまねてつくってみたんだよ。見よう見まねだったから、使い物にはならなかったがね。銃は、ライアスが書いた詳細な設計図があるから、なんとかなるだろう。」
「あの試作品は、持ってっていいって。グラセン様が最初におつくりになられた銃とは、だいぶ構造がちがってしまったから、改造前の銃になれたマーブルさんには使いにくいみたい。」
「それは助かる。実物があるなしじゃあ、だいぶちがうからな。ところでシエラ、お前達はいつクリストンへくるつもりなんだ。私としては、明日にでも、お前達をつれていきたいが。」
シエラは、レックスの顔を見た。レックスは、
「おれはいつでもかまわないよ。けど、しばらくのあいだ、身分はだまっていてほしいんだ。あんた、おれの事は、だれにも話してないよな。」
「知ってるのは、私がつれてきた部下だけだよ。口がかたい連中だから安心してもいい。」
レックスは、ホッとした。シエラは、
「じゃ、決まりね。」
シエラは、窓を見つめた。芸人は、まだこないのか。レックスは、
「さっきから、窓ばっかり見てるな。なんか気になる事でもあるのかよ。」
もう、そろそろ寝る時間だ。シエラは、がっかりした。
「やっぱり、こんな町外れにはこないか。楽しみにしてたのにな。」
おじいさんが顔を出した。やっときたようだ。お手玉芸人だった。シエラは、大喜びでミランダ、そしてしぶるマーブルを寝室からひっぱりだした。
芸人の男は、にこやかにあいさつをした。そして、威勢のよい掛け声とともに、玉をとりだし、クルクルまわしはじめる。玉の数はドンドン増えていき、まわす玉の高さは、天井にぶつかりそうになる。おばあさんが、お金を数え始めた。
「ね、すごいでしょ、レックス。あんなにたくさんの玉、体のどこに、かくしてんだろうね。」
芸人は、すばやい手の動きで、また体をさわる。そして、とりだした何かを、シエラとレックスめがけて、それぞれ投げつけた。
シエラのそばにいたミランダが、反射的にシエラを床に押し倒す。指の長さほどのナイフが、壁につきささっていた。芸人は、すぐさま家から姿を消した。ミランダが追いかけたが、見失ったようで、すぐにもどってきた。
レックスはマーブルをかかえていた。マーブルの右肩は血がにじんでおり、全身が、はげしくけいれんしている。サイモンが、壁のナイフをぬき調べ、首をふった。
「ゼルム毒蛾です。この毒は、牛一頭を簡単に殺します。まさか、旅芸人とは。」
マーブルは、けいれんする手で、レックスの顔をなでた。
「ア、アレク、ス。アレク。」
ニコッと笑ったあと、マーブルのけいれんはやんだ。
逃げた芸人は、サイモンとグラセンの部下につかまりしだい、毒を使い自ら命を絶った。この芸人は、エイシアの人間だった。
サイモンは、
「雇い主が知られるくらいなら毒をあおぐ、まちがいなくプロの仕業だ。バテントスに雇われたんだろう。残りの芸人もつかまえたが、どうやら無関係のようだ。あの芸人は、数日前に一座に加わったばかりらしい。」
サイモンは、自らの失態を責めていた。警戒してたのは、バテントスだけで、エイシアの殺し屋までは注意がいかなかった。
シエラは、
「私がマーブルさん、ひっぱってきたから。あのまま、お部屋にいたのなら。」
シエラは、顔をおおう。サイモンは、
「自分を責めるな。彼がいなければ、レックス君が死んでいたはずだ。子を失った親の痛みは、とてもつらいものだ。彼は、笑っていたはずだよ。」
「レックスがかわいそうよ。ミランダさんも。」
サイモンは、シエラをだきしめた。そして、
「芸人は、お前とレックス君だけを正確にねらった。バテントスはまちがいなく、レックス君に気がついている。お父上を埋葬したら、すぐにクリストンへ向かおう。ここも、安全ではなくなったんだ。」
シエラは、涙とともにうなずいた。
おじいさんが、涙ながらにつくった棺にマーブルをおさめ、出発の用意をおえたあと、みんなは裏山に向かった。そして、マーブルの祖父のとなりに穴をほり、そこへ埋葬する。
レックスは、木を見つめた。さわろうと手をのばしたが、やめた。この木は、あまりにも父のおもかげを残しすぎている。
レックスは、シエラに向かい、
「ゆうべ、ミランダと話したんだ。マーブルは、マーレル・レイに行くつもりだったらしい。忘れ物を取りに行くってさ。」
シエラは、
「忘れ物って何?」
「分からない。ミランダの話をきいても、おれにはピンとこなかった。だからさ、シエラ、その悪いけど、クリストンには先に行ってくれ。おれは、マーレル・レイに行く。そこで、マーブルの忘れ物がなんだったのか、しらべてみたいんだ。」
シエラは、びっくりした。
「ちょ、ちょっと待ってよ、レックス。叔父様の話、きいたでしょ。レックス、正体ばれてるのよ。また、ねらわれたらどうするのよ。私もいっしょに、」
レックスは、手で制止した。
「一人にしてほしいんだ。一人で、いろいろ考えてみたいんだよ。このまま、クリストン行っても、おれは、お前にオンブにダッコだ。それもしかたないと思ったけど、やっぱりいやだ。だから、こんな自分でも、できる事があるか考えてみたい。マーブルの忘れ物が分かれば、それも分かると思う。たのむ、行かせてくれ。」
シエラは、レックスの顔を見つめた。サイモンは、シエラの肩に手をおく。
「好きなようにさせてあげなさい、シエラ。まだ、春までには時間がある。レックス君、私とシエラは、君の帰りをクリストンで待ってるよ。」
シエラは、王家の剣をレックスにさしだした。そして、無理に笑顔をつくる。
「お守りよ。」
レックスは、受け取らなかった。
「これは、お前に必要だ。それに、おれが持ってると、必要以上に正体がばれてしまう。おれの事は心配するな。まあ、一人で行くといっても、しょせん、一人じゃないはずだしな。」
レックスは、ミランダとサイモンの顔を見た。ミランダは、
「私は、あんたのあとを、コソコソつけていく気はないわよ。その甘ったれた顔も見あきてるしね。シエラ様についてくわ。」
サイモンは、
「私の部下は、君が危険だと判断しない限り手助けはしない。一人旅で困った事があっても傍観しているだけだ。これをもって行きなさい。旅費だ。たりなくなるころに、また送ろう。」
「金なんてもらえないよ。日雇いでもしながら行くつもりだよ。」
「時間が、かかりすぎる。春までには間に合わないぞ。遠慮しなくてもいい。これは領主の金だ。つまり、君の財産なんだよ。」
レックスは、受け取った。サイモンは、
「君が産まれた町を一度見てきなさい。次に行く時は君は王なのだからな。」
レックスは行ってしまった。シエラは目をこすった。ライアスが顔を出し、サイモンを横目でにらむ。
「シエラが、かわってとたのんできたから、出できただけだ。しばらく一人になりたいって。」
「そうか。あいかわらず妹思いだな。昨日は、すまなかったな。」
「ぼくは、お前を、ゆるしたわけじゃない。ぼくに隠し事は、二度としないと誓え。こんどしたら、お前を八つ裂きにしてやる。」
サイモンは、肩をすくめた。
「やっと、クリストンのライアスがもどってきたな。お前は、そのくらいでちょうどいいんだよ。私はお前のその生意気で威勢のいいところが、気にいってるんだ。」
もう一人のシエラは、フンと鼻をならした。そして、クリストンの方向を見る。
「雪山なんて、ぼくはごめんだね。一気に山脈を飛び越える。白竜、姿を現せ!」
よく晴れ渡った青空に、白いドラゴンが姿を現した。白竜は、シエラ達を乗せた後、白い翼をはためかせ、クリストンへ向けて一気に飛翔する。だが、白いドラゴンは、人の目には、白い雲にしか見えないはずだ。雲は、スーッと青空に白い軌跡を残し、山の彼方へと消えていった。
第二章へ続く。
長い物語の序章とも言える、第一章をご一読くださり、ありがとうございました。一章の物語は、主人公レックスの父親であるマーブルの物語となっています。マーブルは性格的には、かなり問題のある父親です。決して理想的な父親像ではありません。ですが、信念の人でもあります。苦しい中、ひたすら運命を耐え、そして命がけで自分の息子を守り、何一つ見返りをのぞまず、愛する息子を次の時代へとたくすために、生きたぬいた一人の男です。彼の生涯は、その後のレックスに深い影響を与えます。物語の主人公は、父から子へと受け継がれ、新しい物語がはじまっていきます。第二章もお楽しみいただければ、作者としてうれしいかぎりです。