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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第一章、空と大地の剣
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一、クリストンの姫君(1)

 おい、おい、いい加減におきろよ。いつまで寝ている。もうすぐ夜明けだぞ。


(おねがい、もう少し、もう少しだけ寝かせて。つかれているの、とても。)


 ったく、いくら睡眠薬を飲まされているからって、よくそんなに寝られるもんだよ。こちとら、お前さんのせいで、昨日の昼からずっと山ん中を逃げっぱなした。


(眠いの、とても。もう、本当につかれちゃった。兄様達のように眠りたい、ずっと。)


いい加減にしろってんだ。本当につかれたのはこっちだ。おろすぞもう。


(バテントスについたの? ずいぶん早いのね。)


 ドサッ!


 シエラは、一発で目がさめた。つもった枯葉の上に落とされたので、それほど痛くはなかったが、眠っていたのをいきなり落とされたので、びっくりして心臓が飛び出しそうになる。


 ちょっとぉ、乱暴じゃない。お姫様になんてことをするのよ。


 黒髪の若い女が、中年の赤毛の男にどなったのが見えた。


「シエラ様、大丈夫ですか。お怪我はありませんか。」


 山の中だった。シエラは朝の冷たさにブルリとふるえる。季節は秋なので、山の明け方の寒さは身にこたえる。黒髪の女の笑顔が見えた。


「簡単な物しかありませんが、何かお食べになりますか。喉は渇いてはいませんか。」


「何も、何もいりません。ここは、バテントスですか。」


 赤毛の中年男と黒髪の女は、顔を見合わせた。中年男は、やれやれという顔をし、黒髪の女はやさしく笑う。


「ここは、クリストンの隣国ゼルムの山の中です。バテントスの船がとまっている港に着く前に、私達がシエラ様をおたすけしました。私はミランダ。この男は、」


 マーブル。赤毛の男はめんどくさそうに答えた。そして、赤い髪と対照的な緑色の瞳でチラとシエラを見たあと、黒髪の女に視線をうつした。


「ミランダ。この先に山小屋がある。少し休もう。国境を越えちまえば、いくらバテントスでも追ってこない。夕方までにリクセンにつけば、グラセンのジジィも安心するはずだ。」


 グラセン、シエラは聞き覚えがあった。ベルセア国教会の偉いお坊様の名前だ。たしか、ライアス兄様がクリストンの領主になったとき、ベルセア国教会からお祝いにきてくれた人だったはず。


「グラセン様、グラセン様とおっしゃいましたね。私、その方を知っております。たすけてくださったって本当ですか。私、本当にたすかったのですね。バテントスに行かなくてもいいんですよね。」


 赤毛の中年男は、あきれたように頭をかく。かくたびに、ボサボサとフケのような物が落ちてくるのを見ると、そうとうフロに入ってないようだ。


「歩けるんなら、ついてくるんだ。ついてこなけりゃ置き去りにするぞ。こちとら、世話になってるグラセンのたのみでたすけたんだ。」


 黒髪の女は、ムッとしたように男を見た。


「どうしても行きたいってグラセン様にたのんだのは、あんたじゃない。素人のあんたじゃ、足手まといだって私は反対したのにね。」


「おれは、この銃の威力をためしたかっただけだ。グラセンが、バテントスの大砲をヒントに設計した新武器なのに使わないじゃ宝の持ち腐れだろ。」


 マーブルは、右手に持っている細長い筒状の道具をシエラの前にさしだした。シエラには、ただのへんてこな杖にしか見えない。


「ま、そういう事だ。いくぞ。おれは少し眠りたい。」


 と言い、さっさと行ってしまう。ミランダが、枯葉の上に座りっぱなしのシエラを立たせた。少し、フラフラする。ミランダは、シエラの服についている枯葉を払い落とした。


「シエラ様、すみません。乱暴者で。山小屋は、すぐですから。」


「あの、二人だけで? 私を護衛してたバテントス軍は、少数ながらも精鋭ばかりときいてましたから。」


 ミランダが、クスリと笑う。


「他の者達は、まだここにいますよ。シエラ様の目に見えないだけです。二人だけでは無理ですよ。」


 シエラは、周囲を見回した。カサカサという山の音しかきこえない。


「さあ、行きましょう。こんなところに長居は無用です。いろいろと疑問もあるでしょうけど、今は私達を信用してください。決して、悪いようにはしませんから。」


 シエラには、ついて行くしかない。


 ミランダは、詳しい事はリクセンで待っているグラセンにきけと言った。そして、山小屋で少し休んだあと、シエラは、なれない山を歩き、夕方にはリクセンという小さな町へと到着した。


 町の食堂で三人は夕食を済ませたあと、シエラは小さな宿へと案内された。


 宿の前でマーブルは用事があると言い、そのままどこかへ行ってしまう。シエラはミランダとともに宿のギシギシとした階段をのぼった。そして、たてつけの悪い扉を開くと、愛想のよい小柄な老人が待っていてくれた。


 まちがない、ライアス兄様の領主就任のさいの老人だ。


 シエラを見た老人は、すわっていたイスから立ち上がり、シエラの手をとった。


「おお、こんなに素敵なレディになられまして。いやはや、月日のたつのは早いものですな。」


 老人はシエラを、自分がすわっていたイスにすわらせた。


「私を覚えておりますか? お兄様のお祝いにベルセア国教会からかけつけたジジィです。」


「あ、あのその、はい、覚えてます。グラセン様ですね。あの、ありがとうございました。私、バテントスなんかに行きたくなかったんです。」


「そうでしょうな。あそこは知らない異国の地です。シエラ様が行ってよい場所ではありません。お国があのようになりまして、さぞつらい思いをされたでしょう。ですがもう、何も心配はございません。すべて、このジジィにおまかせ下さい。」


 老人は、うんうんと、うなずきながら言う。シエラは部屋の片隅に、大きな青年がいる事に気がついた。

 

 サラリとした金色の長い髪を、むぞうさに頭の後ろでたばねている、緑色の瞳をしたかなりの美青年だ。グラセンは、


「レックス、ごあいさつなさい。クリストンの姫君ですぞ。」


 レックスと呼ばれた青年は、ムッとしたように顔をそむけた。グラセンは、青年の態度にため息をつく。


「もうしわけございません。この夏十八になり成人しましたが、このようにあいさつ一つできない世間知らずの若者でして。レックス、こちらにきなさい。初対面の女性に対して失礼ですぞ。」


 青年は、しぶしぶシエラにあいさつをした。が、すぐにバタンと扉をならし、部屋から出て行ってしまう。ミランダは、あきれたように扉を見たあと、お茶をもってきますと言い部屋から出て行った。


 すぐに廊下から、どなりあう声がきこえる。シエラは、グラセンを不安そうな目で見つめた。


「私は、これからどうなるのでしょう。せめて、サイモンに連絡はとれませんか。サイモンは、長年領主家に仕えてくれた側近で、私にとっては肉親同然の人ですから。それに、サイモンの妻は、私の母の妹で、彼は私の叔父にもあたるんです。」


 グラセンは、しぶい顔をした。


「サイモン様ですか。たしか、シエラ様の母君と、彼女の妹であるサイモン様の妻は、お二人とも、ベルセア国教会の総本山があるベルセア国の出身でしたな。」


 ベルセア国教会の総本山は、同じ名前のベルセアという小さな国にある。その名のとおり教会が支配する国だ。グラセンはそこに住んでいる。シエラの母と叔父であるサイモンの妻も、ベルセアの僧侶階級の家の出だ。


「グラセン様、たすけていただいたことには、とても感謝しております。叔父は、私がたすかったことを知れば安心なさるでしょう。叔父もバテントスとの戦いの最中、看護兵として参戦していた叔母を失っています。叔父にとっても私は、今はただ一人の身内なのです。おねがいします。」


「もうしわけございません。サイモン様は、反バテントス勢力の一つとして、活動なさっているときいております。つまり、居場所は転々と変わっておられるはずです。連絡をとるなどとても無理です。


 それに下手にサイモン様をおさがししたら、シエラ様がこうして私の手元にいることが知られるとも限りません。バテントスは、シエラ様をさらったのが誰か、まだ分からないはずです。


 今はシエラ様の安全が優先されます。まずは、このゼルムからベルセアへまいりましょう。その後の事は、そこでご相談します。」


「ベルセア国教会が私を守ってくれると?」


 グラセンは、首をふった。


「今回は私の独断です。教会は何も知りません。教会の内部には、この島、エイシア島へ攻めてきて、クリストンを占領したバテントスに対する恐怖心があります。


 もし、私がシエラ様を保護した事実が知られたら、シエラ様の安全どころか、私の身も危険になってしまいます。それどこか、ベルセア国教会がバテントスの敵とみなされてしまうかもしれません。


 ですから、あくまでも私の独断なのです。ですが、ご安心を。シエラ様は私の命にかえても守りぬいてみせます。」


「なぜ、そこまで私を? グラセン様は、バテントスがこわくはないのですか?」


 シエラには信じられなかった。自分とほとんど縁のない老人、しかもただの僧侶が、危険をおかしてまで占領された国の姫をたすける理由が。


 グラセンは、深いため息をついた。


「彼らのねらいは、このエイシア島の全占領です。このエイシア島は、バテントスがある大陸よりも南に位置しており、食料にはこまりません。バテントスは山岳地帯が多く、冬が長いときいております。だから、豊かなこの島へとやってきたのでしょう。」


「食料なら、お金をだして買えばいいでしょうが。貿易なら、クリストンは歓迎します。なのに、どうして突然おそってきて、このような事をするのでしょうか。」


「貿易は相手のつごうによります。確実な食料確保には、占領のほうがよいのです。特に急激な領土拡大をし、大陸の支配をもくろんでいるバテントスにとり、貿易などという考えは最初から無いのですよ。」


 シエラは、うつむいてしまった。グラセンは、


「クリストンが占領されたとき、この島の宗主であるダリウス王国と、ここゼルム、そしてこの島のもう一つの国カイル、我がベルセアは対応を考えました。ですが、バテントスが持ち込んだ武器、大砲ですか、あれの威力に太刀打ちできる方法が見つからなかったのです。

 

 それに今は、かんじんのダリウス王国の王である、ダリウス王が不在の時期です。現在のダリウス王国には、ゼルムとカイルをまとめあげて、バテントスに対抗するだけの力はないのです。

 

 古い伝説によると、かつて、この島は千年前に一度だけ、今と同じように大陸の異国人に支配された事がありました。そして、その支配から島を解放したのが、伝説の英雄、女王ミユティカでした。


 ミユティカは、神から授かったとされる神剣と、二つの首のある双頭の白竜と呼ばれるドラゴンを使い、この島を支配している異国人と戦い勝利し、ダリウス王家の始祖となり、千年の長きにわたる、安定した国をつくったと伝えられております。


 そしてこの千年、どこからも占領されず、島内で小さな争いはおきていましたが、ダリウス王国を宗主とし、ゼルム、カイル、クリストン、それに宗教国家ベルセアの安定したこの島の統治は続いていました。


 ですが今、また再び異国からの支配を受けようとしています。ミユティカ以前の時代にもどろうとしているのです。それだけは、防がなければなりません。」


 シエラは、ぎゅっと手をにぎった。


「もうしわけございません。クリストンが占領されたのも、私がこうなったのも、自業自得というものです。父が、亡き父が、十三年前、あのような事件をおこさなれけば、このような事態には、おちいらなかったでしょう。父が、マルガリーテ女王様を(あや)めてしまった事を大変つらく感じております。」


 シエラの父、ドーリア公はダリウス王家の出身だった。代がとだえた領地の跡継ぎは、王家から出されるのは、この島の慣例となっていた。


 十五年くらい前になるだろうか。当時のダリウス王が世継ぎをもうけないまま狩猟祭の落馬事故で亡くなり、次の王位を、亡くなった王の弟でクリストンに養子に出されていたドーリア公か、妹のマルガリーテ王女かで、ダリウスはもめていた。


 慣例ならば、養子に出されたドーリア公よりも、ダリウスに残っているマルガリーテ王女が女王で決まりだろう。だが、マルガリーテ王女は政治的能力が皆無の上に、性格もかなり身勝手で、しかも奔放なふるまいをしたあげく、低い身分の男と恋愛結婚をしており、女王とするには非常に問題がある王女だった。


 おまけに、マルガリーテ王女の母親は、正妻の侍女だった女だ。父王が、酒に酔ったせいで正妻と侍女を間違えたという、いわくつきの王女でもある。対するドーリア公は、前王と同じ正妻を母としていた。こういう理由があったので、養子に出されたドーリア公が、王候補に浮上したのである。

 

 しかも、ドーリア公には、ライアスという優秀な跡継ぎがいた。ライアスは当時十三歳で、神童と呼ばれるほど、文武にすぐれた才能を持つ少年だった。おまけにライアスは、ダリウス王家の特徴でもある金髪と青い目をしており、非常に美しい容姿の持ち主でもあった。


 マルガリーテ王女にも、当時三歳か四歳かの男の子がいたが、父親の身分が低い上に、あのバカ王女から産まれた子だという理由で、たいして話題にもならず、王子という扱いもされていなかった。

 

 慣例をとるか例外をとるかで、ダリウスは一年近く議論を繰り返していた。一時は、ライアスという強力なカードがあるドーリア公で決まりかけた。だが、伝統を重視したベルセア国から横槍が入り、慣例通り、マルガリーテ王女が女王として即位する事で決着がついた。


 そして、ドーリア公は、一年もたたずにダリウスへ兵をすすめ、王都マーレル・レイをおそったのである。結果、マルガリーテ女王は、宮殿に火をはなち燃え尽き、マルガリーテ女王の夫と王子は行方不明になってしまった。


 王都はドーリア公にふるえあがった。このまま、ドーリア公が王として即位するのではないかとおそれていた。又は、ドーリア公を王としなかったことで、どんな報復を受けるかとおびえてもいた。


 が、ドーリア公は、女王の死を確認しただけで他には何もせず、王都マーレル・レイからあっさり兵をひきあげ、クリストンに引っ込んでしまった。王都の略奪もせず、もう用は無いとばかりに帰ってしまったのである。


 その後、ダリウスは、ドーリア公の襲撃に対して沈黙を守った。非常に(いきどお)ってはいたが、下手に騒ぎ立てて、せっかくクリストンに引っ込んでくれた災いを、ゆり動かしたくなかったからだ。


 ダリウスは、ドーリア公をどうこうするよりも、王子を捜索する事に専念した。だが、何年たっても見つけられなかった。しだいに、王子は人の記憶からうすれ、ダリウスも、これだけ捜索しても見つからないのであるならば、死んだかもしれないと考え、捜索をやめたのである。

 

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