八、クラサの真実(2)
リクセンから、ずっと続いていた緊張した日々から解放され、のんびりとした時間にもなれたころ、シエラの叔父サイモンが屋敷に到着した。
「シエラの叔父のサイモンです。姪が、大変お世話になりました。亡き両親と、兄二人にかわり、お礼申し上げます。」
サイモンは、その場にいたマーブルとミランダにたいし、深々と頭をさげた。マーブルは、
「シエラを助けたのは、グラセンだ。礼だったら、グラセンに言え。おれ達は、やつのたのみで、シエラの面倒をみていただけだ。」
「いずれ、ベルセアに行き、直接お礼を申し上げるつもりです。ところで、シエラはどこですか。シエラの夫となられた、あなたの御子息にもお会いしたいのですが。」
ミランダは、
「二人は今、町へ買出しに行っています。シエラ様がどうしても手料理で、あなた様を歓迎したいとおっしゃられましたので。もうしばらくしたら帰ってくると思います。」
マーブルは、
「ここで、旅のつかれがとれるまで、ゆっくりするといい。ただし、町には出ないでくれないか。ここに、客がきているのを、あまり知られたくないんだ。シエラの事は、手紙で知っているよな。信じられないかもしれないが事実だ。ライアスは、シエラといっしょだ。」
サイモンは、
「信じざるをえないでしょう。手紙の筆跡も内容も、ライアスそのものです。シエラでは、あのような的確な手紙は書けません。はじめこそ疑いましたが、何通もとどけば、疑う余地などなくなります。」
マーブルは、ライアスが、サイモンへの手紙をミランダにたくしていたのは知っていたが、そんなに何通も書いてたなんて知らなかった。
「じゃあ、こっちの事情は、あらかた知ってるな。息子は、シエラといっしょにクリストンへ行きたがっている。だが、まったく役にはたたん。それだけは、覚えておいてくれ。おれは少し出かけてくる。」
マーブルは出て行った。日課となってしまった墓参りだろう。マーブルが、サイモンに敵意をいだいていることは確かだ。ミランダは、その事をサイモンにわびた。
サイモンは、
「それだけの事を、我々はしたのです。この場で、彼に殺されたとしても、しかたないと思っていました。十三年前の事を、謝罪しようとも考えていましたが、今の御様子ではとても口には出せません。なのに、シエラを保護してくださり、結婚までさせていただいて、叔父としては感謝の言葉もつきません。」
「あの、サイモン様は、お一人でここへ?」
サイモンは、ほほえんだ。
「冬山は、私一人では無理ですよ。供を数人つれてきています。ミランダさんのお仲間と、今ごろあいさつをかわしてますよ。」
「もし、お疲れではなかったら、鍛冶小屋へ御案内させていただいてもよろしいでしょうか。シエラ様から、自分がいないうちにサイモン様がいらしたら、例の物を見ていただくよう、言い付かっておりますから。」
「例の物? 手紙にあった銃ですか。それはぜひ拝見したいです。案内をおねがいします。」
サイモンは丁寧な男だった。ミランダのような女にも、身分の高さなど感じさせない、自然な態度で接してくる。ミランダは、レックスをあずける以上、どんな男かと多少警戒はしていたが、これなら心配なさそうである。
シエラは、レックスとともに町で調達した食材をもち、帰り道を急いでいた。レックスは今、王家の剣の魔法により、屋敷のおじいさんに化けている。シエラもおばあさんだ。
レックスは、
「そろそろ、もとにもどしてくれよ。ジーサンなんてやだ。」
「まだ、町から出たばかりよ。だいたい、レックスが屋敷から出たいって言ったのよ。姿見られちゃまずいし、この方法しか思いつかなかったの。だから、もう少しだけガマンして。それに、私もおばあちゃんなんだしさ。」
「いいな、いいな。ライアスがいるやつは。なーんの苦労もなく、あの剣つかえるんだもんな。おれなんか、いまだにうまく使えないしさ。」
「また、その話。いい加減あきらめたら。それに、私だって、あの子がいなきゃ剣はうまく使えないわよ。レックスと同じように、自分でも使えるように練習してんのよ。それに、ライアスなんて言っちゃだめよ。あの子、自分はシエラだって決めちゃったんだしさ。レックスの事、父さんって呼びたいみたいよ。」
レックスは、ブンブン首をふった。
「それだけはやめてくれ。気持ちだけにしてくれ。おれは、まだ十八だ。自分の子供もいないのに、あんなデカイのに父さんなんて呼ばれたくない。」
シエラは、あきれたようにレックスを見つめた。
「親になるって約束して、あの子をつれてきたんじゃない。責任は、しっかりとってもらうわよね。そろそろ、変装をとくわよ。」
レックスは、もとにもどった。
「あいつが表に出ていると、やたら甘えてくるんだよな。子猫みたいに、ペタペタしてくるしさ。なんか、幼児返りしてるみたいなんだ。まあ、かわいいといえばそうだけどさ。」
「あの子は今、とにかく甘えたいの。だから、好きなだけ甘えさせてやって。そのうち、もとにもどるわ。」
二人は、屋敷の前まできていた。レックスは足をとめた。
「シエラの叔父さん、どんな男なんだ。おれには、昔の事があるから、なんか怖いイメージがあるけど。」
「レックス、クリストン行くの、やっぱり不安?」
「かもな。でも、行くしかないんだよ。おれが決めたんだしさ。」
パン、と銃声が響いてきた。サイモンがきている。シエラの顔は、パッと明るくなった。手にしていた荷物をレックスにあずけ、走っていった。
シエラの手料理は、ミランダの指導もあって、なかなかのものだった。夕食は、シエラのたえまないおしゃべりと、サイモンの気のきいた話で笑い声がたえなかった。
レックスも、サイモンの飾らない人柄に安心したようだ。ここの老夫婦もまじえた、この日の夕食は実に楽しいものだった。
ただ一人をのぞいては、である。
そして、翌日、二人の若い夫婦と、これからの事について話を終えたサイモンは、マーブルが出かけている墓へ、二人に案内してもらう事にした。
墓は、見晴らしのよい場所にあった。マーブルは、天気がよければ、一日中ここにいる。マーブルは、丘のかれた草にすわり町をながめていた。
サイモンは、
「気持ちのよい場所ですね。ここからは、クラサの町が見わたせる。」
「だろ、ここは、ジーサンのお気に入りだったんだ。右側にある木、今は冬で枯れているけど、あの木はレックスが産まれたときのモンだ。春になったら、レックスの髪と同じ色の花が咲くんだよ。ジーサンにひ孫の誕生を教えたくてな。」
「あなたに伝えたい事があって、ここへきたんです。屋敷では、口に出すことがむずかしかったので。」
「十三年前の事か。すんだことだ、忘れてくれ。」
サイモンは、マーブルのそばにひざをついた。
「義兄は、ドーリア公は、マルガリーテ様憎しだけで、マーレル・レイを襲ったのではないのです。確かにそれもありましたが、別の理由もありました。」
「・・・今さら、何、言われても、おれにはピンとこないんだよ。でも、それであんたの気がすむのなら話だけでもきいてやる。憎しじゃなきゃ、何があったんてんだよ。」
「十三年前に、すでに海の向こうの動きをつかんでいたのです。ドーリア公は、その当時から、バテントスの他国への侵攻を知っていたのです。」
マーブルは、
「それがもし事実なら、なんだって、マーレル・レイを襲ったんだ。」
「バテントスは、そのころからエイシアに目をつけていたのです。ドーリア公は、海の向こうの情報収集を熱心にしてましたからね。いずれ、やってくると確信した義兄は、マルガリーテ様の前の王、つまり自分の兄に内々にその事を相談してました。
話をきいた王は、ドーリア公をまじえてのダリウス国会を開催を決め、バテントスの襲来の危機を公表するつもりでした。ですが、その矢先に、あの狩猟際の事故が起きてしまい、結局、国会の開催もバテントスの襲来の件も、棚上げされるかたちになってしまったのです。」
腹違いのマルガリーテは、ドーリア公と気があわなかったのは事実だ。しかも、政治能力も皆無で、バテントスなど最初から話にならないのは分かりきっていた。
王位継承に敗北し、あせったドーリア公は強引な方法を選んだのである。クリストン軍の、マーレル・レイ侵攻である。軍事力でおどし、退位させるのが目的だった。王は、マルガリーテの幼い息子でもかまわなかった。自分が後見人となれば、それでいいからだ。
その結果は、マルガリーテの自殺。そして、王子の失踪。ドーリア公が、あっさりと兵を引き上げ、クリストンに帰ったのも、マーレル・レイは、もはや、自分を受け入れないと知ったからである。
だが、宗主がいないエイシアは、バテントス以前にバラバラになってしまう。王子は、どうしても見つけなければならない。ドーリア公は、そういう思いで、レックスをずっとさがしていたのだ。
サイモンは、
「あなたに、この話が真実だとおしつけるつもりはありません。でも、現実にバテントスはやってきて、クリストンは真っ先にねらわれてしまいました。義兄も、死ぬまぎわに、自分のした事を後悔していたようです。」
サイモンは、頭を地面におしつけた。マーブルは、いまいましげに見つめる。そして、重い口をひらいた。
「忘れろと言ったはずだ。過去の負い目を背負っている男に、息子をたくす事なんてできないんだ。もういい。」
マーブルは、視線をそらした。サイモンは、頭をさげたままだ。シエラが、サイモンのえり首をつかみ、乱暴に顔をひきあげる。
「うそだ! そんな事、ぼくは信じないぞ。あの男に、そんな思慮深い考えがあったなんて、信じるもんか!」
レックスは、シエラをおさえた。サイモンは、えり首をひっぱられたせいで、ゲホゲホしている。シエラは、
「ぼくの、ぼくのあの苦しみはなんだって言うんだよ! それが真実なら、なぜ、ぼくに話してくれなかったんだ。だから、みんな、反対しなかったって言うのかよ! ぼくは、一ヵ月も閉じ込められて、餓死寸前まで追いつめられて、それで、それで・・・!」
シエラは、ワッとレックスの胸に顔をうずめた。サイモンは、苦渋にみちた顔をしている。
「すまない、ライアス。言おう言おうと思っていたが、話せずじまいだった。」
シエラは、
「信じないよ。絶対信じないよ。話してくれたとしても、絶対、絶対信じない。君はいつも、あの男の顔色をうかがっていたね。クリストンは、あの男がすべてだったからね。だれも逆らう者などいなかったからね。ぼくは、あの男にきらわれてたんだろ?」
サイモンは、何もこたえない。シエラは、
「きっとそうに決まってる。でなきゃ、反対したくらいで、実の子供にあんなひどい事をするもんか。でも、もういい。ぼくには、レックスがいる。レックス、たのむよ。ここからつれだしてくれ。ぼくは、歩けそうもない。」
レックスは、泣いているシエラをだきあげた。ちらと花の木を見る。マーブルがいつのまにか立ち上がり、その木をなでていた。
「マール、これが真実だそうだ。けど、お前にはもう関係ないよな。やな話をきかせちまったな。お前も忘れて眠ってくれ。おれも忘れるからさ。」