八、クラサの真実(1)
レックス達は今、クラサの町はずれにある大きな屋敷にいた。この屋敷は、クラサの地主である、サクセス家(マーブルの本名は、ウォーレン・サクセス)が別荘として所有していたものだった。
屋敷には、老夫婦が住んでいた。彼らはもとはマーレル・レイのサクセス家に長年つかえた執事夫婦で、マーブルが宮殿に入り婿したとき、別荘とクラサの管理をまかされ、移り住んできたのである。
十三年ぶりに姿を現した主人を、老夫婦は涙をながしてむかえた。生きて、帰ってきてくれると信じて、ずっと待っていてくれたのだ。
マーブルは、宮殿が焼けたときから、もう帰るべき家はないと思っていた。だがそれは、思い過ごしだった事に、老夫婦の涙を見て気がついたのである。
(もう、どこにも行く必要はない。マデラで考えてたとおり、ここでミランダとくらそう。はなやかなマーレル・レイとちがって、何もない田舎町だが、ここがいい。)
マーブルは、クラサにきてまもなく、この事をレックスにつげた。レックスは、それもいいんじゃないかと笑っていた。
今日も、屋敷の敷地内にある鍛冶小屋から煙が立っている。ここのおじいさんが、農作業に使うクワとかフォークを趣味でつくっている、小さな鍛冶小屋だ。
マーブルは、母屋の窓から鍛冶小屋をながめていた。
「今日も朝から鍛冶場かよ。もう、昼過ぎだってのに、あきないもんだな、シエラ(ライアス)は。鍛冶仕事が好きな、ここのジーサンのいい相手だな。」
レックスは、
「銃を改良してんだよ。あの銃、かなり使い勝手が悪いみたいだ。第一、まっすぐ飛ばないしさ。それに、変なクセがあるみたいだし。あんなもの、よくあんたが使ってたって、シエラ、感心してたよ。」
「まっすぐ飛ばなきゃ、銃の口をずらして撃てばいいんだよ。うんと遠距離ならともかく、近距離なら、どっかにあたるんだよ。」
いい加減なマーブルらしい答えである。レックスは、
「シエラは、あの銃を戦争で使うつもりでいるんだ。やっぱり、接近戦よりの遠距離からの攻撃のほうが有利だしさ。シエラの叔父さんが山越えて、もうすぐこっちくるじゃないか。叔父さんに見せるつもりなんだ。」
シエラの叔父サイモンが、こちらに向かっている。問題の山脈を越えての来訪である。山脈の向こうのクリストンは、今の季節、雪にうまっている。雪は山で止まり、こっちはカラッとしたつめたい風のみだ。
マーブルは、
「山越えか。クリストン側の山は、雪で道なんか分からなくなってるのにな。遭難しなきゃいいがな。」
「シエラは心配ないって。クリストンの諜報やってた人だから、ああいう雪の山道もなれてるって。叔父さん、おれに早く会いたいってさ。」
「ライアスの事を、そのサイモンとかいう叔父は知ってるのか。」
「たぶん。シエラ、この前手紙かいてたから。そうだ。あんた、ライアスの事で、グラセンを説得してくれるって言ってたよな。あれ、どうなってんだ。」
マーブルは、頭をポリポリかいた。
「わすれてた。けどまあ、だいじょうぶだろう。それに、お前達だけじゃあ、クリストンをどうこうするのは、むずかしい。グラセンも分かっている。」
「やっぱりな。約束わすれるの、あんたの十八番なんだよな。」
「なにが、十八番だよ。ったく、口だけは、一人前なんだな。レックス、クリストン行ったら、シエラの言う事をちゃんときけよ。今のお前は、なんにもできない、ただの青二才なんだからな。分かったな。」
「しつこいな。なんども繰り返すなって。そんなに信用できないのかよ。」
マーブルは、ハーッと息をはく。
「いままでが、いままでだったからな。まあいい。おれは出かけてくる。夕方までには帰るから。」
「どこ行くんだよ。ここんとこ、毎日だな。」
「おれのジーサンの墓参りだよ。ジーサン、ここが好きだったからな。墓はマーレル・レイじゃなく、ここにあるんだよ。おれのマーブルって名も、ジーサンがかわいがってた、ブチ犬の名前からとったんだ。」
「じゃあ、おれも行くよ。ずっと、屋敷にいるだけで、あきあきしてんだ。」
「お前はダメだ。お前の顔は、この田舎じゃ目立ちすぎる。マデラ宮殿じゃあ、使用人の女どもに、すぐ顔をおぼえられたってきいたぞ。こんな大事な時期に、お前を必要以上、人目にさらしたくないんだ。」
「だからって、どこにも行けないなんて拷問だよ。墓って、この屋敷の裏山にあるんだろ。裏山だったら、人目なんて関係ないじゃないか。」
「おれは、一人で墓参りしたいんだ。ジーサンに話す事もたくさんあるしな。それに、裏山にも、ときどき町人が入ってくるんだよ。退屈してんなら勉強でもしろ。字もまんぞくに書けないんじゃ、クリストン行っても笑われるだけだ。ここには、何冊か古い本がある。ミランダにでも教えてもらえ。」
マーブルは、行ってしまった。レックスは、勉強はきらいだ。窓がコンコンとなり、シエラが顔を出した。
「ヒマなら、外でてきなよ。改良が終わったから、試し撃ちにつきあえよ。」
これは、ライアスの方のシエラだ。シエラのめくりあげた腕に、火傷のあとがあるのをレックスは見つけた。シエラは、
「うんと冷やしたから、もう痛みはないよ。マーブルが、出かけたみたいだけど、どこへ行ったんだ。マーブルにも試してもらいたいんだ。」
「ジーサンの墓参りだってさ。おれも連れてってくれとたのんだけど、ことわられた。人目には、さらしたくないって。」
シエラは、まじまじとレックスの顔を見た。
「顔立ちの良さはかくせないんだよ。君はやっぱり王家の人間だよ。こんな田舎じゃ、どうしたって目立ちすぎる。」
「いままで、そんな事は、一回も言った事がないのにな。クラサにきたとたん、こうだし。」
「しばらく、ここに留まらなきゃなんないからね。町の人に顔をおぼえられて、そこから足がつくとも限らない。まあ、用心にこしたことはない。ここは、町外れで、しかも大きな屋敷だから、君を閉じ込めるのにはちょうどいいんだよ。それに、マーブルだって町には行ってないんだよ。知り合いに会ったら、やばいからね。ほくも出てないしね。」
シエラが、レックスの腕をつかんだ。
「さ、早く出てきてよ。あとで、マーブルにも撃たせて、感想きかなくちゃ。」
で、その夜、レックスは、以前から疑問に感じていた事を、シエラにたずねた。
「なあ、お前ら、いったいどうなってんだ。お前の体には、二つの魂が入ってんだろ。きゅうくつとか、せまいとか、そんなのないのか。」
シエラは、
「うーん、なんて説明すればいいんだろ。魂が、かさなって、一つになってる感じかな。せまいとか、きゅうくつとか、そんな感覚なんてないよ。けど、以前よりいろんな事ができるようになったし、分かるようになっちゃった。」
「そりゃ、ライアスがいるからだろ。神童なんだぞ。だから、おれによこせと言ったんだよ。」
シエラは、あきれた。
「しょせん、レックスの考えって、そんなものなのよね。結婚してから、ほんと、見たくもない、いろんなものが見えてきちゃったし。」
「悪かったな。それより、夕方、ミランダの仲間が、ここへたずねてきたみたいだけど、なんか報告受けてないか。」
「いつもの定時連絡ね。そうそう、グラセン様がベルセアにお帰りになられたって。体調、よくなったんだね。よかった。」
レックスは、寝室のテーブルにおかれた本を見つめた。
「シエラ、クリストン行く前に、おれに勉強教えてくれよ。夕方、あんまり退屈だったんで、ミランダに教えてもらってたんだ。勉強きらいだけど、字くらい書けなきゃな。」
「うん、立派な心がけだね。でも、私の先生はきびしいよ。」
翌日もまた、シエラは朝早くから銃をいじくっていた。昨日、試し撃ちで不具合が見つかったので、そこを直しているのである。レックスは、ミランダに勉強を教えてもらっていた。マーブルは、また墓参りである。
レックスは、雑紙にきたない文字を練習しつつ、
「なあ、ミランダ。墓参りって、そんなに行くものかよ。毎日だぜ。」
「マーブルの両親は、マーブルが八、九歳の時に、はやり病で二人とも亡くなっているのよ。マーブルは、おじいさんに育てられたの。たった一人の肉親で、おじいさんは、とても、かわいがってたらしいわ。」
ミランダは、レックスの文字のつづりを直した。レックスは、
「それは知ってるよ。けど、毎日だぜ。ジーサンに話す事なんて、そんなにあるのかよ。」
「話は最後までききなさい。そのおじいさんがね、マーブルの花嫁をたいへん、心待ちにしてたのよ。けど、花嫁の顔を見ずに亡くなられたの。マーブルはね、あなたが産まれたとき、人にたのんで、おじいさんの墓に花の木を植えたのよ。春になったら、黄色の花が咲く木をね。たぶん、その木を見に行ってるのよ。」
レックスは、文字を書く手をとめた。ミランダは、
「あの人、あなたのお母さんを、まだ忘れてないのよ。ううん、忘れるなんて無理ね。あなたのお母さんは、たしかに存在したんだものね。その木を見て、いろんな思い出にひたっているのだと思うわ。」
「マーブルは、お前といっしょになるって決めたんだろう。」
ミランダが、新しい紙を用意した。そして、インクの残量をたしかめる。
「そうね。私と結婚する前に、過去を整理しているのだと信じたい。けど、このごろ迷いがあるのよ。ほんとうに、あの人といっしょになるのが正解なのかなって。」
「どういう事だよ。好きなんだろ、マーブルが。」
ミランダは、少しだけ考えてから口をひらいた。
「他にすべき事があるんじゃないかって。自分の居場所も、ここではなくて、そこにあるんじゃないかってね。結婚する前の迷いと言えば、そうかもしれない。」
「クリストン行くって事か。それとも、こんな田舎じゃ不満って事か。」
ミランダは、首をふった。
「分からない。だから、迷ってるの。」
「あのバカ親父が、はっきりしないのが悪いんだな。おれから言っておくよ。もう、墓には行くなって。それでも行くんなら、そんな木、おれが切り倒してやる。」
ミランダは、笑った。
「親父なんて言葉、はじめてきいたわよ。父さんって呼んであげたら。きっと、喜ぶわよ。」
「気持ちを素直にして告白するよ。父さんって呼びたい。ずっとそう思ってた。けど、逃げるために、何もかも捨てなきゃならなかったんだ。マーブルも、おれの事、アレクスって呼んでないしさ。」
「おたがい、照れくさいのね。ま、しょうがないわね。さ、勉強、勉強。集中。」
レックスは、うるさい母親ができたみたいだと感じた。マーブルと結婚すれば、ミランダは義理の母になる。
それで、この日もこんな感じでおわった。