追記、黒髪のユート(3)
ユートは、ため息まじりにベッドに転がった。そして、広い室内を見回す。おととしまでは、ここに母親がいてくれた。
(さみしいのかな。お母さんとは祈祷所で毎日会うけど、やっぱり、肉体を持って、そばにいてくれるのとではちがう。抱きしめてもらえないし、さわる事もできない。やっぱり、さみしいのかな。家族じゃ、ぼくだけ異質だしさ。)
「よぉ、欲求不満って顔してんな、お姫様。そろそろ、色気づいてきたのか。)
エッジが、とつぜん寝室に現れた。ぼんやりしていたユートは、びっくりして、ベッドからおちそうになる。
「エッジ! コウモリみたいだから、一瞬死神かと思ったよ。寝室にはもう、現れるなと言ったじゃないか。お前の顔見ると、理由はわからないけど、胸焼けばかりするしさ。」
「なんでぇ、つめてぇな。仕事が終わって帰ってきたばかりなのによ。せめて、お帰りとか優しく言ってもらいたかったな。」
「仕事? 死神の仕事かよ。」
「諜報だって。ちなみにおれは、死んでから殺しは一回しかしてない。死神みたいだからって、ほんとに死神扱いするな。繊細なハートが壊れちまうじゃないか。」
「エッジ、お前にたのみたい事があるんだ。シルに好きな女がいるか調べてほしいんだよ。付き合っている人とかさ。」
エッジは、ユートの顔を見つめた。
「シカトかよ。お前ら親子は、どんだけ、おれを傷つければ気がすむんだ。お前、シルが好きなのかよ。だったら、自分で調べろよ、それくらい。」
「できないからたのんでんだよ。それに、ぼくは叔母だしさ。世間体ってものがあるじゃないか。」
「何が叔母だ。世間体なんてな、中年になってから考えりゃあいいんだよ。若い時分はな、好きな男ができたら、なんにも考えないで突っ走ればいいんだよ。」
「突っ走れって言われたって、どう、突っ走ればいいのかわからない。」
「めんどくさい事考えないで、さっさとせまっちまえよ。色っぽい格好でもして、恋人になってくれと言えばいいんだよ。お前にせまられて、いやという男は、いないはずだ。」
ユートは、真っ赤になった。
「そんな事できない。逆にふしだらな女だと思われて、きらわれたら生きていたくない。ぼくは、シルの気持ちを知りたいだけなんだよ。他に好きな女がいたら、あきらめるつもりなんだ。」
エッジは、あきれたように、ユートのひたいを指でつっついた。
「じゃなんで、さっき鏡を見ていた。体を変に色っぽくクネらせていたじゃないか。頭の中で、モーソーしてたんだろ。だから、色気づいたのかって、きいたんだよ。」
「だからちがうって。太ったかなと思っただけ。なんでそうヤーラシイ事ばかりに話をもってくんだよ。これだから、大人の男はきらいなんだ。」
「ああ、おれはやーらしい大人の男だよ。生前、女とは、いくらでも付き合ったしな。ミランダ以外の女のあいだに子供までつくったくらいだ。ミランダもこっちの住人になったから、もう時効だけどもな。」
「も、いい。ほんとに胸焼けしてきた。エル兄さんに報告あるんだろ。さっさと行けよ。お前の報告、待ちくたびれているみたいだしさ。」
「なあ、お姫様。意地はるのもいいが、もう少し自分の気持ちに正直になれ。悩んでたって、物事は進まないぞ。おれはいつでも、お前の味方だしな。」
「ライアスの味方なんだろ。君がライアスを好きだって事くらい知ってるよ。ぼくの中のライアスが、そう言ってるしさ。」
エッジは、笑った。
「かもな。けど、今はお前だ。だから、エルとの契約が切れても、お前のそばにいる。おれは、お前を見守るって決めたんだよ。ライアスより幸せになってもらいたい。お前の幸せになった笑顔を見たいんだ。これだけは、シカトすんなよ。」
ユートは、クスリと笑う。
「しないよ。ありがと、エッジ。少し元気が出た。」
「お、礼かよ。ライアスは、一回も言ってくれなかったしな。じゃ、がんばれよ。恋愛ってのは、人生の勝負どころだしな。成功を祈ってるぜ、お姫様。」
エッジは、執務室で、ナギ族の動きについてエルに報告をした。ナギ族とセレシア帝国は、ひそかに同盟の準備をしているらしい。帝国のねらいは、エイシア領カリス州。そして、アルの報告にもあったとおり、ナギ族はカリス東半分、利害は一致している。
エルは、
「シグルド皇帝を擁立したばかりのころは、帝国内は混乱していて、自力で帝国を守れなかったから、カリス西半分をこっちに割譲して東側勢力の盾にするしかなかった。あれから、もう二十年以上になるし、そろそろ取り返しにきたという訳か。ユードスが、なぜ、ユートを要求してきたか、これでやっと真意がわかったよ。」
エッジは、
「宣戦布告か。クリスティアに続いて、二度目も断られたら、エイシアはセレシアを軽視してるとみなされてしまうからな。双頭の白竜を呼び出せるユートを、外に嫁になんか出すわけないのに、わざと要求し、こっちとの二十年来の関係を断ち切りにきたか。
ユードスらしい、やり方で笑っちまうぜ。まあ、時期的にいいんじゃないか。セレシアとは遅かれ早かれ、こうなっていたんだしな。けど、双頭の白竜相手だぜ。いい度胸してんな、あのジジィはよ。」
「やつは、双頭の白竜の欠点を知り尽くしている。山を丸ごと吹き飛ばすんじゃあ、使いどころがむずかしいからな。威嚇程度なら怖くなどない。それに、ここだけの話だが、私ではもう、双頭の白竜は呼び出せないんだ。父上から、きっぱり言われたよ。奇跡にはたよるなとね。
双頭の白竜を呼び出せるのは、ユートだけなんだよ。けど、ユートはライアス兄さんとはちがう。ユートでは、思い切った事はできない。それに私は、ユートの手を汚したくはない。」
「・・・なあ、エル。お前、いいかげん、お姫様をあきらめろ。お前が、どうがんばったって、お姫様にはふり向いてもらえないんだぜ。あいつにとっちゃ、お前は兄か父親みたいなモンでしかないんだよ。もう、十七だし、そろそろ結婚を考えてやってもいいころだ。」
エルは、ギュッと両手をにぎりしめた。
「だれが、他の男なんかにわたすものか。ユートは、私だけのものだ。父上が、ダメだと言わなければ、とっくの昔に私の妻にしていたさ。もし、ユートと一緒になる事が許されるなら、私は妻をすべて捨ててもいい。后のユリアもだ。」
「それでもって、お姫様は四十かそこらで未亡人になる。お前の母親の妹姫様みたいにな。エイシア人の平均寿命は六十だ。七十まで生きたら、それこそ長生きだよ。だが、それでも五十で未亡人だ。霊体の見えるお姫様では、生死はさほど問題ではない。だが、寝室にもどれば一人だ。」
エルは、ハッとした。エッジは、
「おれは、お姫様を不幸にするやつは、だれであろうと許さない。お前でもだ。もし、そんな事を現実にしようとするなら、おれはもう一度だけ死神になるぜ。」
エルは、エッジから顔をそらした。エッジは、
「レックスが、シルの縁談を断り続けている理由、お前だってわかってるはずだ。レックスがお姫様に、好きな男の身分など気にするなと言った理由もな。」
「だからと言って、すなおに、はいそうですかと言えるか。ユートが、母上の腕にだかれていたころから、ずっと思い続けてきたんだぞ。急に色気づいたシルなんかにわたせるか。」
「おれから見ればな、お前が好きなのはライアスだ。もっと正確に言うと、千八百年前、お前の妻だったミユティカだ。だが、シルはユートだけを見続けている。そして、ユートもな。お姫様くらいの能力者なら、ライアスだったころの記憶や、お前と夫婦だった時の記憶くらい、かんたんに思い出せるんだよ。
なのに、そうさせてないのは、ライアスの意思なんだよ。新しい自分の命には、新しい道を歩んで幸せになってもらいたいんだよ。でなきゃ、生まれ変わる意味なんてないしな。」
エルは、苦しそうに目をつぶった。エッジは、
「苦しいだろう、苦しいよな。親子で、おなじ女を好きになるなんて、悲劇以外のなにものでもないしな。けど、お前も人の親だったら、息子の幸せを第一に考えてやれ。そして、愛した女の幸福もな。」
「お前にそんな事を言われるなんてな。死人のお前に何がわかると言いたい。だが、正論だ。私では、ユートを幸せにはできない。ユートと結婚するために、すべての妻を捨てたら、彼女達も不幸にしてしまう。ユリアは決して私を許さないだろう。」
「ライアスも次だったら、お前と結婚すると言ってるんだ。だから、今はシルにゆずれ。それが、来世のお前の幸福にもつながるんだよ。」
「一つだけききたい。シルは何者だ。ユートと、何かしらの縁があったからこそ、今こうして愛し合っているはずだ。」
「ダリウス王家始祖ミユティカの夫、初代マーレル公だ。当時の名前は、シルビス。レックスが何を考えているのか、これでわかったはずだ。」
エルは、納得した。
「だから、父上は、シルの結婚を断り続けていたのか。最初から、こうする予定でいたんだな。父上に、やられたよ。二人の婚約を正式発表するしかないな。」
王后ユリアは、笑顔で、できあがったばかりの花嫁衣裳を、ユートとともに見ていた。大陸から取りよせた純白の絹糸で特別に織り上げた、雪のように白く輝く豪華な衣装である。
「すてき。私もこんなの着て、エルと式をあげたかったな。側室だったから、宮殿内に司宰様呼んで、立会人のもとで、すぐに終わっちゃったしね。」
ユートは、
「父ちゃんとお母さんも、似たようなものだったよ。証明書もらって夫婦になってさ、式をあげたのもずっと後だったし、その式だって、夫婦二人だけの簡単なものだったって言ってたよ。でも、幸せだったって。ようは、その時の思いしだい。ユリアは、エル兄さんと式あげた時、幸せじゃなかったの?」
ユリアは、笑った。
「夫になる人の顔を見て、びっくりしてたし、もう何がなんだかね。気がついたら、朝になっていて、となりで寝ているエルの顔を見て、お嫁にきたんだなって、やっとわかったくらい。でも、マルーと三人で、あのころは楽しかったな。」
「今は?」
ユリアは、ユートの顔を見た。
「あなたとシルの結婚が決まって、ホッとしてんの。シルが、あなたを好きだって分かってたからなおさらね。でなきゃ、エルがいつ、あなたに手を出すか、ひやひやしてたもの。エルは、気に入った女には、すぐに手を出すしね。」
「それでよく、いまだに好きでいられるね。ぼくだったら、やだよ。」
「女のところに行っても、必ず最後には、私のもとにもどってきてくれるもの。」
ユートは、ちょっと考えた。
「そんなものかな。でもやっぱりいやだ。シルが浮気したら離婚してやるよ。」
「今から、そんな事を考えてどうするの。それに、シルは浮気なんてしないわ。シルとエルとじゃ、ぜんぜんちがうしね。」
ユートは、花嫁衣裳を見つめた。
「エル兄さんの方から、シルと婚約しろって言うんだもんね。エル兄さんの気持ち知ってたから、びっくりしちゃった。シルがぼくのこと、好きだってわかって、すごくうれしかったけど、婚約しろと言った時のエル兄さんの顔、忘れられそうにもない。かわいそうだなって、思っちゃった。」
「ま、いいんじゃない。たまには、いいクスリよ。ザマーミロってね。」
「・・・何が、最後に私のもとにもどってきてくれるだよ。しっかり、ヤキモチしてるじゃないか。」
「正妃の特権なの。それに、エルは私には頭が上がらないわ。浮気もふくめて、エルの女関係、しっかり仕切ってるのも私だしね。エルがあなたに手を出したら、あなたも仕切ってやろうと考えてたのよ。ホントよかった、シルと結婚決まって。」
「こわいよ、ユリア。」
国王エルシオンは、王太子シルウィスと神官ユーティア王女の結婚を機に、エイシアの帝国化を宣言した。祭政一致を国策とした、神聖エイシア帝国の誕生である。その後、エルシオンの跡をついだシルウィスは王にはならず、妻のユーティアを帝国の女王とし、自らはマーレル公に就任した。
そして、まもなく勃発した大陸覇権戦争で、マーレル公シルウィスはめざましい活躍をみせる。白く輝く髪を持つシルウィスは、セレシア帝国の黒獅子に対し、白獅子と恐れられ、神聖エイシア帝国の軍神として、その名を大陸のはるか彼方にまで鳴り響かせた。
女王ユーティアは、王家の紋章を双頭の白竜から、神杖を持つ白獅子に改めた。エイシアはこれより、千年にわたる栄華を極めたと創記には記されている。
完。
長い間、お付き合いいただきまして、ありがとうございます。この場をかりて、お礼申し上げます。この作品には、シリーズ作として女王ミユティカの物語、さらに、1000年後のエイシアの未来を描く、ミレニアム1001があります。
ご興味がおありでしたら、ぜひご覧になってください。