追記、黒髪のユート(2)
今から二年ばかり前、瓦解寸前だったイリア王国がついに崩壊した。長年にわたる、後継者争いの結果だった。エルはチャンスとばかり、すぐにマーレル公率いるエイシア軍をイリアに送り込み、イリア中央砂漠以南を征服した。
そして、そこを新イリア王国とし、イリア継承権を持つ娘クリスティアを女王とし、今年度中にクリスティア一家を王族として、その地に移住させる事で、エイシア王国勢力圏内へ、イリア南部の組み入れを成功させたのである。
マーレル公アルバートは、いましがた、大陸から帰ってきたばかりだった。エルは午後の会議の場で、アルからイリア南部の報告をきいたのち、セレシア帝国(旧バテントス帝国)の大陸での動きについて、たずねた。
アルは、
「現時点では、動きはありません。イリア王国崩壊後、我々の動きに合わせて、セレシアがイリア北部に侵攻する事も視野に入れていたのですが、南部を制圧しても、こちら側には何も言ってきませんでしたし、不気味なくらい静かでした。」
エルは、そうかと言った。アルは、
「それと陛下。これは、ディナ・マルー州の知事からきいたのですが、ナギ族とラベナ族の争いが再燃しそうな感じになっているのです。まだ決着がついていない、カリス族東半分をめぐっての争いです。
こちらが領土としている、カリス州も巻きこまれるはずですから、州軍の強化の手配をしておきました。あとで、カリス州の知事から、必要な軍備の要望書がマーレルにとどくはずです。」
エルは、わかったと言った。エルは、他に何かあるかとたずねる。アルは、
「これは、私からの提案なのですが、エイシア王国を帝国とした方がよいのではないかと思います。ダムネシアもティセアも、政治的にはエイシアに組み込まれていますし、経済圏域としても一つになってます。
それにティセアはもう、独立国としては機能してません。現地に行ってみて始めてわかったのですが、王はいても、ディナ・マルー州の一部みたいになっているんです。
あそこは国土もせまいし、人口もそれほど多くはなく経済的にも軍事的にも、ディナ・マルー州にたよりきっていますからね。ディナ・マルー州への併合も時間の問題だと、私は考えてます。」
エルは、
「帝国か、たしかにそうだな。王国と呼ぶには、父上の代とは規模がちがいすぎる。ごくろうだった、アル。」
アルは、深々と頭を下げた。夕方になり会議は終わった。シルウィスは、ただ、きいていただけだった。途中、なんどか眠くなったのを必死でこらえもしていた。
エルは執務室にもどり、息子のやる気の無い態度を、アルにぼやいていた。
「シルは、自分の立場をわかっているのか、まったく。あくびばかりして。たよりないったら、ありゃしない。」
アルは、
「まだ、若いですからね。陛下も昔、ああでしたよ。たよりなくて、ほんとに英雄王の御子息かとうたがいましたからね。」
エルは、子供っぽく口をとがらした。
「私は、たよりなく見えても必死でがんばった。お前も知っているだろう。だが、シルはちがう。あれは、最初からやる気がないだけだ。」
「御結婚させたらよいではないですか。少しは気が引きしまるはずですよ。かなり、話がきているのに、様々な理由をつけてお断りになられて、みな、どうしてと疑問に思っていますよ。」
「私じゃない、父上だ。片っ端から、シルの結婚話に反対してるのは。だから、できないでいるんだ。」
アルは、なぜときいてきた。エルは、
「私も理由をきいたんだよ。父上の事だから、かならず考えがあるとね。だが、父上は、そのうち分かるからとそればかり。以前、私に男子ができなかった事を、あれだけ心配してたのに、何を考えているかと本気で腹がたった。」
「そうでしたね。父上が大陸にいらした時、手元においていたシグルド皇帝を、実子として公表する事も視野にいれてたくらいですからね。」
シグルドの名前をきき、エルの指がピクリと動いた。
「お前の留守中、ユードスが使者をたて、ユートをシグルド皇帝の妃にと言ってきたよ。」
アルは驚いた。エルは、
「ユードスは、神官なら、他にも用意できるだろうとぬかしてきた。だが、ユートはそこらの神官とはちがうんだ。双頭の白竜はわたせない。以前にも、セレシア皇太后の遺言だとか関係強化のためだとか言って、クリスティアを要求して、こちらからイリア継承権をうばおうとしたしな。」
「クリスティア王女が、たしか十五歳の時でしたね。けっこう、しつこかったですし、そのせいで、セレシア帝国との関係が、一時的に悪くなったのをおぼえています。」
「今回も同じだ。だが、セレシア帝国との関係がこじれても、クリスティア同様、ユートをわたすつもりはない。特に、ユートはクリスティアよりも、エイシアにとり戦略的に重要な意味を持つ娘だ。ユードスも、こちらの考えがわかっているはずだ。なのになぜ、ユートを要求してきたかだ。関係強化が目的だけなら、王女は他にもいるのにな。」
「ユードスは、ユーティア王女がだれの生まれ変わりであるか、知っているのでしょうか。彼は、ライアス公を愛していたと私はきいています。」
エルは、苦笑した。
「知っているだろうな。ユートのウワサは大陸中に知れわたっているしな。理由はともあれ、ユートが欲しいのは事実だろう。息子の妃というよりは、自分自身の欲望のためにな。いや、男なら、ユートを欲しがらないはずがない。あれだけの美女だし、しかも奇跡の娘という折り紙付きだ。だが私は、ユートをだれにもわたすつもりはない。」
「一人の女性として愛していらっしゃるのなら、妃にしたらいかがですか。血のつながりはないんですしね。その方が、他国にしつこくされなくてすみますよ。」
「できない。父上がダメだとね。なんどたのんでもダメだった。それに、ユートにとり、私はただの兄でしかない。」
「けど、あきらめきれない。男心は複雑ですね。」
エルは、フッと笑って、アルの顔を見た。
「アル、私の事はともかくとして、お前はなぜ結婚しない。若い時分はともかくとして、四十過ぎて独り身はさみしくはないか。」
「私が結婚して子をもうけたら、ややこしくなるでしょう? あなたの養子という立場上、そのほうがよいのです。マーレル公の地位は、王家に返上しなければなりませんからね。でなければ、王家の他にマーレル公爵家という王家が、もう一つできてしまいます。」
「でも、付き合っている女性くらいいるだろう。お前は、もてるしな。」
「いません。私は父上一筋ですから。父上への信仰さえあれば、それでじゅうぶんなのです。」
「徹底してるな、お前。ところで、アル、大陸で弟のリオンの消息をきかなかったか。なんでもいい、きいていたなら教えてくれないか。あいつとは父上の葬儀以来、会ってないからな。」
「リオン様ですか。とりたてて何も。お手紙とかは、もう、きてないのですか。」
「お前が大陸に行った直後に、もらったきりだ。そろそろ身をかためるから、王族とは縁を切りたい、自分の事は忘れてくれ、と記されてあった。何を考えているのかと怒ったが、それきり、消息がわからなくなった。監視の目を盗み、どこかに消えてしまったんだよ。手紙もそれ以来、まったくだ。」
「父上の葬儀から、すでに十八年経過しています。そのかん、一度もマーレルにお帰りになられず、王族としての義務もはたしていないリオン様は、すでに王族ではないでしょう。
側近達も、リオン様の事は忘れているようですし、これ以上、陛下が御心をわずらわされても意味の無い事だと私は考えております。彼には、彼の生き方があるのでしょう。そう思うことにしてください、陛下。」
「お前は、あっさりしていていいよ。ディランも帰ってこなかったしな。」
アルは、窓から外を見た。ディランが追放されたシゼレを追い、自分のもとを去ってから、十六年が過ぎようとしている。そのかん、父親を見つけたとの手紙が、一度あったきりだ。
アルは、話題を変えた。
「大陸の神殿なんですが、お母さんが父上につぎ、神として正式に祭られる事になりました。以前からもセラ信仰はあったのですが、こちらから訃報がとどくと同時に、向こうの神官達がそうしたようなのです。
けど、神殿によって、女神セラのあつかいがちがい、レクスレイ神の妻としている所もあれば、母親となっている所もあります。このままでは、宗旨がバラバラになってしまい、一つの信仰として成立しなくなるおそれがありますので、こちらで、女神セラの正式な位置付けをして、各地の神殿に通達をした方が良いと思います。
通達は、国王である、あなたからではなくて、神官であるユーティア王女からの神示としての方が良いでしょう。ユーティア王女は、レクスレイ神の娘ですし、向こうでは、天かける乙女として信仰の対象にもなっていましたから。」
エルは、驚くと同時に感心した。
「生きているうちにもう、信仰の対象とされているのか、ユートは。すごいな。さすが、神の娘だ。そう言えば、ユートの前世の一つ、ダリウス家の始祖ミユティカも、天かける乙女と呼ばれていたしな。けど、母上といい、ユートといい、生きているうちから、こうだなんてな。」
「お母さんやユーティア王女だからこそです。彼女達の能力は、ずばぬけているんです。ましてや、ユーティア王女は、双頭の白竜を御自分の意思で呼び出せます。前国王陛下と同等の力を持っているんですよ。それゆえに、他国の者には、神が娘のかたちをとり、降臨したかのように見えるのでしょう。」
「黒髪のユートか。ユートは、国王である私よりも人気があるからな。シルウィスが自覚を持ち国王となり、ユートがマーレル公として国王の補佐をすれば、この国も安泰だろう。」
「私もそう思っております。お二人の時代は、今以上の輝きを持って迎えられるはずです、陛下。」
ユートは、居住区の私室、かつて両親が使っていた部屋で、一人ボンヤリとしていた。時々、鏡を見て、スタイルをたしかめ、顔をしかめたりもしている。
(だれがどう見ても、バツグンなプロポーションだと思うけどもな。それに、自分でも、美女だと思うしさ。少なくとも、離宮にいるエル兄さんの娘達より、きれいなはずだよ。なのに、シルのやつったら!)
白竜の上で、さりげなく誘惑したつもりだった。なのに、シルウィスはまったく無反応だった。
(叔母さんはないだろうに。たしかに叔母だけど、歳はシルの方が上なんだし、それに肉体的な血のつながりもない。少しくらい、女として見てくれてもいいのにな。なんか、腹が立つ。)
小さいころは、ケンカばかりしていた。どっちも気が強く負けん気だったので、周囲の者達からは、白と黒のケンカとよく言われていたものだ。
けど、いつのころからか、異性として見え始めてきた。そして、気がついたら、シルの事ばかり考えている自分がいた。