追記、黒髪のユート(1)
シルウィスは十八歳だ。長いプラチナの髪と澄んだ緑の瞳を持つ非常に美しい青年だ。
いまだ、決まった相手もなく、独身を満喫しているシルウィスには、是非、娘を妃にとマーレル、いやエイシア中、はてまでは大陸からも縁談話が、父国王エルシオンのもとに持ち込まれていた。
「国王陛下は、六歳にして、最初のお妃様をお持ちになられたのに、なにゆえ、世継ぎのシルウィス殿下には、いまだ、決まった相手がお有りではないのですか。もう、御立派に成人しておられますし、世継ぎとして、そろそろお妃をむかえ、御子をもうけてくださらぬと国が安泰しません。」
側近達、いやその他大勢のだれかしらが、ほぼ毎日のごとく国王にこう進言していた。
縁談には、非常に条件のいい、いや、政治的にグッドな話も多数あったが、当のシルウィス本人には結婚の意思などなく、多数持ち込まれる縁談話には、まったく耳をかさなかった。
国王エルシオンも、息子が乗り気ではない縁談を無理に進める気は無かった。自分が以前、気に入らない側室をもらい、宮殿から追い出し離婚した経験があったからだ。無理に縁談を進めても、シルウィス本人が気に入らなかったら、同じ事をするであろう理由でだ。
シルウィスには、好きな女性がいた。前国王の王女で自分の叔母にあたる、ユーティア王女、黒髪のユートだった。
仕事の合間、宮殿中庭に出たシルウィスは、晴れた青空を見上げた。白い雲が、青い空に一本の線を引いていた。その雲が、こっちに向かい、サーッと降下してくる。
シルウィスの前に白いドラゴン、白竜が舞い降りた。黒髪のユートが風で乱れた髪をととのえつつ、シルウィスを見つめた。
「またさぼってる。エル兄さんに怒られてもしらないぞ。この前だって、会議があったのに、すっぽかして庭で昼寝してたって言うじゃないか。シルは、王太子じゃないか。そんなんで、エル兄さんの跡をつげると思ってんのかよ。」
シルウィスは、ムッとした。
「お前こそ、神官の仕事さぼって、空ばっかり飛んでんじゃないか。お前はいいよな。ドラゴンに乗れるんだしさ。父上とおんなじくさ。」
「紅竜は、父ちゃんのたのみで、エル兄さんを乗せてあげてるだけだよ。けど、ぼくはちがう。ぼくと白竜は、ずーっと友達なんだしさ。ぼくが、ライアスだった以前からね。」
「お前、ライアスだった時の事、なーんにもおぼえてないじゃないか。ほんとにライアスかどうか証拠あんのかよ。」
「父ちゃんとお母さんが、そう言ってるから本当なんだよ。それに、エル兄さんもそうだって言ってるしさ。だから、ぼくはライアスなんだよ。つまり、父ちゃんが国王だった時のマーレル公だったの。白竜に乗れるのが、その証拠なんだよ。」
「マーレル公ね。だったら、おれの代わりに会議に出ろよ。今日も午後から会議があるしさ。昔、マーレル公だったんなら、楽勝だろ。」
「ぼくは、父ちゃんの神官なの。おととし、お母さんがお亡くなりになられてから、お母さんの仕事をしなくちゃならなくなったの。午後からは神示の時間だし、会議なんか出られるわけないだろ。」
「神示ね。どうせ、むずかしい教義か何か書記させられるんだろ。おばあ様が、生前あれだけ書記してたのに、まだ神示として書記させる事があるのかよ。これ以上は、よけいだっつーの! 第一、むずかしくて、よくわからないしさ。」
「今、書記させられているのは、エイシアの真史だよ。一般に知られている歴史で削除された部分。
前ダリウス王家は、ぼくの前世の女王ミユティカが、今から千年前につくったとされてるだろ。千年前ってのはまちがいで、ミユティカが生きていたのは、千五百年も前なんだ。
五百年も歴史が縮められたのは、ダリウス王家にとり、つごうが悪い事実があったからなんだよ。だって、ダリウス王家はミユティカが先祖って事になってるだろ。けど、本当は、その五百年のとちゅう、二回くらい王家の血筋がとだえてたんだよ。」
シルは、びっくりした。
「とだえたって? じゃ、おれは、お前の前世の子孫じゃなかったって事かよ。つごうが悪いだけで五百年も縮めてしまったのかよ。」
ユートは、うなずいた。
「歴史ってさ、そういうものなんだって。だってそうしないと、ダリウス王家の正統性がなくなってしまうだろ。エイシアの真史は、もうすぐ終わるから、そしたら次は、イリア王国の前にあった、古代王国について神示をおろすって言ってたよ。」
シルは、うんざりとした顔をした。ユートは、
「父ちゃんが、ぼくの代で、できる限りの神示を降ろしたいと考えてるんだよ。だって、ぼくの次の代の神官じゃ、霊能力なんてあるかないか保証ないだろ。現に、お前だって持ってないじゃないか。神杖も、使えないんだしさ。王家で霊能力を持ってるのは、エル兄さんとぼくだけ。お前のきょうだい全員、まるっきり能力ないんだしさ。」
シルウィスは、ユートに背を向けた。そのまま、ドンドン宮殿に向けて歩いていく。ユートは言いすぎたと思った。白竜を馬にもどして、シルウィスの前に出る。
「シル、ちょっとだけ空の散歩に行こう。仕事、仕事でつかれてんだろ。」
ユートは、手をさしのべた。シルウィスは、雪のように白い白竜の上の黒い髪と黒い瞳を見上げる。白と黒。実にきれいだと思った。ユート以上の美女なんて、マーレルどころか世界中さがしたっていない。
シルウィスは、ユートの申し出をすなおに受けた。空に舞い上がり、風になびく黒い髪が、シルウィスのほおをそっとなでる。
(叔母だもんな。肉体上の血のつながりが無いとはいえ、おじい様とおばあ様が、実子として王統に記した女だしな。しかも、ライアスの生まれ変わりで、その特異な出生上、神の娘としても敬われている。
双頭の白竜も、父上とはちがい、自分の意思で呼び出せるし、神杖も父上以上に使え、神官としての能力も高い。おまけに頭もいいし、おじい様の神示によって、おれ以上に政治的な事もわかっている。
おれなんか、霊能力も持ってないし、しもべとなるドラゴンもいない。おじい様の姿なんて肖像画でしか見た事ないし、おじい様がそこにいると父上やユートに言われても、まったくわからない。
ユートの方が世継ぎにふさわしいんじゃないかって、時々考えてしまう。好きだなんて言えないしな。それに、父上だって、ユートの事が・・・。)
いつのまにか、ユートがこっちを見ていた。シルウィスは、ドキリとしてしまう。ユートは、
「なんだよ、せっかく空の散歩にさそったのにさ。そんなシケたツラなんかされると、こっちまで気がめいってしまうよ。もどるよ、シル。」
マーレル郊外の山まできていたユートは、クルリと白竜の向きを変えた。眼下に広い平地があった。ユートは、
「だいぶ、緑になってきたな。あそこ、昔、父ちゃんが、マーレルを襲った魔物と戦った時、双頭の白竜で吹き飛ばした山だって言ってた。しばらく、砂漠みたいになってて、草一本生えてこなかったんだってさ。今やっと、草が生えて低木が茂るようになったってさ。」
「双頭の白竜って、そんなにすごいのか。ユートはこの前、前国王の追悼式で呼び出したよな。あれ、すごかったし、実際、どれくらいの攻撃持ってるか見てみたいな。」
「・・・もう、奇跡にはたよるなって、ぼくの中のライアスが言ってるよ。双頭の白竜は、ぼくでお終いだからだって。ライアスの記憶は無いんだけどもさ、ライアスは、ぼくの中にいるんだよ。こうして、ぼくにいろんな事を話しかけてくるんだ。心の中でさ。」
「なあ、ユート。お前、結婚とかは考えているのか。お前、十七だろ。もうそろそろ、してもいいころだ。」
ユートは、空を見上げた。
「父ちゃんは、ぼくが好きな男ができたら、身分なんか気にせず結婚しろって言ってくれている。お母さんもそう言ってるよ。でも、それは、ぼくが神官という特殊な立場にいるからだ。ただの王女だったら、そんなワガママは許されないしさ。」
「クリスティア姉さんは、マーレル市内の名門貴族と恋愛結婚したよ。」
「クリスティアは特別なんだよ。彼女、イリアの継承権持ってるじゃないか。だから、エル兄さんはどこにも嫁に出さずに、好きになった市内の貴族と結婚させたんだよ。けど、妹のシエラはちがうだろ。ラベナ族に嫁に行かされたじゃないか。他のきょうだいの結婚も、エル兄さんは、戦略的にいろいろと考えているはずだよ。」
シルは、ため息をついた。
「じゃあ、おれもとっくに、だれかと結婚してなくちゃならないじゃないか。いくら、おれが結婚から逃げてもさ。」
「だよな。なんで、シルは結婚してないんだろ。エル兄さん、シルに結婚してもらいたいはずだ。けど、話を持ち込む側近達には、シルが乗り気じゃないからと断っているけどさ。」
「ま、おれは助かっているけどもね。ユート、お前、好きな男がいるのか。」
「シルには関係ないだろ。そっちは世継ぎで、こっちは神官なんだしさ。」
「だよな。お前には関係ないんだよな。叔母さんだしな。」
叔母さん、と呼ばれ、ユートはムッとした。乱暴に宮殿中庭に白竜をおろし、そのまま馬に変化させ、シルウィスをわざと放り出した。
「いってえな、ユート。お前からさそっておいて、これはないだろ。」
「叔母さんは、禁句だって言ってるだろ。さっさと仕事にもどれよ。こっちだって、いそがしいんだよ。バカ!」
ユートは行ってしまった。シルウィスは、ケッと吐き捨てる。そして、まずそうに昼食を食べ、午後からの会議に出席した。