表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
最終章、次の時代へ
170/174

七、奇跡の時(2)

 年が終わるころになり、サラサに行っていたアルが、やっと帰ってきた。クリストンで、穏健(おんけん)派である貴族を知事に任命(にんめい)してきたと言う。


「現時点では、知事はマーレルからの派遣(はけん)では、あそこは土地柄うまく行きません。クリストン人は田舎者ですが、それゆえ、都会人に対してアレルギーを持つ者が多いのです。任期を一年と決めてきましたから、そのあとは陛下のお心にゆだねます。」


 エルは、ごくろうさまと言った。そして、ため息をつく。アルは、どうしたのかとたずねた。


「君の弟の事なんだけどもね。どうしたらいいのかなって思ってさ。」


「ディランですか。負けとわかったら、あっさり降参したんでしょう。ディランは、そういう性格ですからね。」


「降参したはいいが、マーレルにつれてきたころは大変だったんだ。さっさと殺せと、そればっかりわめいていたんだよ。


 丸一日中わめくから、牢屋番が頭が変になりかけて、もうどうしようもないから、カタリナとルティアに牢屋番をたのんだんだ。けど、そのおかげで、彼の気持ちもほぐれてくれたようで、おとなしくなってくれて助かった。


 まあ、クリストンをこれ以上、刺激(しげき)しないためにも、彼の罪をどうこうするのは得策(とくさく)ではないしね。監視付きで、市内にでも宮殿にでも、好きな場所に住まわせて、生活はこっちで面倒(めんどう)みようとしたんだよ。けどもさ。」


「弟は今、何をしているのです。」


 エルは、窓の外を指さした。警備兵がいた。アルは、やはりと思った。エルは、


「生活の面倒を見てもらうつもりはないから、仕事をくれと。しかも、罪人だったから、一番下の仕事でよいと。まあ、あれなら、監視は必要ないが、いくらなんでもと思ってさ。君の弟だし、取りつぶしたとは言え、領主家の者だしさ。」


「好きにさせておいてください。弟は、弟なりの(すじ)を通したいんです。」


 ディランが、執務室に真下にきたようだ。真下で、大声で、エルシオン陛下に栄光あれ、とかなんとか(さけ)んでいる。エルは耳をおさえた。


「一日になんど(さけ)べば気がすむんだ。頭が変になりそうだ。いくら注意しても、聞く耳もたないしさ。アル、命令だ。なんとかしろ。」


「無理です。声がかれるのを待つしかありません。では、つかれているので、これで失礼します。」



 年が明け、月が変わるころ、ユリアは王女を出産した。エルは、母親のかつての名前をもらい、シエラと名づけた。そして、王女誕生を()に、エルはシルウィスを正式な王太子(おうたいし)とし、自分の後継(こうけい)者に指名した。


 シゼレをかくまい続けているベルセアは、不気味(ぶきみ)なくらい沈黙(ちんもく)していた。そして、冬の寒さが(やわ)らぐころになり、予定よりかなりおくれて神殿が完成し、セラは神殿で日夜、修行に明け暮れていた。


 エルは、国教会の動きを常に警戒しつつ、父の霊と会うために神殿に通い続けた。マーレル市内に、国王一家が前国王の御霊(みたま)を神殿に(まつ)り、祭事(さいじ)を行っているというウワサがしだいに浸透(しんとう)し始め、マーレル市内の教会関係者が、その真偽(しんぎ)をたしかめに宮殿へとやってきた。


 エルは、つつみかくさず、すなおに信仰を認め、神殿にも気軽(きがる)に案内をした。


「別に国教会の信仰を否定したわけではありません。それに、私は破門(はもん)をのぞんではいません。いままで通り、国教会の従順なしもべであり続けたいと考えております。ですが、父の偉大な人生の軌跡(きせき)だけは、尊敬し続けたいと考えております。それゆえ、父の功績を王家の子孫につたえるべく、このようにして神殿を(きず)き、祭事を行う事にしたのです。」


「あくまでも、前国王陛下への尊敬の念から出たという事ですね。前国王陛下は、たしかに聖人の列にくわえられてもおかしくはないと、我々マーレル教会も考えていたのです。でもそうしたくても、本国が許可しない以上、我々だけの力ではいかんともしがたく、結果として、陛下に先をこされたかたちなってしまいました。」


 エルは、関係者を神殿内の祈祷(きとう)所に入れた。セラはそこで静かに祈り続けていた。関係者は、


「実にお美しく、神々しいお姿だと思います。このように、美しく祈る者は、ベルセア本国でも見たことがありません。魔女など、本国は何を根拠(こんきょ)に判定したのでしょうね。」


 エルは、


「教会の信仰を失わざるをえなかった母にとり、父への信仰がすべてなのです。母は、生前の父を、何よりも愛していましたから。父への愛を信仰にかえて、こうして日夜祈り続けているのです。」


 セラは、目ざめるよう祈りから立ち上がった。そして、来訪者に心から歓迎の意をあらわす。


「ようこそ、いらしてくださいました。前国王陛下の御霊(みたま)も、事のほか、お喜びになられています。よろしかったら、ここで御一緒にお祈りをしませんか。」


 エルは、ひざを折った。ここには祭壇(さいだん)はない。天窓(てんまど)からさしてくる陽射(ひざ)しが、祈祷所いっぱいに満ちているだけだ。セラの笑顔につられて、教会関係者は、自然と祈りの姿勢を取っていた。


 まもなく、マーレル教会では、独自に前国王を神の一人に認定し、信仰の対象とする事にした。


 マーレルでは、レックスを(した)う声が根強い。わずか四十かそこらで、この世を去った偉大なる王への思いは、そう簡単に消えるものではない。その思いが、ダリウス神の転生とされているレックスへの信仰にうつるのは、自然な感情でもあった。


 エルは、マーレル市から、ベルセア本国の影響を断ち切る事に成功した。そして、そろそろレクスレイの名を出そうかと考え、神殿でレックスにその事を相談した。


 レックスは、


「まあ、お前がいいと思うならな。だが、出したとしても、マーレルはともかく、他の地域では、その名は浸透(しんとう)しないと思うよ。出すとしたら、やはりそれなりの演出が必要だ。」


「この前の戦争で、双頭の白竜が雲でしかなかったのは、そのせいなんですか。まだ、時期ではないと。」


「シゼレがまた、よからぬ事を考えてるみたいだ。」


 エルは、ため息をついた。


「もう、彼には、なんの力もないはずですよ。国も軍隊も何もかも失ったのですからね。クリストンの情報部は、訓練所もつぶして解体してしまいましたし、逃亡した情報部の残党(ざんとう)追跡(ついせき)もかなりしましたからね。」


「一部だけなら、いまだに機能(きのう)している。それがすべて、ベルセアへと引きつがれた。あそこは、旧勢力の最後の(とりで)だからな。マーレルのやり方に不満を持っている者が、シゼレを中心に集結しているんだ。中には、かなりの力を持つ貴族もいる。甘くみない方がいいぞ。」


「そうなったら、父上のおっしゃった通りにするつもりです。マーレル教会は味方につけましたし、私がベルセア本国から破門を言いわたされたとしても、問題とはならないでしょう。


 母上の場合も、信仰を捨てた事実よりも、ベルセア本国から(おど)されて、教会権力に(くっ)するかたちで信仰を捨てた行為に市民が怒ったくらいですからね。英雄王の后ともあろう者が、その程度の脅しで信仰を捨て改名するなんてナニゴトだってね。


 母上は今は、父上の神官と認められましたから、市民から非難されなくなりましたが、一時は、外出もできないほどでしたよ。裏を返せば、それだけ父上が愛され尊敬されていたと言う事です。霊廟(れいびょう)に真冬でも花が、たえないのはその証拠ですよ。


 父上が亡くなられてもうすぐ二年です。去年は、戦争騒ぎで何もできませんでしたが、今年は盛大に行事を執り行いたいと考えております。」


 レックスは、そうかと言った。そして、息子の肩に手をやる。


「お前ももう二十四なんだよな。お前と二人で大陸を旅してたのが、昨日のように思える。」


「ヒナタは、どれくらい大きくなりましたか。こちらでは年齢はわかりません。」


「八歳だよ。巫女修行を始めた。きっといい神官になるぞ。能力的にも高いしな。」


「ライアス兄さんの方はどうなっているんですか。もうすぐ夏ですしね。兄さんが、お腹の中に宿(やど)ってから、もう一年ですが、あそこでは時間がゆっくりですし、まだ産まれてはいないのでしょう。」


「もう、産まれた。時間感覚で言えば、お前の娘より、少し前だ。おそいとは限らないんだよ。毎日、元気いっぱい泣きわめいているよ。母親は大変だよ。おれをどうやら、父親だとわかり始めているようだ。もちろん、魂のな。」


「亡くなってからも子供をつくるんですね。母上ではないですけど、生前、子供の数では不満だったんでしょ。妹がまた一人、増えた気分です。」


「しつこいな。ライアスの希望なんだよ。父親になってほしいってね。やつのたのみなら(ことわ)りきれんしな。」


「自分から志願したんでしょ。ところで、名前は。」


 レックスは、笑った。


「あとのお楽しみ。それよりも、だいぶ、霊域がつながったみたいだな。セラのやつ、そうとうがんばって祈り続けてるしな。もうすぐ、向こうの神殿みたいな機能もはたせるようになるかもしれない。」


「じゃ、うまくすると、私でも行けますか。ヒナタに会えるのを期待(きたい)してるんです。それと、生まれ変わったライアス兄さんにも会ってみたいんです。」


「セラはともかく、お前だと無理だよ。能力的に、かなり不足があるんだ。ま、あきらめて、おれの姿が見えるだけで満足しろ。それに、杖もだいぶ使えるようになってるしな。ヒナタに会いたかったら、神殿が機能次第、つれてくるからさ。」


 エルが、がっかりしたのは書くまでも無い。



 本格的な夏になり、ベルセア本国に不満分子(ふまんぶんし)が、兵を集結しているとの情報が飛びこんできた。どうやら、カイルにしつこくのさばっている旧勢力が、カイルを取りもどそうと準備をしているようだ。


 エルは、執務室にティムとアルを呼んだ。ティムは、


「ベルセアだけじゃないんだよ。クリストンのケラータにも、属州化に不満を持つ分子が集結しているんだ。そこから、ベルセアに向けて資金やら人材やらを流している。ケラータは、もともとシゼレ公にゆかりが深い土地だし、彼をしのぶ声も非常に多い。」


 アルは、


「私がケラータに行き、彼等を説得してきます。陛下、よろしいでしょう。」


 エルは、だめだと言った。


「彼等は、クリストンの属州化が決まった時、マーレルにしたがうと誓約(せいやく)し、正式に文面(ぶんめん)をかわした者達だ。これは、あきらかに反逆行為だよ。」


「軍を派遣するつもりですか。」


「ああ、そうするしかない。放置しておく事はできないしな。カムイに行ってもらう。」


「なら、なおさら私が行きます。なんとしても説得してみまます。ケラータを軍でつぶす事になったら、サラサもマーレルから離反(りはん)しかねません。」


 二人の会話をきいていたティムが、口をはさんできた。


「二人とも、肝心(かんじん)な事を忘れているよ。サラサを()きにしているよ。なんのための州政府だい。知事はなんのために存在しているんだ。」


 エルは、


「たしかにそうだったな。すまない。まだ、戦争の続きしてた。けど、サラサにもケラータの賛同者がいるんじゃないのかな。」


 ティムは、


「かもしれない。だが、順番としてまずサラサだ。ケラータを調べるようつたえ、もし、資金を流している事実をつかんだら州内で処分してもらう。それで、資金の流れが止まればよし、ダメだったら、その時は軍事行動をとればいい。サラサに何も言わないまま、軍事行動を起こすのは得策(とくさく)ではない。クリストン州内での、マーレルへの反発が強まるだけだ。」


 エルは、ティムの進言(しんげん)通りにした。マーレルの通達(つうたつ)を受け、サラサはすみやかに調査を開始する。調査の結果、ケラータからベルセアへの資金や人材の流れがあったのは事実だった。


 だが、ケラータ側は、資金は国教会への奉納(ほうのう)金と(しょう)し、人材は聖堂の修理のための派遣(はけん)と言いはり、流れを止めようとはしなかった。


 ティムは、


「教会への奉納金と言われれば、正攻法(せいこうほう)では流出(りゅうしゅつ)は止められない。武器類とか流出してれば、証拠はつかめるんだけどもね。向こうもそれがわかっているから、資金と人材でしか提供してないんだよ。この二つがあれば、ベルセア内でも武器がつくれるしね。」


 エルは、


「人材はともかく、資金は、どのルートを通って流出していくのか、つかんでいるか、ティム。」


「北回りの海だ。資金はいったん陸路を使い、クリストン北部の港に到着し、そこから、ベルセアに向けて流れている。いろんな積荷(つみに)になってね。」


「ゼルム州軍の小型船を海賊船に偽装(ぎそう)させよう。確実に資金を積んでいると思われる船を(かた)(ぱし)から(おそ)い、流出をできる限り止めよう。ティム、君の情報収集にすべてがかかっている。無関係な船は巻き込みたくない。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ