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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第一章、空と大地の剣
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七、もうひとりのシエラ(2)

 レックスは、ただっぴろい戦場を見回し、しかたなしに歩き始めた。


(どこもかしこも似たように世界だな。こんな広い場所で見つけられるのかよ。けど、さむ。雪のせいだろうけど、体が冷えると言うよりは、心が冷えるといったほうがいいかも。すごく、つめたい。)


 手にもつ剣が、ほんのりとあたたかかった。レックスは、どんよりと暗い空からふりしきる雪を、いまいましそうにながめた。


(ライアスが死んだのは、たしか冬のはじめだったな。そのあと、シゼレが領主になって、最後の戦いにいどんだってきいたけど、これもあっさり負けてサラサは陥落したんだよな。)


 レックスは、地面に大きくあいた穴の前で足をとめた。なんとなく、気にかかる穴だった。剣に意識をあつめ、この穴があいた時間を再現してみる。この穴は、ライアスの死だった。


 レックスは、穴の中に降りた。ライアスは、死体も残さなかったと言っていた。えぐれた地面にそっと手をあてる。レックスは、手をあわせ、ライアスのために祈った。


 レックスは、殺気を感じ、急いでに穴から脱出した。ドーンという音が、レックスが先ほどまでいた穴の中で爆発する。大砲か、と思ったが、いやな気配を感じ上を見ると、上空に黒くて大きなものがただよっている。


 その黒いものが、大砲の弾のようなものを、レックスめがけてぶつけてきた。レックスの手が自動的に動き、頭上に巨大な盾を出現させる。盾が、レックスを守ってくれた。


(なんだ、これ。おれがやったんじゃないぞ。そうだ、ベルセアだ。彼女がやっているんだ。)


 また、手がかってに動き、今度は黒いものめがけて、剣から光弾を発射させる。光弾にあたった黒いものは、姿をはっきりと現した。


 巨大な黒いドラゴンだ。レックスは、ふるえあがった。


(ドラゴン? まじかよ。まさか、こいつが例の魔物?)


 ドラゴンは、憎悪にみちた赤い目で、小さなレックスをにらんだ。ぞっとするような、つめたい視線だ。ドラゴンは、レックスめがけて火をはいたが、ベルセアの結界によって、さまたげられる。


 こんなバケモノ、相手にしたって絶対勝てない。この場は、素直に逃げたほうがいい。レックスは、逃げ出した。


 ドラゴンは、漆黒の翼で、おいかけてきた。そして、情け容赦なく、レックスに攻撃し続ける。もし、ベルセアの守りがなかったら、この世界で即死していただろう。


(こいつ、どこまでおいかけてくるんだ。しつこい!)


 レックスは、逃げるのをやめた。人間の足とドラゴンの翼とでは分が悪い。


「やい、ドラゴン。お前、ライアスを知ってるだろ。お前につかまっているのは分かっているんだ。さっさと出せ!」


 きっとまた、ベルセアが守ってくれるはずだ。逃げても逃げ切れないのなら、やるだけやってみるまでだ。ドラゴンは、攻撃してこなかった。


「出て行け。ここから、すぐに出て行くんだ。ここは、お前のくる場所ではない。」


 重く、つめたい声が響いた。


「ライアスを出せ! おれのライアスを返してくれれば、すぐにでも出て行ってやる。」


「なぜ、ライアスにこだわる?」


「お前には関係ない。とにかく早く出せよ! このままじゃあ、シエラが助からない。あ、」


 関係ないとか言っておきながら、シエラの事をしゃべってしまった。レックスは、自分はバカだとまた思ってしまう。


 ドラゴンの憎悪に満ちた表情が、少し変化したように見えた。


「そのシエラとかいう小娘は、なぜ助からないのだ。怪我か病気にでもなったのか。」


 レックスは、ドラゴンの瞳をじっと見た。そして、


「今のシエラは、魂のぬけがらなんだ。オノで首をおとされかけて、ひどいショックを受けて、そうなってしまった。シエラは、ライアスとすごした時間にもどっていると、ベルセアが言ってた。その時間には、おれはいない。いるのは、母親代わりだったライアスだけだ。たのむ、おれといっしょにきてくれ。」


 ドラゴンは、レックスを見つめた。そして、なぜ分かったのかとたずねる。レックスは、


「小娘と言ったろ。シエラだけじゃあ、関係ないやつは小娘とは分からない。」


 ドラゴンの姿が煙のように消え、白い馬と、いつも見なれている髪のみじかいシエラが現れた。


「バカだと思ってたのに、意外と細かい事に気がつくんだね。たった一言、うっかり小娘と言っただけで、ぼくの正体を見抜くなんてね。君はしつこいよ。あれだけおどしたのにな。さっさと、逃げ帰ってくれるのを期待してたのに。」


 シエラの姿をしたライアスは、馬の白いたてがみをなでた。レックスは、


「お前、なんで、シエラなんだ。その白い馬は、どこから出てきたんだ。」


「ぼくが、どんな姿をしていようが、君には関係ないよ。この子はね、白竜(はくりゅう)というんだ。伝説にある、ミユティカの翼ある白い馬さ。馬のように見えるけどドラゴンだ。さっきのドラゴンは、ぼくと白竜が合体してた姿なんだよ。君をこわがらせようと思ってさ。」


 ベルセアの声が、またレックスの心に響いた。


(今のライアスは、もとの輝く姿をとれません。この世界に堕ちた者の宿命なのですから。気をつかってあげてください。)


 レックスは、ライアスに手をさしのべた。


「帰ろう。こんなとこにいてはいけない。おれといっしょに帰ろう。」


 ライアスは動かなかった。レックスをにらみつけるよう、見ているだけだ。地上にいるときのライアスは、自分をこんな目では決して見なかった。心を()んでいるのは、シエラだけではない。ライアスもずっと、心に深い傷をかかえている。でなければ、こんな世界に捕らわれるはずもない。


(ライアスは、塔に閉じ込められて餓死寸前だったと言っていた。いくら、反乱に反対したとは言え、子供にそこまでひどい仕打ちをする親がいるなんてな。


 マーブルは、確かにどうしようもない男だけど、おれに、親としての愛情をそそいでくれた。おれが、マデラで泣いたときも、おれの気がすむまでだきしめてくれた。


 シエラの母親は、シエラが小さいころに死んでいる。子供だったライアスにとり、父親はたった一人の親だったはずだ。もし、おれがライアスだったら、やっぱり、たえきれないだろうな。)


 レックスは、白い馬とよりそっているライアスを見た。心の中から、ベルセアの声がきこえる。愛してあげてほしい、と。


(愛してあげてください。その子は、あなたの子ですから。その子の名前は、シエラ。ミユティカの幼名。)


 レックスの心がふるえた。シエラ、そうだ、おれはいつもシエラと呼んでいた。


「シエラ、帰ろう。おれといっしょに。」


 ライアスは、ハッとしたようにレックスを見つめた。レックスは、


「お前、前にシエラとして生きたいとかなんとか言ってたろ。なら、シエラとして生きればいい。ライアスは死んだんだ。もう、遠慮なんかする必要はない。お前はシエラだ。さあ、おいで。」


 ライアスは、どうしていいか分からないようだった。さしのべられた手から逃げるよう、白竜のうしろに回る。レックスは、


「その白い馬もつれていこう。お前の友達なんだろ。こんなとこまでいっしょだなんて、よっぽどお前が好きなんだな。」


「く、くるな。なにを言われても、ぼくはここから動かないぞ。だいいち、君はおせっかいなんだよ。なんで、こんなとこまでくるんだよ。」


「だから、お前の妹がピンチなんだって。シエラがあのままだったら、おれだって困るんだよ。」


「医者にみせればいいだろ。もう、ぼくには関係ない。」


 レックスは、馬のうしろからライアスをひっぱりだした。そして、だきしめる。


「すまない。おれが無力なばっかりに、お前達二人とも、こんなにさせちまった。今から、おれがお前の親になる。だからもう離さない。愛している、シエラ。」


 ライアスは離れようと、レックスの腕の中でもがいた。レックスは、ぎゅっとだきしめ、ライアスのひたいにキスをし、栗色のみじかい髪をそっとなでた。


「今の姿がいい。こうしてだきしめる事も、髪をなでる事もできるしな。ライアスの姿のままだったら、さすがにできないしな。お前は、女の子でいいんだよ。おれのちっちゃなシエラでいいんだよ。お前、おれに、ずっとこうしてもらいたかったから、今、シエラの姿をしてるんだろ。だったら、意地はらないで、最初からすなおにそう言えよ。」


 ライアスの目から、涙がこぼれた。ライアスは、うっうっとレックスの胸にすがり、泣き始める。ライアスは、父さんとつぶやいた。気がつくと、レックスはもとの宿にいた。


 シエラの姿をしたライアスが、ぼうぜんとしているシエラの顔を見つめる。そして、シエラの体に入った。レックスは、たのむ、と心の中でつぶやく。まもなく、シエラの顔に表情がもどった。


 シエラは、


「兄様がきてくれた。もう心配ないって言ってくれた。私、バカだったわ。あんなに邪険にしてさ。」


「ライアスは、おれが引き受けるか?」


 シエラは、首をふった。


「このままでいいの。私、兄様にあまえてばかりで、何もしてあげられなかったから。あの子ののぞみは、私といっしょに、あなたのそばにいる事。だから、このままでいいの。」


「無理してんじゃないのか。あいつ、いろいろと問題あるし、変なのにも、ねらわれてるしさ。」


 シエラは、少し笑った。


「確かにね。でも、私のたいせつな兄様よ。私といっしょにいてくれた方が、安心するし心強いの。殺されそうになった、あの時の恐怖は完全にはぬぐいきれないけど、兄様がいてくれるだけで、自分を見失わずにすむしね。」


 そして、レックスが持っていた剣を見つめた。


「グラセン様との約束を守らなきゃね。その剣、かして。」


 シエラは、レックスから剣を受け取った。


「はい。私からあらためて。おくれてごめんね。」


「いつから気がついてた?」


「会ってすぐによ。これも縁かな、って思っちゃったわ。さ、受け取って。」


 レックスは、わたされた剣を、すぐにシエラに返した。


「これは、お前の中のライアスにだ。持ち主に返すよ。おれは、この剣をまだうまく使えない。へたくそが持ってたって役にはたたんからな。ライアス、いやもうシエラか。あとで剣の使い方を教えてくれ。」 

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