七、奇跡の時(1)
全面戦争が始まった。マーレル対クリストンである。
エルは、この戦争をするにあたり、ダリウス王朝を廃し、エルシオン・エイシア・レイと名乗り、エイシアの宗主としての地位を明確にした。
シゼレは、それに対抗し、ベルセア国教会から、ダリウス家当主としての正当性を認定され、シゼレ・ダリウス・レイとしてこの戦いに挑んでくる。そして、島の派遣をかけての激しい争いが始まった。
山脈の穴が、主戦場となった。そして、カイルでもゼルムでも同様の戦いがあった。カイルでは、まだ残っていた旧勢力がクリストンと手を組み、カイル内で反乱を起こし、駐留していたダリウス軍と戦い、ゼルムでは、州軍がナルセラを奪回すべく、クリストン軍と戦っていた。
島内全域に戦禍が及んでいた。山脈の戦いは、押し合いへし合いが続き、次第にこう着し、両軍にらみ合いだけの持久戦となりつつあった。山脈の戦場にきていたエルに、続々と各地の戦果が上がってくる。
ゼルムでは、どうやらクリストン軍の押し返しに成功したようである。カイルの方は、属州化し始めたばかりだったので、予想していたよりも旧勢力の力が強く、かなり苦戦しているようだ。
エルは、ゼルム州軍の一部をカイルに振り分ける事にした。ゼルムからカイルに向かうには、陸地移動では地理的にベルセアを通るしかない。エルは、以前と同じく海路を使う事にした。
戦争が始まる直前に、ゼルム側の州軍に新造したばかりのスチーム船を、二艘配置していたのが功を奏した。手漕ぎ船よりもはるかに早いスピードでゼルムとカイルの港を往復し、州軍を次々とカイルに陸揚げし、旧勢力の鎮圧に絶大な威力を発揮した。
マーレル公アルバートは、クリストンに近いダリウス西の港で待機をしていた。クリストンに向けて、いつでも出港できるよう指示を待っていたからだ。そこに、サラサの警備が手薄になっているとの情報が飛び込んでくる。クリストン軍のほとんどが、山脈側とゼルム側に出ており、首都は、がら空き状態になっていると言う。
アルは、騎馬兵、そして軽装歩兵をスチーム船二艘につめこみ、サラサに一番近い浜辺へと向かい小舟で上陸する。そのあと、アルは足の速い騎馬だけ引きつれ先行し、地元出身の強みを生かした見つかりにくいルートを選び、サラサを急襲した。
サラサには、シゼレと跡取りとした息子が一人いた。シゼレは、この襲撃に直前まで気がつかなかった。次々と入る山脈側、ゼルム側、カイル側の情報処理に埋没しており、足元に注意をはらう余裕がなかったからだ。
ほぼ無防備となっていたサラサ宮殿は、マーレル公率いる騎馬兵により、あっというまに占拠されてしまう。アルは、その時、純白の馬に騎乗していた。その姿を見たシゼレは恐れおののいた。
「ラ、ライアス。」
思わず出た名前を、シゼレは必死になって飲み込もうとした。アルは、無表情に、元父親を馬上から見下ろす。アルは、
「我が名は、アルバート・マーレル・レイ。クリストン領主シゼレ、反逆者としてお前を地位を更迭する。」
シゼレは抵抗した。が、ムダだった。アルはシゼレを宮殿内の地下牢へと幽閉し、弟に面会した。弟には、父親のように抵抗する意思は無かった。
「兄さん、どうして。」
アルは、
「私は、お前の兄ではない。すべての罪を認めるか、それとも否定し、この場で終わるか好きなほうを選べ。」
弟は、兄から顔をそらした。
「あなたがうらやましいです。とっくの昔に捨てられたのが、幸運だったのだから。私は、父に逆らう強さなど持ち合わせていなかった。罪を認めるとしたら、それだけです。」
アルは、腰の剣をギュッとにぎった。弟は、
「切りたかったら、切り捨ててください。どのみち、クリストンはお終いだし、反乱を起こした領主の家などお取りつぶしとなるでしょう。」
「お前を裁くのは、エルシオン国王陛下のみだ。お前を、お前の部屋に軟禁しよう。だが、下手な動きをすれば容赦はしない。」
「一つききたいんです。私が知っている兄は、繊細で虫一匹殺せなかった。なにが、あなたをそこまで変えたのですか。」
「単純な事だよ。あの方を愛している。それだけだ。」
弟は笑った。
「あの方ね。そのような色恋ざたで国をうらぎるなんてね。だれです、その人は。あなたに国をうらぎらせるほどの人は。」
「私は、お前の父に捨てられたんだよ。お前の言うとおりにな。それを、あの方が拾ってくれた。捨てられて居場所をなくした私に、すべてを与えてくれた。必要としてくれた。うらぎったのではない。守るべきものが変わっただけだ。」
つれていけ、アルは兵に命じた。そして、弟は、その晩遅く、監視の目をかいくぐり、父親をサラサから脱出させた。アルの前にひきたてられた弟は、軽蔑の笑みをうかべていた。
「私は、あなたがきらいです。ずっとそう思っていました。どんなに努力しても、あなたに勝てなかった。父上が、あなたを国から追い出すよう戦地に送り込んでくれて、これでもう二度と、あなたの影に悩まされる必要はなくなったと安心してたくらいです。皮肉ですね。父上も、伯父のライアス公にそう感じていたようですから。」
アルは、ため息をついた。
「お前が、私にそう感じていた事は、うすうすわかっていたよ。なにゆえ逃がした。」
「あのような男でも、私の父ですからね。でも、ほんとに恐ろしかった。まるで、地獄の底の魔物に取りつかれているかのようでした。父は、ダリウス神だと言ってましたが、だれも信じてはいなかったです。」
「私が愛している方を教えてやろうか。前国王陛下だ。そして、彼はまちがいなく、新たなる天空の主だよ。大地を照らす光そのものだ。私の心の闇を愛という光で払ってくれたのだから。」
「なら、私は信仰を捨てましょう。あなたの信じる神など信じたくもない。さようなら、兄さん。地獄の底で待ってますよ。」
弟は舌をかんだようだ。そのまま、悶絶するよう息絶える。アルはだまって、その様子を見続けていた。
逃亡したシゼレは捕まらなかった。たぶん、クリストン情報部の残党が手をかしたのだろう。だが、どこに行ったのかは察しがついた。アルは、歩兵のサラサ到着を待ち、クリストンの属州化を宣言した。
そして、サラサ宮殿に貴族達を招集し、マーレル側の要望とサラサ貴族の要望をつきあわせ、おおよその事で妥協案をしめし、貴族達の地位や身分、財産を保証するとの約束で、サラサはとりあえずは、マーレルにしたがう事になった。
サラサが陥落したという情報は、山脈で戦っているクリストン軍にもとどいた。だが、総大将となっている、シゼレの三番目の息子は最後まで戦いぬく覚悟を決めた。
「我が伯父ライアス公は、死の直前まで戦い続けた。たとえ、勝てぬとわかっていてもだ。彼は、クリストンの誇りにかけて、最後まで戦いぬいたときく。我は、そのような伯父を心から誇りに思う。願わくば、諸君も彼の遺志にしたがってほしい。我らも最後の一兵まで戦いぬく覚悟で、この戦いに全力をつくそう。」
なんともはや、かんちがい的な演説ではあったが、きいた者を感動させる力があった。ライアスは、クリストンでは、バテントスとの戦いで死亡したものとなっている。のちにマーレルに出現したライアスは、シゼレによって魔物の霊とされていた。
玉砕覚悟で挑んでくる敵ほどやっかいな存在はない。死ぬとわかっているから、それこそ、なんでもこいである。ダリウス軍の将軍が戦死し、軍全体の士気が落ち、エルはまずいと感じた。すぐさま神杖を取り出し、双頭の白竜を呼んでほしいと、父親にたのんだ。
雲ひとつ無い空に入道雲がわきあがり、それが形をつくり、巨大な二つ首のドラゴンになった。双頭の白竜のかたちをした雲である。エルは、本物をと再度要求したが、父親は何もこたえない。
だが、効果はあった。押されていたダリウス軍が元気になり、クリストン軍の足並みが、はっきりと乱れた。戦死した将軍に代わり、副将のカムイが総攻撃を命じた。勝敗は、まもなく決した。
クリストン軍は降参した。エルは、ホッとする。そして、その場でクリストン軍から武器類をすべて没収し、即時解散させた。エルは、クリストン軍が山脈側から完全退去するまで、ダリウス軍をその場に待機させておいた。
アルの弟は、マーレルに護送された。そして、まもなく、カイルが鎮圧されたとの報が、山脈にいたエルにもたらされた。
残る問題は、ベルセアだった。エルはどうしたらよいものか、少し頭をひねらせていた。父親は、手加減するなと言っていた。だが、国教会は現時点では、エイシア人の心をにぎっている。統一はされても、人心がはなれれば意味がない。
そのまま、ベルセアに進軍しようとも考えたが、とりあえずマーレルに帰還し、統一エイシアに向けての準備を進める事にした。
案の定、シゼレはベルセアへと身を寄せていた。エルは再三にわたり、罪人を引きわたすよう要求したが、ベルセア側は、さまざまな理由を盾にシゼレをかくまい続け、決して引きわたそうとはしなかった。
(最後は、信仰の戦いとなるのか。古い信仰と新しい信仰の戦い。しょせん、国教会は法王もふくめて盲目でしかない。自分達が信じている存在が、過去のものとなっている事実にすら気がついていない。)
エルは、右耳のピアスにそっとさわった。