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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
最終章、次の時代へ
168/174

六、内乱勃発(3)

 マデラの鎮圧(ちんあつ)から、マーレルに帰ってきたばかりのアルは、戦果(せんか)の報告をするために執務室にやってきた。一通(ひととお)り報告を終えた後、アルは今まで住んでいた宮殿の独身寮を出て、市内に家を買うと言う。


「ロイド氏の妻になっていた、妹のルティアと暮らすためです。ルティアは、今回の結婚でだいぶ傷ついているんです。母のいないクリストンには、帰りたくないと言いましたから、私がマーレルとクリストンの事情を話しきかせたうえで妹の了承(りょうしょう)を取り、いっしょに暮らす事にしたんです。ルティアは、シゼレ公が(おそ)ろしいと言ってました。」


 エルは、


「カタリナといい、ルティアといい、シゼレ公はよほど娘達にきらわれているんだな。カタリナも(こわ)いと言ってるしな。」


「・・・昔は、そうではなかったんです。私はともかくとして、妹達はずいぶん、かわいがってもらってました。あそこまで変わってしまったのは、ルティアの話では母の死後のようです。父は、母を愛していましたから。」


 エルは、(まゆ)をひそめた。シゼレの父ドーリア公も妻の死後、態度が変わってしまったと、母からきいていた。今、マーレルとクリストンで起きている、さまざまな事象(じしょう)が、その当時と酷似(こくじ)している。


「ルティアも私が引き受けようか。お前は仕事柄、家を留守にする事が多いだろうしな。」


「いえ、姉妹二人は、さすがに。姉妹というものは、意外(いがい)とおたがい張り合うものなのですよ。あなた様の愛情をめぐって、ケンカでもおきたら大変ですよ。」


「そんなものなのかな。ルナとマルーは仲がよかったしな。張り合っている姿など見た事なかったよ。あ、一つだけあった。父上だ。父上をよくうばい合ってたな。」


「でしょう。私も、妹達に、ひっかきまわされていたんです。五人も妹がいれば、兄は大変なんですよ。しかも、どういうわけか、姉妹は私にばかり。他の弟達には目もくれませんでした。」


 エルは、アルを見つめた。


「理由がわかる。お前、ほんとにライアス兄さんそのものだしな。容姿端麗(ようしたんれい)頭脳明晰(ずのうめいせき)、しかも武芸の腕もたつときた。母上もライアス兄さんに恋をしていたしな。」


「冗談はよしてください。私は、ライアス公の足元にもおよびませんよ。でも、本当に大変でしたよ。うるさいし、しつこいし、一人に目をかければ、他の姉妹がヤキモチを()くし。とにかく、それが原因で、私は女性がダメになったんです。」


「もったいないな。お前と結婚したい女は、山ほどいるのにな。」


「ダメなものはダメなんです。結婚する気もないんですからね。下手に結婚して、また姉妹が大勢(おおぜい)できたらと考えるだけで、もう(おそ)ろしくて恐ろしくて。トラウマなんです。」


「そんなんで、よく妹と暮らす気になったな。」


「一人くらいならね。まあ、気立てはよい娘ですから、そのうち、好きな男ができたら、いっしょにしてやるつもりです。私が親代わりになって、ちゃんと結婚させます。」


 ティムがあわてて飛び込んできた。何事(なにごと)かときくと、ティムは、


「クリストン軍がゼルムに侵攻した。足の速い騎馬を中心に、ベルン軍に気づかれないよう、迂回(うかい)ルートを使い一気に南下し、ナルセラを占領したんだ。州軍をあらかた、カイル側に集結させたすきをつかれてしまった。」


 エルは、動揺(どうよう)しなかった。


「ティム、あわてなくてもいい。こっちはカイルを手に入れたし、ゼルムがクリストンのものになったとしても、島の勢力が二つに統合(とうごう)されただけだ。大陸南部と東部海岸は、こっちが()さえているし、戦力的にみても不利と言うわけではない。むしろ、逆だろう。」


 アルは、


「落ちついてますね。属州が一つとられてしまったんですよ。クリストン軍が、ゼルムからカイルに入らないとも限らないでしょう。おまけに、ベルセアは、クリストン()りですからね。それに、この期に(じょう)じて、カイル内に残っている旧勢力が反乱を起こす可能性もあります。」


 エルは、


「アル、造船所はどうなっている? ここへくる前に、報告書に目を通しているだろう。」


三艘(さんそう)目がもうじき完成します。四艘目は、基礎はできておりますが、エンジン部分の製造がおくれているので、もう少し時間がかかります。」


「職人を昼夜交代させろ。突貫(とっかん)工事で行く。クリストンはとうぶんのあいだ、新しい獲物(えもの)の対処におわれるはずだから、カイルに兵を向けるよゆうなどないだろう。ナルセラを取ったとしても、ゼルムの州軍すべてを降参させたわけではない。


 カイルにかんしては、ダリウス軍が駐留(ちゅうりゅう)しているから、今のところ心配は無いはずだ。旧勢力が反乱を起こすにしても、ダリウス軍相手なら、それなりの規模が必要だ。旧勢力をまとめあげるだけの人材は、今のところ、カイルにはいない。


 それと、ダムネシアとティセア、クライス族、ラベナ族には使者を出せ。通達(つうたつ)ではなく使者だ。内乱騒ぎは向こうも知るところとなっているだろうし、ウソではなく正確、かつマーレル側を有利に説明する必要がある。


 シゼレはよくウソをつくから、こっちは正直で通せ。ただし、さっきも言ったように有利にだ。


 そして、エイシアの覇権(はけん)は、あくまでもマーレルにあり、クリストンの動きはいかなる理由があろうと、反逆にしかすぎないと強調しろ。マーレルは、決してゆらがないとな。いいな。だが、もう秋だし、海が荒れるまでが勝負だ。」


 ティムは、


「君、レックスだろ。地、出ているよ。」


 アルは、エルの顔を見つめた。エル、いやレックスは、生前と同じように頭をかいた。


「お前の前じゃあ、やっぱり、ダメか。ティム。」


「エルのふりするんなら、もっとおだやかに優雅(ゆうが)にだよ。そういうとこって、君達親子は正反対なんだしさ。」


 アルは、


「ベルセアには、どう対処したらよいでしょうか。何も対処しなければ、一方的にこちらが悪者になってしまいます。カタリナをエルシオン陛下の妻にした事で、かなり、ベルセアから非難されましたから。」


「カタリナの件では、シゼレは何も言ってこなかったはずだ。ベルセア側の対応は、表面的なものと見てよい。花嫁が、式場から逃げ出し、他の男と結婚したようなものだから、親としての体裁(ていさい)をととのえただけだろう。


 それよりも、なぜ、シゼレが何も言ってこなかったか考えてみろ。お前達は、安易(あんい)に妻にしたようだが、シゼレにとっては、ある意味ねがったりかなったりだったんだよ。だまっていたのは、そのためだ。」


 アルは、あ、となった。


「も、申し訳ございません。妹を守りたい事しか、頭にありませんでした。」


 レックスは、


「身内だと、そういう事もあるんだ。単純な事でさえも、こうなってしまう。だが、感情を優先して判断を(あやま)るのは、これきりにしろ。それに、カタリナは悪くはない。利用されただけだ。エルを心から愛しているのはたしかだし、セラの助けにもなりたいと考えている。」


(きも)(めい)じておきます。陛下。」


 レックスは、


「エルにも言っておくが、ベルセア本国と戦う事になったとしても、ちゅうちょするな。あそこには、主役の主神三体はもういない。ぜんぶ、こっちにいるんだしな。だから、(まよ)うな。」


 エルは、


「わかりました、父上。」


 アルは、


「あの、陛下。いえ、御父上の方です。」


 レックスは、なんだとエルの口をかりた。アルは、


「その、私的な事で申し訳ございませんが、どうしてもおききしたい事がありまして。」


「なんだ、言ってみろ。」


「その、まことに申し上げにくいのですが、私を、私個人を今では、どうお考えになっておられるのですか。以前は、実の息子のようだと、」


 レックスは、イスから立ち上がり、アルを抱きしめた。


「今でも変わらないよ。あのころと同じだ。愛しているよ、アル。おれがいなくなって、ずいぶんつらい思いをさせたな。でも、見ていたから。そして、今でも見ている。」


 アルは、ぎゅっと目をつぶった。涙があふれそうになる。


「ありがとうございます。そのお言葉だけでもう。」


 レックスは、アルを優しく抱きしめていた。一通り話が終わった後、アルは自分の執務室にもどりボーッとしていた。次々と飛び込んでくるゼルム関係の情報も、どこふく風でしかない。


(陛下とまた話ができるなんて、夢のようだ。本当に見ていてくれてたんだ。信じてはいたけど、実感するしないじゃ、やはりちがう。エルシオン陛下のお体をかりてだったけど、あの優しい眼差(まなざ)しだけは、生前とまったく同じだった。)


 夕方、緊急会議になった。レックスがまたきてエルの体に入り、執務室で言った内容を集まった者達に話しきかせる。今度は、地がばれないよう口調はできるだけ、エルのものとなっていた。


 会議は夜中まで長引いてしまった。ルティアは、居住区のセラにあずけてあったので、アルはつかれた体を引きずりつつ、ルティアに会いに居住区へと足を向けた。


 ルティアは、客室ですでに寝息をたてていた。ずっとつきそっていたセラは、


「夕食、食べて、すぐに寝ちゃったのよ。カタリナもさっきまでいたの。ロイド君、かなりひどい事したみたいね。」


「マデラでは、ダリウス軍に殺されるとパニックになってましたからね。マーレル公が私だとわかった瞬間、安心して気を失ったほどです。それからずっと、私からはなれませんでした。」


「どうしてロイド君、この子を()けたのかな。ルナより、ずっとすてきな子なのにね。」


「私ではわかりません。わかりたくもないです。でもこれで、はっきりした事があります。ロイド氏は、女性をとことんまで傷つけるのが得意な方だという事がです。ルティアを見るにつけ、ロイド氏への(にく)しみしか私の心には浮かびません。」


 セラは、ぎゅっとこぶしをにぎりしめた。アルのロイドへの批判は、セラも思い当たる事実がいくつもある。セラは、ルナもひょっとしてロイドと結婚させなければ、ああはならなかったはずと思い、あわててルナを自分の心から排除(はいじょ)した。


「ね、アル。ルティアを私にあずけてくれないかな。別にアルから引きはなすつもりはないの。この子、お兄さんだけが心の(ささ)えになっているしね。つまりね、私が設立した施設関係の仕事をまかせたいのよ。カタリナも手伝ってくれると言ってるしさ。姉妹二人に、私の仕事を引きついでもらいたいの。


 ほら、私さ、いろいろと問題あるでしょ。もう、施設関係できそうにもないから、お願いしたいのよ。」


「それは、かまいませんが、はたしてルティアやカタリナに、実務(じつむ)的な仕事ができるんでしょうか。花嫁修業しか、した事が無いはずですよ。」


「実務は、私が教えるわ。とうぶんの間は、施設内の仕事、掃除や洗濯、料理、子供や老人や病人のお世話、そういう仕事になれてもらう。なれてもらいつつ、だんだんとレベルをあげるつもり。」


「レックス国王陛下は、カタリナを妻にした事は、シゼレ公の思う(つぼ)だったとおっしゃってました。お(しか)りを受けてしまいました。ルティアがマーレルにいる事で、またカタリナと同じになったらと考えると、私は陛下に顔向けできないです。」


 セラは、笑った。


「あら、それこそ、私の思う壺よ。だって、すてきな娘が一人できたうえに、さらにもう一人飛びこんできたんだしさ。それに、仕事の強力な助っ人もしてくれると言うし、私こそねがったりかなったりよ。


 アル、考え方一つなのよ。レックスは、ああいう人だから、そういうふうに受けとめるけど、私はちがう。カタリナもルティアも、私を幸せにしてくれたんだしね。


 けどもし、レックスの心配したとおりだとしたら、その事をシゼレ公に利用される前に、クリストンをなんとかしちゃえばいいんだよ。もう、あの人はまともではないしさ。さっさとケリつけちゃいなさい。そのほうが、何もかも、うまくいくわ。」


 セラは、手をのばし、アルの金色の髪をそっとなでた。


「やはり、ダリウス・カラーの髪はきれいね。あなたが子供の時の髪の色より、ずっときれい。色が変わって良かったのよ。レックスにちゃんとつながっている証拠だしね。あなたは、レックスの子よ。そして、私の子。できる事なら、私の体から、あなたを産んであげたかったわ。レックスを父親としてね。」


 そう言い、セラは、優しさにみちた瞳でアルを見つめる。母親のサラとよく似た瞳で。アルは、セラに抱きついた。涙がこぼれてきた。


 セラは、


「お母さん、亡くなったとわかっても、クリストン帰れなくてつらかったでしょう。いいんだよ、今、泣いても。」


「帰れなかったんじゃありません。帰りたくなかったんです。父に、あの男に会いたくなかったんです。ええ、大きらいですよ。今となっては軽蔑(けいべつ)すらしています。私は、あなた方夫婦の子です。あんな男の子供じゃありません。」


 セラは、優しくアルのほおにキスをした。


「ねぇ、お母さんと呼んで。ずっと、呼んでほしかったの。サラの事は忘れなくてもいいわ。彼女は、まちがいなく、あなたを愛していたしね。でも、私の事もお母さんって呼んでほしいのよ。」


 アルは、とまどった。が、


「お、お母さん。」


「もう一回呼んで。」


「お母さん。お母さん。お母さん・・・。」


「ん、なあに、アル。なあに。」


「お母さん。」


 アルは、ギュッとセラを抱きしめていた。そして、その日から、アルは私的な場所では、レックスを父上、セラをお母さんと呼ぶようになった。エルは、その事を、ごくふつうの感情で受け止めていた。

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