六、内乱勃発(2)
エッジは、
「クリストン軍は、いつでも戦争始められるよう、準備だけはしている。だが、それだけだ。おれのカンでは、本当に双頭の白竜が封じられたかどうか、シゼレは確信が持てないでいるみたいだ。
だが、おかしな話だと思わないか。ダリウス神がいるのに、なぜ双頭の白竜なんか怖がるんだ。やっこさんに、呼び出してくれとたのめばいいじゃないか。まあ、偽物が呼び出せるか疑問だがね。」
「ダリウス神が本物だとしても呼び出せないわ。だって、紅竜と契約したのはレックスで、当時のダリウスは契約してないんだもの。第一、教義書には、ダリウスがドラゴンと契約したなんて無いわ。」
「つまり、教義書に無い事をしちまえば、頭のかたいシゼレじゃ疑われてしまう、そういう事か。だまくらかすのも楽じゃないな。」
エッジが、フラフラと立ち上がった。セラは、
「エルへの報告なら、私がするわ。カルディア族霊域にもどってなさい。少し休んだらどうなの。」
「カイルの動きも気になるんだ。わ、妹姫様、何しやが、」
セラは、エッジを自分の中に入れてしまった。そして、しっかりと封印をかけてしまう。
「少し、おとなしくしてなさい。体がもとにもどったら解放してあげるからさ。無茶ばかりしてさ。ミランダが、けっこう心配してるんだよ。」
セラは王家の剣を見つめた。エッジを中にいれると同時に、手に出現したのである。
(この剣も、カルディア族の宝具だったのよね。ミユティカが島を解放する時、ベルセアが当時のカルディア族長にたのんでもらってきたんだっけ。でも、そのまま返さずにずっと、エイシアに置きっぱなしだったなぁ。エッジがエルと契約が切れたら、返した方がいいかもね。この剣の役目も終わったんだしさ。)
そして、ルナについて思う。
(エッジの言うとおりかもね。あの子は、次々とさしのべられる救いの手を、すべて噛み砕いてしまうような子だった。ルナは死んだ事になってるし、それに、レックスがルナの記憶を消した以上、私達とは、もうなんのかかわりもない。
幸せになっていると信じて忘れよう。娘であった事実も、ルナと過ごした幸福な時間もすべて忘れよう。ダイスさんとジョゼが受けた傷を癒すためにも、そうしたほうがいい。
ごめんなさい、アデレード。最後の最後になって、こういう選択しかできなかった私を許して。)
ロイドはまた悪夢を見た。ルナが、暗い闇のような海の底から助けを呼んでいる。なんとか手をのばすが、ルナにはどうしてもとどかない。ルナは、苦しそうに、さらなる深海へと沈んでいく。ロイドは、悲鳴をあげて目をさました。
妻のルティアが、涙を目にため、自分をにらんでいた。もういや、ルティアはロイドを残し、ベッドから飛び出した。そして、別室にかけこみ、それ以来、ロイドと過ごさなくなってしまった。
ロイドは不眠症になった。あの悪夢は、一人では耐えがたい。ロイドは、銀色の髪を持つ女をさがし始めた。ルナの代わりにそばに置こうとした。だが、めずらしい色なので見つからない。ロイドはしだいに精神的に追いつめられて行く。
そして、久方ぶりにルティアと顔をあわせ、その容貌が、シエラ(セラ)とよく似ている事にがくぜんとしてしまう。崖下に転落していくルナの姿が、するどい痛みとともに脳裏をよぎった。
ロイドは、ルティアを激しい憎悪とともにマデラ宮殿から追い出した。そして、すぐさま、ダリウスに向け、宣戦布告をする。軍はすぐにでも出撃可能だったので、今か今かと待っていた側近達が大喜びをした。
双頭の白竜がいないダリウス軍など敵ではない。ましてや、ダリウス軍の内情を知りつくしたロイドが、こっちにいるのだから。そして、勢いこんだカイル軍は、国境近くにあるクラサをあっというまに占領してしまう。
地理的には、カイル軍が集結した場所の方が、マーレルより進軍するダリウス軍よりクラサに近かったせいで、なんの苦労もなく占領できたのだ。そして、そのままマーレルに向かおうとしたら、マーレル公が指揮するダリウス軍の抵抗にあい、逆にカイル内へと撤退するはめになってしまった。
五年以上、大陸でバテントス相手に実戦を積み続けてきた、若きマーレル公の戦争技術に、カイル軍は撤退を余儀なくされたからだ。ロイドは、すぐさまを軍をたてなおし、またダリウス内へと侵入をはたそうとした。
が、ゼルム州軍が海をわたってカイルに上陸し、首都マデラにせまったので、ダリウス側しか見ていなかったカイル軍は、虚を突かれた感じになり、背後からせまりくるダリウス軍と戦うか、首都を救うかで混乱してしまった。
双頭の白竜がいないと、タカをくくっていたせいもあるだろう、ダリウス軍の内部事情を知りつくしているとの慢心もあっただろう。だが、大きな原因は、指揮官であるロイドの能力の低さにあったはずだ。
結果としては、軍事協定を結んでいたクリストンへの援軍要請の時期も完全に逃してしまい、カイル軍は二つの軍にはさまれる形で降参するしかなかった。
ロイドは自害をした。そして、カイルの属州化が決まった。カイル内では属州化に対して、あちこちで反乱が起こったが、領主の血筋はロイドで実質的にとだえてしまい、反乱はダリウス軍とゼルム州軍の強行措置もあり、まもやくやんだ。
ロイドは、レックスと再会した。レックスは、生前見た事もない厳しい顔つきで、血まみれで倒れているロイドを見つめていた。
ロイドは、弱々しく笑う。
「よぉ、久しぶりだな。なんだよ、ずいぶん偉そうになったじゃないか。お前が見えるって事は、おれ、死んだんだよな。へへ、これでルナに会える。」
レックスは、
「お前に初めて会った時、実にいやなやつだと思ったが、最後もまた実にいやな死に方をしたもんだな。セシルが何を言いたかったか、わかっていただろうに。」
「新参者の立場を、わすれたわけじゃないだろ。お前だって、マーレルきた時は、そうだったじゃないか。わかっていたとしても、二十年も留守にしてりゃあ、新参者でしかないんだよ。ああしろと言われたら、ああするしかない。けど、やっぱり、すなおになれそうにもなかった。エルとシエラが憎たらしくてな。」
「お前のルナへの思いは愛じゃない。執着だ。残念だが、ルナはまだ死んではいない。おれが転落したルナをたすけた。そして、記憶を消して、異国の地に送りとどけた。いまごろ、だれかの妻になってるさ。記憶がないとはいえ、あれだけの美女だ。男は放ってはおかない。」
倒れていたロイドは、頭を少しばかりもちあげた。
「記憶を消したって。じゃ、おれの事も?」
「ああ、おぼえていない。お前の事も、おれ達の事も、マーレルで生きた一切合切の記憶をな。ルナは過去にしばられている。そのしばりを消すしか、彼女を運命から解き放つ方法を思いつかなかった。結果はもう、おれの知るところじゃないがな。」
「・・・とどのつまり、ほんとに捨てたんだな、ルナを。」
「もう、できる限りの事はした。捨てる事でしか、ルナを助けられなかった。」
「ひでぇ話だな。最後はそれかよ。何が助けられなかっただよ。つごうのいい話だぜ。ほんと、腹の立つ夫婦だな、お前ら二人。ルナは、あのまま死なせてやればよかったんだよ。ほんとの母親のそばに行きたがっていたしな。そっちの方が、ルナにとって幸せだったはずだぜ。」
「ああ、つごうのいい話だな。そして、お前も実につごうがいいやつだ。ルナを殺したとシエラを恨み、今度はルナが生きているだけで、おれ達夫婦に腹を立てる。実につごうがいい。原因ばかりつくり、結果はすべて他人に押し付ければいいんだしな。お前の人生は、あらかたそうだったしな。
なあ、ロイド。戦争に負け、お前がこうなったのは、だれのせいだ。お前の側近達のせいか、エルか。それとも、おれか?」
ロイドは、憎悪に満ちた目で、レックスをにらみつけた。レックスは、ため息をつく。
「あばよ、ロイド。今のお前に何を言ってもムダのようだ。また会えるのは、いつになるか分からないが、おれはいつでも、お前を待ってるぜ。」
レックスは、動けないロイドを残して去って行った。
「おい、レックス。レックス、どこに行ったんだよ。おれを置いて行くな。おい、レックスったら!」
ロイドの周囲をしだいに闇がおおう。毎晩見ていた悪夢の世界と同じ闇だ。助けを呼ぶルナの亡霊。だが、よく見てみるとルナではない。自分だ、自分が助けを呼んでいたのだ。
(いやだ、こんなとこいやだ。体がまったく動かない。闇が重い。窒息しそうだ。だれか、だれか、助けてくれ。だれか!)
ロイドは、やがて自分がおちいるであろう、未来を夢として見ていたのである。レックスは、悲惨なものだと思った。ロイドが堕ちた闇を見つめていたら、誰かがやってきたようだ。
「セシル、か。セシルだよな。」
二十数年ぶりに再会したセシルは、目の前のレックスに深々と頭を下げた。
「死んでまで御迷惑をおかけしました。ふつつかな弟をお許しください。私が死の直前、領主の地位を返納しろと、はっきり言わなかったのが悪かったのです。そうすれば、弟はもっと懸命な判断をとっていたはずです。すべては、私に責があります。」
「言えなかったんだろ。お前のそばにいた医者は、ゼルム毒蛾の毒を塗りこんだ毒針を用意していたしな。だから、遠まわしでしか言う事ができなかった。おれの父親も毒蛾で殺されたから、ゼルム毒蛾の毒は、どれほど凶悪なものかよく知っているんだ。」
「愚かな弟です。くだらない意地で、身を滅ぼしてしまいました。それに、あれだけ、あなた様から御寵愛いただいた恩も忘れて、あのような恥ずべき行為をしてしまい、兄としても情けないしだいです。」
レックスは、
「おれは、ロイドといっしょにいて楽しかったよ。自信過剰で天狗になる事もしょっちゅうだったけど、それはそれで、いいとこもあった。おれとも、自然な感情でつきあってくれたしな。」
「あなた様にそう言っていただく資格は、弟には無いでしょう。バテントスとの戦争を放り出し、あなた様一人にすべてを押し付け、戦地から逃げ出したのですからね。将軍ならば、最後まで王を守り抜いて戦うのが責務のはずです。しかも、マーレルに対し、己の意地だけで戦争を仕掛けてしまい、結果として、こうなったとしても当然でしょう。」
セシルは、そう言い闇を見つめた。ロイドの声は、重く苦しい闇に押しつぶされたようで、もう、きこえてはこなかった。セシルは、闇が見える岩場のような場所に腰をおろした。
「私はここにいます。弟が、あそこから出てくるまで、何十年でも何百年でも、ここで待ちます。それがせめて、救う事ができなかった弟への謝罪です。」
「あんたが気を病む必要はない。すべて、ロイドの自己責任だしな。」
セシルは、小さく笑った。
「これも自己責任なのですよ。私個人のね。だから、これでいいんです。さようなら、陛下。いままで、本当にありがとうございました。」
「セシル、ロイドが助かったら、また会いにくる。だから、さよならはよけいだ。」
レックスは、そう言い、その場から去って行った。そして、時間にして半月くらいだろうか。ファーがやってきて、セシルのそばに腰をおろした。
「ロイド様の御遺体は、マーレル公の特別なおはからいで、マデラの領主墓地に埋葬する事ができました。あなた様のすぐおそばにです。」
セシルは、そうかと言った。ファーは、
「ずっと御一緒するとお約束したのです。ですから、私もお供をさせて下さい。」
セシルは、横目でファーを見、そして、闇へと視線をうつした。
「長くなるぞ。」
「かまいません、セシル様。」