六、内乱勃発(1)
ロイド、ロイド、暗い、冷たい。私を助けて、私を。ロイド、どこにいるの。私を助けて。助けて、苦しい。
ロイドは、ハッとして目をさました。全身、汗まみれだ。夏の暑い夜なのに、冷や汗をかいている。
(また、同じ夢かよ。あの日から、毎晩のごとくうなされる。ルナの遺体は、どこをさがしても見つからなかった。漁師は魚に食われたんじゃないかと。クソ。)
妻のルティアが目をあけ、こっちをじっと見ていた。ロイドが視線をやると、ルティアはそっぽをむいて寝てしまう。ロイドは首をふった。
(ルナ。おれはどうしたらいい。)
エルが朝、執務室に顔を出すと、エッジが待っていた。どうやら、ついさきほど、カイルから帰ってきたばかりらしい。エッジは、セシルの死について、いろいろと調べてきていた。
「セシルは、まちがいなく薬を使われた。ロイドが帰ってくるのを待ってな。セシルは、それがわかっていた。だが、自分の意思をロイドにつたえたくても、監視がいてつたえられなかった。遠まわしにでしかな。」
「セシル公の意思か。カイルが、マーレルに対して、あいまいな態度をとり続けていたのは、そのせいでもあったんだな。」
「ああ、マデラはセシルと側近達とで、意見が真っ二つに割れていたからな。すでに病床だったし、セシルには自分の意思を通すだけの力は無かった。」
エルは、フーッと息を吐いた。
「セシル公がもう少し丈夫だったらね。そうしたら、スムーズにカイルの属州化が可能だったのにな。すでに領主の地位を返納する意思があったんだしね。」
「ロイドは、側近の言いなりだ。セシルの真意を理解したとしても、側近達がそうさせないだろう。属州化が決まれば、側近達の地位も名誉も無くなっちまうんだしな。それに、お前といざこざを起こしたロイドが、例えセシルの真意を理解していたとしても、おとなしくしたがうとは思えない。」
「ルナの事で、だいぶ挑発したしな。まあ、ストーカーまがいの行為をされればね。伯父も、家の周囲にいるロイドに神経を苛立たせていたしね。それに、マーレルから追い出したんだしな。」
「やつは、レックスのいい弟分だったよ。男として対抗意識を持ってたが、レックスを好いていた。お前の事も、ずいぶんかわいがってたしな。おれから見れば、お前、薄情だよ。」
「しょーがないだろ。ルナを妻にした事が知られた時点で、うまく行かなくなっだんだしな。それに、何かと言うと、父上がどうのこうのそればっかり。うんざりしても仕方ないだろ。」
エッジは、にやにやしながらエルの顔をのぞき見た。エルは、
「そんなに顔を近づけないで下さい。気持ち悪いですよ。ただでさえも、コウモリで死神みたいなのに。」
「父ちゃんに劣等感もってるだろ。顔がしっかり言ってるぜ。なあ、エル。レックスみたいな父親を持てば、子供はたいてい苦労するんだよ。親には、かなわないからな。
そんでもって、腐るやつもいれば、少しでも父親に近づこうと努力する者もいる。まあ、あきらめて、何もせずに生きるやつもいるがな。だが、お前さんは、自分のするべき事を、ちゃんと理解して実行しようとしている。立派だ。」
「それしかできないからです。だいたい、どうやって父に勝てると言うのですか。だから、できる事をするだけなんです。立派ではありません。」
「なんだよ、せっかく誉めてるのに。まあ、おれの誉めはともかくとして、レックスは、お前を自慢の息子だと言ってるんだ。すなおに受けとめろよ。自信を持てよ。」
「・・・サラサ宮殿には、やはり入れないのですか。」
「シカトすんなって。ほんと、やな親子だな、お前ら。ああ、入れないよ。シゼレの野郎、おれを警戒して結界をサラサ宮殿に張ってんだ。紙みたいな結界だが、穴をあければ、全体が割れるように細工されている。
つまり、おれの侵入が、即わかるようになってんだ。イクソシストも数人配置されてるしな。ライアスだったら、あっさり倒せただろうが、現時点でのおれの能力では、逆に封じ込められ捕まってしまう。情報収集なら、かなりむずかしいが肉体持ってるやつの方が、成功する率が高い。」
「意外とつかえないんですね。たしかにライアス兄さんほど万能じゃないようですね。」
「マジ、なぐりたくなってきた。」
アルが執務室に顔を出した。頭からすっぽりマントをかぶっている見知らぬ少女をつれている。アルは、
「とつぜんで申し訳ございません。末の妹です。いましがた、ベルセアから、私のもとへと逃げてきたんです。カタリナと言います。」
「妹、その娘がか。逃げてきたってどういう事だ、アル。」
「カタリナは保護をもとめています。話をきいて下さいませんか。」
カタリナは、ベルセアを単独で脱出したと言った。身分を偽装して、カイルまで行き、船を使いダリウスの港まできて、そこからマーレルまで乗合馬車でやってきたという。
エルは、
「よく、つかまらなかったね。君が逃げた時点で、クリストンから捜索が入っただろうに。旅費とか、身分証とかはどうしたんだい?」
カタリナは、フードを取った。思いっきり短くした茶色の髪が現れる。
「男の子に化けてたんです。王太后様が昔、それでバテントスの捜索を、まいたときいてましたから。それに、お化粧で男の子っぽくしてました。旅費は、父が仕送りしてくれたお金を貯めてたものです。身分証は、とても悪いことですけど、私がいた修道院にある男子寮にしのびこんで盗みました。
でも、とっても怖かったんです。一人旅は始めてだったし、とても。兄さんの顔を見て、すごく安心して。」
カタリナは声をつまらせた。エルは、短い髪を見て、昔の母親を思い出してしまう。実際、カタリナは母親とよく似ていた。
「カタリナ、逃げた理由を話して。とても重要な話のはずだ。」
アルにうながされ、カタリナはコクリとうなずいた。
大陸東部の海岸沿いにクライス族という部族がいる。レックスとエルが大陸旅行したさい、最初に上陸した部族だ。シゼレは去年レックスが死にかけていたころから、そこと同盟を結ぶ交渉に入っていたという。以前、ラベナ族と交渉したさい使った手法と同じ方法でだ。
自分が、王位継承権を持っている事を利用し、さも王族のごとくふるまい、マーレルとほとんど接触がなかったクライス族をだます事に成功したのだ。そして、正式な同盟を結ぶために、カタリナを部族長の十一番目の妻にする事に同意したという。
カタリナは、
「結婚は仕方ないと考えてました。領主の娘なら、それも同然だと。でも、相手の男の人は、おじいちゃんなんです。もう、六十を過ぎているんです。せめて、族長様の御子息のだれかをと、父にたのんでみたのですが、よい返事をもらえませんでした。来月、大陸に行かなければなりません。ですから、こうして逃げてきたんです。」
アルは、妹を抱きしめた。エルは、ギュッと拳をにぎる。エッジは、
「クライス族か。地理的に、海をはさんで、クリストンと隣接しているな。同盟が結ばれたら、クリストンの大陸側への足場になっちまう上に、こっちと東側が分断されちまう。それでもって、クリストンと同盟結んだクライス族から、軍隊が海を越えてやってくるだろうな。クリストンはカイルとくっついてるし、ある意味、かこまれちまった。どうする、エル。」
「アル、カタリナを居住区につれてってくれ。母上がいるはずだ。」
アルは、うなずいた。アルとカタリナが去った後、エルはエッジをクライス族に向かわせた。
(ラベナ族もそうだったな。向こうが、こっちの情報にうといところを利用されて、シゼレ公の話をすっかり信じ込んでいた。父上が、もしあの時、ラベナ族を訪問しなかったら、今、どうなっていたんだろう。)
エルは、すぐに手をうった。早いにこした事はない。エッジの帰りを待ち、クライス族の情報をもとに、その日のうちに使者を選び連絡をし、翌日にはクライス族に向けて派遣した。途中、クリストンに邪魔されないよう、それなりの護衛をつけてである。
そして、まもなく交渉は成立し、クライス族はクリストンと手を切り、正式にマーレルと条約を結んだ。とりあえず、シゼレの野望は阻止できたが、エルの顔は暗かった。季節はすでに夏の終わりにさしかかろうとしていた。
エッジは、セラ(シエラ)の寝室で、傷ついた体をセラに癒してもらっていた。
「ずいぶん、ひどくやられたわね。こんなんで、よく帰ってこれたわね、エッジ。」
エッジは、ベッドに横たわっていた。霊体が、かなりボロボロにされている。セラは王家の剣を使い、祈りつつ、エッジの霊体に光をそそいだ。
セラは、
「もうかなり前の話になるけど、ライアス兄様もこうなった事あったな。まともに動けなかったしね。」
エッジは、
「だが収穫はあった。サラサ宮殿に侵入できなくても、サラサ市内に住んでいる側近達の話は、だいぶきく事ができたしな。おかげで、かなりわかった。」
「あなたを攻撃したのは、シゼレ公なの。でも、あの人、簡単な結界を張ったりするくらいしかできなかったはずよ。」
「シゼレには見つかってはいない。見つかったのは、もっとヤバイのだ。レックスが以前戦った魔物だよ。やつにやられたんだよ。王家の剣がなかったら、とっくの昔に、向こうに引きずり込まれてた。ずいぶん、気をつけて行動したつもりだったがな。」
「相手が悪かったのよ。それに、王家の剣は、持ち主を守る力があるの。レックスは、これをだてに、あなたに持たせているわけじゃあないのよ。でも、これからは気をつけてね。」
とりあえず、霊体はかなり修復した。セラは、王家の剣をエッジの霊体に沈める。
「はい、お終い。だいぶ、楽になったでしょ。霊体でも攻撃されると、かなり痛いでしょ。おまけに死ぬ事はないから、断末魔の苦しみになっても、楽になったりしないのよね。」
エッジは、
「魔物のやつ、ダリウス神に化けていた。レックスとよく似た感じのダリウス神だ。シゼレは昔、女神ベルセアから本物の啓示を受けた経験があったから、すっかり信じこんじまってるようだ。それで、あちこちで、ダリウス神から啓示を受けたと吹聴してるらしい。側近の貴族達が、そう話しているのをきいた。」
「サラサの教会は、どうだったの。シゼレ公の話、どう思っているのかな。」
「なんとも。だが、疑問に思っていても、表立っては何も言えないようだ。いやな話だが、今のシゼレは昔のドーリアの親父さんそっくりだ。マーレルに侵攻かけた時も、あんな感じだったもんな。」
「有無を言わせない、か。クリストンて、そんいう因縁あるのかな。ね、私の事、どんなふうに言われてんのかな。レックスのお母さんみたいな感じなのかな。」
「そりよりもひどいぜ。レックスの母親は、バカ女で終わってたがな。魔女は当然として、保身のためだけに信仰と名前を捨てた愚かな女、国王をまどわす悪女、国賊、もっとあるぜ。」
「も、いい。まあ、エルの機転のおかげで、魔女裁判に招へいされずにすんだんだしね。でも、そのせいで外出できなくなったんだよ。養護施設にも行けなくなったしさ。世間の目って、きびしいのよね。英雄王の后が、そのていどの事で信仰を捨て改名するなんて、ナニゴトだってね。下手に外出なんかすると、市民がワッと集まってきちゃうんだよ。文句言いにね。」
「エルは安心してるようだぜ。母親がずっと居住区にいてくれてな。お前、家に居つかない母親だったもんな。そういえば、カタリナはどうしている。シゼレの末娘の。居住区には、いないみたいだしな。」
「離宮よ。おとといの晩、エルと結婚させたの。シゼレ公が、なんだかんだ言ってこないうちにね。カタリナはエルを気に入ったし、エルもまんざらじゃなかったしね。」
「エルは見目がいいからな。しっかし、エルのやつ、何人、嫁さんもらうんだろうな。いなくなった二人をふくめて、すでに六人と結婚してるしな。結婚が仕事とはいえ、すごいな。幽霊の身になっても、うらやましいこって。」
「七人よ。私が魔女判定された時、正式離婚したベルセア娘もふくめてね。ひどい娘だったしね。ユリアから正妻の座をうばおうとしたしさ。私に何度もエルと復縁させてほしいと泣きついてきたけど、魂胆がはっきりしてたから、こっちも相手しなかったのよね。」
「まるで、ルナみたいな娘だったんだな、その女。ルナは小さいころはともかくとして、大人になってからは、ロクでもない女になっちまってたからな。ありゃ、救いようがなかったしな。」
「あなたまで、そういうの。もう、やめてよ。」
「いい加減、目をさませってんだよ。エルがお情けで結婚してやったのに、ああだったしな。おまけに、レックスの寿命まで縮めちまったしよ。おれは、女は許すタチだが、例外だっているんだよ。」
「それよりも、クリストン軍はいつごろ、こっち向けて進軍してきそう?」