五、シゼレの反乱(3)
ベルセアからエッジが持ってきた内容は、レックスがにらんだ通りだった。エルはどうしたらよいものかと頭をかしげた。アルは、
「いっそのこと、シエラ王太后様には、大陸へとうつってもらってはいかがでしょうか。そうしたら、国教会も手を出せないはずです。」
「すでに、母上に進言した。だが、ガンとして首を縦にふらない。シゼレ公の挑戦をあくまでも表面から受けて立つつもりだ。ああ、それと母上の事は、セラと呼んでくれ。父上の提案なんだよ。だけど、身内でだけだ。公の場では、いままで通りでいい。」
「セラ、ですか。大陸南部での呼び名ですね。向こうでは、名前の最初の二文字をまとめて発音したり、ツ音を発音しなかったりですからね。私もアルバートではなくて、ラバートとかレバートとか呼ばれて、よくとまどいましたよ。」
エルは、ピンときた。ひょっとして、利用できるかもしれない。
「セラ、それで行こう。魔女裁判でシエラを出せと言われたら、シエラなんていないで押し通せるかもしれない。詭弁にすぎないと思われるかもしれないが、回避できる可能性がある。アル、すまないが母上のいろんな役職をすべて調べて、名前を書きかえておいてくれ。とうぜん、王家の王統もだ。膨大な数になると思うが、たのむ。」
「でも、それでしたら、公にしたも同然ですよ。」
「私にとっては、母上が助かるかどうかが問題だ。それに、公にしたとしてもたいした問題ではない。王太后が改名する程度の問題でしかないからな。父上はたぶん、混乱するから、まだ公表はするなと言ったまでだ。」
「かしこまりました。それと、以前つくったスチーム船ですが、二艘目がもうすぐ完成するとの報告が上がってます。」
「四艘欲しい。残り二艘を急ピッチで仕上げてくれ。」
「すでに取りかかっております。二艘目に取りかかると同時に、いつでも次が製造できるよう、ラインをととのえておきましたからね。」
「なんだよ、マーレル公になる前から、すでにマーレル公の仕事してたじゃないか。ロイドの目を盗んで、よくやったね。」
アルは、笑った。
「物事を進めるためには、それくらい当然ですよ。なにせ、あのような上司でしたからね。自分の理解できる範囲でしか、物事を認めようとはしなかったですし、個性が強い分、我も強かったですからね。
おまけに、領主家の出身だという事を、どことなく鼻にかけてましたし、王族に対するふるまいにも問題がありました。ああいう人柄でしたし、彼に付きしたがう者も大勢いましたが、敵も多かったようです。
いなくなって、ずいぶんやりやすくなったのは事実です。軍内部でも、彼の左遷について、いろいろと意見がありましたが、結果としては、みな一応にホッとしているみたいです。」
「まあ、そうだろうな。発明の才能はあったが態度が態度だったし、父上の意向を無視して、どこまでも自分の我を通そうとしていたところもあった。貴族の中にも、彼を快く思わない者は大勢いたし、父上が寛容だったから、彼のマーレルでの地位が保たれていたようなものだった。はっきり言うよ、私もせいせいした。」
「それと、ロイド・ゼスタ氏が、国境を通過したとの情報が入ってきています。毒物を工場から持ち出したのち、ルナ様と御一緒にマーレルを脱出したのを確認してました。けど、通過したのは、ロイド氏と執事のみです。ルナ様は、御一緒ではなかったようです。」
「お前、知ってたのか。だったらせめて、私に報告くらい上げてもらいたかったよ。ロイドはともかく、ルナが伯父上の家からいなくなった事くらいはな。」
「彼女は、陛下には、もうかかわりのない女性です。それに、私はルナ様は好きではありません。むしろ、嫌悪してたくらいです。前国王陛下と王太后様が、どれだけお心をなやませていたか、見知っておりますからね。陛下にも、まったくふさわしくない女性だったのはたしかです。」
「きつい事をはっきりと言うね。さすが、マーレル公だ。こうでなくちゃね。その通りだよ。ルナは、父上と母上のために妻にしただけだ。けど、シルウィスを産んでくれた事には感謝している。
父上の話だと、ユリアのお腹にいるのは女の子だと言うし、内乱もはっきりしているし、シルウィスを王太子として正式に公表しようかと考えている。だが、そうなると、問題の多いルナを、私の妻として公認しなければならない。
この事にかんして、お前の意見をきかせてほしい。」
「シルウィス王子は、ユリア王后の御子です。私個人の経験からも言わせていただきますが、愛情をそそいでくれる者が親なのです。側近達も、その考えでいます。いっその事、ルナ様を王家から排除されてはいかがですか。そうしたら、多少強引ですが、シルウィス王子を、ユリア王后の実子とする事もできるはずです。」
エルは、アルの顔を見て笑った。
「私と、まったく同じ考えだな。まさしく分身だ。お前が、マーレル公になってくれて本当によかった。シルウィスを王太子としよう。王統には、シルウィスはユリアの実子とし、ルナの記録はすべて王家から排除する。シルウィスの将来のためにも、ルナの存在は消したほうがいい。母上の改名もあるし、王統はすべて新しく書きかえよう。」
「それで、よろしいかと存じます。」
ロイドは、カイルのマデラ宮殿に帰ってきた。そして、まもなく危篤をむかえようとしている実兄のセシルの病床へと向かう。セシルは、医者の看病を受けながら、ベッドに横たわっていた。
「長い間、御無沙汰してました。いままで、留守にしていた事をお詫びいたします。」
「よく、よく、帰ってきてくれた、ロイド。ずっと待っていたぞ。」
セシルは、げっそりとやせた顔で、精一杯ほほえんでくれた。ロイドは、セシルに頭を下げた。セシルは、
「いろいろと苦労をしたようだな。だかもう、忘れる事にしなさい。過去にばかりとらわれていては、お前のためにもならない。シゼレ公が、御自分の娘をお前の妻にと言ってきている。お受けするかどうか、よく考えなさい。」
「もう、決まっているんでしょう。考えるも何もないはずです。私もそれを覚悟で帰ってきたんですから。」
セシルは、そうかと言った。
「十六歳の花嫁だ。ベルセアから直接ここにきて、シゼレ公の代理人のもとで式を挙げる予定でいる。今日中に、ベルセアに使者をむかわせるから、それまでに準備をすませておきなさい。」
「十六歳ですか。これはまた、ずいぶん歳がはなれてますね。若い妻は、私なんかを受け入れてくれるでしょうかね。このような私ですしね。」
ロイドは、やや卑屈に笑った。セシルは、
「過去にとらわれるなと言ったはずですよ。ロイド、正しい道はどこにあるか、常に考え行動しなさい。憎しみは、己も人も滅ぼしてしまう諸刃の剣でしかありません。」
ロイドは、ベッドに横たわったままの兄セシルを見つめた。セシルはまだ五十かそこらだが、髪も白くなり、顔にきざまれたしわも深い。体の奥まで蝕んでいる病魔が、セシルの命のすべてを吸い取っているかのようだ。
「・・・兄貴、歳をとったな。昔、体が弱くて寝てばかりいた、あのころにもどったようだ。いっときはレスリングできるくらい、丈夫になったのにな。」
「結局、無理ばかりしていただけですよ。丈夫になったのは、ほんの少しだけ。あとは、冬カゼをひいたのをきっかけに、元にもどってしまいました。だが、ここまで生きる事ができ、命ある時に、お前が帰ってきてくれた事を天に感謝しているんです。」
「おれ、左遷されたんだよ。あれだけ尽くしたのに左遷されたんだ。」
「帰るべき時期になっただけです。尽くしたのではないんですよ。尽くさせていただいたんです。そこのところをかんちがいしてはいけませんよ。」
「尽くさせていただいた、ね。おれは、兄貴みたいに謙虚になれそうもない。しょせん、ただの俗物だ。」
「前国王陛下とともにいて、楽しかったのでしょう。」
ロイドは、フーッと息を吐いた。
「あのクソやろーかよ。まったく、無責任に死にやがるしな。おかげで、お払い箱になっちまった。それに、エルのやつ、昔、あれだけかわいがってやったのに、人を無用あつかいしやがって。」
「代が、かわると当然ですよ。前国王陛下もおやりになったはずです。あなたもそのおかげで、マーレルにいる事ができたではないですか。」
「おれは、やらないぜ。第一、つらすぎる。いきなり、お役ごめんだもんな。兄貴の側近達は、だいじにするぜ。」
セシルは、ロイドを静かに見つめた。
「ロイド、カイルのため、そして、エイシアのために何ができるか、常に考え続けなさい。それが領主の仕事なのです。私ではできなかった事を、あなたに託したいのです。」
「なんだよ、兄貴のできなかった事って。」
「私は前国王陛下が何をのぞんでいるか、いつも考えていました。そして、できうる限り、陛下の要望にそった方針をとってきたつもりです。ですが、最後の最後になって、できない事が一つありました。それをお願いしたいのです。」
「だから、なんだって言うんだよ。」
セシルは、そばにいた医者をチラと見つめた。そして、
「・・・前国王陛下が何をのぞんでいたか、そして、現国王陛下ののぞみは何か、考えてください。お願いしますよ、ロイド。」
医者は、セシルにもう休んだ方がいいと言い、ロイドを寝室から追い出してしまった。寝室から、ゲホゲホと咳き込みが扉越しにきこえてくる。ロイドは、そのまま、私室へと引き上げて行くしかなかった。
セシルは何を自分にお願いしたいのだろう、ロイドは後できいてみようと思ったが、セシルは翌朝には眠るよう、この世を去っていた。
ロイドは、葬儀を終わらせた後、側近達にしたがい、喪の期間を待たずに新領主となり、ベルセアからの花嫁の到着を待ち、式をあげた。ロイドは、なんでこんなに急ぐんだろうと疑問に思ったが、さして考えもせず、言われるままにしていた。そしてまもなく、シゼレから密書がとどいた。
側近達は、すでに了承済みだったようだ。側近達は、マーレルと対抗するため、すぐさま、クリストンと軍事協定を結ぶよう進言する。ダリウスを北と東からせめれば、マーレルは、はさまれた形になり降参するしかないのだと。
「ロイド様、このままではカイルは、ゼルムのようになってしまいます。つまり、マーレルの属州に格下げされてしまうのです。行動を起こすなら今しかありません。前国王陛下も、そしてライアス公もお隠れになり、双頭の白竜が出現しない今が絶好の機会です。シゼレ公も同じ考えでいます。」
だから、あれだけ急いだのかとロイドは思った。
「兄貴は、兄貴は、どう考えていたのだ。兄貴は、自分ができなかった事を、おれにしてもらいたいと遺言した。何をしてもらいたかったのだ。」
「それは当然、カイルの地位安泰です。セシル様は、現状の維持がエイシアにとって、一番だとお考えになられてましたからね。」
ロイドは、ウソだと思った。でなければとっくの昔に協定なんてできあがってるはずだ。自分が帰り、セシルが死ぬのを待っていたのかもしれない。いや、あの時病室から追いはらわれたのは、もしかして・・・。
ロイドは、考えない事にした。疑惑は不信を生み、いずれ自分も、エルと同じ事をしてしまう。側近達の解雇だけはしたくはない。
「わかった。だが、少し考えさせてくれ。おれはずっとマーレルにいた。第二の故郷だとも考えている。だから、時間をくれ。」
「かしこまりました。ですが、セシル様の御遺言にありますように、カイルのために、何ができるか考えてください。我々もそれを切に願っています。」