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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
最終章、次の時代へ
165/174

五、シゼレの反乱(3)

 ベルセアからエッジが持ってきた内容は、レックスがにらんだ通りだった。エルはどうしたらよいものかと頭をかしげた。アルは、


「いっそのこと、シエラ王太后(おうたいごう)様には、大陸へとうつってもらってはいかがでしょうか。そうしたら、国教会も手を出せないはずです。」


「すでに、母上に進言(しんげん)した。だが、ガンとして首を(たて)にふらない。シゼレ公の挑戦をあくまでも表面から受けて立つつもりだ。ああ、それと母上の事は、セラと呼んでくれ。父上の提案(ていあん)なんだよ。だけど、身内でだけだ。(おおやけ)の場では、いままで通りでいい。」


「セラ、ですか。大陸南部での呼び名ですね。向こうでは、名前の最初の二文字をまとめて発音したり、ツ音を発音しなかったりですからね。私もアルバートではなくて、ラバートとかレバートとか呼ばれて、よくとまどいましたよ。」


 エルは、ピンときた。ひょっとして、利用できるかもしれない。


「セラ、それで行こう。魔女裁判でシエラを出せと言われたら、シエラなんていないで()し通せるかもしれない。詭弁(きべん)にすぎないと思われるかもしれないが、回避(かいひ)できる可能性がある。アル、すまないが母上のいろんな役職をすべて調べて、名前を書きかえておいてくれ。とうぜん、王家の王統(おうとう)もだ。膨大(ぼうだい)な数になると思うが、たのむ。」


「でも、それでしたら、(おおやけ)にしたも同然ですよ。」


「私にとっては、母上が助かるかどうかが問題だ。それに、公にしたとしてもたいした問題ではない。王太后が改名する程度の問題でしかないからな。父上はたぶん、混乱するから、まだ公表はするなと言ったまでだ。」


「かしこまりました。それと、以前つくったスチーム船ですが、二艘(にそう)目がもうすぐ完成するとの報告が上がってます。」


「四艘欲しい。残り二艘を急ピッチで仕上(しあ)げてくれ。」


「すでに取りかかっております。二艘目に取りかかると同時に、いつでも次が製造できるよう、ラインをととのえておきましたからね。」


「なんだよ、マーレル公になる前から、すでにマーレル公の仕事してたじゃないか。ロイドの目を盗んで、よくやったね。」


 アルは、笑った。


「物事を進めるためには、それくらい当然ですよ。なにせ、あのような上司でしたからね。自分の理解できる範囲でしか、物事を認めようとはしなかったですし、個性が強い分、我も強かったですからね。


 おまけに、領主家の出身だという事を、どことなく鼻にかけてましたし、王族に対するふるまいにも問題がありました。ああいう人柄(ひとがら)でしたし、彼に付きしたがう者も大勢(おおぜい)いましたが、敵も多かったようです。


 いなくなって、ずいぶんやりやすくなったのは事実です。軍内部でも、彼の左遷(させん)について、いろいろと意見がありましたが、結果としては、みな一応(いちおう)にホッとしているみたいです。」


「まあ、そうだろうな。発明の才能はあったが態度が態度だったし、父上の意向(いこう)を無視して、どこまでも自分の我を通そうとしていたところもあった。貴族の中にも、彼を(こころよ)く思わない者は大勢いたし、父上が寛容(かんよう)だったから、彼のマーレルでの地位が(たも)たれていたようなものだった。はっきり言うよ、私もせいせいした。」


「それと、ロイド・ゼスタ氏が、国境を通過したとの情報が入ってきています。毒物を工場から持ち出したのち、ルナ様と御一緒にマーレルを脱出したのを確認してました。けど、通過したのは、ロイド氏と執事のみです。ルナ様は、御一緒ではなかったようです。」


「お前、知ってたのか。だったらせめて、私に報告くらい上げてもらいたかったよ。ロイドはともかく、ルナが伯父上の家からいなくなった事くらいはな。」


「彼女は、陛下には、もうかかわりのない女性です。それに、私はルナ様は好きではありません。むしろ、嫌悪(けんお)してたくらいです。前国王陛下と王太后様が、どれだけお心をなやませていたか、見知(みし)っておりますからね。陛下にも、まったくふさわしくない女性だったのはたしかです。」


「きつい事をはっきりと言うね。さすが、マーレル公だ。こうでなくちゃね。その通りだよ。ルナは、父上と母上のために妻にしただけだ。けど、シルウィスを産んでくれた事には感謝している。


 父上の話だと、ユリアのお腹にいるのは女の子だと言うし、内乱もはっきりしているし、シルウィスを王太子(おうたいし)として正式に公表しようかと考えている。だが、そうなると、問題の多いルナを、私の妻として公認(こうにん)しなければならない。


 この事にかんして、お前の意見をきかせてほしい。」


「シルウィス王子は、ユリア王后(おうごう)御子(おこ)です。私個人の経験からも言わせていただきますが、愛情をそそいでくれる者が親なのです。側近達も、その考えでいます。いっその事、ルナ様を王家から排除(はいじょ)されてはいかがですか。そうしたら、多少強引ですが、シルウィス王子を、ユリア王后の実子とする事もできるはずです。」


 エルは、アルの顔を見て笑った。


「私と、まったく同じ考えだな。まさしく分身だ。お前が、マーレル公になってくれて本当によかった。シルウィスを王太子としよう。王統(おうとう)には、シルウィスはユリアの実子とし、ルナの記録はすべて王家から排除する。シルウィスの将来のためにも、ルナの存在は消したほうがいい。母上の改名もあるし、王統はすべて新しく書きかえよう。」


「それで、よろしいかと(ぞん)じます。」



 ロイドは、カイルのマデラ宮殿に帰ってきた。そして、まもなく危篤(きとく)をむかえようとしている実兄のセシルの病床(びょうしょう)へと向かう。セシルは、医者の看病を受けながら、ベッドに横たわっていた。


「長い間、御無沙汰(ごぶさた)してました。いままで、留守にしていた事をお()びいたします。」


「よく、よく、帰ってきてくれた、ロイド。ずっと待っていたぞ。」


 セシルは、げっそりとやせた顔で、精一杯ほほえんでくれた。ロイドは、セシルに頭を下げた。セシルは、


「いろいろと苦労をしたようだな。だかもう、忘れる事にしなさい。過去にばかりとらわれていては、お前のためにもならない。シゼレ公が、御自分の娘をお前の妻にと言ってきている。お受けするかどうか、よく考えなさい。」


「もう、決まっているんでしょう。考えるも何もないはずです。私もそれを覚悟で帰ってきたんですから。」


 セシルは、そうかと言った。


「十六歳の花嫁だ。ベルセアから直接ここにきて、シゼレ公の代理人のもとで式を()げる予定でいる。今日中に、ベルセアに使者をむかわせるから、それまでに準備をすませておきなさい。」


「十六歳ですか。これはまた、ずいぶん歳がはなれてますね。若い妻は、私なんかを受け入れてくれるでしょうかね。このような私ですしね。」


 ロイドは、やや卑屈(ひくつ)に笑った。セシルは、


「過去にとらわれるなと言ったはずですよ。ロイド、正しい道はどこにあるか、常に考え行動しなさい。憎しみは、(おのれ)も人も(ほろ)ぼしてしまう諸刃(もろは)(つるぎ)でしかありません。」


 ロイドは、ベッドに横たわったままの兄セシルを見つめた。セシルはまだ五十かそこらだが、髪も白くなり、顔にきざまれたしわも深い。体の奥まで(むしば)んでいる病魔が、セシルの命のすべてを吸い取っているかのようだ。


「・・・兄貴、歳をとったな。昔、体が弱くて寝てばかりいた、あのころにもどったようだ。いっときはレスリングできるくらい、丈夫になったのにな。」


結局(けっきょく)、無理ばかりしていただけですよ。丈夫になったのは、ほんの少しだけ。あとは、冬カゼをひいたのをきっかけに、元にもどってしまいました。だが、ここまで生きる事ができ、命ある時に、お前が帰ってきてくれた事を天に感謝しているんです。」


「おれ、左遷されたんだよ。あれだけ()くしたのに左遷されたんだ。」


「帰るべき時期になっただけです。尽くしたのではないんですよ。尽くさせていただいたんです。そこのところをかんちがいしてはいけませんよ。」


「尽くさせていただいた、ね。おれは、兄貴みたいに謙虚(けんきょ)になれそうもない。しょせん、ただの俗物(ぞくぶつ)だ。」


「前国王陛下とともにいて、楽しかったのでしょう。」


 ロイドは、フーッと息を吐いた。


「あのクソやろーかよ。まったく、無責任に死にやがるしな。おかげで、お(はら)い箱になっちまった。それに、エルのやつ、昔、あれだけかわいがってやったのに、人を無用あつかいしやがって。」


「代が、かわると当然ですよ。前国王陛下もおやりになったはずです。あなたもそのおかげで、マーレルにいる事ができたではないですか。」


「おれは、やらないぜ。第一、つらすぎる。いきなり、お役ごめんだもんな。兄貴の側近達は、だいじにするぜ。」


 セシルは、ロイドを静かに見つめた。


「ロイド、カイルのため、そして、エイシアのために何ができるか、常に考え続けなさい。それが領主の仕事なのです。私ではできなかった事を、あなたに(たく)したいのです。」


「なんだよ、兄貴のできなかった事って。」


「私は前国王陛下が何をのぞんでいるか、いつも考えていました。そして、できうる限り、陛下の要望(ようぼう)にそった方針をとってきたつもりです。ですが、最後の最後になって、できない事が一つありました。それをお願いしたいのです。」


「だから、なんだって言うんだよ。」


 セシルは、そばにいた医者をチラと見つめた。そして、


「・・・前国王陛下が何をのぞんでいたか、そして、現国王陛下ののぞみは何か、考えてください。お願いしますよ、ロイド。」


 医者は、セシルにもう休んだ方がいいと言い、ロイドを寝室から追い出してしまった。寝室から、ゲホゲホと()き込みが扉越(とびらご)しにきこえてくる。ロイドは、そのまま、私室へと引き上げて行くしかなかった。


 セシルは何を自分にお願いしたいのだろう、ロイドは(あと)できいてみようと思ったが、セシルは翌朝には眠るよう、この世を去っていた。


 ロイドは、葬儀を終わらせた後、側近達にしたがい、()の期間を待たずに新領主となり、ベルセアからの花嫁の到着を待ち、式をあげた。ロイドは、なんでこんなに急ぐんだろうと疑問に思ったが、さして考えもせず、言われるままにしていた。そしてまもなく、シゼレから密書(みっしょ)がとどいた。


 側近達は、すでに了承(りょうしょう)済みだったようだ。側近達は、マーレルと対抗するため、すぐさま、クリストンと軍事協定を結ぶよう進言する。ダリウスを北と東からせめれば、マーレルは、はさまれた形になり降参するしかないのだと。


「ロイド様、このままではカイルは、ゼルムのようになってしまいます。つまり、マーレルの属州に格下げされてしまうのです。行動を起こすなら今しかありません。前国王陛下も、そしてライアス公もお(かく)れになり、双頭の白竜が出現しない今が絶好(ぜっこう)の機会です。シゼレ公も同じ考えでいます。」


 だから、あれだけ急いだのかとロイドは思った。


「兄貴は、兄貴は、どう考えていたのだ。兄貴は、自分ができなかった事を、おれにしてもらいたいと遺言した。何をしてもらいたかったのだ。」


「それは当然、カイルの地位安泰です。セシル様は、現状の維持(いじ)がエイシアにとって、一番だとお考えになられてましたからね。」


 ロイドは、ウソだと思った。でなければとっくの昔に協定なんてできあがってるはずだ。自分が帰り、セシルが死ぬのを待っていたのかもしれない。いや、あの時病室から追いはらわれたのは、もしかして・・・。


 ロイドは、考えない事にした。疑惑は不信を生み、いずれ自分も、エルと同じ事をしてしまう。側近達の解雇(かいこ)だけはしたくはない。


「わかった。だが、少し考えさせてくれ。おれはずっとマーレルにいた。第二の故郷だとも考えている。だから、時間をくれ。」


「かしこまりました。ですが、セシル様の御遺言にありますように、カイルのために、何ができるか考えてください。我々もそれを(せつ)に願っています。」

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