五、シゼレの反乱(2)
エルは、うつむいた。レックスは、
「なんだ、まだ仲直りしてないのか。しょーがないな。ほら、恋人がやってくるぞ。お前から、せまってみろ。見ててやるからさ。」
「恋人なんて、じょうだんキツイですよ。私は父上とちがって、同性には興味ございません。」
「おれも興味ないよ。ライアスは幽霊だったしな。アルはまあ、息子の範ちゅうだ。」
「ウソつけ。じゃなんて、アルにキスしたんだよ、父ちゃん。」
「あ、父ちゃんと言ってくれた。この前言ってくれたの、いつだったかな。キスは、アルがあまりにもかわいいから、ついしただけ。だって、お前はさせてくれなかったしさ。それで、ヤキモチ妬くくらいなら、させてくれればよかったじゃないか。お前だって、シルウィスにしてるじゃないか。」
「そりゃ、シルウィスはかわいいですよ。でも、さすがに大人になってまでしたくはありません。もういいです。」
コンコンとひかえ目に音がし、アルが顔を出した。
「夕べの件ですが、ベルセアの動きに合わせて、クリストンが軍の召集をかけ始めました。理由は、自然災害によって破壊された山脈の補修工事だそうです。」
「自然災害ね。あくまでも双頭の白竜のしわざでは無い事にしたんだな。伯父上もどこまでも因業な方だ。かつては信じていたのに、信じていた事すら否定しようとしている。」
「こちらも、山脈側の防衛を強化しておく事を進言します。」
「進言ではない。お前が決めればそれでよい。マーレル公は、実質的には国王と同じ権限を有しているのだしな。」
アルは、目の前のエルシオンを見つめた。エルは、
「まだ、お前はエリオットを引きずっているのか。お前をどうして、マーレル公にしたのか、いまだに理解してないようだな。」
「私に祖国をうらぎれとおっしゃるのですか。」
「うらぎるのではない。何度でも言う。お前は、マーレル公だ。そして、影のエイシア国王でもある。つまり、私なのだよ、アル。」
「エリオット様を殺害したのは、あくまでも私だとおっしゃるんですね。」
エルは、コクリとうなずいた。
「愛する者と死別する悲しみを、すべて理解してあげる事は、私では到底無理だ。私にとり、生者も死者も同じでしかない。同じように見る事ができ、そして話をする事ができるからな。
アル、私は昔、自分のこの能力について、父上にたずねた事があった。どうして、自分にだけ見えるのかとね。その時、父は、特別な理由があるからだと言っていた。そして今、その理由がはっきりとわかる。私は神に感謝しているんだ。こうして、父上と生前と変わりなく話ができ、助言を得る事ができる事にね。」
アルは、周囲を見回した。エルは、
「例え、お前には感ずる事も見る事もできなくても、父上は常にお前を見ているんだよ。現に今もそこで、お前を見ている。お前を愛しているんだよ。」
アルは、うつむいた。
「くやしいです。どうして、私には何も見えないのでしょう。くやしいです。」
エルは、
「だが、信じる事はできる。今、お前は、私の言葉を信じたんだろう。」
「あなたは、ウソつきですが、前国王陛下にかんしてだけはウソは言いません。あなたという人間がどういう人間か、ずっと観察し続けていましたから。だから、そこにいらっしゃると言えば信じます。」
レックスは見ていて、ヤレヤレと頭をかいた。すなおじゃないとこが、ライアスとよく似ている。アルは、
「あなたの左耳のピアスを下さい。左耳のです。それを私の左耳にさし、あなたの影となりましょう。」
「かまわないけど、私とおそろいで、しかも左右逆だと、かんちがいされるのではないか。」
アルは、ほほえんだ。
「かまいませんよ。そっちの方が、私がうらぎらないと、みな思うはずです。前国王陛下も、マーレル公という名の影の恋人がいたではないですか。」
エルは笑い、左耳のピアスをはずして、アルにわたした。アルは、その場で耳に穴をあけ、ピアスを通してしまった。そして、ハンカチで血をとめる。レックスが傷口をなでた。血と痛みはすぐにとまった。
エルは、
「よかったね。父ちゃんが治してくれたんだよ。ね、アル。ぼく達、死ぬまで友達だよ。ううん、一身同体。もう、他人じゃないんだしさ。」
「・・・先に言っておきますけど、それ以上の関係はお断りします。私は、あの方だけのものですから。」
「冗談だよ、冗談。じゃ、冗談はここまでとして、さっきの話にもどろうか。父上もきいているから、できるだけくわしくクリストン、シゼレ公の動きを教えてくれ。」
アルは、うなずいた。
夜になり、雨が降ってきた。もうすぐ夏になる。春の終わりを知らせる雨は、ほぼ毎日のごとく、マーレルをぬらしていた。シエラは、窓から夜の雨をながめているレックスに、何を考えているかのとたずねた。
「ライアスだったら、どう考えるのかなと思ってな。エイシア統一なんて、いきおいのいい事を言ったが、いざとなるとな。クリストンは、おれ達の出発点だし、まさか、二十年後に引導わたすはめになるなんて、当時は考えもしなかった。」
「あなたが迷うなんてね。あのころは必死だったしね。そのころ、私はずっと眠ってたけど、あなたとライアス兄様の思いは、ちゃんとつたわってきていた。でも、あなたは、あのころから言ってたじゃない。ここは、自分の国だってね。だから、その通りにしちゃえばいいんだよ。迷う必要なんてないんだよ、最初からね。」
レックスは、フフと笑った。
「まだ、人間的な感情が残ってたなんてな。かなり、捨て去ったと考えていたがな。なんだかんだ言っても、お前の方が、おれより切りかえが早いよ。そうだ、お前の神官名、考えたんだ。セラってのはどうだ。」
「セラ。大陸で呼ばれてた名前じゃない。」
レックスは、うなずいた。
「実はもう、大陸南部じゃあ、おれの神殿みたいなものが、あちこちで出来ているんだ。ほら、双頭の白竜をなんども出現させてたろ。ドラゴンでも、よく飛び回ってたしさ。バテントスをやっつけた実績もあるし、それで、力のある神様って事で、おれを奉ってくれてるんだよ。お前もまだ正式ではないが、おれと同様のあつかいになってるんだ。セラって名前でな。」
「ちょっと待ってよ。私、まだ生きてるんだよ。たしかに、紅竜に乗って、あちこちついていったけど、それも奥さんとしてだけで、現地の人と交渉とか話し合いとか、なんにもしてないんだよ。まあ、おしゃべりなんかして、親善を深めるくらいの役には立っていたけどもさ。」
「生きてたって、そこにいなければ生死なんて関係ないんだよ。お前、いい女房だったし、みんなから好かれていたしな。おれとしては当然だと思ってるよ。けど、向こうでは神殿。こっちでは魔女裁判かよ。しかも、仕掛け人が、シゼレときてるしな。」
シエラは、手をポンとたたいた。
「そうよ、それよ。向こうで神殿なんかに奉られているから、そうなったのよ。シゼレ兄様は、それを知っててそうしたんだわ。発言だけでは、魔女なんて判定はむずかしいはずだしね。きっと、私が神になろうと、もくろんでいると吹き込んだはずよ。ったく、なんて男なの。」
「・・・マジ、切りかえが早いな。兄様から、ただの男かよ。」
「もう、兄でもなんでもない男よ。私を拉致しようとしたしね。アルにまで、名前ではなく、あれ、だったしね。最低よ。かつては、とても愛していたけど、あの人はもう、私が愛した兄様ではないわ。」
「ドーリア公の反乱と似たようなパターンになってきたな。あれも、もとはと言えば、兄、妹のケンカが原因だったしな。しかも、ライアスそのままのアルバートもいるし。」
「おんなじじゃないわ。表面的に似てるけど、まったくちがう。アルは救出したわ。ライアス兄様みたいな悲劇にはなってない。それに、今回の非は、あきらかにシゼレ公にある。けど、ドーリア公は、シゼレ公みたいな姑息な手段は、まったく使わなかったわ。あくまでも、マーレルを堂々と襲ったはずよ。」
「時代がちがうんだよ、当時とはな。当時の女王は、救いようのない女だった。だが、おれの息子のエルは優秀だ。だから、シゼレも慎重になる。確実に勝つために、マーレルの包囲網を築いてんだよ。」
「マーレルを取って、どうするつもりなのかしら。自分が国王になるのかな。」
「さあな。けど、時代を巻きもどそうとしてるのは事実だ。あれは、古いエイシアの遺物みたいな男だしな。たぶん、ドーリア公がしようとしていたみたいに、マーレルを包囲して、エルを改心させるのが目的かもしれない。」
「ムダよ、ムダ。あなたと直接、話ができるエルが、遺物の話なんかにのって改心するわけないじゃない。自分が国王になった方が早いわよ。エルを引きずりおろしてさ。」
「シゼレの性格からすると、現時点では国王などと考えてはいないはずだ。まずは、エルの説得、そしてダメだとなると、シルウィスを新国王にだ。まだ、赤ん坊でしかない。そして、エルはサイモンみたいな最後にさせられ、お前は魔女として裁判にかけられたあげく、処刑かな。」
「そこまでして、時代を元にもどしたいわけ。たとえ、マーレルをうばったとしても、そんな事、現実には無理よ。元にもどしたくても、外国の影響を排除して、鎖国なんてできるはずもないしさ。」
レックスは、フッと笑った。
「シゼレの真のねらいは、おれの封じ込めだよ。あくまでも、シオン・ダリウスにこだわってな。山脈破壊を、自然災害だと片付けたくらいだし、反乱を成功させて、おれが生きていた事実を歴史から削除してしまえば、国教会は今のままでいられる。シゼレにとり、おれと話ができるエルとお前は、自分の信仰を阻む邪魔者でしかないんだよ。」
「最悪じゃない、それ。ほんと、人の尺度にはめこんでいる。それも、自分の尺度にね。」
「シゼレは、あくまでも古い教義にこだわっている。伝統的なものの考えをして、新しいものを受け入れる素地がない。昔から、そうだったしな。おれが、ダリウスの生まれ変わりだと信じていたころには、味方してくれたけど、おれが教義とちがう事をしだしたとたん、手のひらをかえしちまったくらいだしな。
シエラ、エルの神殿の意図は、知られていると考えてもいい。大陸では、すでにあるんだしな。」
「一歩でも二歩でも、向こうの動きが上ね。さすが、クリストン情報部ね。どうあがいても、歴史の浅いウチじゃあ勝てないか。」
レックスは、シエラを見つめ、ほほえんだ。
「そう思うか。こっちには、おれがついてるんだぞ。そして、お前もいるし、エルもいる。エイシアの歴史をつくり、なんどでも塗りかえてきた魂が、今マーレルに集まっているんだよ。すべてを新しくつくりかえようとしてな。」
「ほんとの敵は、だれかって事よね。ちなみに今回の件にかんしては、父様、ドーリア公は関与してるのかわかる?」
「してないよ。だが、ドーリア公とおれの肉体上の母親をまどわした存在が、シゼレと国教会にいる。いつだったか、マーレルを襲い、ドラゴンとなったおれと戦った魔物だ。」
「また、始まるのね。ううん、もう始まっているのよね。だとしたら、負けるわけにはいかない。負けたら、エイシアそのものが闇に沈んでしまうんだもんね。」
「ああ、だが、おれにはチャンスそのものだ。時代は、おれの死とともにいったん、闇に沈んだかのように見えているだろう。だが、再び太陽はのぼり、光の時代がもうすぐ、そこにこようとしている。おれは、真の奇跡を、この大地にもたらすために、今、こうしているんだ。」
「うん、そうだね。そのために、あなたのレックス・ダリウス・レイとしての人生はあったんだしね。古い時代の最後の〆(しめ)としてね。これからが、新しい時代の始まりなんだよね。」
レックスは、シエラの肩を抱いた。
「シエラ、おれはもう、お前をシエラとは呼ばない。セラと呼ぶ。エルやアル、ミランダにもそう言っておけ。だが、まだ公表するな。あくまでも身内のみだけだ。」
「うん、わかった。」