四、救いきれぬ者(3)
シエラは、
「バカ。ほんとに会いたかったんだから。すごくさびしかったよ。わかっててもさびしかったよ。やっぱり一人はさびしすぎるよ。」
「早死にしすぎたからな。これからはもう少し、こまめに会いにくるから。だからもう泣くな。お前に泣かれると、こっちまでつらくなっちまう。」
「うん、約束だよ。必ず会いにきてね。いつでも待ってるから。ねぇ、兄様の両親になる人って、どんな人なの。」
「親となる男女は、ライアスが選んで決めた。必ず美女に産まれたいからと言って、見た目重視で選んだんだよ。」
シエラは、あきれた。
「見た目重視ね。兄様らしいわね。生前、かなりの見栄っぱりだったしね。自分の美貌を、どことなくひけらかしてたしさ。なんだかんだ言いつつ、ダリウス・カラーの髪と青い目を自慢してたしね。でも、それだったら、御両親、愛し合って夫婦になったんじゃないわね。兄様、それでよかったの?」
「カルディア族だしな。夫婦と言っても、こっちほど関係は濃密じゃないんだよ。男女のつきあいは妊娠までだ。あそこでは、夫婦関係とか親子関係の概念が、あまりないんだよ。」
シエラは、びっくりした。カルディア族には、生前のレックスにつれられて何度か行った事があったが、家族関係がそんなに希薄だったなんて、まったく知らなかった。
レックスは、
「お前、ヒナタにばかり夢中だったじゃないか。それに、眠ってから引っぱってったし、記憶がヒナタ以外あいまいなのも仕方ないだろ。」
シエラは、自分のお腹をなでた。
「私が産みたかったな、兄様をさ。でも年齢的に無理だしね。」
「四十で子供産んでる女だっているんだぞ。お前、超健康だし、無理というわけでもない。だったら、おれが生きてた時に言えよ。そしたら、無理してでも、お前にライアス産ませてやれたのにさ。子供となる魂が、ちゃんといたんだしな。」
「・・・なんか、ムカついてきた。兄様がこんなに早く生まれ変わるなんて、そのころは想像もできなかったしさ。それに、そうだとわかっていても、寝たり起きたりのレックスに、そうしたいって、たのめるわけないじゃない。」
「なんか、再会してもケンカばかりだな。もう少し、感動的だと考えてたけどもな。」
シエラは、目をこすりつつ笑った。
「ケンカできてうれしいよ。レックス、ちっとも変わってなかったしさ。海が見えてきたわ。ロイド君の別荘ってどこ。」
レックスは、紅竜を馬に変え、せまい山道におろした。少し上るとそこは崖となっており、崖の手前に古びた屋敷がある。二階の窓に灯りがついているところを見ると、二人ともまだ心中はしてないようだ。
レックスは、
「家の向こうに崖が見えるだろ。あそこで釣りをするんだ。おれも一回、ここにきて釣りをしたんだが、さっぱりだった。ロイドは何匹も釣り上げてたんだがな。」
シエラは、玄関に向かった。呼び鈴を鳴らす。執事が出てきた。たしかファーとか言ったはずだ。夜中の訪問者の姿を見たファーは、びっくりした。シエラは、
「ルナがいるんでしょ。会わせてちょうだい。」
ファーは、とまどったが、シエラを追い返そうとした。ロイドから、だれがきても、そいつがマーレルの関係なら追い返せと言われていたからだ。
シエラは、
「おねがい、会わせて。ルナは自殺する気でいるのよ。どうして信じてくれないのよ。え、カイルに帰る前に遊びにきただけだって? ロイド君がそう言ってるの。あなた、何も知らないのね。」
ファーは、玄関の扉をバタンときつく閉めてしまった。レックスは、シエラを引っ込め、扉を思いっきり蹴り飛ばす。古びていた扉がはずれ、レックスは出てきたファーを瞬間的にしめ上げ、気絶させた。
シエラは、
「あいっかわらず、荒っぽいのね。ファーさん、死んでないよね。」
「気絶させただけだ。でも、もう少しファーが若い時分にやりたかった。何回戦っても、勝てなかったしな。いまさらリベンジできても、うれしくもなんともない。」
シエラは、灯りが見えていた二階へと向かった。そして、ここかなと思う部屋の扉を静かにたたく。返事は無かった。もう眠ってしまったのだろうか。背後に、ガウンをきたロイドがたっていた。
「そこの部屋には、ルナはいないぜ。シエラ、どうしてここがわかった。」
「ルナはどこ。かくさないで会わせて。」
「かくしてなんかいない。もう寝てるからな。おれはさっき、物音がしたから目をさましたまでだ。一人できたわけではないようだな。ファーがのびているしな。情報部のだれかとでもきたのか。」
「そうよ、すごく強い人とね。ルナは眠っているのよね。だったら、起こしてちょうだい。私、あなた達をとめにきたのよ。」
ロイドは、シエラをにらんだ。
「もう、そこまで調査されてるのかよ。まあ、工場から毒薬持ち出したものな。しばらく、ルナと過ごしてから、そうするつもりだった。おれ達には居場所はないんだし。」
「どうして、そう決め付けるのよ。カイルに帰ればいいじゃない。いくら、帰りたくないと言っても、カイルにはロイド君を待ってくれる人が、まだ生きているはずよ。」
ロイドは、フフとさみしげに笑う。
「おれはやはり、ルナがいい。だが、カイルは、ルナはおれにふさわしくないと、ぬかしやがる。慣例通り、ベルセアから女もらえってさ。じょうだんじゃない。おれは、ルナ以外の女は、いらないんだよ。」
「そこまで愛していたの。なら、私からもカイルにたのんでみるわ。だから、薬だけはやめて。」
「無理だって。いくらシエラでもな。あれだけのさわぎを起こして、しかも弟だった国王エルシオンの愛人となり、子供まで産んでるんだぞ。どう、あがいたって無理なんだよ。でも、おれはルナがいいんだ。だから、二人で幸せになれる場所に行く。」
「行けるわけないじゃない。そんな場所なんて、どこにもない。死んでからもね。カイルに帰りたくなかったら、ここで暮らしたらいいじゃない。ここなら、だれからもじゃまされないんだしさ。生活の面倒だって見るわよ。だから、お願い。私、あなた達を死なせたくないの。」
ロイドは、不思議そうにシエラの顔を見つめた。
「どうして、そうまでしたがる。お前はいつもそうだった。ルナは、お前をとことんまで憎んでいるんだ。なのに、どうしてなんだ。それだけ憎まれていても、なぜ、そこまでしようとする。」
「どんなに憎まれ、きらわれていようとも、あの子は私の娘よ。見捨てられるはずないじゃない。廃嫡は、やむおえずしたけどもさ。でも、それは表面的な事だけで、親子としての縁まで切ってはいない。」
「まだ、愛していると言うのか、自分の子として。」
「そうよ、愛しているわ。それでも愛しているの。ルナを初めてこの手で抱きしめた瞬間を、私は忘れてはいない。」
ロイドは、頭をふった。
「母親だな。お前、ほんとに母親なんだな。レックスが、ぼやくわけだよ。女としてより、母親だってな。ルナには、それがよけい腹がたつんだよ。ほんとの親でもないくせに、しつこいって。ルナ、やめろ。親殺しをするつもりか。」
ロイドがシエラをかばい、ルナのナイフを受けとめた。ルナは、シエラをゾッとする視線でにらみ、階下へと逃げ去った。
「ルナ!」
シエラは、ロイドが制止するにもかかわらず、ルナの後を追った。
「待って、ルナ。」
ルナは、崖を背に立っていた。
「こないで、飛び降りるわよ。なんできたのよ。あんたの顔なんて見たくなかったのに。」
シエラは、かけつけたロイドとともに足をとめた。ルナは、
「大きらいよ。あんたのせいで、何もかもメチャクチャになってしまった。あんたが、私の幸せをうばったのよ。そして、エルとも引きはなしたわ。エルが私に会いにこなくなったのも、あんたがそうさせたんでしょ。」
「私は、そんな事はしてないわ。ルナ、あなたが、エルと子供に何をしたか、よく思い出してみなさい。あんな事をしたなら、それも当然なのよ。」
「私が何をしたというのよ。妻として当然の権利を要求しただけじゃない。なのに、子供ばかり可愛がってたエルが悪いのよ。シルウィスなんて、産むんじゃなかった。」
シエラは、たえ切れなくなった。ルナはもう完全に狂ってる。ロイドは、
「シエラ、帰ってくれ。ああなったら、ルナは手がつけられない。そう、ルナは狂ってる。そして、そうしたのは、おれなんだよ。」
ロイドは、フラフラとルナのそばにいく。が、ルナはロイドもこばんだ。
「ロイド、あんた、さっきその女と何してたのよ。話し声がきこえたから、廊下をのぞいてみると、その女と楽しそうに話をしてるじゃない。私が寝るのを待って、その女を家にあげたんでしょ。ひどい、また私を捨てたの。私、なんど人から捨てられればいいのよ。もういや!」
ロイドは、
「ルナ。ルナ。おれは、なんにもしていない。この女を追い返そうとしただけだ。ほんとに追い返そうとしたんだよ。でも、この女がしつこくてさ。」
ルナは、後ずさりをした。
「いや、もう何もかもいや。どうしてそうなの。なぜこうなるのよ。やっと、やっと幸せになれると信じてたのに、いつもどうして。」
ルナのほおを涙がつたわる。
「もういやよ。死んだお母さんなら、きっと私を受け入れてくれる。私だけを愛してくれる。だって、ほんとのお母さんなんだもの。私が帰ってきてくれるのを、ずっと待ってたはずよ。私、お母さんのところに行く。」
シエラは、
「ルナ、やめて。ルナ!」
ルナの体が風にフワリと舞った。ロイドがさけび、後を追おうと崖下へ飛び込もうとする。スッと黒い影がシエラの横を通りすぎ、間一髪、ロイドの体を抱きとめた。
「ファー、はなせ!」
「もう、おやめになってください。これ以上は容認できません。カイルに帰りましょう。私はずっと、ロイド様とともにいます。」
ロイドは、崖下の波を見つめた。崖は、かなりの高さがある。しかも、下の海は浅瀬が多く岩だらけだ。ロイドは、何も見つからない波しぶきだけを見つめ、悲しげに目をつぶった。
ロイドは、こぶしで思いっきり地面をたたいた。ふりむくと、シエラはいなかった。
「シエラ、許さないぞ。おれはお前を一生許さない。お前がルナを殺したんだ。」
大陸の海岸に、銀色の髪の女がうちあげられていた。体には怪我一つなく、眠っているだけだった。早朝の漁に出てきた漁師達に助けられた女は、過去の記憶をすべて失っていた。どこにいたのか、何をしていたのか、自分の名前すらもおぼえていなかった。
レックスは、
「ルナは、何もかも忘れて、新しく人生をやりなおした方がいいだろう。おれ達の事も、自分の事もな。だからもう、お前もルナの事は忘れろ。今度こそ、本当に縁が切れたんだ。」
「幸せになれるのかな。ルナは幸せになれるのかな。」
「おれは、ルナに、親として最後のチャンスをあたえた。人生のやり直しというチャンスをな。あとは、ルナ次第だ。おれももう、ルナの親だった事は忘れる。だから、お前も無理してでも忘れるんだ。これ以上、ふりまわされる必要は無い。お前も精一杯やった。」
シエラは、レックスの背で涙にくれながら、うなずいた。紅竜は、夜明けの空をあざやかな虹とともにマーレルへと向け飛翔した。