四、救いきれぬ者(1)
「そっか、会ったんだ。レックス、父さんに会えたんだ。ずっと、会いたがっていたしね。けど、会ってすぐにケンカだったんじゃない。生前、あの二人、何かって言うとケンカばかりしてたものね。」
朝早く、寝室に現れたグラセンの霊に、シエラはそう言い笑った。グラセンは、
「ウォーレンは、親より早く死ぬなんて親不孝だとか、さんざん、どなりちらしていましたよ。まあ、ウォーレンは四十五歳で、アレクス様は四十二歳でしたからね。」
「四十五と四十二ね。ほんと、二人とも、長生きするように思えたけど、最後はあっさりだったもんね。しかも、レックス、死に際まで父さんのマネするしさ。エルかばっちゃって、銃で撃たれちゃうしね。」
「そうですね、ウォーレンと同じですね。ウォーレンもさすがに、そこまでマネしなくてもいいだろうと怒ってましたよ。エルシオン様は、銃弾を想定してつくられた鎧を着用してましたし、たとえ、被弾したとしても、大事には至らなかったはずですから。」
「でも、そこが親なんだよね。頭ではわかっていても、子供がねらわれると、ああしちゃうんだよね。レックスにとって、エルがすべてだったしさ。父さんも、もしあの場所にいたら、おんなじ事してたはずよ。まあ、父さんとちがって、レックスはすぐには死なずに、一年は生きてくれたから、エルも心の準備ができたみたいだしね。」
グラセンは、コクリとうなずいた。
「ウォーレンの場合は、心の準備も無しでしたからね。私も、ベルセアで知らせを受けて、かなりショックを受けましたからね。ですが、ウォーレンもなんだかんだで喜んでいましたよ。御立派な人生でしたからね。」
「レックスは、父さんの生き方をずっとお手本にしてたものね。エルも、そんなとこあるし、やっぱり、男の子って、みんなそうなんだよね。」
「そうでしょうね。ウォーレンは、見た目はああでしたが、彼ほど陛下の父親にふさわしい男はいませんでした。命がけで、自分の成すべき事をし続けた男の人生を、アレクス様は御自分の生きる道しるべにしていたのでしょう。」
シエラは、上をむいて、ため息をついた。
「アルは、だれを道しるべにしているのかな。道しるべとする人はもう、いないんだしね。レックスがもう少し生きていたら、なんとかなったかもしれないけどもね。」
「陛下もその事を、ずいぶん御心配されています。ですが、アルバート様もエルシオン様ももう、立派な大人です。シエラ様の御心配はわかりますが、彼等の事で、親が口をはさむ必要はないでしょう。」
「かもね。でも、エルは優しい子よ。二重人格なんて言われてるけど、それは、弱い自分をかくすためだけでしかない。私同様、人を憎む事なんてできないしね。見た目はレックスだけど、中身は私に似てる。
せめて、アルバートが、もう少し自分の立場に自覚を持ってくれればね。ねぇ、グラセン様。レックスもライアス兄様もアルを高く評価してたけど、ほんとにアルって、ライアス兄様みたいになれるのかな。
性格だって、ライアス兄様に似てない。ライアス兄様は、物事をはっきりさせるし、幽霊のくせに目立ちたがり屋だったけど、アルはひかえめで目立たない子だしさ。エルもアルも、前の二人とはまったく正反対の性格してるしさ。」
「それで良いんですよ。先代とは役割がちがうんですからね。先代の仕事を土地の開墾だとすると、今はその上に美しい町をつくるのが彼等の仕事ですからね。」
「レックスとライアス兄様が開墾した土地に、町をつくるのが仕事か。エルは、どんな町をつくろうとしているのかな。どんな世界にしようとしているのかな。」
「理想郷ですよ。ですから、エルシオンという名をさしあげたのです。」
シエラは、笑った。
「もう、グラセン様。ほんと、何もかもお見通し。せーんぶ、わかってたじゃない。まるで予言者ね。ううん、そのものよ。」
「私は自分の宿命にしたがっただけです。結果として、そのような事であれば、そうでしょうね。」
「・・・私も、そっち行きたいな。エルはよくしてくれるけど、やっぱり一人はさみしいわ。」
「シエラ様には、まだ御役目がございますぞ。うんと長生きしてもらわねばこまります。」
シエラは、役目って何、とグラセンにたずねた。グラセンは笑った。
「もう少ししたらわかるはずです。陛下もそのために今、いろいろと準備をしてますからね。」
「準備ね。何、準備してるのかな。私にやらせたい事ってさ。それよりも会いたいよ。いそがしいのはわかるけど、元奥さんにもう少し気を使ってもいいんじゃない。死んだきり、まったく音沙汰無しだもの。」
「ライアス様は順調のようですよ。母君となられた女性は、若くて健康な方ですしね。今度こそ、よき人生を歩まれる事を、私も祈願しているしだいです。」
「もう、話をそらさないでよ。でも、うれしい。うれしいけど、さみしい。私の兄様ではなくなったしね。以前のようには会えないんだしね。それに、会っても、私だとわからないんだよね。新しい家族に愛されて、私とはまったくちがう世界で生きていくんだしね。」
「シエラ様、過去にばかり目を向けてはいけませんぞ。時代は常に先へと進んでいるのです。シエラ様がまだこうして、ここにいるという事は、その先へと進まなければならぬからなのです。御役目があるのも、そのためなのですぞ。」
「私に何ができるのかな。エルの手伝いしたくても、国内だけならまだしも、大陸までとなると、もう能力的にできないしね。人よりちょっとだけ優れているとしたら、見えないものが見えるだけ。こうして、グラセン様とお話できるくらい。」
「その時がきたらわかります。」
シエラは、グラセンを見てほほえんだ。
「エル、最近、ピアスし始めたのよ。金色のピアスね。両耳とも同じように見えるけど、右耳のは神杖でしょ。あれ、レックスがきたって証拠だよね。どうして、私に会いにこないのかな。グラセン様、レックスに会ったら、その事つたえておいてよ。あとで怖いって。」
「・・・つたえておきます。私も怖いですよ、今のシエラ様のお顔は。」
アルバートは従順だった。だが、従順なだけで態度はよそよそしく、仕事だけをするために、エルと過ごしているだけだった。
エルには、それが堪えた。仕事の用件が終わり、アルが去った執務室は、やけに寒く感じられる。昔、自分もアルに嫉妬していた時、今のアルと同じような態度を、アルにとり続けていたはずだ。
(自業自得か。あんなひどい事をしたんだしな。せめて、エリオットの件は、実行に移す前に、アルに相談しておくべきだった。同じクリストン人だし、当然だったはずだ。アルは、エリオットに父親を求めていたのに。)
どうりで、自分が父親になるとアルに言っても、はぐらかされただけだ。すでに、エリオットがいたのだから。レックスはこの事を知っていたのだろうか。いや、知らなかったはずだ。知ってたら、もっと別の方法を話していただろう。
(痛み、か。父上が亡くなった時、ほとんど感じなかったのにな。どうせ、すぐにうるさくなるとわかっていたから。マルーが死んだ時も、そうだった。死んでしばらくは、マルーはよく会いにきてくれたから。だが、それは見える者だけが持てる特権だ。アルにとり、死は死でしかない。永遠の別れそのものの。)
もっと、気を使えばよかった。愛する者を失う痛みを。エルは、気がついたら涙をこすっていた。痛い。
アルは、エリオットの死後、よくティムの主任室を訪れていた。同郷となる人間は、シエラをぬかして、このマーレルではすでにティムだけだ。
ティムは、暖かなお茶をアルにさし出した。
「ぼくが入れたから味の保障はないよ。」
アルは、湯気の立つカップを手にした。
「エリオット様もこうして、自ら入れてくださいました。ぼくにとって、亡き陛下につぐ父のような方でした。」
「悲しいのかい。泣いてもいいよ。でも、泣いても帰ってこない。それに、エリオット様をああしろと、エルに言ったのは、ぼくだ。こういう仕事は、ぼくの管轄だしね。君もわかっているはずだよ、アル。」
「陛下は、なぜ、あなたを左遷しないのでしょうね。あなたも、前国王の側近の一人だ。」
ティムは、笑った。
「エルが左遷したのは、レックスの方針にしばられている人間だけだ。ぼくは、自分の仕事に忠実なだけ。主人がだれであってもね。死んだ兄貴も現実的な考えの持ち主だった。だから、必要とあれば、友人でさえも手加減などしない。」
ティムが、アルの背後を指さした。
「今、そこにいるはずだ。兄貴って、独特の雰囲気あるだろ。見えなくっても、身近でいっしょだった人間には、そこにいるとすぐにわかるよ。アル、エリオット様をやったのは、そこにいる亡霊だ。そいつはね、ライアス様をエリオット様のせいで失ったと、ずっと恨みを持っていたんだ。それで、命令ついでに復讐したんだよ。」
アルは、ドキリとして背後をふりむく。が、大きな本棚がならんでいるだけだった。アルは怒った。
「もう、からかわないでください。私には、なんにも見えないし感じませんよ。」
ティムは、アルのカップにお茶をつぎたした。
「いるよ。まちがいなくね。ぼく達には見えないだけだ。エルは、レックス同様、霊能者だしね。エルにとり、生者も死者も同じでしかない。エルは、レックスと会っているはずだ。会って、いろいろと話をしているはずだよ。今、風変わりな建物を敷地に建てているだろ。あれ、実は神殿なんだよ。レックスを奉るためのね。」
「まさか、エリオット様の殺害を指示たのは。」
アルは、持っていたカップをテーブルにたたきつけるよう置いた。お茶がこぼれた。ティムは、
「そんなに興奮するな。レックスはそういう指示は、生前からした事は無い。ぜんぶ、エリオット様がしてた事だ。それも、ライアス様の意をくんでね。エルも言ってたはずだ。これは、エリオット様の意思だってね。エリオット様はそうして、御自分の人生を清算したんだよ。いさぎよくね。」
アルは、ティムを見つめた。が、すぐに顔をそらす。そして、苦しそうに目を閉じた。
「ライアス公の御意思をくんで、エリオット様がしてた事。つまり、マーレル公のした事。それが、影となれという意味だったのか。光を決して曇らせないための影の役割。それが、マーレル公。」
「ぼくは、君の性に合わないと、エルに君をマーレル公にするのを反対したけどもね。ライアス様だから、ああいう事ができたんだ。あの通りの方だったしね。」
「けど、どうして、ライアス公にはできたのですか。ぼくは、なんどか彼に会っています。とても優雅で女性的で、そういう事ができるような感じではありませんでした。」
「愛していたからだよ。ひたすら、レックスだけを愛しぬいていたからだよ。自分という存在すべてを、レックスという光に捧げていたんだ。そして、レックスも、そういうライアス様を愛した。強い絆で結ばれていたからこそ、できたんだよ。」
「・・・わかりません。私には、わかりません。そして、できそうにもありません。マーレル公の地位は返上します。私は、エルシオン陛下を愛するなんて、できそうにもありません。」
「わからない、できない、そればっかりだな。君のグチをずっときいてるとね。そして、今日は地位返上か。君はひょっとして、エリオット様の後を追いたいのかい。」
アルは、何もこたえなかった。ティムは、
「こまった子供だね、君は。レックス、かわいそうだな。最後の最後になって、人材を選びまちがえるなんてね。」
ずっと、うつむいていたアルが顔をあげた。ティムは、
「レックスは、自分の命と引きかえに守り抜いた、大切な宝を君に託したんだよ。レックスにとり、エルがすべてだったからね。エルが最近ピアスをし始めたろ。金色のピアスだ。だが、本物のピアスは左耳だけだ。右にあるのは、レックスが持っていた神杖だ。」
「神杖? 前国王陛下が持っていた魔法の杖の事ですか。」
ティムは、うなずいた。