三、新マーレル公アルバート(3)
エリオットには家族はいなかった。結婚もしていなかった。クリストンのニーハ出身だが、ニーハにはすでにエリオットの居場所は無く、そして、エリオットを知る人もいなかった。
エリオットは、クリストンへ向かう船が出航する、ダリウス西の港へと馬車を走らせていた。山道にさしかかった時、馬車がとまった。何事かとエリオットは、馬車の窓から顔を出す。山道の真ん中に、黒い男が立っていた。
エリオットは、その男を見た瞬間、ギョッとした。男は、馬車へとよってくる。そして、恐れおののいているエリオットに、したしげに話しかけてきた。
「ヨォ、久しぶり。元気でやってたか。これから、クリストンに帰るんだって。帰るったって、お前の帰る場所になんてもう無いはずだ。シゼレにでも、泣きつくつもりだったのか。」
「エッジ、お前。」
「見える? 見えてるんだよな。馬車がとまったって事は、そこで目を丸くしている御者にも見えてるって事だよな。やった。修行の成果ったモンだ。ったく、護衛をまったくつけずに、こんな山道を一人で行くなんて、だれかに襲ってくれと言ってるようなモンだ。」
エッジは、王家の剣を取り出した。それを、身の丈ほどもある大ガマに変化させる。御者は、びっくりして悲鳴をあげた。
「やっぱ、死神ってのは、カマ持ってなきゃサマになんないんだろ。死んでからは、殺しはタブーでしない事にしてたけどもな。」
「陛下が、前国王同様、見えない何かを使っているというウワサがあったが、お前がそうだったのか。いつから、そのような仕事をしているんだ。」
エッジは、御者を見た。御者は気を失っていた。
「あらまあ、よっぽどびっくりしたか怖かったみたい。いつから、こんな事してるって? レックスが死ぬ前に、やつから直接たのまれたんだよ。それで、エルと交渉して、殺しだけはしないという約束で契約したんだ。
殺しをしない理由はな、そりゃ、おれ自身が幽霊だからだよ。殺せば、殺したやつが幽霊になっちまうし、とどのつまり、後がメンドくさくなっちまう。」
「お前がきたということは、陛下の御命令か。マーレル公ではないのだな。」
「なんだよ、お前。アルに命令してもらいたかったのかよ。残念だが、アルの青二才に、こんな命令なんてできるはずないよ。
あんたをクリストン帰すと、こっちの内情、シゼレの野郎にもれちまうしな。いろいろと機密知ってるし、たとえ、あんたが口を割らなくても、シゼレには吐かす方法はいくらでもある。
ここにくるのは、ほんとは、おれじゃなくて、他のやつがくる予定だったんだ。エルがティムと相談してるのをきいて、おれが割り込んだんだよ。ぜひ、やらせてくれって、志願したんだ。」
エリオットは、ため息をついた。どうやら、ここまでのようだ。
「エッジ、殺しはタブーとしてるのに、どうして志願などしたのだ。」
「ライアスを殺された恨みがるからな。あんたが、あの時、すなおに降参してれば、ライアスはまだ生きてたはずだ。五十になったライアスなんて想像したくないがな。とにかく、あの時の恨みだけはしっかりと残ってるんだよ。」
そして、カマの柄をギュッとにぎり、エリオットをにらみつけた。
「ライアスさえ生きていてくれれば、レックスがこんなに早く死なずにすんだかもしれない。妹姫様も、最初の妊娠で流産しなかっただろう。ライアスだって、肉体のない負い目なんか感じずにすんだはずだ。妹に負担かけてたのを、どれだけ気にしてたか、お前には、わからなかったろうがな。」
「すんでしまった事だ。それに陛下もあの方も、もういない。」
「せめて、レックスが死ぬ前に、その事を謝ってもらいたかったよ。お前、おれが知る限りでは一度も、ライアスに謝った事なかったろ。ニーハで再会した時、やつの正体見抜いてたんなら、その場で謝っておかなきゃなんなかったんだよ。」
エリオットは、静かに目を閉じた。そして、
「謝罪が可能なら、すでにそうしている。それができなかったから、私はこうして、陛下におつかえするしかなかった。誠心誠意な。」
「・・・つごうがよすぎるぜ。だから、左遷が決まった時、わざとクリストン帰るなんて言ったんだろ。そして、供もつけずに、マーレルを出発した。もはや、用済みとなった自分の人生を終わらせるためにな。お前の考える事くらい、分からないとでも思っていたのかよ。なんせ、三十年来のバカげた付き合いだもんな。」
「この世で用済みなら、次は向こうで、あの方におつかえすればいい。お前の言うとおり、つごうがいいしな。」
エッジは、笑った。
「だがな、世の中、そう、つごうよく行くはずないんだよ。ライアスはいない。すでに、どこぞの女の腹の中だ。ライアスの新しい人生はもう、始まってるんだよ。残念だったな。」
エッジはそう言い、カマを大きくふりあげた。
「このカマで切られたって、血なんかでないぜ。あんたの命をスパッとやる、死神のカマだ。ライアスがいないんで、死にたくなくなったか?」
「いや、これでいい。さっさとやってくれ。お前も、言いたい事を言って、すっきりしたろ。」
「何が、すっきりなものか。よけい、不満がたまった。じゃ、行くぜ。」
エッジは、思いっきりカマを振り下ろした。そして、気を失っているエリオットを馬車から引きずり出す。いや、肉体からと言ってよいか。
「行こう、エリオット。おれ達が生きていた時代は終わったんだ。いっしょに、ライアスの新しい人生を見守ってやろう。」
エリオットは、馬車の中で静かに死んでいた。何者かに襲われたのは事実だが、体には傷一つなく、ただ一人の目撃者の御者の話もあいまいで、結局は、何者かの襲撃によるショック死で片付けられ、遺体はマーレル市内の一般墓地に埋葬された。
アルは、同じクリストン出身の男の墓に花をそえた。そして、静かに手をあわせる。アルにとり、エリオットはレックス亡き後、同郷だったせいもあり、アルの孤独な心をなぐさめてくれる優しい存在でもあった。
アルは、エルの執務室にやってきた。そして、エリオットの死についてたずねる。エルは、ため息をついた。
「ああ、私が命令した。ティムと相談してな。」
「殺す必要などなかったでしょう。情報漏洩の心配があったのなら、クリストンへ帰るのを引き止めればよかったではないですか。」
「エリオットは、わざとクリストンへ帰ると言ったんだよ。こうなる事が分かっていて、帰ると言ったんだ。私なりに、彼を引きとめるべく、いろいろと手を尽くしたが、どうしても帰ると言ってきかなかったんだ。お前は、信じないかもしれないがな。」
アルは、驚いたようだった。エルは、
「エリオットは、左遷を覚悟していたようだ。父上が、マーレルにきた時、旧勢力の一掃をしたのは、エリオットだった。ずいぶん、恨まれたと言っていた。いずれ、自分もそうなると思っていたらしい。」
「どうして、左遷なんかしたのですか。陛下に、あれだけ忠誠をつくしたはずです。」
「私と、父上とでは、やるべき事がちがう。残念だが、エリオットは父上の時代を引きずっている。ありていに言えば、政策が私と合わない。なら、やめてもらうしかないだろう。」
「私にマーレル公になれと言って下さったのは、エリオット様です。陛下に養子の話をいただいた後、仕事が終わってから、市内のエリオット様の御自宅に、その事を相談しに行ったんです。エリオット様の後押しがなければ、お引き受けなんてとてもできなかった。大任ですからね。」
「そうか、エリオットが。だから、あんなに夜遅く返事を持ってきたのか。だとしたら、エリオットは、お前にすべてを託したのかもしれないな。」
アルは、こぶしをギュッにぎった。
「でも、殺す事などなかったはずです。いくら、本人の意思だとしてもです。マーレルにつれもどしてくれさえすれば、後は、私がエリオット様を説得して、彼のめんどうを見てもよかったんです。監視しろと言われれば監視もします。なのに、私に一言の相談も無く、あのような事をなさるとは。」
「許さないというのか、私を。そう言えば、エリオットはお前と同郷だったな。」
アルのほおを涙がつたわった。
「私のあの人を返してください。私の大切なあの人を。」
エルは、ハッとした。アルは、
「前国王陛下が亡くなられ、悲しみにくれている私をなぐさめてくれた、ただ一人の人です。私にとっては、前国王陛下につぐ大切な人でした。私の気持ちをわかってくれた、大切な人だったんです。」
「・・・私が憎いか、アル。」
「はい、とても。頭では理解はしています。でも、どうしても、どうしても感情だけは、おさえることはできそうにもありません。」
エルは、すわっていたイスから立ち上がった。そして、アルを真正面から見すえる。
「なら、好きなようにするがいい。その腰の剣を抜きたければ抜けばいい。私は、ここから動かないから。」
アルは、ふるえる手で剣をにぎった。が、すぐに感情を引っ込める。
「意味がありません。あの人はもう、もどってきません。それに、あなたを殺めたら、国が混乱してしまいます。あの人の遺志にさからいたくありません。あなたは、やはり嘘つきです。私ができないのを御理解してて、剣を抜けと仰るんですから。」
アルは、静かにおじぎをし執務室を出て行った。エッジは、あきれたように、ため息をついた。
「やっこさん。レックスが、影になれ、と言った意味をまるで理解していない。こんな事は、ほんとは、やつの仕事だったはずだ。アルは、あまりにも純粋すぎる。」
「エリオットにとり、ライアス兄さんは絶対だった。だから、アルをマーレル公にしたんだよ。ライアス兄さんそっくりのアルをマーレル公にし、兄さんが生きていたであろう姿を再現させたんだ。そして、アルにその仕事をさせる事によって、自分が兄さんを死なせてしまった罪を償おうとしたのかもしれない。
でも、これじゃあ、アルは身代わりだ。アルは、ライアス兄さんの身代わりにされたんだよ。アルに、そんな命令なんてできるはずないのに。エリオットもわかってたはずだ。」
「だから、よけい腹が立つんだよ。身勝手もいいとこだしな。けど、そうしてもらいたい、やつの気持ちもわかるんだよ。アルにできないとわかってても、そうしてもらいたい気持ちがな。おれもやつも、過去にしばられすぎているしな。」
「で、エッジ。エリオットは今はどうしている。」
「とりあえず、レックスにまかせてあるよ。あいつも因業が深いからな。時代の闇を一人で引き受けたような人生だったしな。まあ、しばらく、おとなしくしてるだろう。結果として、おれ達は自殺の手伝いをしちまったんだよ。後味が悪いわけだ。」
「ああ、悪い。何もかもね。だから、父上は、あれだけアルをそばにおけと言ってたのか。誘惑してでも落とせとね。一人では重過ぎるから。けど、もうお終いだろう。私は、アルの信頼を失ってしまった。」