三、新マーレル公アルバート(2)
アルは、
「父が、そんな事をしたんですか。なにゆえに?」
「クリストンとマーレルの関係が、うまくいってない事くらいわかってるだろ。表面的には、クリストンはマーレルに従っているようだけど、内部情報ではちがう。いつ、反乱が起きるか、わからない状態なんだ。シゼレ公は、シエラ様を魔女にして、こっちにゆさぶりをかけるつもりだったらしい。」
「じゃなんで、父に抗議しないのですか。」
「証拠がないんだ。目撃者は、当の本人達だけだしね。シゼレ公に表立って抗議しても、かわされてしまうよ。それに、シゼレ公はベルセア国教会という後ろ盾がついている。下手にさわぎを起こしたら、こっちが悪者になってしまう。レックスが生きていた時ならまだしも、エルはまだ若輩で、シゼレ公になめられているしね。」
そんな、アルは思わずつぶやいた。
「エルシオン陛下は、御立派な方です。たしかにまだ歳は若く、若輩者に見られるでしょうけど、考えはしっかりなさっているし、責任感もお強いですし、国王としての器も申し分ありません。父は、エルシオン陛下を直接には知らないのです。前国王の葬儀も即位式も、体調不良だとかで代理の者をよこしたくらいですから。」
「なぜ、代理をよこしたんだ。君がいるのに、なぜ代理なんだい。それに葬儀と即位式は喪の期間を入れ、三ヵ月以上のあいだがある。」
アルは、あ、となった。ティムは、
「シゼレ公が恐れていたのはレックスだけだ。もっと正確に言うと、双頭の白竜さ。あれが怖いから従っていただけだ。現にレックスが死んだとたん、こうだもんな。」
「私は、私はどうなのでしょうか。私がマーレルにいたのに、なぜ、代理となれと言ってこなかったのでしょうか。」
「ショックだろうけど、レックスが君を愛した理由はそこにある。いずれ、君は捨てられるとわかっていたからね。レックスが生前、ぼくにこんな事を言ってたんだ。
君は、本当はシゼレ公の息子ではなくて、ライアス様の息子に産まれる予定だったんだって。ライアス様が早死にしたから、シゼレ公の長男に産まれるしかなかったってね。これは、ライアス様御本人が、はっきりと証言してた事なんだよ。」
アルは、ドキリとした。ティムは、
「君の本当の親は、ライアス様だったんだよ。シゼレ公は、その事に気づいてしまったんだ。君の髪が変わりだした時にね。レックスは、ライアス様の息子なら、自分の息子だと言ってたよ。養子にしようとしたのは、そういう魂の絆があったからだ。」
「私が、ライアス公の息子、私が。だから、あの方は。」
アルは、目頭をおさえた。
「主任。エルシオン陛下はその事をご存知で。」
「知らないはずだ。ぼくもレックスも話してないからね。知ったとこで、どうなることでもないしね。」
「そうですね。」
「アル、だれが君を本当に愛しているか、よく考えればいい。シゼレ公は、君が大陸からもどってからマーレルに居続けても、帰れとは一度も言ってこなかったはずだ。跡取りなのにね。ちなみにロイドは、うるさいくらい、カイルから帰って来いって手紙がきてるよ。」
「私は捨てられたのですか。」
「君の弟達がベルセアから、サラサにもどってきてるよ。父親の仕事を手伝い始めている。シゼレ公はね、次男を公式の場によくつれだしているんだ。アル、現実をきちんと見極めろ。かつて、ライアス様も、同じような苦しみを受けたんだ。」
アルは、ティムから目をそらした。ティムが、はげますよう、アルの肩に手をかける。
「ぼくは君を、レックスの実子だと思っている。レックスが大陸にいた時、時々、こっちにもどってきてたろ。そのさい、ぼくによく君の話をしてたんだ。自分に四人目の実子ができたってね。実にうれしそうにね。」
アルは、ティムを見つめる。ティムは、ほほえんだ。
「魂の絆を信じろよ。君がいるべき場所は、ここなんだよ。」
日中、降り続いていた雨は、夕方近くになりやっとあがった。雨上がりの雲を夕日が赤く照らし、ぬれそぼったマーレルの街をオレンジ色に染めている。一日中、書類にうもれていたエルは外に出て、ぬれた空気を思い切り吸い込み、つかれた体を癒していた。
建築途中の神殿を見つめる。まだ、基礎ができあがったばかりだ。カルディア式の建物をデザインしたので、マーレルの職人達は、ずいぶんとまどっているらしく、仕事は考えていたよりもはかどらない。
エルは、少しデザインを変えてみようかと思った。
(父ちゃんと相談して決めた建物のデザインだけど、もう少しこっち式にしたほうがいいかも。第一、職人がわからないんじゃあ、建築なんてできないし。まぜこぜのデザインになるかもしれなけど、父ちゃんには妥協してもらう事にしよう。)
アルが遠くに見えた。どうやら、宮殿内にある使用人達の独身寮にむかってるようだ。
(市内に家を用意すると言ったのに、独身寮でいいなんてな。ったく、謙虚すぎるのもこまったもんだよ。ライアス兄さんだったら、絶対、高級住宅か、でなければ居住区に住ませろと言い出すのにな。姿が似ているだけで、性格は全然ちがう。)
エルは、うーんと背伸びをした。
(つかれた。もう少し仕事をへらしたい。父ちゃんは、めんどくさければ、自分は寝てて、ライアス兄さんに仕事片付けてもらってたもんな。マーレル公って、国王代理でもあるんだしさ。父ちゃんは、父親の顔をすれば、一発で落ちるとか言ってたけど、やっぱり、ぼくじゃあ無理がある。すぐにウソだってばれたしな。アル、養子になってくれればいいな。)
アルの姿が見えなくなった。エルはおちつかなくなった。
クリスティアが熱を出したので、この日の夕食は、久しぶりにシエラと二人きりだった。食事をしている最中もソワソワしていたので、シエラに何か気になる事でもあるのかときかれてしまう。エルは、アルの事をどう思っているかと、母親にたずねた。
シエラは、
「そりゃ、かわいいわよ。大陸でいっしょだった五年間、ほんと楽しかった。私の事、母親同然に大切にしてくれてたものね。シグルド皇子もいっしょだったし、アルはよくシグルド皇子と遊んでくれて、なんだか、二人も子供ができたみたいで、すごく幸せだった。」
「母上は、アルにマーレルにいてほしいんですか。」
「そりゃ当然。シゼレ兄様は、すでにアルを愛してないしね。でも、くれるとも言わなかった。遠まわしに養子に件、切り出してみたけど、返事はごまかされたしね。」
「ごまかされた?」
シエラは、うなずいた。
「ごまかされたわ。自分がドーリア公と同じ事をするのを、内心いやがってたみたい。だから、ごまかしてた。」
「あの、ライアス兄さんは、どうしてドリーア公にきらわれたのですか。かなり、ひどい事もされてたようですし。」
「・・・原因は、あなたのクリストンのおばあ様の浮気ね。恋人がいたのよ。その人がね、おばあ様がドーリア公と結婚したあと、サラサ宮殿にやってきて関係しちゃったの。金髪碧眼の美青年だったってさ。おばあ様が、その事を死ぬまぎわにドーリア公に告白したのよ。それでね。」
エルは、あぜんとした。シエラは、
「家庭では、兄様だけが金髪碧眼だったのよ。だから、ドーリア公は信じこんじゃったわけ。見た目だけで判断したのよ。ほんとは、どっちの子だかわからないのにね。それに、金髪碧眼は、王家の特徴なのにさ。」
「まさか、アルは。」
「サラは誠実な女性よ。浮気なんてしてないわ。たまたま、ダリウス・カラーになってしまったのよ。別におかしくないわ。シゼレ兄様も王族の血は引いてるしね。問題なのは、あまりにもライアス兄様に似てるという事。シゼレ兄様はね、ライアス兄様にかなりの劣等感を持ってるのよ。ライアス兄様の事、あれ、としか呼ばなかったし。」
「あれ、ですか。自分の兄なのに。」
「そうよ。あれ、だけね。この前、帰った時ね、アルの事、あれ、と呼んだのよ。あれ、ってね。」
シエラは、エルを見つめた。そして、
「エル、遠慮は、いらないわよ。養子の話、さっさと進めてしまいなさい。いいアイディアだと思うしさ。それで、クリストン、ううんシゼレ兄様から、アルを引っこぬいちゃいなさい。どうせ、なんにも言ってこないはずだから。」
食事がすんだあと、エルは何もする事が無くなり一人寝室にいた。今夜はユリアは子供部屋でクリスティアに付きっ切りである。ユリアは、妊娠中なのに、子供の世話を乳母にばかりまかせない。ルナの子である、シルウィスの面倒も実によく見てくれ、クリスティア同様、かわいがってくれている。
エルは、そんなユリアに頭が上がらなかった。それゆえ、今夜はヒマとはいえ、離宮にいる側室のところに行く気はしなかった。
エルは、思い切って独身寮をたずねてみる事にした。そして、居住区の前で、バッタリ、アルに出くわしてしまう。アルは、
「夜おそく申し訳ございません。養子の件、ありがたくうけたまわります。あなたのおそばに居させてください。」
まさかこんなに早く返事を持ってくるとは、予想してなかった。だが、返事をくれた事は、すなおにうれしい。
数日後、アルは正式に国王エルシオンの養子となり、マーレルの姓をもらい、アルバート・マーレル・レイ、マーレル公爵となった。エルのやり方に、一部の貴族から反発があがったが、大方の側近や貴族は、おおむね好評にとらえてくれていた。
その一方で、ロイドは、マーレルでの自分の居場所を失いつつあった。ロイドは、将軍をやめて以来、軍事顧問兼、設計製造部門主任の立場にいた。
エルは、この設計製造部門をマーレル公となったアルの管轄にした。スチーム船を成功させた功績を高く評価しての人事だった。だが、この人事により、主任でしかないロイドは、マーレル公という上司を持つ事になり、上司の判断無しでは設計も製造もできなくなってしまった。
さらに、エルは、カムイの軍での地位を引き上げ、将来的に軍全体をまかす前提で、ロイドの仕事の大半をカムイに引きつがせてしまったので、軍でのロイドの立場は消滅してしまい、軍事顧問兼、設計製造部門主任と言う肩書きだけが残るのみとなった。実質的な人材入れ替えだった。
ロイドだけでは無い。このような入れ替えは、今年に入ってから様々な部所で行われており、前国王の遺物のような人材は、なんらかのかたちで左遷降格、又は遠方への移動により、新国王の周囲から姿を消していった。
そしてついにエリオットが、宰相の地位を解任され、先の戦争でバテントス側から譲渡してもらっていた、西カリス族領地の復興知事に任命されたのである。
エリオットは、年齢を理由に知事就任を断った。そして、故郷のクリストンに帰る事にした。
エリオットを解任した事について、エルはシエラに謝罪した。エリオットは長年レックスにつかえ続け、さらには、自分が大陸にいた父に代わり国王代理をしていた時から、自分を支え続けていてくれたからだ。
シエラは、
「ま、しょうがないんじゃない。私達もマーレルにきた時、同じ事をしたもの。エリオットは、とてもいい人だけどもね、やっぱり、レックスの時代を引きずっているんだよね。レックスの方針をエルの方針に、あてはめようとしてたとこあったじゃない。
すぐに前国王は、どうのこうのとかさ。あれって、きいていると、うざったいのよね。いいんだよ、エルはエルのやり方でさ。私、エルの味方だから、どんどん、やっちゃいなさい。私やお父さんに気を使う事なんて、ぜんぜんないんだよ。」
「申し訳ございません。彼は、私をとてもかわいがってくださったので、このような処置をする事は、ずいぶん心苦しかったのですが。」
「それはともかくとして、エリオットをクリストンに帰すの、私、反対よ。だって、彼、機密だらけだしね。宰相やってた人を、私を拉致したかけた国に帰すのは無謀よ。適当な言い訳つくって、引き止められなかったの?」
「カリスの知事を断られたときのために、楽隠居みたいなポストは用意してたんです。ですが、どうしても故郷に帰りたいとの一点張りでして、引きとめる事はできませんでした。」
シエラは、そうと言い、エルから顔をそらした。そして、
「なら、するべき事は一つしかないわ。とてもいやだけどもね。たぶん、エリオットもそうしてもらいたいから、わざとクリストン帰ると言ったかもしれない。自分がクリストン帰れば、どうなるか分かっていたはずだしさ。エル、責任は私がすべて持つわ。ティムに命じて、情報部から人を派遣しなさい。」
「その件にかんしては、もうすでに手はうってあります。母上が責任を持つ必要はありませんよ。すべて、国のトップである私の責任ですからね。」
「エル、ごめんね。いやな事ばかり、あなたにさせてしまって。アルがもう少し自覚を持ってくれればと思ってしまう。あなた一人にすべてをせおわせたくないから、アルをマーレル公にしたのにね。レックスもそのために、アルにつきっきりでいろんな事教えてたのにね。」
「アルは、マーレル公になったばかりですよ。いきなりは無理です。」
「ほんとにごめんね。まさか、レックスが、こんなに早く死んでしまうなんて考えもしなかったから。おまけに、死んだっきり、会いにきてもくれないしさ。せめて、こまめにきてくれて、あなたを助けてくれてもいいのにさ。」
「父上に、会いたいのですか。」
シエラは、小さくうなずくだけだった。