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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
最終章、次の時代へ
157/174

三、新マーレル公アルバート(1)

 ルナは、ダイス邸の私室に閉じこもってばかりいた。エルとひどいケンカをしてから、ずっとこうだ。心配したジョゼが、少し外を散歩したらと、なんどもさそう。ルナはそのつど首をふった。


(どうしてなの、エル。どうして、私に会いにこないの。愛してるって言ったじゃない。守ってくれるって約束したじゃない。なのに、どうして。)


 カッとなって、シルウィスを投げたのはたしかだ。でもそれは、ほんとにカッとなっただけで、本心からではない。エルはいつも、自分より子供を優先(ゆうせん)してしまうから、ついカッとなってしまっただけだ。


(でも、そのうち、会いにきてくれると信じていた。エルが、私を見捨てるはずないって。なのに、半年以上待ってもきてくれない。私は、いつ、エルがきてもいいように、どこにも行かずにこうして待っているのに。)


 ルナは、せまい部屋でひたすら、エルを待ち続けていた。そしてある日、ダイスとジョゼの会話きき、がくぜんとしてしまう。用をすませたあと、二人の寝室の前の廊下を通りかかったら偶然(ぐうぜん)


「それは本当なの、ダイス。でも、ずっと懐妊(かいにん)しなかったのよ。どうして、今になって、ユリア様に御子(おこ)ができたのかしら。」


「どうしてときかれても、おれは医者じゃないからな。だが、心当たりならある。シエラがサラサに里帰りしたろ。その時、ユリアの父親の形見の指輪を見つけて、ユリアにわたしたんだよ。ユリアは今、その指輪をだいじに指にはめてるんだ。


 おれが思うに、ユリアの心によゆうというか、安心感みたいなものができたんだと思う。


 でもまさか、ユリアがシエラの親戚筋にあたる娘だったなんてな。こっちだって、びっくりだったよ。レックスのやつ、何年もかくしやがってよ。だから、エルの嫁にしたんだよ。」


「でも、よかったじゃない。あとは、御無事に産まれるのを祈るだけだわ。エルシオン陛下も、これで安心でしょうね。なにせ、ユリア様は王后ですしね。」


 ルナは、ショックを受けた。


(ユリアが妊娠。あのユリアが。それに、ユリアがあの女の親戚? そんなのきいてない。だとしたら、私はもう。)


 もう、自分は必要ない。ルナは目の前が真っ暗になった。



 雨がサーサー降っていた。エルは執務室で、アルが猛烈(もうれつ)にメモを書き込んだ新型艦の設計図の原本をながめていた。レックスが現れた。


「アルは、ロイド以上だな。試行錯誤(しこうさくご)をしているようだが、確実(かくじつ)に使えるように設計し直している。」


「はい。今、この設計図をもとに、造船所で実物をつくっているんです。模型ではうまくいきましたからね。アルが陣頭(じんとう)指揮をとって、がんばってますよ。もうすぐ完成するはずです。」


「ロイドの旧案は破棄(はき)か。十年以上もねばってたのにな。」


「使えない物は使えないんです。予算はじゅうぶん、つぎ込んだはずです。」


「お前、おれ以上にドライだな。まあ、それくらいでなきゃな。アルの地位、そろそろ考えてるんだろ。」


「マーレル公しかないでしょ。どう考えても、それしか浮かびません。王族以外、名乗れない地位ですが、私はどうしても、アルにそれをやりたいのです。父上も、そのために、アルを養子にしようとしたのでしょう?」


「ああ、そうだ。だが、できなかった。シゼレが、いい顔しなかったしな。けど、お前の事だ。どうすればいいか、すでに考えてるんだろ。だったら、さっさと実行しろ。サラサの動きがヤバイのは、お前もわかってるはずだ。シエラが拉致(らち)されかけたしな。」


「アルは、どう考えてるんでしょうか。ショックを受けると思ったので、その事は、アルにはまだつたえてませんけど。」


 レックスは、窓からしたたりおちる雨を見つめた。


宰相(さいしょう)のエリオットがな、むかーし、似たような立場におかれたんだよ。父親がバテントス派、そして自分はゲリラだ。やつが、ライアスを愛してたのは、お前も知ってるだろ。ライアスにすべてを(ささ)げ、自分を殺して、父親を()ったんだ。それで、バテントスと戦う最初の足場ができた。当時のおれは、エリオットの行動を理解でなきかったがな。」


「アルに、エリオットと同じ事をさせろとおっしゃるんですか。(こく)です。アルは心の奥では、父親を愛していますから。」


「エリオットもおんなじだったよ。だが、ライアスへの思いが強かった。ひたすら、ライアスの理想のために、父親への思いを切り捨てたんだ。あの時、エリオットがああしてくれなかったら、今という時代が無かった。おれは、エリオットの英断に感謝してるんだ。お前、アルが好きなんだろ。だったら、アルを敵にまわすな。お前では、アルは切れん。」


「アルが愛しているは、父上なんですよ。アルは私に忠誠を(ちか)っているとはいえ、それはすべて、父上への愛の上に()り立っているのです。なのに、アルには、あなたが見えない。アルにとり、あなたはすでに、この世の住人ではないのです。いつ、アルを失うか、私はこわい。」


「そこまで、たよりにするとはね。最初、ずいぶん、きらってたじゃないか。おれを取られたと思ってさ。」


 エルは、赤くなった。


「もう、昔の話です。アルが役に立つのは事実ですし、そばにいてくれると心強いのもたしかです。」


「だったら、お前が誘惑しろ。アルはな、父親の顔を見せれば、一発でおちる。年齢なんて関係ないんだぞ。とにかく、お前がアルの父親となり、アルがそれを認識すれば、それでいいんだよ。それで、結婚成立だ。アルは一生、お前だけについていく。ライアスがそうだったようにな。」


「そう言えば、ライアス兄さん、このごろ、姿が見えませんね。もう、そろそろですか。」


「ああ、母親となる女も決まったしな。おそくとも、来月あたりには腹の中だ。」


「だとしたらもう、兄さんではないですね。他人ですからね。」


 レックスは、笑った。


「いや、そうとも限らないぞ。何が限らないかなんてきくなよ。あとのお楽しみってやつだ。それよりも早く、アルをなんとかしろ。あれは、マーレルの国家予算以上の価値がある。」


「じゅうぶん承知してますよ。ったく、現れるたびに注文ばかりつけられては、こっちだって身が持ちません。私よりも、母上に会われたらいかがですか。私がこうして父上に会ってるのも、いつまでも秘密にできるものではありませんよ。」


 レックスは、こまったように頭をかいた。


「うーん、それがな、シゼレをだますために、しばらく現れないなんて、ライアスにウソつかせたんだよ。シエラを利用したのは事実だし、それで、逆ギレされるんじゃないかと思って。シエラ、怒らせたら、かなり(こわ)いだろ。」


「たしかに怖いですね。だとしたら、シゼレ伯父は夏を待っているんでしょうね。母上を魔女だと決め付けてから、こっちには何も言ってこないし、軍を集結してる様子もないですからね。」


「やつは慎重だからな。双頭の白竜が、出現しなくなるかどうか見極(みきわ)めているんだろう。あれを呼び出せるのは、おれかライアスしかいないんだしな。」


「・・・父上の死と同時に、紅竜も白竜も宮殿から、消えてしまいましたからね。私では、あの二頭のどちらかと契約が結べないでしょうか。」


「無理だな。おれがどんなにたのんでも、白竜は乗せてくれなかったしな。だから、紅竜を説得したんだよ。だが、紅竜とおれとの契約も生前までだし、今、呼び出せるかどうかわからない。それに、紅竜は非常にプライドが高いんだ。おれが、説得できたのは奇跡に近い。」


 エルは、そうですかとため息をついた。レックスは、息子の肩をたたく。


「いつまでも奇跡なんかにたよるな。お前は、実力で勝負できる。なんせ、おれの自慢(じまん)の息子なんだしな。」


「父上には、かないませんよ。」



 ロイドは、手紙をグチャッとつぶした。執事のファーが、心配そうにロイドに茶をさしだす。ロイドは、書きかけの設計図を工場の床に放り投げた。


「もう、兄貴は長くないって書いてあった。どうしても帰らなきゃなんないのかよ。」


 ロイドは、頭をかかえつつ、広い工場内を見回した。職人がいそがしく働いている。工場で生産しているものは、ほとんど、自分が設計し考案(こうあん)したものばかりだ。


「カイルに帰っちまえば、おれがつくった、このすべてを捨てなきゃならない。おれの十数年の努力と成果すべてをだ。」


 ロイドの秘書が、造船所からの連絡書を持ってきた。ロイドは、書面を広げ、それをまた、にぎりつぶしてしまう。まもなく完成するスチーム船の試運転にきてほしいと、書面にはあった。


「アルのやつ、おれがダメ出ししたら、エルに直接持って行きやがった。いくら、模型でうまくいったって、実物とでは重量がちがう。あんなちっぽけな風車で動くモンか。いままで、何十人も(かい)()いで、やっと動いてたんだぞ。」


 ロイドは、つぶした二つの紙をゴミ箱に放り込んだ。


 それから、半月後、試作品は完成し試運転は成功した。力強く海をつきすすむ新型船の甲板(かんぱん)で、アルが(ほこ)らしげに金色の髪を風になびかせている姿を見て、ロイドはたまらず視線をそらしてしまう。ロイドは、船が港にもどってくる前に、その場を去った。


 試運転が成功し、その報告を持ちかえったアルを、エルはねぎらった。エルは、アルに思いがけない事を持ちかけた。自分の娘、クリスティアとの結婚である。


 エルは、


「結婚といっても擬似(ぎじ)的なものだ。書面手続きだけですます。お前を私の養子とするのがねらいだ。養子縁組がすんだら、離婚させる。」


「前国王陛下が、養子縁組に失敗したから、そのような案をお考えになられたのですか。たしかに、そうすれば、縁組もしやすくなれます。でもなぜ、そこまで養子にこだわるのですか。」


「お前をマーレル公にしたい。そのための縁組だ。」


 アルは、びっくりした。エルは、


「それしか考えられなかった。私はお前をクリストンにかえす気はない。だから、どんな手段をつかっても、私のそばにおく。そう決めたのだから。」


「ですが、他の貴族から反発がでるのではないでしょうか。」


 エルは、イスから立ち上がった。そして、アルにせまる。


「私がきらいか、アル。年下の私では、お前の父親は不足か。」


「い、いえ、そのような事は。ただ、あまりにも驚いているので。」


「やはり、父上をまだ愛しているのか。私では父の代わりとは、なれないのか。」


 アルは、こまったように後退(あとずさ)りをした。エルは、


「アル、私はずいぶん長いあいだ、お前に嫉妬してきた。父上の愛を独占していると思いこんでな。けどそれは、私がまだ父にたよりきっていた子供だったせいだ。今では、つまらない事で嫉妬して、お前にすまないと思っている。これからは、私が父上の代わりにお前を愛したい。」


「いきなり、そのような事を言われましても、なんと返事をしてよいものやら。いえ、決して陛下のお心遣いを、むげにするつもりはないのですが。その、やはりまずいのではないですか。どう考えても、私だけ特別あつかいでは。」


「特別あつかいで何が悪い。父上もこうやって、お前を自分のそばに置いたのだろう。お前に問いたい。クリストンに帰りたいか、それとも、ここにいたいのか。お前の父を選ぶか、私を選ぶか、今すぐ返事をもらいたい。」


 アルは、エルから顔をそらした。


「・・・あなたは、私をただ必要としているから、そばに置きたいだけでしょう。私が愛した、あの方とはちがいます。あの方は、私を愛してくれました。愛してくれましたから、必要としてくれました。私が、あの方を愛し、必要としたようにです。あなたは、本気で、私を愛してはいないのでしょう。(いつわ)りの愛など、すぐにわかってしまいます。」


「偽りか。そうかもしれない。しょせん、私では父上にはかなわない。そして、いくら言葉をえらんでも、それは偽りだとすぐにお前にわかってしまう。だが、どうしても、お前にそばにいてほしい。お前が必要だ。たのむ、いてくれ。この通りだ。」


 エルは、頭を下げた。アルは、


「もう、おやめになってください。じゅうぶんわかりましたから。ですから、頭を上げてください。国王陛下のすることではないです。あの方は、私にすべてを捨てろとおっしゃいました。クリストンも私自身もです。すべてを捨てて、あなたの影となれと。わたしの心は、その時点で、すでに決まっています。」


 エルは、苦笑した。やはり、父の言うようには行かない。自分と父では、何もかもちがいすぎる。


「養子の件は、できるだけ早く返事がほしい。だが、無理強(むりじ)いはしない。」


 アルは、だまって頭を下げた。そして、執務室を出て、ぼんやりと廊下を歩いていると、情報部主任のティムに声をかけられた。ティムは話があると言い、主任室にアルをつれていった。


 アルは、レックスの親友だったティムに、思い切って、さっきの事をたずねた。ティムは、


「まあ、現状を考えれば、エルがあせっても仕方(しかた)がないと思うよ。話も、それにかんするものなんだ。君に知らせるかどうか、ずいぶん、なやんだんだけど、やはり知っておいた方がいいと思ってね。この前、シエラ様が里帰りなさったろ。その時、シゼレ公に拉致(らち)されかけたんだよ。あやうく魔女裁判にかけられるとこだったんだ。ぎりぎり、逃げ出せたけどもね。」


 アルは、びっくりした。

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