二、兄と妹(2)
レックスは、
「ところで、エル。いい加減に、ダリウス王朝を廃止しろ。おれが、死ぬ前に、言っておいたじゃないか。お前が即位した時点で、強引にでもやっておけばよかったんだよ。ダリウスの名は、おれの代まででよかったんだ。エルシオン・エイシア・レイ。エイシア王朝だ。」
「そんな。バタバタしてたのに、そこまでできません。私は、父上とは違うんですからね。廃止はします。ですが、カイルはともかく、シゼレ伯父がなんと言うか。」
「・・・そのために、山脈に穴あけておいたんだよ。シゼレがゴネるなら、そこから軍隊入れればいいんだよ。」
「母上の持ってかえる返事次第ですね。母上は、そのために、サラサにいるんです。私がムダだと言っても、母上は説得だけはしたいって、止めるにもかかわらず行ってしまいましたから。」
「しょうがないな、シエラは。まあ、昔からそんなとこがあるしな。でも、ライアスを使うのは、これが最後にしてくれ。あいつ、夏になったら、カルディア族の女の腹に宿るつもりでいるんだ。前から、生まれ変わりたがってたしな。神官になって、もう少し実力をあげたいって言ってるんだよ。」
「わかりました。エッジはその事を知ってるんですか。」
「ああ、知っている。だからよけい、いっしょにいようとしてる。今度は女の子だぞ。かわいい娘になるぞ。なんだ、エル、その顔は。お前、ねらってんじゃないだろうな。今回はダメだ。結婚する約束してたらしいが、お前が同世代に産まれたらの話だ。次にしろ、次に。」
シルウィスが、かわいいあくびをした。レックスは、優しく腕をゆする。シルウィスは、眠ってしまった。エルは、
「さすが、抱きなれていますね。ヒナタはもう、大きくなっているんでしょう。」
「六歳くらいかな。時間がゆっくりしているやら早いやら、感覚があまりないんだよ、あそこは。ヒナタに会いたくなったのか。」
「そりゃそうですよ。十年前に別れたきりですからね。ヒナタは、私の事は知らないでしょうね。」
「いや、知ってる。ライアスがよく話してるから。」
エルは、ちょっと考えた。
「ねぇ、父上。カルディア族の聖域と、こっちをつなげる事はできないんでしょうか。ほら、族長が言ってたでしょ。神殿同士を移動してるって。あれと同じ事ができないでしょうか。
環境が違いすぎるから、移動はともかくとして、霊域だけでもつなげないでしょうか。そうしたら、こっちから、父上と会う事も可能となるはずです。父上は、エイシア霊域ではなく、カルディア族の霊域にいるんですしね。」
「そうだな。でも、環境が違いすぎると言っても、やはり、それなりの環境が必要だ。神殿がいい。できるだけ霊域の高い場所をつくってくれ。宮殿内の敷地で良さそうな場所をさがしてさ。まあ、そのうち、こっちにもどってくるよ。おれも向こうで、次の時代のためのいろいろな準備を、まだしてる最中だから、とりあえずそれが終わるまで待っていてくれ。」
「今年中には、かならず用意します。でも、できるかぎり、早めにお帰りくださいね。でないと、こっちがこまります。」
「向こうに似ているやつをたのむ。そっちの方がやりやすい。それとエル。こいつを使え。」
レックスは、ピアスをはずし、神杖をエルに持たせた。エルは、
「これはちょっと。王家の剣すら、私は満足に使えないんですよ。父上の杖は、もっとむずかしいんでしょう。」
「お前なら使える。相性の問題だしな。剣は、荒事が苦手な、お前向きじゃない。エッジにでも使わせとけばいい。とりあえず、わたしておくから練習しておけ。あとで、おりをみて、正式にお前にわたすから。」
「ひょっとして、エイシア王朝の御印にするつもりなのですか。王家の剣にかわって。」
レックスは、うなずいた。
「新しい契約だ。これを持って、お前はエイシア王朝の始祖となれ。それをつたえにきたんだよ。」
「契約。父上はまさか、国教会に代わる信仰をつくろうと、考えているんではないですか。」
「カンがいいな。だから今、向こうで準備をしているんだ。おれが向こうにいた二十年という時間は、そのためにあったんだ。今まで国教会の主神だったシオン・ダリウスは、おれが死んだ時点で役目を終えたんだ。レクスレイ、それが、おれの新しい名前だ。どうだ、かっこいいだろ。」
「・・・ダリウスを取っただけでしょう。レクスも、大陸で呼ばれてた名前じゃないですか。単純すぎます。」
「かっこいいったらいいの! いちいち、つっこむんじゃない。どのみち、国教会は考えをかえなきゃなんないんだよ。おれを新しい神として迎い入れるもよし、時代遅れになって滅ぶのもよしだ。だが、おれはいそいではいない。百年、二百年単位で考えてる。」
「いい案ですね。じゃあ、私が最初の信者になりますよ。ベルセア本国と手を切る、いい理由ができました。神殿は、きっちりしたものを完成させます。自分の父親の御霊を祭っているだけだと言って、最初はそれでおし通します。そのうち、ゆっくりと本性を現していきましょう。」
レックスは、息子を見て笑った。
「さっすが、ライアスの息子だ。二重人格の使い分けがうまい事。そろそろ帰るよ。何かあったら、杖に向かい呼びかければいい。ヒマだったら、顔出すから。」
レックスは、すやすや眠っているシルウィスをエルに返し、スッと消えた。エルは、我が子の寝顔を見つめる。元気でやっててくれてよかったと思った。
シエラは、サラサ宮殿の倉庫でゴソゴソしていた。朝からずっとさがしていたが、目的の物は、夕方になっても見つからない。ミランダがあきらめるよう言い、シエラはため息まじりにやっと倉庫から出た。
そして、夕食時、シゼレにたずねた。シゼレは、
「サイモンの形見ですか。ここにあるサイモンが使ってた道具類は、まとめて倉庫に保管しておいたのだが、もう十年近くにもなるし、使用人どもが適当に使ってなくなってしまったのかもしれない。」
「できる事なら、指輪が欲しかったな。叔父様、指輪が好きだったしね。ねぇ、市内とか、ケラータにある叔父様の家には、何か残ってないかな。」
シゼレは、うーんと顔をしかめた。
「サイモンには身内がいなかったので、私が使用人達の退職金代わりに、あらかた持たせてしまったのだよ。それに、どっちの家もすでに人手にわたってるしな。こういう事なら、少しくらい残しておけばよかった。」
「しょうがないわよね。まさか、今ごろになって、叔父様に娘がいたなんてね。しかも、うちのユリアだったなんてさ。レックス、まったく教えてくれなかったもの。」
「しかたなかったのではないか。ユリア王后陛下が、マーレルにいらしてすぐに、亡くなってしまったのだしな。それに晩年の彼の悲惨さは、とてもじゃないが教えられるものではない。」
「ここへきて、使用人達からきいたわよ。かなり、ひどい状態だったようね。何もかもわからなくなって、最後はバルコニーから、落とした物を拾おうとして落ちて死んだんでしょ。たしかに、お嫁にきたばかりのユリアに教えられないわね。
でも、ユリアはもう、立派な大人の女性よ。話をきいても、静かに受けとめてくれたわ。けど、そう説明しても、叔父様はもういないし、ピンとこなかったみたい。だからせめて、形見くらい見つけたかったのよ。」
シゼレは、こまったようにため息をついた。シエラは、二人ばかりの食卓をながめ、カラになったグラスに自分でワインをそそぐ。この日の夕食、給仕はいなかった。ユリアとサイモンにかかわる秘密裏の話をするために、シエラが追いはらったからだ。
「サラ義姉様、いないとさみしいわね。バテントスとの戦いの最中にお亡くなりになられるなんてね。アル、帰ってきて、その話をきいて、そうとうショックを受けてたのよ。私もショックだった。」
「ああ、良き妻だったよ。とても残念だ。」
「兄様の子供達、みんな、どうしたの。だれもいなくてガッカリしたわ。まだ、結婚してない娘が二人残ってるはずでしょ。息子も二人ともいないしさ。」
「ベルセアに行ってるよ。娘二人は、修道院で信仰と作法を学んでいるし、息子二人は、僧侶として修行をつませている。息子達は、この春、修行が終わったので、もうすぐ帰ってくる。」
「アルもベルセアに行かせたの? 話、きくと訓練所に何年もいたって言うじゃない。」
「十歳になる前に一度、サラサの教会にあずけた事があった。だが、どうも教会の生活は合わないようで、すぐに飛び出して帰ってしまった。訓練所は、あれが行くと言ったので行かせたのだ。私としては、気乗りはしなかったがな。」
あれ、シゼレは、アルバートをそう呼んだ。シエラは、
「以前、レックスがアルを養子にしたいって相談にきたよね。シゼレ兄様、いい顔しなかったって、レックス、がっかりしてたわ。そりゃそうよね。大切な跡取りだもの。」
「陛下も、こまったものだと思った。何を考えているのかともね。まあ、よく似ていたから、気に入ってしまったのだろうがな。だが、養子に欲しかったのではないだろう。大陸から帰ってきた者から、そういう話もきいている。」
シエラの手が、テーブルの下でピクリとなった。
「私が見た限りにおいては、親子関係に近かったわ。ディナ・マルーで五年いっしょだったしね。私の事も、お母さんみたいに慕ってくれてたしさ。アルは、すなおでいい子だしね。レックスが養子に欲しがるのも当然かもね。私だって、そうしたいと思ったくらいだしね。」
「信じているのか、お前は。」
「兄様は、信じてないの。御自分の息子でしょ。」
「陛下は、お亡くなりになられてから、お前に会いにこられたか。」
シゼレは、話題をかえてきた。シエラは、小さくため息をつく。
「ぜんっぜん。朝方、よく寝たとか言って起き上がって、肉体からはなれて、ライアス兄様といっしょに向こう行って、それっきり。自分の葬式にも出なかったしさ。」
「どうして、お前に会いにこないのだ。これない理由があるのか。」
「レックスは、エイシアの霊域には、いないのよね。カルディア族って、大陸の遠いとこの部族の霊域にいるのよ。大陸を旅してた時、そこを訪れて、すっかり気に入って、生前から、ちょくちょく霊体飛ばして行ってたのよ。」
「カルディア族の霊域。エイシアではないのか。」
シゼレは、びっくりしたようだ。シエラは、
「無責任って言わないでよね。国教会の方じゃあ、最初はダリウスの生まれ変わりだとか言ってたけど、大陸に行き出したころから、雲行きが変わりだしたじゃない。ちがうんじゃないかってね。国教会は、エイシア至上主義の考えだし、主宰神であるダリウスが外国とかかわるわけないってね。
ったく、考えが古すぎ。時代がちがえば、いくらダリウスでも考えがちがうはずなのに、まったくその事に気がつかないなんてね。教義ガチガチでさ。それ以外からはずれた事すると、理解できなくなって、こうだもんね。」
「シエラ、国教会を侮辱する気か。いくら、お前の発言でも許されるものではない。」
「いいじゃない。どうせ、だれもきいてないんだしさ。レックスは、まちがいなくダリウスよ。あの杖が証拠じゃない。それに、どこのだれが、双頭の白竜なんて呼び出せるのよ。歴代のどの王様も、法皇様もそんな事できなかったはずよ。」
「シエラ、いい加減にしないかと言ってる。」
「いいえ、真実よ。神を人の尺度にはめようとしている国教会の考え方が許せないだけよ。レックスは、最低限でも聖人の列に死後、くわえなければならなかったのよ。なのに、まったくそんな動きはない。」
「半年かそこらで、そのような事ができると、お前は考えているのか。最低でも十年はかかる。そのかん、さまざまな議論や人の意見、検証をくり返さなければならない。」
「そんな事、する必要がある? あれだけの奇跡や実績をあげているのよ。レックスが、あまりにも大きすぎたから、小さな尺度では計れないだけじゃない。だから、神を人の尺度にはめるなと言ったのよ。」
「もう、やめにしなさい。破門されてもよいのか。」
シゼレは、本気になって怒ってしまった。元僧侶であるシゼレは、国教会に対する信仰が強い。自分が信じているものを侮辱されれば、いくら妹とはいえ、許す事はできない。
シエラはムッとして、残りの食事を口に放り込んだ。