一、世代交代(2)
エルは、自分をにらみつけるよう見つめているロイドを見返した。
「しつこいですよ、にいさん。もう、彼女はあなたとは、なんの関係もないはずだ。」
「通りかかっただけだ。でもまさかお前に、拾い食いするクセがあったなんてな。しかも、あんな色物女をな。姉だったのに、よく妻にしたと感心してるんだ。」
エルは、フッと笑った。
「血のつながりはない女だ。それにすでに王家から廃嫡されている。だが、にいさんの言うとおり、姉だった女だ。事実、妻として愛する事はむずかしい。しかし、あのまま放っておけば、ルナはどのみち、若死にしていただろう。ひどい状態で見つかったしな。私は、父と母を、悲しませたくなかっただけだ。」
「エル、お前が今、言った事を彼女に教えてやろうか。妻として愛してないってな。どうせ、お前の事だ。ルナの前じゃあ、愛しているフリでもしてんだろ。お前、二重人格で有名だしな。」
「御自由に。彼女が、にいさんに会ってくれたらね。本当、にいさんは男として最低だ。優しかったルナをあそこまで追いつめて、別人のように変えてしまうなんてね。あ、もう、にいさんじゃないんだね。ごめん、つい昔の口癖がでちゃった。」
ロイドは、カッとなって、馬上のエルになぐりかかった。エルは、馬をたくみにあやつり攻撃を避ける。エルは、
「とにかく、これ以上、妻につきまとわないでもらいたい。また死産されたらこまるからな。」
ロイドは、ギリリと歯ぎしりをする。エルは、馬を宮殿に向けて走らせた。そして、宮殿についたら、アルが夜にもかかわらず、たずねてきているときく。エルは、執務室に急いだ。
執務室では、アルが何枚もの設計図をテーブルに広げ、待っていた。エルは、なんの設計図だろうかと図面を見る。アルは、
「スチーム機関を使った戦艦動力の新しいアイデアです。ロイド氏が考えていた案は、手漕ぎの櫂の部分をすべて動力につなげようとして、うまく行かず失敗しました。船を漕ぐ膨大な数の櫂すべてを、人の手と同じように動力を使い動かすには無理があります。ですから、いっそのこと、櫂などいらないと思い、このような案にしました。」
スクリューだった。アルは、風車からヒントを得たと説明した。
「まずは、模型をつくって、実験してみたいと考えています。ですが、ロイド氏の承認が得られなくてこまっているのです。ロイド氏が、この案はうまくいかないと一蹴してしまいましたから。それで、実験を軍とは切りはなして行ってみたいと思い、夜分失礼かと思いましたが、こうして殿下にご相談しに参上したしだいなのです。」
「あいかわらず仕事熱心だな。カムイにも見せたんだろうな。そうか、カムイは賛成してくれたのか。ロイドは、いまだに自分の設計案にこだわって実験予算を請求しているしな。いいよ、やれよ。特別予算からだすからさ。でも、軍の施設じゃ、ロイドがうるさそうだから、宮殿内の施設で模型をつくって、池でためしてみればいい。失敗しても成功しても報告してくれ。」
「ありがとうございます。では、お休みなさい。」
アルは、設計図をまとめようとした。エルが、ちゃんと見てみたいから、片付けは明日でいいと言う。アルは、帰っていった。エルは、設計図をながめた。
(アルのやつ、ほんとになんでもできるんだな。父上が気に入るわけだ。ライアス兄さんもそうだったしな。でも、アルはマーレルじゃあ、たいした地位も持ってないし、今のままでは、存分に実力を発揮できないでいる。
父ちゃんが養子にしたかったみたいだけど、シゼレ伯父は、いい顔しなかったって言うし、父ちゃんが倒れてしまってからは、完全に養子話は立ち消えになった。アルはさして気にしてないみたいだけど、養子はともかくとして、それなりの地位はあげた方がいい。
でも、なんの地位をあげればいいのかな。アルが力を発揮できるのは、かなりの地位が必要になる。けど、マーレルの新参者であるアルに、いきなり高位の地位をあげても、貴族から反発が出るだけだ。)
エルは、ぼんやりと設計図をながめていた。あくびが出た。もう寝たほうがいい。
秋になった。今年の夏の暑さは例年以上に厳しく、ただでさえも弱っているレックスの体力を根こそぎ持っていってしまった。レックスは、げっそりと痩せ、ベッドから起き上がる事もできなくなった。
また、エッジがきていた。
「なーんか、肉体が無いと不便感じる。この世の事には、なーんも関与できないしな。向こう行っても仕事なんて無いし、五十でかっこよく死んだのはいいが、いざ死人になってみると退屈でしょうがない。」
レックスは、
「だからって、毎日のごとく、くるなって。こっちは、日に日に弱ってんだぞ。お前、死んでからもコウモリだし、まるで死神にとっつかれた気分になる。ひょっとして、おれが死ぬのを待ってるのか。」
「お前さんがきてくりゃ、退屈せずにすむと思って。」
レックスは、うんざりした。寝室に置きっぱなしの王家の剣が目についた。レックスは、剣を自分の手にひきよせ、エッジにわたした。
「使い方を教えてやる。それを使えば、お前の能力内でも、あるていどは、この世に関与する事が可能だ。剣を使って、物にさわったりできるしな。なれれば、敵を倒す事だってできるようになる。お前もカルディア族出身の魂なら、自力で使えるようになるはずだ。お前にやるよ。」
「そりゃ、おもしれぇや。ライアスとお前のサポートで使ったが、楽しいオモチャだったのはたしかだ。さっそく教えてくれ。と、その前に、こんなオモチャを、タダでくれるワケを白状しろ。おれに何をやらせたい?」
レックスは、軽く咳き込んだ。ミランタが、咳をききつけたようで、さっと室内に入ってくる。そして、用意してあった薬を飲ませた。
ミランダは、
「さっきから、何をごちゃごちゃ独り言を言ってたの。ライアス様とお話でもなさってたの?」
「ライアスは、エルとセットだよ。ずーっとエルの中にいる。ミランダ、そこにいる幽霊をおっぱらってくれ。もう、お前にたのむしかない。去年死んでから、うるさくてうるさくて。」
ミランダは、ため息をついた。
「やはりね。なんか、そんな気がしてたのよね。まあ、帰ってきてくれたから、いままでの留守は勘弁してあげるわ。お父さん、レックスを休ませてあげて。あんたのせいで死なれたら、ものすごく目ざめが悪いから。」
「サンキュ、ミランダ。逃げてってくれた。あいつ、ヒマだから、しつこくてこまってたんだよ。それと、エルを呼んできてくれないか。いそがしかったら、あとでもいいって。」
「もうすぐお昼だけど、何か食べたいものある。エル様を呼びに行くついでに、向こうの厨房、のぞいてみるから。」
「果物あるか。やわらかいやつ。煮たのでもいい。」
「わかったわ。待ってて、すぐに持ってくるわ。」
エルは、昼食を父親の寝室でいっしょにとった。父親は、細かくきざんだ桃をゆっくりと食べている。エルは、
「そのような物ばかりではなくて、もう少し滋養のある物を食べてください。聖堂では、毎日のごとく、父上の回復を祈ってくれてるんです。市民も祈りを捧げているんですよ。少しでも早く元気になってくださらないと。」
「気休めはよしてくれ。みーんな、わかってるはずだ。もう、時間が無いってな。だから、必死になって祈ってんだよ。祈りの声は、ちゃんときこえてきているよ。でも、くるべき時は、だれにだってくるんだよ。」
レックスは、半分ばかり食べ、残した。
「エッジをお前の式神にしろ。式神って意味わかるよな。大陸の言葉で、部下として使える霊って意味だ。あいつ、ヒマでしょうがないらしい。まあ、ライアスほど万能ではないが、剣を持たせれば、それなりに使えるはずだ。お前がじかに使えばいい。」
「エッジをですか。彼は優秀なエージェントでしたし、式神にすれば戦力となるでしょう。ですが、生前はともかく死んでまで、私につかえてくれるか疑問です。」
「いつだったか、ユードスんとこに、お使いに行かせたじゃないか。」
「あれは、向こうの娘さんの様子を見に行くついでですよ。彼のバテントス人の妻は、皇太后の侍女ですからね。母子ともに、なんとかやってるって安心してましたよ。それ以前にも見かけた時、仕事をたのんでみたのですが、もう部下じゃないからと断られましたよ。」
レックスは、頭をかいた。
「まあ、説得してみるよ。夕方までには、話つけて、お前のとこに向かわせるから、仕事内容については、そっちで契約してくれ。」
「たすかります。彼にしてもらいたい仕事は、いくらでもありますからね。霊体ですから、空間を無視して、自在にどこにでも侵入できますしね。契約が終わったら、情報部主任のティムに話しておきます。弟ですし、ティムだけは知っておいたほうがよいと思いますので。」
「ああ、そうしたほうがいい。あいつ、兄貴が死んでから元気が無かったしな。仲のいい兄弟だったしな。それと、エル、母さんをたのんだぞ。おれに代わって守ってやってくれ。ほっとくと無茶ばかりするしな。とりあえず、遺言だ。」
「遺言は、まだ早いですよ。母上は、私が守ります。懸念には及びませんよ。でも、父上の遺言なんて意味あるのですか。もうつたえられなくなるから遺言なのでしょう。」
エルの言う事ももっともだ。
「たしかに。お前、霊能者だしな。まあ、気分だと受け取ってくれ。」
レックスは、息子の顔を見て笑った。
夕方近くになり、ライアスが寝室に顔を出した。エルはエッジと式神の契約について、話をしていると言う。ライアスは、
「エッジのやつ、やたら、はりきってたよ。何、約束したんだい。王家の剣をあげるって以外にさ。オモチャだけじゃ、エルの呼び出しに合わせて働くって契約できなかったはずだよ。独断専行型のエッジの性格上さ。」
「・・・やつが死ぬ前、次の転生で結婚して欲しいと。それを使った。」
ライアスは、ため息をついた。
「どうりで、死んでから、うるさいくらい、ここにきていたわけだ。君の返事を待ってたんだね。ごめん、ぼくのせいだ。ヒナタとの縁、エッジに話しちゃったから。」
「お前のせいじゃないさ。ヒナタの姿を見られちまったし、結果は同じだろう。やつも、うすうす分かってたんじゃないのかな。おれとの縁をさ。まあ、次の転生、おれが女だったらという条件付きだし、まだかなり先だし、そのかん、やつの気が変わるのを期待するしかない。
とにかく、残り少ない余生を大事にしたいんだよ。これ以上、つきまとわれたら、たまったもんじゃない。返事をしたんだから、少しは静かになるはずだ。」
「そこまで毛嫌いしたら、エッジがかわいそうだよ。ああ見えても純情なんだしさ。でも、そういう縁があったからこそ、エッジは君のそばにいて、君をずっと守ってきたじゃないか。」
「だよな。腐れ縁もいいとこなんだよな。とにかく、気が変わってくれるのを期待するしかない。あいつと夫婦になるには覚悟がいる。ミランダの寛容さと忍耐を考えるとな。」
「相手によりけりだと思うよ。ヒナタの時なんて、君一筋で生涯、君以外の女性とは関係なかったようだしね。あのカルディア族では天然記念物並みにね。ちなみに君も、似たような感じだったと思うよ。だから、国王という身分のわりには、奥さんいないじゃないか。側室もらう気もなかったしね。」
レックスは、笑った。
「まあ、その話はいい。それよりもライアス、たのみがある。」
「たのみって何?」
「場所はどこでもいい。でも、できるだけ人がいない場所にしてくれ。クリストンとダリウスをしきってる山脈があるだろ。双頭の白竜で、山脈けずって、道をつくってほしいんだ。いまんところ、海路しか無いからな。」
「・・・準備か。」
「ああ、準備だ。こうしておけば、エルもだいぶやりやすくなるだろう。」