第九戦、首都制圧(3)
エッジは、どんどん下へと走っていく。天へとのびる皇宮とは違い、神殿は、はるか地の下にある。地下にはすでに太陽の光はとどかず、消え入りそうなロウソクの灯りだけが、たよりだった。
エッジの持つ剣が光った。光に照らされ、わらわらと逃げていく異物のような影が、瞬間的にエッジの目に飛び込んできた。ライアスは、
(気をつけろ。ここはすでに異世界の領域となっている。カルディア族の頂上とは逆のな。)
「地獄への御案内かよ。おもしろくなってきたな。でもこりゃいいや。暗くてこまってたとこなんだよ。この剣は、他にどんな事ができるんだ。ふだん、切れないが、力を引き出すと、壁でさえも崩す事ができるしな。」
(君の好きなように使えばいい。ぼくが君の思考を読み、その通りにするから。君はいままで、ぼくやレックスのためにつくしてくれた。だから最後は、ぼくが君をサポートする。思う存分戦えばいい。)
「ライアス、訓練所で、お前を見た瞬間から、おれはお前のために生きようと思った。だが、レックスにも同じ思いをいだいた。お前同様、どういうわけか、すっかり惚れ込んじまったしな。」
(そりゃそうだよ。君もカルディア族だったんだしね。ヒナタが好きで好きでたまらなかったから、君は、彼女にくっついて、あそこから出てきたんだよ。ちなみにその時は、ぼくは君達の子供。まだ、小さかったんで、やっぱり、母親といっしょに出てきた。シオン・ダリウスの時とおんなじようにさ。)
エッジは、ニヤリとした。
「これで納得。なんで、お前らにそういう感情もっちまったのか疑問だったが、そういう事なら、マジうれしい。レックスに、次は女に産まれるようたのんでみるか。必ず、美女になるはずだしな。そんでもって、お前はまた、おれ達の娘でいこう。母親似の絶世の美女で決まり。」
(それしか、考えられないのかよ。いっそ、君が女になったら。)
「それもいいかもな。尻がとびきりでかい女がいい。そんでもって、レックスを尻にしいてやるのも悪くない。なんか、来世に希望がわいてきた。ハナが成長したら、さっさと向こうに逝って、次の転生楽しみにでもするか。」
エッジは、目の前に出現した巨大なゴーレムを瞬断した。エッジの心の高揚感が、剣の力をより強く引き出す。
「本音は、お前ねらいだったがな、ライアス。けど、エルに先約されちまったんならしかたない。まあ、二番手でも良しとするか。」
(も、いい。胸焼けがしてきた。)
巨大な扉の前まできた。どうやらここが終着点らしい。ずっと走りっぱなしだったので、さすがに息が切れた。携帯していた水を飲み、息を少しととのえたあと、思い切って扉を開ける。
ブワッとした瘴気が扉の向こうからあふれだしてきた。ライアスは、瞬間的に見えない盾を出現させエッジを守った。ライアスはさらに結界を強める。
重く冷たい空気が、はてしなく広い空間に満ちていた。ボンヤリとした灯りに照らし出された広間は、カルディア族の聖域とは違う、あきらかに真逆の力によって支配されている。
巨大な像が、祭壇に奉られていた。帝国の紋章、山羊に似た頭を持った像である。ライアスは、
(魔神像だ。こいつが、皇帝一族が崇拝していた邪神の正体だ。山羊は、従順な労働者を意味していたんじゃない。この邪神を模したものだったんだ。)
魔神像の右腕に補修のあとがあった。五年前の戦いの前、レックス達が施した四方結界で破壊されたのだろう。背後で扉がしまった。数人の呪術師が闇から現われる。そして、エッジをかこみ、いっせいに呪文を唱え始めた。
双頭の白竜の上で祈っていたシエラが、胸をおさえて苦しみ出した。呪詛がシエラにまでおよび始めたからだ。レックスは、杖を取り出し、シエラの周囲に結界を張ると同時に、自分もエッジ達を援護すべく霊体を飛ばした。
エッジの体に強い光が飛び込んでくる。レックスがきた。ライアスだけでは、呪詛に負けかかり、倒れそうになっていたが、たちまち持ち直した。レックスは、自分の中にあるヒナタの意識を引っぱり出した。神官として、最大の能力を発揮するためである。
エッジの手に神杖が出現した。自然と手が動き、もっていた王家の剣と杖を一つに融合させ、光り輝く大きな降魔の剣を出現させる。エッジは、降魔の剣で呪詛軍団をなぎはらった。
数人いたと思ったが、ほとんどは例の素焼き人形で、術者は三人ばかりだった。そのうち一人は偽情報を流した術者だった。エッジは、もはや意識の無い術者の遺体から像へと視線をうつした。
仮面をかぶった男が、像の前にたっていた。こいつが、皇帝なのか?
男は、魔神像に向かい呪文を唱える。像が、もっさりと動き出した。そして、その巨大な全体からは、考えられないようなすばやい動きをする。巨大な魔神像相手に人間サイズでは分が悪い。ライアスは白竜を呼び出した。
双頭の白竜は、二つのドラゴンに分化し、シエラは何事も無かったかのよう、紅竜の背でひたすら祈りを続けていた。エッジは、白竜ともに魔神像と戦った。
魔神像が、物理的な偶像から、次第に肉体のある魔物へと変化していく。それにつれて、さらに動きが激しくなり、広間はたちまちにうちにガレキにうずまってしまう。
皇帝らしき男が、仮面をかぶったまま、ガレキにおしつぶされているのが見えた。すでに息は無いよう思える。ふつう、術者が死ぬと、像の動きも止まるはずだ。なのに、目の前のバケモノは、まるで生きているかのように息をし始めている。
ライアスは、
(こいつが、皇帝の本性だ。二百年前、イリアを追放された呪術一族で、たぶん、一番力をもっていた呪術者の魂が肉体を変えつつ、歴代の皇帝に憑依し続け、生き続けていたんだ。皇帝一族は、そのための器だ。
もっとも、すぐれた能力の持ち主に憑依し、皇帝となり、肉体が衰え使い物にならなくなった時点で、新しい肉体に乗りかえる。この帝国自体が、たった一つの魂を生かし続けるために構成された、巨大な器だったんだ。帝国内の人間すべて、皇帝でさえも、奴隷でしかないのは当然だ。)
(じゃ、ユードスも候補だったのかよ。あいつも、強い能力の持ち主だしな。)
(ああ、彼は帝国と縁を切って正解だった。でなければ、あのガレキの下敷きになった男が、ユードスだったのかもしれない。血族を重視していたのも、よりすぐれた肉体と能力を継承させるために必要だったんだよ。自分の器のためだけにね。)
エッジは、目の前の敵をにらんだ。
(今は、おれ達を始末するために、巨大人形に乗り移ったと言う事か。まあ、このデカサなら、双頭の白竜と互角に戦えるしな。いつだったか、マーレルをおそったバケモノみたいにな。)
巨大な手が、エッジをたたき落そうと頭上からふってきた。エッジが持つ降魔の剣がより強く輝き、その手をスパッと切り落とす。切り落とされた手は、下に落ちると同時に、もとの物理的な像の手にもどった。
(チッ、血まで出でやがる。しかも、毒々しい緑色ときた。どんだけリアルな肉体になってんだ。マジ、気持ち悪い。けど、ライアス、こいつを倒しても、また、人間か適当な人形に憑依するんだろ。キリが無いぞ。)
(ヒナタにあるべき世界へと送ってもらう。レックスが何度かやってる封印だ。彼女は、そういう封印術が得意だから。だが、その前にこいつを破壊する。破壊して魂が出てきた瞬間が勝負だ。)
エッジは、像の攻撃を避けつつ、どこが弱点か見極めようとした。白竜が、エッジの思いに反応し自在に空間を移動する。エッジはいっさいの反撃を止め、ひたすら降魔の剣に意識を集中した。
見えた。二本の山羊の角。そして、眉間。白竜は、すばやい動きで像に接近し、エッジは神速的な速さで二本の角を切り落とす。そして、眉間に降魔の剣をつきさそうと白竜から飛びおりた。
手ごたえはあった。が、像の眉間から降魔の剣を引きぬき、白竜に飛び移ろうとした瞬間、像の腕にエッジは弾かれ、地面へとたたき落とされてしまう。像は、眉間からヒビが入るよう崩れ落ちた。
神官の姿をしたヒナタが出現した。カルディア族に多い黒い髪と黒い瞳を持つ、神々しいまでに美しい女性だ。ヒナタは、元にもどした神杖を手に、くだけた像から脱出したモヤリとした黒い塊を、カルディア族の秘儀を使い、たちまちのうちに、はるか闇の向こうへと封印してしまった。
白竜は、傷ついたエッジと、遺体となった皇帝を背に乗せ、猛烈なスピードで地下神殿から脱出した。地下神殿に通じる通路は、かなり広かったので、白竜の大きさでギリギリ通過可能だった。
レックスは、紅竜の背で目を開けた。シエラは、放心したように紅竜にすわりこみ、宮殿から飛び出してくる白竜を見つめていた。
白竜は、エルのすぐそばに地面に着陸し、よってきた兵士達は白竜の背から、皇帝の遺体と、瀕死のエッジの体を地面へとおろした。
地面へとおりてきたシエラが、エッジの姿を見て蒼白となる。レックスは、杖を持ち、シエラのそばで首をふった。
レックスは、
「何かつたえる事はないか。」
エッジは、かすかにほほえんだ。思いだけで言葉をつたえる。レックスは、思わず苦笑してしまった。エッジは、
(これでいい。これでやっと解放される。おれは、帰る事ができるんだ。最後にいい思い出ができてよかった。)
シエラには、エッジの心の言葉を受け取る能力は無い。何もしようとしない夫を見る。レックスは、
「肉体の損傷が激しすぎる。エッジだから、まだ生きているんだ。ふつうなら即死だ。シエラ、死なせてやれ。」
「でもでも、ミランダが。五年も会ってないのよ。」
「遺体は、新しい家族にひきわたそう。魂を、つれて帰ろう。」
レックスの頭上に、巨大な双頭の白竜が再現した。二つの口から、エネルギー弾が発射される。皇宮は山ごと蒸発した。山羊に代わり、黒獅子の御旗が空高くかかげられる。
エルが、レックスの前で頭を下げた。
「おめでとうございます、陛下。最高司令官として、あなたの勝利を誇りに思います。」
レックスは、もはや動かない皇帝の抜け殻を見た。仮面の女が、抜け殻のそばでじっとしている。女の態度からさっすると母親だろう。エルが、遺体を丁重に埋葬しろと指示を出した。
女がさっと立ち上がり、そばにいたエイシア軍の兵士から銃をうばいとり、エル目がけて銃口を向けた。自分と同じ苦しみを、エイシア国王にあたえるためにだ。銃声が響いた。
エルの前に飛び出したレックスの胸が赤く染まった。レックスは、息子の無事をたしかめ、かすかに笑う。父親は、エルの目の前でくずれおちた。
「父ちゃん!」
最終章へ続く。
平和は、防衛あってこその平和です。防衛無き平和は、砂上の楼閣でしかありません。ましてや、まちがった思想のもとにある国が、自国の勢力を広げるために、積極的に他国を占領しようとするならば、自衛のための戦いは当然なのです。
かつてのローマ帝国の繁栄は、確固たる防衛が築かれてこそ実現していたものなのです。後半、レックスが語る理想の世界は、すでにローマで実現していました。安全な道、どこにでも自由に行ける道、道は人々の暮らしをつなげ、文化を交流させます。言葉も違い、文化も違う国同士が、安全な道で結ばれてこそ平和は実現していくものなのだと、作者は考えております。
次章、いよいよ最終章です。この長い物語がどういう結末をむかえるかは、みなさまの目でお確かめください。