第九戦、首都制圧(2)
まもなく、ラベナ族が到着し、いよいよ国境の向こうへと進軍を開始した。帝国側も、エイシア連合軍の来襲にそなえて、かなりの防衛線を張り、待ちかまえている。そして、また強力な呪詛も、エイシア連合軍へと降りそそいできた。
だが、今回は、最初から双頭の白竜で遠慮なく撃退し続けていたので、軍全体の士気も上がり、呪詛の黒い霧など、さして問題とはならなかった。それに、シグルドをつれていたので、シエラも参戦しており、呪詛に祈りで対抗していたからだ。
さらに、ユードスが構築した地下ネットワークが順調に機能しており、エイシア軍への情報伝達や補給までもがすみやかに行われ、連合軍がバテントスの首都リスデンに迫る頃には、帝国内のあちこちのお勤め場が帝国支配への反旗をひるがえし始めていた。
ユードスは、妻のセレシアとともに、首都まじかに迫った連合軍へと姿を現した。地下ネットワークの支援をえて構成した黒獅子の軍を率いてである。
シエラは、やってきた両親にシグルドを引き合わせた。シグルドは、自分の前に現れた、本当の両親の顔をじっと見つめる。
「お母さんの黒い髪、ぼくとおんなじ色だ。お父さん、おじさんと同じような優しい目で、ぼくを見てくれている。」
シグルドは、二人に抱きついた。そして、ワンワン泣く。セレシアは、シグルドの首にある指輪に気がついた。レックスを見つめる。レックスは、セレシアの視線に小さくうなずいた。
その晩、天幕の中で、シエラはレックスとともに、シグルドのいないさみしさを耐えていた。
「やっぱり、本物には勝てないわね。どんなに愛していてもね。まあ、いつかこうなるのは覚悟していたけど、いざとなったら、やっぱり、さみしいしつらいわ。」
「おれ達の、シグルドへの役目は終わったんだよ。おれは、なんだかホッとしてる。さみしいけどもな。まあ、嫁に出したとでも考えればいいさ。」
「お嫁さんね。なんだか、エルとマルーの結婚式を思い出すわ。マルー、かわいかったな。まさか、私達よりも早く死ぬなんてね。考えてみれば、あのころが、私達の最盛期だったような気がする。」
「最盛期ね、そんな事、考えた事もなかったな。ただ、その時を必死に生きてきただけだ。今も変わらないさ。そして、これからもな。」
そして早朝、大がかりな首都攻略が実行された。カルディア族の騎竜隊が、首都攻略に合わせて飛来し、夜明け前に皇宮の上空から奇襲を開始する。それを合図に、連合軍が一気に首都になだれこみ、老人達が主な住民となっていた首都は、たちまちのうちに制圧され、残るは火の手があがる皇宮だけとなった。
レックスはシエラとともに、首都上空に浮かぶ双頭の白竜に乗り待っていた。皇宮内部に潜入させたエッジが、いまだ姿を現していない皇帝を引きずり出してくるのを待っていたのである。
すでに、降参した者がかなりの数、燃えさかる皇宮から出てきている。中には、皇帝一家の皇子や皇女もまじっていた。皇帝一家は、常に仮面をかぶっているので、すぐにそれとわかった。
そのかん、シエラは、双頭の白竜の上でひたすら祈り続けていた。皇宮内に潜入しているエッジを援護するためだった。エッジは、王家の剣を持ち、ライアスとともに単独で潜入している。皇宮全体に強い呪詛がかかっているため、他の者では潜入できないからだ。
皇宮内には、生きている人間は、ほとんど見当たらなかった。火はすでに、かなり回っていたので、動ける者はどこかに脱出したのだろう。
エッジは以前、皇宮に侵入したさい協力してくれた呪術者から、皇帝がいる神殿の場所を教えてもらっていた。なのに、教えてもらった場所に向かっても、神殿らしき建物は無い。その近辺をさがしても、それらしき建物は見つからなかった。
エッジの前に、焼け落ちた梁が音を立てて落ちて来た。間一髪でよけたが、前に行く道がふさがれてしまう。エッジは、偽情報をつかまされたと感じた。たぶん、呪術者は、たまたま接触してしまったエッジをおそれて、わざと協力すると見せかけ、偽情報で、その場をしのいだのだろう。
(南西方面をさがしてみよう。何か、いやなものを感じる。)
ライアスが、王家の剣から、エッジに呼びかけてきた。ライアスは今、王家の剣に自分の霊体を閉じ込めている。剣の力を、エッジがより引き出しやすくする為、そして、呪詛の霊体への影響を最低限にとどめる為に、そうしたのである。
エッジは、南西へと向かう。皇宮は、建物を継ぎ足し継ぎ足し構築されているので、南西方面へ行くにしても、建物と道を交互にぬけなければたどり着けない。
エッジ達の前に、不気味な怪物が現れた。巨大なクマみたいなバケモノである。クワッと赤い口を開け、おそいかかってくる。エッジは、剣からつたわってくるライアスの指示通り、剣の力を引き出し、クマを真っ二つにした。巨大なクマは、小さな素焼きの人形に変わった。
エッジは、走った。とちゅう、さまざまな怪物やら何やらにおそわれたが、すべて素焼きの人形でしかなかった。エッジは、まもなく地下通路へ通じる道に出た。南西に向かうほど、いやな波動が強くなっていたが、地下通路から、はい上がってくる気色悪さには、さすがのエッジも、思わずブルリと身をふるわせる。
「さすがのおれでも、これはちょっとキツイかもな。毒沼に飛び込むようなモンだ。」
ライアスは、結界の力を強くした。
(エッジ、シエラの援護があるから大丈夫だ。気を強く持ち覚悟を決めろ。ぼくもいっしょだ。)
「モチ、お前となら、いつだって覚悟があらあ。ライアス、こうして、お前と戦うのも、これが最後だな。楽しかったぜ。」
(やっぱり、引退するの。)
「ああ、年齢的に限界だしな。おれは、ディスク仕事はダメだし、マーレル情報部は、ティムだけでもじゅうぶんだから、すっぱり引退して適当な仕事をしつつ、あとはノンビリ暮らすつもりだ。」
(こっちにいる奥さんと子供、どうするんだ。マーレルにつれて行くことできないよ、ミランダがいるんだしさ。)
エッジは、ぎゅっと剣をにぎる。
「おれは帰らない。シュウは大きくなったし、ミランダは強い女だから、一人でも大丈夫だ。けど、娘は、ハナはまだ二歳だ。おれの帰りを待っている。五十になって、娘ができるなんて考えもしなかったしな。だから、引退するんだよ。こんな、命がいくつあっても足りない仕事で、ここまで生き延びられたのは、ラッキーでしかないしな。」
(わかった。娘さんと幸せにね、エッジ。)
「すまん、ライアス。死ぬまで、レックスやお前のために働こうと誓ってたんだけどもな。ミランダには、身勝手ですまんとつたえておいてくれ。シュウには、母さんを守ってやるようにってな。」
(行こう、エッジ。すべてを終わらそう。)
エッジは、地下通路へと飛び込んだ。そして、闇に向かって走り出す。通路は考えていたよりかなり広く、そして、はてしなく地下へと続いていた。
シエラは、フラリとした。ずっと祈り続けていたので、疲労の色がだいぶ濃くなっている。レックスは、シエラの背中をささえた。
「もう少しだけがんばってくれ。おれもいっしょに祈るから。」
シエラは、コクリとうなずいた。レックスは、上空の太陽をチラと見る。
(クソ、暑いな。シエラのために日傘でも持ってくるんだった。真夏の太陽の下で祈り続けるのは、キツイだろうしな。)
レックスは、水筒を取り出し、シエラに飲ませた。シエラは喉が渇いていたようで、ゴクゴク音をたてて飲む。レックスは、着用していた鎧をすべて脱ぎ、白いシャツ一枚になった。そして、眼下のエルを見る。エルは、暑さをものともせず、鎧一式で身をつつみ、そこに立っていた。
(さすが若いな。この暑さでもガマンできるなんてな。まあ、おれも昔、ああだったしな。エル、がんばれよ。もうすぐ終わりだ。)
エイシア軍は、じりじりと照らす真夏の太陽の下で、山頂にある天をつきさすよう空へのびている皇宮を見つめていた。今回も最高司令官となっていたエルは、上空の双頭の白竜を見上げる。アルが近寄ってきた。
「殿下。テントの下にお入りください。今日は気温が高いですし、鎧を着たままでは倒れてしまいます。冷たいお飲み物も御用意しましょう。」
「ここで待機している兵達も同じだ。いくら、暑いからと言って、司令官の私だけが涼しい思いをするわけにはいかない。上空の様子からして、まだ少し時間がかかると思う。兵には食事を取るようつたえてくれ。」
「かしまこりました、殿下。」
セレシアとシグルドの親子は、黒獅子がひるがえる天幕にいた。ユードスが入ってくる。シグルドは寝ていたので、セレシアは、小さな声で外の状況をたずねた。ユードスは、
「まだ、動きは無い。だが、皇宮からは、生きている人間は、ほぼ脱出したとみてもいいだろう。」
「皇帝はまだ、見つからないのか。」
「もう、お終いだしな。最後のあがきをしているのだろう。」
「皇宮の深奥部には何があるのだろう。お前も、入った事が無いのだろう。」
「神殿があるときいている。なぜ、そんな物があるのだろうと、きいた当初は、ずいぶん不思議に思っていた。呪術を教えてもらった時、その事をたずねたら、力を引くためだと言われた。神殿を見せてほしいとたのんでも、私にはまだ資格は無いと言われ、見せてもらえなかったよ。」
「力を引くためか。まあ、まともな力ではないだろうな。資格とは、術者としての格をしめしているのか。」
「たぶんな。まあ、教えてもらいたてのヒヨコには、神殿に行く資格などあるはずもない。神殿とは言っても、まともな神ではないはずだ。行かなくて正解だったろう。」
「邪神か。唯物論は、邪神信仰をかくすための隠れ蓑だと、エイシア王から教えてもらった事がある。この国にきて、この国の現実を見るまで、まさかと思っていたがな。」
ユードスは、セレシアを抱きしめた。
「よく、きてくれたな。エイシア王を愛していたなら、なおさらだ。それに、シグルドは良い子だ。あの男が、私にくれた最高の贈り物だよ。」
「ユードス、私はお前をおそろしい男だと、ずっと思ってきた。マーレルで、ひどい目にもあわされたしな。だが、こうして理解しあえ、そして愛し合うまでになった。私は、その事をうれしく思う。マルーがきいたら、あきれるだろうがな。再び会う事ができたら、彼女はどんな顔をするのだろうな。」
セレシアは、マルーの死を知らない。マルーが、クリスが生きている事を知らなかったように。マルーの死は自然とセレシアが知るまで、そのままにしておくよう、ユードスはレックスからたのまれていた。