第八戦、再戦開始(2)
レックスは、
「知らない方がいいと思ったんだ。ユリアにとってもな。当時のサイモンは、ああだったしな。そうだよ、ユリアは半分エイシア人なんだよ。しかも、おれ達と縁が深い男の娘だ。」
シエラは、
「だったら、なおさら、ユリアに話しなさいよ。ユリアは、他国人だと言う事で、ずいぶん、さびしい思いしてんだからさ。自分がエイシア人、それも私と同じクリストン人で、しかも私の叔父の娘だってわかったら、きっと、安心するはずよ。
え、さっきなんて言ったの、エッジ。サイモン叔父様の霊からきいたって? それって、夢で会えたって事? ずいぶん、はっきりとおぼえているじゃない。」
エッジは、頭をポリポリかいた。
「あ、やべぇ、ばれちまいそうだ。もう少し、言い方工夫すればよかったな。まあいいや。びっくりすると思うけど、おれ、見えるんだよ。マジで。カルディア族に行った時のオマケみたいなモンだけども、ふつうに見て話をする程度はできるんだよ。
だから、ユードスの野郎、おれをはなさなかったんだ。いろんなとこに潜入できるし、そこで、死人からも情報とれるしな。しかも、どういうわけか、呪詛はまったくおれには効果は無いし、とにかく、おれは使えすぎたんだよ。
それで、おれを逃がさないために、女、あてがわれたんだ。あんのやろう、おれの好み、しっかり分析していやがった。おかげで、尻にしかれて、ホネヌキ状態にされちまって、帰るに帰れなくてさ。」
シエラは、
「わ、わかったわ。もういい。でも、カルディア族って、すごいわね。この、物理的なカタマリみたいな男の目をひらかせちゃうなんてさ。」
「おい、妹姫様、物理的なカタマリってなんだよ。もう少し、マシな言い方できないのか。レックス、援護してくれ。おれのセンサイなハートが悲鳴をあげている。」
レックスは、ムシした。
「なあ、エッジ。帝国内の様子はどうなんだ。こっちからも、スパイを送ってるが、幻術にやられているようで内容がチグハグで、帝国内の情報は断片的にしかわからないでいる。今年、勝負を賭けるつもりでいるんだ。準備もできたことだし、タイミング的にも、今、行動しなければ、ヤバイ事になりそうな気がしてるんだよ。」
「こんのやろう。また、シカトかよ。マジで、いつだったかみたいに、ボコボコにしてやりたくなった。あとで、おぼえていろよ。じゃ、本題。それで正解だ。バテントスはイリアに侵攻する。今年中にやるつもりで準備を始めている。
イリア王の息子の一人が、バテントスと結託したんだよ。王様にしてやるって話にヒョイヒョイ乗っちまったんだ。あそこは、次期国王をめぐって、息子同士の争いが始まってるしな。」
レックスは、あぜんとした。現イリア王は子沢山なのは知っていた。いずれ、王位をめぐって息子同士で争いが起きる可能性も予想できていた。だがまさか、新王朝が成立して一年かそこらでもう争いが始まるとは。レックスは、頭をポリポリかいた。
「そう言えば、去年の秋辺り、次男坊の王子の使いとかって連中がきてたな。イリア王からって、軍資金もらっちまった。資金的にきびしい時期だったんで、ありがたく使っちまったけど、あれ、ワイロだったんだな。やべぇな、次男、応援しなきゃならなくなった。」
シエラは、
「だから、受け取るのやめなさいと忠告したのよ。いくら、苦しくてもさ。ああいうお金って、たいてい裏あるじゃない。どうすんのよ。」
「どうするって、次男を応援するさ。バテントスと結託する王子でなけりゃ、だれだっていい。次男じゃなくても、ワイロをたくさん持ってきてくれた王子の味方する。だれが国王になったっておんなじだよ、あそこは。もう、滅んでるんだしな。」
シエラは、あきれた。昔のレックスだったら、こんな事は言わなかったはずだ。
「ほんと、ドライになってるわね。けど、クリスはどう思ってるのかしら。結局、クリスの実家、滅ぼす手伝いしちゃったじゃない。」
「ま、うらまれるのは覚悟の上だ。だが、おれはもう、一つの事に固執はしてない。情に流されて判断を誤る事もしたくはない。クリスと再会しても、ドライに割り切っていくよ。それに、シグルドを返さなきゃな。」
シエラは、チクリと心が痛んだ。シグルドはまだ、寝息をたてて寝ている。レックスは、シエラの肩をたたいた。
「幸せだったよ、この五年。子供はさ、そこにいるだけで親に幸せを運んできてくれる、神様からの預かり物なんだよ。だから、返さなきゃいけない。シグルドは、おれ達を幸せにしてくれた。けど、シグルドを本当に幸せにできるのは、ユードスとセレシアなんだよ。おれ達じゃあない。」
「でも、でも、やはりつらいわ。わかっててもつらい。もうすぐ、お別れなんて。あなただって、平気でいられるはずないじゃない。あれだけ愛してたんだもの。」
シエラは、目をこすった。レックスは、
「ああ、平気じゃない。けど、愛しているからこそ、もういっしょには、いられないんだ。この子は今はこうして、おれ達といっしょにいるが、未来は、おれ達とは対極にいるはずだ。黒獅子が、空にひるがえっている未来が、この子にかさなって見えるから。」
「予知、それとも予言。あなたが昨日話したとおり、エッジも現れたし、イリアもあなたの言う通りになりつつある。いずれ、エイシアをおびやかす存在になるというの、この子が。」
レックスは、眠っているシグルドをじっと見つめていた。
「かもな。けど、まだあるぞ。白い、白く輝く光だ。こっちは、おれ達の未来だ。白い、黒獅子に対する白い何か。白い光。・・・、それ以上わからない。」
シエラは、ため息をつく夫の顔を見つめた。レックスは、
「なんだよ。そんな変な目で見るな。おれは、神官だったって話したじゃないか。向こうで、こういう仕事してたんだよ。ま、でも、必ずしも、こうなるとは限らない。五年前だって、族長も太鼓判おしての戦争だったのに、帝国内に入ったとたん、負けちまうしな。」
「ねぇ、レックス。あなた、ひょっとして、肉体にしばられ続けているのが、もうつらいんじゃないの。この世界にとどまる事が。」
レックスは、ヒマそうにしているエッジを見た。
「わりぃ。お前の話の腰、折っちまったな。くわしく教えてくれ。」
「ああ、五年分の情報だ。長くなるぞ。」
ユードスとセレシアは、エイシア軍と別れたあと、敵の目をかいくぐりつつ、お勤め場へと向かった。案の定、エイシア軍の敗退を受け、ぐらついていた。協力的だったお勤め場のうち、いくつかは帝国側に寝返り、ユードス達をつかまえようと、ワナを張ったりもしていた。
ユードス達は、合流したエッジとともに、エイシア軍は一時撤退しただけで、国王は決してあきらめてはいない事を、ていねいに説明し根気よくねばり続け、信頼を回復させ、そして、今度は五年という時間をかけて、地下ネットワークみたいなものを帝国内に張りめぐらし、もともと存在していた反体制派勢力を結託させる事に成功したのだ。
エッジは、
「呪詛がきかないんで、おれは皇宮にも潜入できたんだよ。そこで、不満のある連中を数人、こっち側に引きずり込んだ。数は少ないが、地位は上から下までだ。中には、皇帝一家につかえる呪術軍団の幹部もいた。
そいつから、皇帝はふだんは、秘密の神殿にいるってきいたんだよ。場所も教えてもらった。え、なぜ皇帝をとらえに行かないかって?
ああ、おれだったら楽勝だ。けど今、やっても意味ないんだよ。すぐに別の皇帝が用意されっからな。でもって、古いのは切り捨てられる。そういうしくみになってるようだ。
なんちゅう世界だって? 帝国は、そういうシステムで構成されてんだから、しかたないんだよ。皇宮内を調べてみて、皇帝でさえも、システムの奴隷だって始めて知ったんだしな。
だから、仮面で顔をかくしているんだ。皇帝が次々と代わっても、内部が混乱しないようにな。仮面かぶっていれば、おんなじように見えるしな。」
レックスは、あぜんとした。人民を奴隷あつかいしてはいたが、まさか、皇帝すらも、帝国というシステムの奴隷だったとは。エッジは、
「まあ、そういう世界だから、帝国はカッチリしているように見えても、中身は不満だらけの疑心暗鬼世界だ。皇宮内でも、密告がやたら多いようだし。」
「こっち側に味方している連中は、ユードスの新帝国案を受け入れたとの判断は可能か、エッジ。」
エッジは、いいやと首をふった。
「中には、帝国を打倒したら、我こそはとたくらんでいる連中もいる。まあ、利用し利用されの関係だな。あそこで、純粋さをもとめる事じたい、どだいムリだ。そういう価値観が伝統化してるしな。おれ達がする事は打倒だけだ。あとは、ユードスの手腕にまかせるしかない。」
「ま、そうだろうな。だが、後ろ盾は必要だ。帝国内が、シグルド皇帝のもとで、ある程度まわるようになるまで、エイシア軍は派遣しておくつもりだ。」
「ついでに、東部方面、カリス族領地近辺をもらっちまうか。ユードスのやろう、それくらいなら、褒美としてやってもいいと、ヌカしてやがる。」
「防衛線に使うつもりだな。東側の侵入をそうやって防ぐ魂胆だろう。まあ、もらっといてやってもいい。おれも、東側が西側方面に向かうのは好まない。」
「ひょっとして、崩壊後のイリアをねらうつもりか。」
「まだ、イリアは崩壊しないさ。崩壊は次世代だ。次世代、どこが大陸の覇権をにぎるか、その時の各地の指導者の実力にかかっている。おれは、エルの味方だしな。」
レックスは、笑った。
エッジは、
「楽しそうな時代がきそうだな。まあ、おれの時代も、お前がいてくれたんで退屈しないですんだがな。一つききたい。お前ののぞむ理想郷を教えてくれ。」
「きいてどうする。おれ達の時代では、おがめない世界だ。」
「はりきるのに必要だ。」
「・・・、道があるんだ。きれいに整備された道だ。それが、大陸中つながっている。どこに行くにも安全な道だ。女子供でさえも、護衛無しで旅ができる。ほどよい場所に休憩所や宿場があって、旅人がいつでも休めるよう、サービスや設備がととのっている。それだけだ。」
シエラは、夫の顔を見た。レックスは、静かに目をとじた。
「昔、親父と旅して、そういう旅ができたらと考えていた。道はぬかるんでなくて、クツがよごれる心配も無く、つかれたら、ちゃんと休める安全な休憩場や宿。追っ手にも盗賊にもおびえる事も無い、楽しいだけの旅ができる道。がっかりしたか、エッジ。」
「・・・いんや。お前さんらしいと思っただけだ。道か。まあ、おれには関係ないな。けど、悪くはない。だが、それを実現するには大陸が平和でなくちゃな。そのためには、国体も理念も宗教もバラバラの大陸をまとめあげる何かが必要だ。やるか、大陸征服を。すでに一部は完了してるしな。」
レックスは、また笑った。
「それも一つの方法だが、他にもさまざまな方法があるはずだ。例えば、同じ信仰を持たせるとか。けど、おれの代じゃあ、時間がなさすぎる。エルにまかせるよ。
おれは、バテントスのように恐怖ではなく、あくまでも、安心して暮らせる世界を提供したいんだ。安全な道は、その象徴なんだよ。何十年、何百年かかってもいい。エルの代でダメだったら、次の代、そしてまた次の代、いつか必ず実現させたい。
そのための理想郷なんだからな。」