第八戦、再戦開始(1)
八歳のシグルドは、自分の両親をおぼえていない。母親の指輪をお守りのように大切に首に下げてはいたが、親を連想させるものは指輪だけでは、どんな両親だったのか、わかりようもない。
シグルドにとり両親は、おじさん、おばさんと呼んでいるレックス達夫婦だった。
その晩、シエラは、寝かしつけたシグルドの黒髪をなでていた。
「ユードス達は、いまごろ、どこで何をしているのかしら。生死すらもわからないなんてね。ユードス達のあとを追わせたエッジも、そのまま行方がわからなくなっているし、いったい、どうしているんだろう。連絡くらい、よこしてもいいのに。心配だわ。」
「そんなに心配しなくてもいいさ。必ず、三人でどこかで生きているよ。連絡をよこさないのは、それなりの理由があるんだろ。それに、エッジは風来坊だしな。ひとところにおちつかない性格だし、そのうちヒョイとそこの窓から顔を出すよ。明日あたり、現れるかもな、ひょっとしてさ。」
「明日あたりね、予言者気取りなの、ったく。マーレルのミランダが、かわいそうよ。ずっと待ってるしね。息子のシュウ君も、もうすぐ成人だと言うのにさ。」
「・・・ルナは、どこに行ったんだろう。どうして、王家の名誉にこだわって、廃嫡なんかしたんだろう。ルナを養女にした時なんか、そんな事考えなかったのにな。」
「王家の名誉なんかにこだわって廃嫡したんじゃないわ。ルナの問題行動は、マーレルで知らない者はいなかったし、ベルセアの法王の耳にまでとどいていたって言うじゃない。
ルナをあのまま放っておいたら、あなたの留守をあずかっているエルの立場が悪くなってしまうし、反勢力側に利用されないとも限らなかったわ。リオンだって、学校でいじめられたんでしょ。
ルナもルナよ。いくら苦しいからって、あんな問題を起こす事もなかったでしょうに。自分の行動が、どれだけ周囲の人を苦しめているか、考えなかったのかしら。勝手すぎるわ。」
レックスは、うつむいた。娘が苦しんでいる時に、手をさしのべてやれなかった事がくやまれる。
シエラは、話題をかえた。
「ライアス兄さんがね、ユリアはひょっとして、子供ができない体質なんじゃないかって言ってた。めずらしく、この前、私に会いにきて、そう言ったのよ。結婚して何年もたつしさ。」
「そんなまさか。結婚して、十年たってから子供が産まれる女だっているんだぞ。結論が早すぎるよ。」
「アニーは、エルと結婚してから二人も子供を産んだわ。そして、三人目を妊娠中よ。エルが年に数度、白竜で会いに行く程度でもね。」
「ベルセア女はどうなんだ。エルは、ほっぽったきりかよ。」
「兄様の話だと、見向きもしないって。私は、どういう女性か、よくわからないけど、エルがすぐに放り出したとこをみると、かなり、気に入らなかったみたい。」
レックスは、こまった事になったと思った。エルに男子ができなければ、クリスティアを女王にするしかない。複雑になりつつある情勢に、クリスティアは対処できるのだろうか。
レックスは、シグルドを見つめた。
「リオンは、寄宿学校卒業したとたん、エイシア中を旅するとか言って、マーレルからいなくなったしな。エルに男の子ができなければ、リオンを結婚させて、その子をエルの養子にしようかとも考えてたんだけども、リオンに見透かされて逃げられた。もし、ユードス達が帰ってこなかったら、シグルドをエルの養子にするか。おれの実子だと公表してさ。」
「何、バカな事を考えているのよ。結論が早いとか言っといて、一番あせってるのはレックスじゃない。エルはまだ二十歳よ。これから、なんとでもなるわ。また、新しい奥さんもらうかもしれないしさ。」
「なあ、シエラ。どうしてこう、おれ達は子供が少ないんだろう。シゼレんとこなんか、九人だぜ。あ、末の男の子、去年流行病で亡くなったから、八人か。」
「さあね。こういうのって、どうしようもないんだよね。ね、レックス、バテントスの戦いが終わったら、エルに国をゆずりましょう。そしてさ、私達は、ここでのんびりと暮らそうよ。最初は、ひどいとこだと思ってたけど、住めば都だし、なれてしまえばどうって事なかったしね。」
「・・・そうだな。おれももう、つかれたしな。四十かそこらで引退は、早すぎるかもしれないけど、じゅうぶんやったと思う。お前の言うとおり、あとはエルにまかせよう。」
シエラは、急に涙をこぼした。レックスは、どうしたのかとたずねる。シエラは、
「ううん、なんでもないの。急に涙が、こみあげてきての。たぶん、ホッとしたんだと思う。やっと、二人だけの時間が持てるんだしさ。ね、レックス。私達、がんばったわよね。本当にがんばったわよね。いろんな事があったけど、がんばり続ける事ができたわよね。」
「ああ、がんばった。だから、あとはエルにまかせよう。エルに、理想とする世界をつくってもらおう。」
レックスは、軽く咳き込んだ。少し熱があるようだ。
「ここんとこ、空を飛んでばかりだったしな。ゆうべは、北風が強かったし、カゼひいたのかも。」
「あんまりむちゃしないで。いくら、高速で行き来できるとはいえ、空の飛びすぎよ。やっと、雪が消えたばかりなのよ、昼間はともかく、夜間の飛行はやめたほうがいいわ。」
「そうだな。もうやめる事にするよ。体をこわしちゃ、本番を始められないからな。」
シエラは、夫を見つめた。
「今年、始めるつもりでいるの。バテントスを。」
「ああ、足場はかたまったし、ティセアとダムネシアから軍を出してもらえる事になった。ダムネシアは後方支援も担当してくれる。東側からは、ラベナ族が参戦してくれた。バイスが約束守ってくれたんだよ。あいつ、必ずいっしょに戦うって約束したからな。」
「イリアはどうなってるの。政権が変わって、一年以上たってるしね。」
「今までどおり、防衛のみだ。イリア王国自体が末期に近いから、政権が変わっても、積極的にバテントスをどうこうできるだけの力は無い。あてにしない方がいい。」
「ねぇ、旧王家のヴァレリア家はどうなったのかしら。新政権ができたから、まったく消息きかないから気になってるの。」
「今のイリア王が、ここ一年のうちに、ヴァレリア家とその一派を徹底的に捜索して一掃した。国内不安を排除する名目でな。ヴァレリア家で、生き残っている者は、もういない。まあ、ヴァレリア家もクーデターを起こして、その前の王家から政権をうばって、ヴァレリア王朝を成立させたからな。因果応報かもな。」
「寝よう、レックス。寝たら、カルディア族に行こうよ。ヒナタが待っているわ。」
「ああ、そうだな。」
そして、翌朝。レックスの予言した通り、窓から待ちわびていた男が顔を出した。実に五年ぶりの対面である。
「ったく、連絡くらいよこせってんだよ。五年も帰ってこないなんてな。」
エッジは、わりぃわりぃと手をふっていた。
「いやぁ、こっちだって、色々といそがしかったんだよ。ユードスのやつは、人使いがライアス以上に荒かったしな。ああ、あの二人は元気だよ。いっとき、ワナにはまって、帝国に拉致されかけた時もあったけどもな。
あん、二人に新しい子供が産まれたかって? いんや、全然。まったくつくる気ないみたい。その代わり、おれに娘ができた。ハナって名前だ。ヒナタだから、ハナだ。意味がわからないって? お前さん同様、カルディア族の名前からとったんだよ。おれだって、かーわいいムスメが欲しかったしな。
けど、ミランダにはナイショだぜ。おれが、バテントス人の女とできちまって、娘まで持ったってのは。その女は、王女様の侍女みたいな女なんだ。なんか、若いころのミランダに似ていてな。おれもつい、フラフラって。レックス、どうした。頭が痛いのか。カゼひいたのかよ。」
「お前の話きいてたら、胸焼けにくわえて、頭痛までしてきたんだよ。女つくって、子供ができたって。お前、五十過ぎてるんだろ。歳を考えろ。もうすぐ、老人の仲間入りって時に、何やってんだよ、もう。」
「それがどうしたってんだ。死んだサイモンのボスだって、五十手前で子供つくったじゃねぇか。ユリアがだれの娘か、ちゃんと知ってんだぞ。ボスは、女に子供ができたから逃げたんだよ。おれが、ボスの霊から、ちゃんときいたんだ。どこで会ったって?
サラサの宮殿に出るかと思いきや、死んですぐに、おれに会いにわざわざクリストンからきたんだよ。向こう逝く前に、嫁にきたばっかりの娘のユリアの顔を見にきたついでだったがな。」
ユリアがサイモンの娘? シエラは初耳だった。