第七戦、不撓不屈(3)
エルは、十七になった時、ベルセア本国から妻をむかえた。が、どうやら好みではなかったようだ。結婚して数日しただけで、市内に適当な場所を与えて宮殿から追い出してしまった。ベルセア本国が抗議をしてきたが、エルは耳をかさなかった。
その当時、ルナは、ロイドが残した屋敷で、使用人と称した男達と暮らしていた。ロイドが、離婚したにもかかわらず生活費を入れており、ルナは、その金で若い男達と遊び暮らしていたのである。ルナの行動は、エスカレートし続け、王女として、もはや、黙認できないところまできていた。
レックスとシエラは、つらい決断をせまられた。ルナの廃嫡である。そして、ルナは廃嫡が決まり次第、マーレルから姿を消した。
エルは二十歳になった。この五年、ライアスのサポートがあったとはいえ、父親に代わり国を治めることは、若いエルではかなりの試練だった。だが、その試練が、エルを大きく飛躍させたのも事実だ。
だが、いまだに、子供はクリスティア一人だけだった。側近がなんども側室をすすめたが、エルは断固として首を縦にふらなかった。ユリアを愛し、そして、マルーを忘れていなかったからだ。
エルが執務室で、大きなため息をついた。父親が、大陸へとわたって五年。その間、霊体やら紅竜やらで、チマチマもどってきているが、それでも長期にわたる不在は、レックスのマーレルでの影響力をうすくする。マーレルはすでに、エルを中心に動き始めていた。
(父上はもう、帰ってこないつもりなんだろうか。このまま、私に国を継がせようとしているのだろうか。けど、私はまだまだ若輩者だ。やはり、国王は父上だ。私では、父上のようにはいかない。)
今日もむずかしい懸案があった。父親なら、書類を見ただけで、あっというまに答えを出すだろう。でも自分は、さまざまな資料や人の意見をきかなければ、答えを出す事はできない。
父親は、自分が頭が悪いと言っていた。だが、それは、学問とかそういうたぐいのもので、指導者としてのもっとも大事な部分は、歴代のどの国王よりも優れているよう、エルには見受けられる。先を見通す力も、行動力も、そして王としての器もだ。
おまけに、父親は、自分の欲得のために国王の権力を使った事など一度もなかった。杖を使っての神がかり的な事も自在にできたが、それを私的に使った事すらない。双頭の白竜だって、必要以外には呼び出さなかったし、それを王威として、ひけらかす事も無かった。
(父上は、本当にダリウス神の生まれ変わりかもしれない。父上のふだんの態度を知っているから、信じてなかったけど、こうして考えてみると、それが事実だと実感せざるをえなくなる。だとしたら、私は何者なのだ。父の跡を継がねばならない私は。)
エルは、思い切ってライアスに、その事をたずねた。ライアスなら、知っているはずだ。
ライアスは、
「そろそろ教えてもいいころだと考えていた。そうだよ、シオン・ダリウス。そして、君のお母さんは、ベルセアだ。君は、この二人の神から産まれてきた子供なんだよ。」
やはり、エルは力を落とした。ライアスは、
「神とは言っても、今はただの人間だ。君も見てきているようにね。二千年、いや、正確には千八百年かな、二人はイリアを追放されて、この島へとやってきたんだよ。一族といっしょにね。当時のシオン・ダリウスも今と同じ霊能者だった。ベルセアは違ってたけどもね。」
「あなたも、その当時いたはずです。あなたは何者なのですか。」
「二人の娘、ミユティカ。ダリウス家の始祖ではないほうだ。まあ、その始祖ミユティカも、ぼくだったけどもね。」
ライアスは、王家の剣をエルにさし出した。エルは受け取り、ながめる。そして、返す。
「ミユティカ。信じます。あなたが常に二人からはなれない理由が、これで理解できました。なぜ、父があなたに、この剣を持たせているのかもね。」
「君は、自分が何者か知りたいんだろう。アレクシウス大王だ。あの英雄王のね。そして、シオン・ダリウスとも深い繋がりがある。君は、彼の息子だったんだよ。」
エルは、びっくりして、ライアスの笑顔を見つめた。
「私が、父上の息子? あなたと同じシオン・ダリウスの。だとしたら、きょうだいだったのですか、あなたとは。」
ライアスは、うなずいた。
「けど、君の母親は違う女性だ。シオン・ダリウスには、妻が二人いたんだよ。ぼくの母親であるベルセアと、君の母親だ。シエラに内緒にしてくれると助かるけど、シオン・ダリウスの正妻は、君の母親の方だった。その女性が転生した姿が、クリス・オルタニア。まあ、レックスの浮気相手だね。」
エルは苦笑した。歴史はくり返すと言うが、まさに本当だ。けど、父親の場合は、確信犯だろう。ライアスは、
「当時の複雑な事情のせいで、君達母子とシオン・ダリウスは別れたんだよ。産まれたばかりの君を残してね。いっしょについて行ったのが、ベルセアだった。ぼくは二歳くらいだったかな。そのくらいだった。」
「じゃあ、それきり、私と父上の接点は無いではないですか。それだけの縁なら、深いとは言えないですよ。」
「再会したんだよ。君は、イリアからエイシアへと父親をたずねてきたんだ。立派な大人になってね。ベルセアはすでに死んでいたけど、君は父親の意向で、ある女性と結婚して、父親の跡をついで一族の長になったんだ。」
「私が、跡を。そうだったんだですか。これで、なんとなく納得しました。なぜ私かと、ずいぶん悩んでいましたがね。深い縁ですね、ほんと。腐れ縁かな。」
エルは消沈した。かえって自信を無くしてしまったようだ。
「やはり、たずねるものではないですね。悩みだけにとどめておいた方がよかったです。アレクシウス大王か、あの英雄の。」
「レックスは、成人してすぐに自分が何者か理解したよ。ぼくが、そういう風にしくんだんだけどもね。出来るだけ早く、自覚を持ってもらいたかったから。そのせいかもしれないが、それ以降、彼の態度は変わった。自覚が覚悟を呼んだんだ。」
「ある女性って、だれですか。知っていたなら教えてください。当時の姉だった、あなたなら知っているはずです。マルーだったら、うれしいです。」
ライアスは、とまどっているようだった。いつも、はっきりしているライアスらしくない不自然な態度に、エルはまさかと思ってしまう。
ライアスは、
「二十数年、一度も会った事がないなら、きょうだいじゃないって言われたんだよ。もうほんと、むちゃくちゃ。今のレックスのむちゃぶりと、まったく変わってない。まあ、当時は血族婚が多くてさ、シオン・ダリウスの母親と君の母親は、異母姉妹だったし、血統を守るための異母きょうだい同士の結婚もめずらしくなかったしね。」
「で、結婚しちゃったんですか。無理やりに。それで、どうしたんです。」
「どうって、あとは普通の夫婦だったよ。子供も産まれたしさ。愛し合ってた事は事実だ。まあ、当時のぼくは、君の想像通りの美女だったしね。」
「気が強かったんでしょ。頭もそうとう良さそうだし。だとしたら、いくら美女でも、男はみな引いてしまいます。結婚すると、あとが苦労するってわかってますから。けっこう、年齢いってから結婚したんでしょ。私より年上ですしね。」
「うるさいな。おぼえてもいないのに、見てきたような事を言うな!」
ライアスは、しまったと思った。けど、おそい。エルが、ニヤニヤしている。
「事実だったんですね。かわいそうな当時の私。どれだけ苦労したんだろ。だから、初恋は、ふつうの娘のユリアに惹かれたんですね、これも納得しました。」
「ったく、知りたいって言うから教えてやったのにさ。ソンした気分だ。」
エルは、まぶしそうにライアスを見つめた。
「じゃ、約束してください。次、生まれ変わったら、私の奥さんになって下さい。あなたがそばにいると、何もかも心強いですから。当時の私も、きっとそうだったと思います。なんだか、もうすぐ、あなたとは、お別れになりそうな気がしてますから、言える時に言っておきます。」
「まだ、ここにいるよ。君の前から消えるのは、レックスの死後だ。いっしょに向こうに逝く約束だったしね。ぼくが消えたとしても、アルバートがいる。レックスはそのために、向こうでアルをきたえているから。」
エルの指がピクリとなった。ライアスは、
「まだ、父親を取られたと思っているのかい。なら、つけくわえておく。アルは、アレクシウスの友人だ。彼がいたからこそ、アレクシウスは大王となれた。軍事が苦手な君に代わり、海外へと遠征をくり返し領土を獲得したんだ。
彼の名は、アレクシウスの威光にかくれて、歴史上残ってはいない。けど、君に自分のすべてを捧げ、影となり生涯忠誠を貫き通した稀有な存在でもあった。そして、君とミユティカの間に産まれた子でもあった。君とアルは、そういう強い絆で、今、こうしているんだよ。」
「息子、友人、影。あなたも影ですか。」
ライアスは、うなずいた。
「生きていても、影となるつもりだった。ぼくに取り、レックスがすべてだから。エル、ぼくとレックスも最初は、うまくいかなかった。だって、こっちは死人だ。レックスは、最初から霊能者では無かったし、シエラの体をかりてしか話ができなかったし、おまけに邪魔者あつかいされていた。けど、通じ合えた。だから、君達もうまく行く。だってそういう約束で、ここにいるんだしね。」
ライアスは、優しくいたわるよう、エルの肩に手をふれた。美しい女性の姿が、今のライアスに重なった。エルは目を見張る。二千年前、自分とともに、始まりの混沌の世界を生きぬいた、なつかしい姿が、そこにあった。
エルのくちびるに、一瞬だけ暖かなものがふれ、すぐに消えた。エルのほおを、スーッと涙が筋を引く。ずるいと思った。