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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第八章、天高く、空の向こう
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第七戦、不撓不屈(2)

 シエラは、


「そんなもんよ、現実はね。だれだって最初から、うまくやれるはずない。だから、レックスは無理だとわかっていても、エルを総大将にしたんだと思う。自分もそうやって、いろんなことをおぼえていったんだしね。」


「でも、負けました。戦争って負けたら意味ないんでしょ。」


「そうね。負けたら悲惨(ひさん)ね。でも、負けたのは帝国内でだけ。こうして、ちゃんと取る物は取っちゃったしね。準備万端で、意気揚々と戦いに(いど)んでも負ける時は負けるものなのよ。それでいて、勝つ時は勝てるしね。


 その証拠と言ってはなんだけどもさ、クリストンからバテントスを撃退(げきたい)した時なんか、なんにもないところから始めたんだよね。国も無くて、軍隊も無くて、どこも助けてくれなくてさ。おまけに、資金も人材も心細くて、兵隊なんか、ほとんどいなかったしね。」


「じゃあ、どうやって勝てたんですか。そんなに、無い無いづくしで。今回の作戦は、物量(ぶつりょう)とも作戦とも完璧(かんぺき)に思えました。陛下もそう信じて(うたが)わなかったですよ。」


 シエラは、空を見上げた。


「大陸の空も、クリストンの空も、マーレルの空も変わらないわね。太陽があって雲があって、真っ青でいて、どこまでも吸い込まれていきそう。」


「話をそらさないで下さい。どうやって勝ったのですか。」


「ちょっとずつ、勝っていったのよ。最初は小さなニーハを解放して足場にして、次はケラータを取りもどしてね。それで、少しずつサラサに向かって、あらせず前進し続け、なんとかなったってわけ。」


「足場、ですか。そう言えば、今回は被害を少なくするために、まっすぐ首都だけを目指しての作戦でした。バテントスがサラサを占領した時と、同じ内容だってききました。私も、物量とか、東側の協力を考えれば、うまく行くと、敗北の直前まで信じていたのです。何が、悪かったのでしょうか。」


「うーん、私にきかれてもね。でも、一つだけ違いがあるとすれば、経験かな。ライアス兄様の存在が大きかったからだと思う。兄様、最初の戦争で負けはしたけど、それで、バテントスとの戦い方を知ったんじゃないかしら。それから、まもなくだったし、前回の戦争で生き残った人達もかなりいたし、その人達の経験が、当時、生きていたのかもしれない。」


 アルは、泡だらけのフキンを見つめた。


「経験、戦争の経験。なら、負けて当然だ。だから父上は、以前、バテントスと戦った経験のある兵を中心に軍を構成(こうせい)して送り出したんだ。もう、五十近くの兵もいるのに、なぜと疑問に思っていたのです。

 

 私に一兵卒として()くせと言ったのも、戦争を知らない私では、将校として参戦しても、なんの役にも立てないうえ、まちがった判断をしてしまう可能性があったからだ。」


「シゼレ兄様の方が、ちゃんと現実を見ていたというわけね。」


「陛下は、その事に気がついてるんですか。」


「たぶんもう、わかっていると思う。だから、ここを足場にしようと言い出したのよ。まずは、ここをかためつつ、(おそ)ってくるバテントス軍を撃退し、経験をつませる。たぶん、数年単位で考えてるかもしれない。


 そうよ、そうに決まってる。東側の協力がダメでも、ここがあるじゃない。ダムネシアと、となりのティセアと手を組めば、かならずリベンジできる。だから、マーレルに帰らないって言ったのよ。絶対、勝つ気でいるから。」


 アルは、井戸水で手をすすいだ。


「仕事に取りかかります。陛下がお休みなら、なおさら、がんばらねばなりません。ありがとうございます、王后(おうごう)陛下。」


「がんばってね、アル。期待(きたい)してるわよ。」


「はい。」


 アルは、笑顔で走っていった。いい笑顔だった。



 数日後、ロイドは数人の兵を引き連れ、マーレルへ帰っていった。レックスは、新しい将軍に側近の一人を任命(にんめい)し、カムイを副官とし、戦時のさいの指揮は、直接自分がする事とした。


 バテントスの襲撃(しゅうげき)は、ちょくちょくあった。エイシア軍は、帝国から敗退したままの戦力しかなかったので、レックスは、バテントス軍が攻めてくるたびに、双頭の白竜で威嚇(いかく)し、防衛線の向こうに追いはらい続け、エイシアからの補充(ほじゅう)がくるまで持ちこたえる事にした。


 そして、冬になるまでに、マーレルからの軍備や兵数の補充が終わり、その年のうちに州政府も立ち上がり、この公国を正式にエイシアの州とし、旧ロマンサ公国の名に代わり、亡き娘の名ディナ・マルーを州名に(さだ)め、レックスが最初の知事に就任(しゅうにん)した。


 大陸の冬は、マーレルよりも早い。シンシンと降る雪の寒さは、すきまだらけの古い工場に容赦(ようしゃ)なく入り込んでくる。レックスは、暖炉(だんろ)にぴったりくっついて、こごえ切った体を温めていた。シエラが、あつーいミルクを持ってきた。


「おつかれさま。ティセア王国の様子はどう? 王国といっても小さな国だし、こまってる事なかった。」


「うう、さむ。いくら早いとはいえ、紅竜で、真冬の空の移動は、やはりこたえる。けど、いっしょに行ったアルが平然(へいぜん)としてたとこを見ると、やっぱり、年の差を思い知らされちまう。


 まあ、ティセアはこっちが防衛ラインを引き受けているから、帝国の攻撃にさらされないぶん、なんとかなってるって感じだ。イリアからも、物資や人材が入ってきてるしな。時間さえかければ国力も回復するだろう。」


「ダムネシアの方はどうだったの? アニー王女様の御様子は? もう、かなりお腹、大きかったでしょ。」


 レックスのこごえた顔の筋肉がゆるんだ。


「まさか、数日いっしょにいただけで、できちまうなんてな。マーレルにいる、エルのやつもびっくりしていたよ。名前、考えとくって言ってた。」


「ユリア、大丈夫かな。マーレルにお嫁にきてから、人前に出た事なかったから、王太子妃の役割、重いんじゃないかな。ライアス兄様も、かなりいそがしいみたいだから、よほどの事が無い限り、こっちに報告にこないしね。」


「おれがゆうべ、エルに会いに行った時、エルからきいた話では、ユリアはミランダのサポートでなんとかなってるって言ってた。ミランダのやつ、離宮に泊まりこんで、つきっきりで、ユリアの世話してるんだ。まあ、あの女らしいな。」


 レックスは、飲み終わったカップをシエラに返した。レックスは、酒は、ほぼ飲めない体質だ。だから、温めたミルクである。


「それと、ロイドとルナは正式に離婚した。あそこまでこじれれば、どうしようもないだろう。ロイドは離婚をいやがってたらしいが、ルナが強引(ごういん)におしきったようだ。家はルナに残して、ロイドは執事のファーだけをつれて、軍の施設で寝泊りしてるようだ。」


「そう、やはりね。ルナは、宮殿には行ってないよね。」


「行ってないみたいだ。」


「会いに行かないの? 霊体でさ。ルナには見えないんだし、様子見るだけでも行ってみたら。」


「会いに行く勇気が出ない。ルナが、おれやお前を悪く言っている場面に、出くわしたらと考えるだけで、もう無理だ。ルナの話はやめよう。つらい。」


 シエラは、うつむいた。レックスは、パチパチと燃える暖炉を見つめていた。


「エルのやつ、ライアスにたより切っていた。昔のおれとおんなじだな。」


「おんなじね。なら、安心ね。エルもそのうち、あなたみたいになるわ。あの子、私達の自慢(じまん)の息子だしね。」


 シエラは、無理にでも笑った。



 五年ばかり、時間が過ぎていった。


 そのかん、数度にわたる、大がかりな防衛戦があった。だが、エイシア本島からのサポートに(くわ)え、国力を取りもどしつつあるティセア王国、そして、ネムザ国王率いるダムネシアの協力関係がきっちりとしだし、防衛ラインが年を追うごとに強固なものへと変化するにつれ、帝国の襲撃は次第に少なくなりつつあった。


 ()れていた東側の情勢(じょうせい)も、どうやらラベナ族の優位(ゆうい)で決着がつき始めていたが、その争いのせいで、せっかく取ったカリス族領地の半分近くは、バテトンスに(うば)い返されてしまっていた。


 イリア王国は、ぎりぎり()えていた。前国王はすでに崩御(ほうぎょ)し新国王が即位(そくい)していたが、戦争で疲弊(ひへい)した貴族が結託(けったく)し、ちまちまとクーデターを起こしており、もはや時間の問題でもあった。


 バテントスは、不気味(ぶきみ)なくらいイリアには手を出さなかった。たぶん、崩壊(ほうかい)を待っているのだろう。崩壊し、混乱に(じょう)じて国を奪ってしまえば、それほど(ろう)(よう)さない。


 レックスは、先手(せんて)()つことを忘れなかった。イリアでもっとも優勢(ゆうせい)な貴族と、極秘(ごくひ)に手を組む事にした。この貴族は現王家と姻戚(いんせき)関係にあり、貴族の中では、もっとも王位に近い男として、反体制勢力の中心となっていたからだ。


 マルーがすでに亡くなっていた事が(こう)(そう)した。貴族がクーデターを起こしたさい、現イリア王からの支援要請(しえんようせい)があっても、大陸に駐留(ちゅうりゅう)しているエイシア軍を派遣(はけん)せず、クーデターが成功した(あかつき)には、貴族がエイシア王を証人としイリア王となる事を認め、エイシアとイリアの同盟はこれまで通りという約束を書面でかわす事に成功した。


 前王族とその一派からは、裏切り者と呼ばれる事も()さない覚悟で、そうしたのである。それだけ事態は切羽詰(せっぱつ)っていた。クーデターが成功しても、だれかの強力な後押(あとお)しのもとで新たなイリア王が即位しなければ、王位をめぐっての争いはつきず、混乱はバテントスを呼び込むからだ。


 そして、まもなく、イリア国内で大がかりなクーデターが起きた。エイシア王の援護(えんご)を受けた貴族が、前王族とその一派を首都から駆逐(くちく)し、前ヴァレリア王朝を廃止(はいし)し、新王朝を名乗り、イリア王に即位したのである。


 レックスは、すぐさま紅竜で飛び即位を祝福し、イリア国内の混乱を(おさ)めるために、エイシア軍の派遣を約束した。実際、派遣は無かったが、みな、レックスが持つ強大な力をおそれ、イリア国内の混乱は、またたくまに沈静化し、新王朝のもとで、イリアは(ほろ)びに向かい歩き出した。


(混沌(こんとん)とした時代が、もうすぐやってくる。古い時代が(くず)れ去り、世界はやがて産みの苦しみを(むか)えようとしている。その中でおれは、何を残せるのだろう。これからの世代に、何をつなげていけるのだろう。ねがわくば、光かがやく未来へと向かって行って欲しい。そのために、おれは未来への布石(ふせき)となり、時代の闇を(はら)う戦いに全力を()くす。)

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