第七戦、不撓不屈(1)
シエラは、工場に到着してすぐにロイドに会い、ルナの事をたずねた。ロイドは、だれもこない倉庫にシエラをつれていき、そこで真相を話した。
「ああ、そうだよ、シエラの言うとおりだよ。おれとルナは破綻寸前だ。おれの留守中、ルナを外出させるなと、執事のファーに言っておいたんだがな。危篤状態の見舞いじゃ、出さないわけにはいかないしな。」
「外出させるなって、ずっと家に閉じ込めていたの、何ヵ月も?」
ロイドは、うなずいた。シエラは、
「ひどいじゃない。それじゃあ、ストレスがたまわるわよ。一歩も外に出られないんじゃあ、ルナだってたまらなくなるわ。」
「おれの留守中、外出させたら、もう帰ってこなくなるんじゃないかと不安だった。ルナは、おれの顔を見たくないって言ってたしな。でも、お前を、そこまできらってんなら、帰るなんて懸念だったかもな。」
「懸念じゃないわよ。ロイド君が傷つくと思って、さっきの話には入れなかったけど、ルナはマルーに代わって、エルの妻となり、クリスティアの母になると言ったのよ。まだ、あなたと正式に離婚してないのに、そう言ったのよ。そして、そのまま帰らないつもりだったの。あまりにも身勝手すぎたから、私もついカッとなって、追い出しだんだけどもね。」
ロイドは、びっくりした。シエラは、
「なぜ、早めに知らせてくれなかったのよ。ルナは、まともじゃなかったわ。何が、あそこまでルナとあなたを追いつめたの。やはり、死産が原因だったの。それとも、あなたが、私を思い続けていたせい?」
「どっちも原因の一つだよ。でも、きっかけにすぎない。ほんとの原因は、二年くらい前だったかな。おれがルナと口論になった時、ついうっかり、あの事をしゃべっちまったんだ。買い言葉に売り言葉みたいなものだった。」
シエラは、絶句した。ロイドは、
「取り返しがつかないのはわかっている。でも、おれは、ルナを愛している。それだけは真実だ。だがもう、ルナにはつたわらない。それがよけい苦しい。だから、閉じ込めるしかなかった。逃げ出さないように。」
シエラは、ロイドの手をにぎった。そして、離婚しなさいと言う。
「たしかに、ロイド君に非はあるわ。けど、これ以上いっしょにいたって、ロイド君のためにも、ルナのためにもならない。離婚して、二人して別々にやり直したほうがいい。」
「離婚する。やり直す。どうやって、やり直せと言うんだよ。おれは、一人の女をとことんまで傷つけてしまったんだぞ。その罪は一生消えないんだ。離婚したって、おんなじなんだよ。それに、おれはルナを忘れられそうもない。離婚して、他の男とルナが再婚するのを見るくらいなら、このままでいた方がいい。」
「カイルに帰りなさい。ルナにしばられ続けるなら、いっそのこと、カイルに帰った方がいい。そこで、新しくやり直せばいいじゃない。ロイド君には、待っていてくれる優しいお兄様がいるんだしさ。」
ロイドは、さびしげに笑う。
「帰りたくないから、マーレルに固執してるんだよ。おれは、マーレルが好きだから。そして、ルナも失いたくない。どんなにきらわれていたとしてもな。」
シエラは、たまらない気持ちになってしまう。その晩、シエラはシグルドを寝かしつけたあと、その事を夫に話した。レックスも、まさかそこまでとは考えてもみなかったようだ。
「なんか、一気に不幸の嵐がやってきた気分だ。うまくいくとふんでた戦争には負けちまうし、東側はバラバラになっちまうし、マルーは死んでしまうし、ルナは悪夢のようになってしまったしな。」
「いままでが幸運すぎたのよ。あなたが、マーレルきてから、大きな敗北は一度もなかったしね。さまざまな困難はあったけど、それも圧倒的な幸運でなんとかなったしね。」
「幸運ね。運に見放されたんじゃないのか。いや、幸運のツケが一気に出てきちまったんだろうな。でなきゃ、こうも一度に災難がやってくるはずもない。」
シエラは、クスッと笑った。
「あら、私は幸運だったわよ。こうしてまた、子供を持つ事ができたんだしね。」
そう言い、シエラは、すやすやと眠っているシグルドを見つめた。そして、
「レックス、浮気したかったらしてもいいわよ。産まれた子供は、ぜーんぶ、私の子にしてくれるという条件付きでね。それだったら、いいわ。」
「嫌味かよ。ライアスのやつ、裏切りやがって。」
「アルを養子にするつもりでいるんでしょ。あなたの事、愛しているわ。でもどうやって口説いたの。ライアス兄様ならともかく、レックスが美青年、誘惑するなんてね。」
「エルのためにやったんだ。将来のライアスにするためにな。アルなら能力的に適任だ。それに、いい子だしさ。第一、おれが気に入ってる。」
「相思相愛ね。なら、しかたないわね。でも、シゼレ兄様、なんて言うかな。それをたしかめにサラサに行くつもりだったけど、そんな余裕なくなっちゃったしね。」
「おれが直接行って、話、つけてくるよ。霊体使えばすぐだしな。シゼレと色々と話したい事もたまってるし、戦争継続のためにも、クリストン軍は必要だしな。明日か、あさってあたりにでも行ってみるつもりだ。」
レックスは、シグルドのふとんをかけなおした。寝相が悪く、手足がはみ出ていた。シエラは、
「ね、ヒナタにも会わせてよ。どうせ、カルディア族にも、しつこいくらい行くんでしょ。」
「行くとしても霊体でだけ。神官区のある山には結界が張ってあるから、カルディア族の案内がなければ入れないようになってる。いちいち、連絡をとるのもメンドイし、だから霊体でしか行かない。」
「霊体、霊体って、それじゃあ、私、どこにも行けないじゃない。私、レックスみたいに自在に出せないもの。ヒナタに会いたいよ。すごくかわいいんでしょ。女の子だしさ。レックスだけ、ずるい。」
シエラは、子供みたいに、ほおをふくらませた。レックスは、ちょっと考えた。
「だったら、そん時、寝てろ。寝ていれば、お前をひっぱっていけるから。ただし、目がさめて、夢みたいな記憶しか残らなくても文句言うなよ。」
「うん、言わない。だから、連れてって。」
レックスは、あきれたようにため息をついた。が、
「でも、お前がこうして、そばにいてくれるだけで、こうも心強くなるなんてな。正直、今回の敗戦は、かなりこたえた。せっかくの同盟もバラバラになっちまったし、どうしていいのか、わからなくなっていたんだ。おまけに、気ばかりあせってさ。」
「つらい?」
「ああ、つらい。けど、お前がきてくれた。だから、もう大丈夫だ。」
「つらかったら、私の前で泣いていいんだよ。すべて、受け止める覚悟で、ここへきたんだから。兄様だったら、泣き言、言えないでしょ。だから、きたの。」
「だったら、泣いちゃうぞ。思いっきり泣いちゃうぞ。お前が見て、なさけないと思うくらい泣いちゃうぞ。それでもいいのか。」
「うん、いいよ。好きなだけ泣いていいよ。」
一晩中、思いっきり泣いたおかげで、翌日、晴れわたった空のようにレックスは元気になった。そして、はりきって仕事にとりかかる。シエラはとりあえず、シグルドの世話をしながら、洗濯やら掃除やら、こまごまとした雑用をしていた。
昼食後、よごれたフキンを井戸のそばで洗っていると、アルがやってくる。そして、シエラのとなりで、ゴシゴシやり始めた。
「アル君が、こんなことやる必要ないわよ。レックスの手伝いをしてあげて。」
「陛下は今、休憩中です。少し、昼寝したいと仰って、シグルド様と御一緒に仮眠してます。お体の具合でも悪いのですか?」
「単なる寝不足。一晩中、起きてたしね。私は適当に寝てたけどもさ。」
アルは、赤くなった。シエラは、からかうように笑う。
「ね、アル。エルの事、どう思う。これから先、うまくやっていけそう?」
「私は、御命令となれば、いかようにも従います。殿下の事は尊敬しています。」
「ウソつかないで。私、エルの総大将、乗り気じゃなかったんだよね。あの子、気が弱いしさ。ライアス兄様からきいた話では、ベソばかりかいてたって言うじゃない。」
アルは、フキンを洗う手をとめた。
「正直、あの陛下の御子息とは思えないです。見た目は、そっくりですが、あまりにも違いすぎます。本当に、あの殿下で大丈夫なのかなと考えております。申し訳ございません。」
シエラは、笑った。
「それでよし。それでいいんだよ。ちゃんと見てくれてたんだね。うん、エルはたよりないよ、それも目いっぱい。昔のレックスに、そっくりなくらい。」
アルは、え?という顔でシエラを見つめた。シエラは、
「レックスも、めちゃくちゃたよりなかったよ。おまけに頭も悪かったしさ。」
「でも、御結婚してすぐに、クリストンからバテントスを撃退したんでしょう? 本当にたよりなかったら、そんな事できなかったはずです。」
「あれは、ライアス兄様がいたからよ。撃退したのは兄様だったの。そして、その手柄をすべてレックスにあげちゃったのよ。当時のレックスは、なんにも知らなかったし出来なかったし、兄様の言われるままにしていただけ。
それが、マーレル帰っても続いていた。自立したのは、ゼルム戦役前だったな。それからやっと、奇跡の英雄王に恥じない王になったわけ。がっかりしたでしょ。」
シエラは、あぜんとしているアルに、ほほえみかけた。