第六戦、戦争継続(3)
シエラは、
「ひとりよがりはやめなさい。エルにとり、あなたは、ただの姉でしかないのよ。それに、あなたでは、エルが複数の女性と結婚する事に絶対、たえられない。ユリアを毛嫌いしているのが、その証拠よ。
エルはね、大陸でまた結婚したのよ。三人目の妻をもらったの。きっとすぐに子供が産まれると思うわ。これからの外交政策を考えると、エルの妻は、もっと増えるはずよ。五人でも十人でもね。
あなたは、その中の一人になる事ができるかしら? ロイド君一人に、これだけさわぎ立てているくらいだしね。」
ルナは、くやし涙で目がかすんだ。シエラは、
「とにかく、ユリアとクリスティアには、もうかかわらないで。マルーが危篤だから呼んだんだけど帰ってちょうだい。ここには、あなたの居場所は無いわ。」
シエラは、寝室の扉を開けた。ルナが、ダッとぬけ出す。そして、みにくい言葉を連射して、離宮から逃げて行った。ライアスは、離宮全体を剣を使い浄化した。ルナのせいで、離宮全体の波動が悪くなっていたからだ。
ライアスは、
「門衛には、ルナは入れるなと言っておいた方がいい。今度きたら、めちゃくちゃにされるぞ。マルーの葬儀にも呼ばないほうがいいだろう。ぼくから、エルに話しておくよ。」
「どうして、こうなったのかな。結婚式の時のルナの幸せな笑顔、はっきりおぼえているわ。なのに、その結果が、これだなんてね。なんのために結婚させたのかしら。そもそも、ロイド君といっしょにさせたのがまちがいだったのかな。」
「ルナは、自分がどういう状態で、ロイドと結婚したのか知らないんだよ。それを教えれば、態度を軟化させるかもしれない。」
「傷つけたくなくて、何も教えず結婚させたわ。結婚とは、どういうものかもね。やはり、虐待されてた事は教えてはいけないわ。あれだけ、傷ついているんだもの。たぶん、たえられないと思う。」
「でも、このままでは、二人の離婚はさけられないよ。出戻りになったとしたら、ルナを引き取らざるをえなくなる。そうなったら、ルナは、エル達の生活を破壊してしまう。やはり、君は、マーレルにいた方がいい。ぼくもまさか、ここまでひどいとは思ってなかったから。」
シエラは、首をふる。
「離婚しても、宮殿には入れないわ。兄様の言うとおり、本当に破壊してしまうしね。そうね、使用人と護衛をつけて、山の離宮にでも追いはらおうかな。あの態度があらたまらない限り、隔離するしかない。兄様、あとの事はたのむわ。ルナがどんなに嘆願しても、つきはなしてちょうだい。エル達には、絶対近づけないで。」
「どうしても行くつもりだね。だったら、もうとめない。マーレルの事はまかせて。必ず、反対派を説得し、戦争継続はさせるから。たった一度の敗戦で、王の意向を無視して、撤退論などふりかざす弱腰政府じゃあ、どのみち、バテントスに占領されてしまう。
大陸情勢から考慮しても、防衛だけでは、エイシアはすでに守れない状況にさしかかっている。瓦解寸前のイリアが、バテントスに占領されたら、手遅れになってしまうんだよ。」
「たよりないエルに入って、昔みたいにタンカを切るつもりでいるね。その方が、兄様らしいわ。」
シエラは、ライアスに向かい、無理にほほえんだ。
「さっきは、ルナにああ言ったけど、夫が何人も妻を持つのにたえられないのは、私も同じなのよ。マルーのようにはなれない。育った環境がちがうと言えば、それまでだけど、やはり、性格的なものがある。私、嫉妬深いかもね。兄様も好きで、レックスも好きで、両方だれにも取られたくなくて、ずいぶん、嫉妬したわ。ルナは、私に似たんだわ。」
ライアスは、目をつぶった。
レックスは、シグルドを引き取って以来、シグルドを常にそばに置いている。自分の子であり、大切な友人達の子である以外にも、折れそうになる自分の心を支える唯一の存在として、手元からはなしたくないからだ。
シエラは、シグルドをどう思うだろう。レックスによく似た瞳。シエラなら、すぐに気がつくはずだ。
ライアスは、エルをむかえに大陸へともどった。そして、白竜でエルをつれて帰るあいだ、シグルドの事を話すか話さないかで迷っていた。
マルーは、エルが帰ると同時に目をさまし、小さく笑い息を引き取った。十八歳の短い生涯だった。シエラは、マルーが息を引き取ると同時に、ライアスとともに白竜に乗り込む。そして、マーレル宮殿をあとにした。
ライアスは、白竜の背で、ぼんやりしているシエラに、シグルドの事を話した。どういう経緯で産まれた子であるかを、はっきりと告白したのである。
シエラは、自分の横を流れていく雲を見ながら、しょうがないね、と一言だけ。それきり、口をきかなかった。
けど、到着してからの態度はちがった。工場のような建物の前に立つレックスのそばにいる小さな男の子を、なんのためらいも無しに抱き上げる。そして、思いっきり頬ずりした。母親の愛に飢えていた小さな男の子は、大きな笑顔を見せてくれた。
「シグルド君て言うの。かっこいい名前ね。お母さんがつけてくれた名前なの。さっすが。レックスのセンスじゃ、こうはいかないわよね。」
シエラは、夫の背後の建物を見つめた。やたら、大きいばかりで見事に古くさくて汚い。マーレルの小ぎれいな建物を見慣れた目では、取りこわし寸前の廃屋でしかない。
レックスは、
「ここが、おれ達の住処だ。エルのやつ、こんなとこ住みたくないってさ。だから、追い返した。ちょっとボロイが、建物自体の造りはしっかりしているから、住めないわけじゃあない。
ここは、日用品をつくる工場だった。建物自体の老朽化が進んだせいで、工場自体は引っ越しちまって、ちょうど空き家になってたんだよ。首都にも近いし、ここを拠点とする事にしたんだ。」
「首都には、この国にあった宮殿とかお城とか無かったの?」
「バテントスのやつら、ここの王族とともに、宮殿自体も破壊してしまったんだ。首都自体が廃墟みたいなものだ。そこに、老人だけが、家をつくって住んでいるんだよ。」
「若い人、いないの? 解放したんなら、若い人達、首都にもどってくるんじゃない。」
レックスは、ポリポリ頭をかいた。
「もう、自由だって、あちこちのお勤め場におふれを出しても、みんな、どうしていいか、わからないみたいなんだ。お勤め場で育った連中もいるしな。どっちかっていうと、お勤め場の方が町や村に近い。とりあえず、お勤め場は、責任者を決めて自治をさせてるんだ。」
「ねぇ、監視人とか言われる、いやな人もいたんでしょ。その人達は、どうしたの。」
「ほとんど、帝国に逃亡したよ。リンチに会うのはわかってるからな。残っているのも、見つけ次第、拘束する。とりあえず、洗脳できるとこまで洗脳してみるさ。あとはまあ、そん時次第。」
シエラは、シグルドにキスをした。
「ねぇ、レックス。ほんとのご両親に返すまで、私、この子のお母さんでいいかな。あら、これ何?」
シエラは、シグルドの首にかかっているネックレスを手にとった。適当なヒモの先に、指輪をくくりつけただけのものだ。レックスは、
「その指輪は母親のものだ。この子をおれにあずけるさい、わたしてくれたんだよ。まあ、お守りだな。」
シエラは、シグルドを降ろした。自分の首にある金鎖をとる。それに、指輪をうつし、シグルドにかけた。そして、また抱き上げる。レックスは、シエラの肩に腕をまわした。
「きてくれてありがとう。まさか、お前がきてくれるなんて夢にも思わなかった。」
「マーレルは、私よりも兄様の方が適任よ。きっとうまく行く。ね、何から手伝ったらいいかな。なんでもするよ。」
「とりあえず、シグルドの子守。とにかく、する事が多くてな。おれも、何から手をつけてよいやら、さっぱりだ。ゼロから国をつくるって、こんなに大変な事だったのかって、勉強している最中だよ。」
「ねぇ、アルバートを紹介してよ。会うの楽しみにしてたんだ。」
「ああ、紹介するよ。今、周囲の町や村を巡回してるんだ。夕方には帰ってくるから、会うとびっくりするぞ。」
シエラの背後で白竜が消えた。ライアスとともに、マーレルへ帰ったのだろう。レックスのシエラを抱く腕に少し力が入る。
(これからが本当の戦いだ。必ず勝つ。新しい未来を開くために。)