第六戦、戦争継続(2)
ルナは、シエラが入ってくると同時に、何も言わず、マルーの寝室を出て行こうとした。シエラは、
「ルナ、ユリアにあやまったの? ここにきたとたん、出て行けとひどい事言ったでしょ。」
ルナは、パタンと扉を閉じた。シエラは、ため息をつく。ライアスは、ベッドのそばにきた。しばらくぶりに見るマルーの顔は、ずっと小さくなっている。シエラの言うとおり、エルを待つだけの命でしかない。
ライアスは、マルーの心に入り込み、眠っているマルーに話しかけた。マルーは、目をさまし、そして、ニコッと笑った。
「ライアス兄様、きてくださったの。ごめんなさい。心配かけちゃって。」
「気分はどうだい。眠っていたようだけど。」
「目を開けているだけの力はないの。でも、耳はきこえているわ。みんなの心配する声は、ちゃんときこえている。ユリアに、毎日焼いてくれるケーキを食べられなくてごめんね、とつたえてほしいの。こうして、お話できるの、もうライアス兄様しかいないもの。」
ライアスは、心が痛んだ。若くして死ぬのは、かなりつらい。ましてや、子供が産まれてまもないマルーでは、心残りが多いはずだ。
「ぼくに出来る事があったら、なんでもするよ。何かして欲しい事ある。」
「クリスティアをユリアから取り上げないでって、ルナに言ってほしいの。ルナは、ユリアがきらいなのよ。私の事、大切に思ってくれてるぶん、ユリアがきらいなの。だから、自分で育てようとしている。二人きりになった時、クリスティアの事は心配しないで、私が育てるからって、はっきり言ったてもの。」
ルナは、シエラばかりではなく、ユリアも無視している。ライアスは、こまったものだと思った。ライアスは、
「ちゃんとつたえておく。それに、ルナがそう言ったって、シエラは取り合わないはずだ。」
「ありがとう、兄様。でも、ルナをできるだけ傷つけないでね。それとね、王太子妃は、ユリアにしてちょうだい。私が死んだら、次はユリアだって決めてたから。ユリアならきっと立派にその役をはたすわ。」
「他には。」
「お義父様とお義母様にありがとうって。それと、エルに幸せだったって。でも、できることなら、私の口から言いたい。私、エルが大好きだもの。」
マルーは、泣き出してしまう。ライアスは、マルーを抱きしめた。
「ね、マルー。死んだとしても、お別れってわけじゃないんだよ。ぼくみたいに、この世にとどまる事ができなくても、時々、会いにくればいいじゃないか。エルは見えるんだしさ。エルもそうしてくれた方が喜ぶよ。」
マルーは、ライアスの優しい笑顔を見つめた。
「会いにこれるの? 本当? お別れじゃあないのね。また、会えるのよね。」
「ああ、会える。エルは霊能者だからね。それに、レックスもシエラも君が見えるしね。」
「ありがとう、兄様。じゃ、少し眠るね。エルがきたら起きるから。」
ライアスは、もどってきた。そして、先ほどの会話をシエラに伝える。シエラは目をこすった。ライアスは、
「この調子じゃあ、肉体としての生命力は、もって二日か三日くらいだな。エルは、明日の朝までに白竜でつれてくるよ。」
「わかったわ。じゃ、そのまま私は、兄様といっしょに向こうに行くわ。今夜中に、私がしている仕事についての指示書を作成するわ。荷物もまとめるから、エルが到着次第、すぐに出発しましょう。」
「ちょっと待って。マルーはどうするんだ。葬式までいろ。もって三日だし、そんなに急がなくてもいい。」
「私は、レックスの妻よ。国王の后なのよ。マルーも王太子妃なら、わかっている。準備してくるわ。」
シエラは、マルーの小さなひたいに、そっとキスをした。涙をこらえる。そして、感情をふりきるよう寝室をあとにした。
王太子夫婦の寝室の前で、ユリアが涙ぐんでいた。
シエラがユリアに訳をきくと、寝室をルナに占拠されたらしい。ルナは寝室の中で、乳母からうばったクリスティアを抱いていると言う。
さすがに、シエラもキレた。乱暴に寝室を開ける。そして、ルナから、クリスティアを取り上げユリアにわたし、ユリアにマルーが寝ている部屋へ行くよう言う。ユリアは、とまどったが、すぐに走り去った。
シエラは寝室の扉を閉めた。
「さあ、言いたいことがあったら、言いなさい。なんでもきくわ。」
「お母様こそ、言いたいことがあるんじゃないの。私は、国王夫妻の実子ではないんですからね。」
「そうね。あなたは、実子では無いわ。けど、私もレックスも、あなたを実子だと思って育ててきた。ルナ、自分が満たされないからと言って、ありちらすのは、やめなさい。ましてや、なんの理由があって、他家に嫁いだあなたが王女を育てると言うの?」
「ユリアが立ち聞きしてたのね。ほんと、平民の女って性根が悪いわね。」
「ライアス兄様が、マルーから直接きいたのよ。マルーは、クリスティアはユリアに育ててもらいたいって、はっきり言ってた。そして、その事で、あなたが傷つくのも心配していたわ。優しい子よ、マルーは。」
ルナは軽蔑したように、母親を見つめた。
「ライアス兄様って、ほんとにいるのかしら。私、もうずいぶん見てないわ。どんな姿をしているのか思い出せない。クリスティアを平民の女に育ててもらいたいって? 信じないわよ、イリアの王族であるマルーが、そんな事言うはずない。マルーは、クリスティアを姉妹である私に育ててもらいたいはずよ。」
「いい加減にしなさい。マルーとユリアは一身同体なのよ。姉妹としてのあなたよりも絆は深いのよ。エルと三人で過ごした時間が、あの二人の心を結びつかせたのよ。あなたの入り込む余地なんてないくらいにね。」
「ウソよ、そんなこと。マルーは、大好きなエルを、あの女にうばわれてずっと苦しんでいたはずよ。私が、あなたに夫をうばわれたのと同じようにね!」
シエラは、背後の扉のドアノブを後ろ手で、ギュッと握りしめた。
「たしかに昔、ロイド君にプロポーズされたわ。私がレックスと結婚する直前にね。でも、相手にしなかった。レックスがいたからね。」
「じゃなんで、私と結婚してまで、あなたの事を思っているのよ。相手にしてないんなら、もう忘れているはずよ。」
「うたがっているの? ロイド君は、ロマンチストの傾向が強いのよ。だから、私が相手しなくても、私をあこがれの対象として思い続けているのよ。けど、それは愛とは違う。ただのあこがれ。彼が本当に愛しているのは、あなたなのよ、ルナ。」
ルナは、キッとにらんだ。
「ウソよ。ウソに決まってる。私は、あなたに拾われた娘だから、代理にされちゃったのよ。でなきゃ、平民出の私なんかと結婚するはずないじゃない。あなたに、私以外の女の子がいたら、そっちの子を選んでたはずよ。そうに決まってる。」
「あなたは、ロイド君をまだ愛しているのね。まちがいないわね。」
「もう、大きらいよ。だから、あの家にはもどらないわ。私、ずっと、ここにいるつもりで帰ってきたのよ。」
「じゃあ、どうして寝室を占拠したのよ。それだったら、居住区にいなさい。」
「私が、マルーの代わりに、クリスティアとエルの面倒を見るわ。そう、エルの妻になる。クリティアの母親になる。マルーの大切な二人を、私がマルーに代わって守るの。もう、決めたのよ。エルが帰ってきたら、すぐに夫婦になるわ。私は、エルとクリスティアを必ず幸せにしてみせる。」
パン、シエラはルナのほおをたたいた。