第五戦、作戦変更(2)
エルは、眠れない夜を過ごし、青白い顔でベッドから身を起こした。ベッドのすぐ下で、剣をにぎりつつアルが寝ていたが、エルが起きると同時に目をさます。
「おはようございます、殿下。まだ、朝は早いです。ゆうべは、お休みになられなかったのでしょう。もう少し、ゆっくりしていて下さい。」
「お前、よく寝ていたな。うらやましいよ。」
「ええ、眠っていました。けど、起きてもいました。その証拠に、殿下が身を起こしたら、すぐに目がさめましたから。」
エルは、ドサリとベッドに倒れた。そして、あくびをする。
「器用な事で。眠っていても、起きてる事ができるなんてね。」
「訓練を受けたんです。マーレル情報部のエッジさんと同じ場所でです。たしか、ライアス公も、そこで訓練を受けたときいてます。」
「ライアス兄さんが話してくれた、訓練所か。クリストンのスパイ養成学校。だから、あれだけ強かったのか。情報部の仕事をした事はあるのか。戦いなれているみたいだったし。」
「情報部の仕事は、した事はありません。訓練所では、実戦形式の戦いもよくするんです。私は、ここへ派遣される直前まで訓練所にいたんです。父と折り合いが悪くなってから、ずっとです。三年以上にもなります。サラサには、大陸へ行く前に、よっただけです。」
「どうして、折り合いが悪くなったんだ。ライアス兄さんの時といい、クリストンには、そんな因縁があるのか。」
アルは、ぎゅっと剣をにぎった。
「さあ、私にはよくわかりません。父が、ライアス公に劣等感を抱いているのは事実です。似すぎてしまったとしか考えられないのです。」
「めいわくなんだよ。そのせいで、父上がお前を気に入って、変なウワサまで広がってしまったくらいだ。私は、お前がきらいだ。将軍のたのみでなければ、お前なんてお断りだ。」
エルは、露骨に嫌悪感を口に出した。そして、アルをにらみつける。アルは、
「私は、命令には従います。たとえ、あなたにどのように思われても関係ありません。この命に代えても、あなたを守り抜く所存です。」
そう言い、まっすぐにエルの視線を受けとめる。エルは顔をそむけた。
「勝手にしろ。私はこれから、お前を空気だと考える事にする。お前も、その通りに行動しろ。それと、父上には二度と近づくな。今度は、まちがいなく誤解されるぞ。それだけは許さない。」
アルは、だまって頭を下げた。
今日もまた行軍を開始した。バテントスが待ちかまえている場所まで、あと二日必要だった。昨日は奇襲は無かった。だが、おとといの不意打ちで、みな、神経がいらだっている。
当然、エルもだ。エルは、ここ二日、ほとんど眠っていない。ロイドは、護衛にかこまれ怯えるよう馬を進めているエルを、横目で見つめていた。
(エルだとダメだ。あんなに怯えちまってる。総大将があんな調子じゃあ、いくらお飾りでも軍の士気が低下しちまう。レックスのやろう、早く帰ってこないかな。)
ロイドは、空を見上げた。騎竜隊が帰ってくるのは、早くても昼前だろう。行軍の動きが止まった。この先の橋が落とされていたからだ。
ロイドは、地図を広げた。
「回り道をするしかないな。この山を迂回して、かなりの遠回りになるな。」
アルは、落とされた橋と川を見つめた。流れは早いが川幅は広くはない。むしろ、せまいくらいだ。橋を支える橋脚も石造りで、しっかりしているし、こわされたのは木材でつくられている橋の部分だけである。
「将軍、修理した方がよいと思います。ここには、材料となる針葉樹が豊富ですし、この程度の川幅ならば、修理にはそれほど時間は必要としません。」
ロイドは、
「足を止めるわけにはいかない。こんな山道で奇襲されたら、たまったものじゃあないからな。それに修理するったって、だれがするんだ。」
アルは、地図をながめた。そして、迂回路となる山を見つめる。かなり勾配が激しい山だ。山肌を縫うような道が、かすかに見て取れた。
「私がします。土木工事の知識がありますから、橋の修理くらいできます。昼前には完成させてみせます。」
「わかった。お前にまかせる。ただし、お前の言うとおり昼前までだ。それ以上は待てないからな。」
アルは、すぐさま作業に取りかかった。兵に命じて、針葉樹の大木を切り倒し枝をはらい、橋脚から橋脚へすきまなく丸太をならべ、バラバラにならないよう、ロープで固定しただけで修理を終えてしまう。アルの手際がよく、作業は昼前には終わっていた。ロイドは感心した。
アルは、
「ここの橋は、もともとこのような造りだったはずです。橋脚と橋脚の幅が、ちょうど木材の長さと同じくらいですからね。このような山にある橋ですから、増水とかで、よく流されてしまうのでしょう。足場が悪いですから、馬から下りた方が無難です。荷車は丸太のすきまに車輪をとられないよう、注意してください。」
懸念されていた奇襲は、橋を修理し、全軍わたり終えるまで、まったく無かった。ロイドは行軍のスピードをあげた。そして、予定されていた時刻より、やや遅い程度で宿営地となる場所に到着した。レックス達騎竜隊は、すっかり暗くなってから、やっと帰ってきた。
ロイドは、おそかったじゃないかと言う。レックスは、
「橋が落とされていたろう。迂回路となる山に奇襲部隊を見つけたんだ。それで、な。」
ロイドのそばにいたエルはぞっとした。あのまま、迂回路を通っていたら、いまごろ、崖の下だったかもしれない。レックスは、
「橋が落とされていたら、普通、迂回路だろう。だが、修理して正解だった。だれの判断だ。エル、お前か。」
エルは、
「・・・アルです。私は見ているだけでした。私はこれで失礼します。つかれてますので。」
エルは、そのまま自分の天幕にもどろうとした。レックスは、待てと言う。
レックスは、ロイドに向かい、
「ロイド、将校達を集めろ。軍議を開く。その場で、騎竜隊長から東側の動きを報告してもらう。エル、つかれたなんて言葉を口に出すな。お前も出席するんだ。アル、エルの補佐をたのむ。エルが言葉にとまどうようなら、お前がエルの代わりに発言しろ。お前の発言は、すべてエルの発言とみなす。」
だまってきいていたアルが、わかりましたとこたえた。エルは、えーっと思わずもらす。レックスは、
「くやしかったら、少しでも早く総大将らしくなるんだな。ユードスのテントはどこだ? あいつもあいつで、ノホホンとして女房と子供の相手をしてばかりだ。こっちがたまのなければ、軍議にも参加しない。」
レックスは、ユードスのテントに向かおうとした。エルは、軍議には参加しないのかと言う。レックスは、
「おれは、ただの一兵卒だ。将校ではない。アル、たのんだぞ。」
行ってしまった。エルは、くやしくてしょうがない。アルばかり信頼されているのが、よけい腹がたつ。けど、自分では、どうしていいのか、まるでわからない。ライアスがエルに、そっとささやいた。
「レックスもそうだったよ。そして、君よりも条件が悪かった。けど、弱音だけは吐かなかった。ひたすら、自分にできる事を考え続けていた。その結果が、今の君の父上だ。最初から、ああだったんじゃない。」
「ぼくと父ちゃんは違うんだよ。父ちゃんは、戦う事ができるしさ。ぼくは、守られてばっかりの、なんにもできないお飾りだもの。」
「だが、学ぶ事はできるはずだ。君自身が、総大将として見てきた一つ一つが、すべて学びになるはずだ。レックスは、それを君に教えたくて、総大将にしたんだよ。レックスもそうやって、実戦でいろんな事を学んだからね。」
「学んでばかりじゃ、なんの意味もないんだよ。実際、なんの役にも、たてないんだしさ。いっそのこと、アルを総大将にしたらいいじゃないか。ぼくより、ずっと役に立つし、何させてもできるしさ。」
エルは、泣きべそをかきかけている。無理もないとライアスは思った。レックスとエルの時とでは、軍の規模も何もかも違う。条件的には、レックスの方が不利だったが、レックスの実力にあった程度の規模で、彼のレベル上げには最適だった。
(いきなり、戦場に放り込んで、大軍をまかせたのが失敗だった。盗賊と戦った経験のあるレックスとちがい、エルは、戦う事にはまったくなれていないしな。それにくらべ、アルは、かなりの訓練を積んでいる。さっするところ訓練所か。いやなくらい、ぼくと同じ運命をたどっている。)