第四戦、士気低下(3)
アルは、
「ですが、私は、クリストンに帰らなければなりません。うれしいのですが、ライアス公の役目などとても。」
レックスは、アルの両肩をつかむ。
「おれは、お前にそうしてもらいたいんだ。いいや、お前しかいない。おれは、お前がここへきてから、ずっとお前を見てきた。クリストンなんて、お前の弟にでもやっちまえばいいんだよ。」
「つまり、引き抜きですか。以前、カイルから、ロイド・ゼスタ将軍を引き抜いたように。」
「ああ、そうだ。お前なら適任だ。」
アルは、視線をそらした。
「それだけですか。あなたが、私を必要としている理由は、それだけですか。私は、命令には、なんでも従います。必要とされるのなら、クリストンも捨てましょう。ですが、私は、あなたに私自身を必要としてもらいたいのです。ワガママなのは、わかっています。でも。」
レックスは、アルを抱きしめた。
「愛しているよ。お前は、おれの子だ。だから、おれのそばにいてほしい。エルの力になってほしい。そして、国を守る盾になってほしい。エルが剣なら、お前は盾だ。おれにとって、お前とエルは、二人で一つなんだよ。」
「二人で一つ? まるで、あなたとライアス公のようだ。私と殿下が、そうなれとおっしゃるのですか?」
レックスは、うなずいた。
「ああ、そのために、すべてを捨ててほしい。クリストンも、お前の両親もきょうだいもすべてだ。そして、お前自身もな。光はすべてエルに捧げ、お前は影を引き受けろ。何もかも捨て、エルの影となれ。国王エルシオンを支える、土台となれ。それが、ライアスだ。」
レックスは、アルをより強く抱きしめた。
「お前が必要だ。エルには忠誠を、おれには愛を誓って欲しい。」
アルは、レックスの胸の中に顔をうずめた。そして、小さくうなずく。
翌日、昼近くになり、カルディア族の騎竜隊が、行軍中のエイシア本隊に合流した。レックスは、後の事をエルに託し、自分はライアスとともに本隊をはなれた。アルは、紅竜の姿が見えなくなるまで空を見続けている。エルは、できるだけアルを見ないようにして、行軍を開始した。
ここは、山道だ。道幅もせまく、うっそうとした森林にかこまれている道が、延々と続く。将軍のロイドは、奇襲を警戒しつつ、慎重に軍を進めていた。
カムイは、馬をエルに近づけ、小声で話しかけた。
「アルバートのことは、あまり気にするな。たまたま、ライアスと瓜二つだということで、陛下が気に入ってるだけだ。根はいいやつだし、それに、これ以上ヤキモチ妬いていると、士気にもかかわってくるぞ。」
「しつこいな。みんなで、士気士気ってさ。第一、そんなんじゃないって。ここは、すでに敵国領内だ。いつ、奇襲かけられるか緊張してんだよ。父上も父上だよ。初陣で、いきなり、総大将だなんてさ。」
「レックスとライアスが、いなくなったんで、急に不安になったのかよ。ロイドの兄ィがいるから大丈夫だよ。それに、クリストン軍には、以前、バテントスと戦った経験のある連中が、かなり編成されてるって、アルが言ってたよ。」
「経験のある連中ね。だったらもう、四十過ぎてる連中ばかりじゃないのか。退役寸前のさ。どうりで、クリストン軍が老けて見えるわけだよ。」
「ひどい事を言うなよ。カルディア族じゃあ、戦えなくなるまで生涯戦士だ。騎竜隊で一番の年寄りは、すでに六十を越えている。おれも、部族の掟に従い死ぬまで、戦士として戦い続けるつもりでいる。」
エルは、そっぽを向いた。
「ぼくは、お前と違って戦えないんだ。戦士としての才能が無いって、父ちゃんに言われたんだよ。昔、ナイフの使い方、教えてもらった事あったけど、全然ダメだって言われた。おまけに体の動きもにぶいしさ。
父ちゃんは、王様が直接戦うハメになったら負けだって言うけど、ぼくが弱いから、そう言ったに決まってる。ほんとは、こんな戦場なんか、きたくなかったんだ。マルーの具合だって良くないのに、マーレルを留守にしたくなかったんだよ。」
カムイは、周囲の様子を見回した。総大将であるエルの周りには、護衛が常に付きまとっている。少し距離を置いての護衛だったので、小声で話していれば、まずはきこえないと思うが用心にこしたことはない。
「エル。言葉遣いに気をつけろ。お前、興奮すると、すぐに地が出ちまう。それに、大将が弱音を吐いた時点で負けなんだぞ。お前は、レックスの言うとおり、戦う必要なんてない。おれが守ってやるからな。だからもう、そんな事は、」
奇襲だ、と言う声が響いた。行軍中の軍に緊張が走り、エルはあっという間に護衛にビッチリかこまれてしまう。伝令が背後からやってきて、しんがりが狙われたと言う。続いて、前方からも同じ伝令。どうやら、行軍中の長蛇の列が、前後、挟み撃ちにされたようだ。
そして、間髪入れずに、森の中から敵兵が襲いかかる。行軍中の列のあちこちで戦いが始まった。エルは、ふるえた。これまでの戦闘は、両軍ぶつかりあいの合戦方式ばかりだったので、自分は安全な場所からながめているだけでよかった。なのに、いきなり、戦場に放り出されたのである。
エルが、厳重に警護されすぎていたのが、よくなかったらしい。敵に、だれがトップか教えているようなものだ。手柄が欲しい命知らずの連中が、波のように襲いかかり始め、護衛もじょじょに消耗していく。
エルは、パニックになり、カムイの制止をふりしきり、その場から逃げようと馬を走らせた。そして、護衛からはなれてしまったエルに敵兵が一人、血のしたたる剣を持ち、切り捨てた護衛から奪った馬で走りよってくる。エルは、もうだめだと思った。
キンと鳴り響く音。エルの前に、返り血をあびたアルが飛び込んできて、敵の剣を盾で受け止めた。二度三度、剣がぶつけ合う。そして、銃声が鳴り響き、アルと戦っていた敵兵が馬から落ちた。
カムイが銃を持ち、二人の前に走りよってくる。途中、敵兵を一人なぎ倒した。
「エル、無事か? アル、よくやった!」
アルは、護衛がかけつけてくるのを確認してから、自分の持ち場へと走り去った。カムイは、
「アルのやつ、お前が心配になって、こっちにきたんだ。戦闘しているあいだをすりぬけてな。命知らずもいいとこだ。それとエル、初陣だからって、総大将がみっともない事するな、わかったか。」
戦いは、半時間程度で終わった。いや、終わったと言うよりも、敵が頃合を見て引き上げたと言ってもいい。将軍のロイドは、怪我人の救助を優先しつつ、乱れた列を修正し、死者はその場に捨て、行軍を開始した。
用心に用心を重ね、斥候もはなち、安全を確認をしつつの行軍だったのに奇襲されてしまう。やはり、ここは敵地だ。結果的に見ては、小競り合い程度の戦闘だったのだろう。怪我人も死者も考えていたほどではなかった。だが、それまで意気揚々としていた士気に、かげりがさしてしまった。
ロイドは、放心状態のエルに、しっかりしろと耳打ちをした。
「あまり、デカイ声じゃあ話せないが、いままでが、うまく行き過ぎていたんだよ。小国のバテントス軍は知れてたからな。数で圧倒して、しかも、双頭の白竜のオマケ付きだったものな。」
「父上が、いなくなったから奇襲をかけてきたと、あなたは考えているのですか?」
ロイドは、首をふった。
「山道だからだよ。ここじゃあ、はでな大砲とか使えない。それに、ドラゴンの攻撃は山ごとを吹っ飛ばしてしまう。レックスがいるかどうか関係ないんだ。襲撃の狙いは、ゆさぶりだろう。小国をあっさり解放させたのも、それが目的だったのかもしれない。うまく行っている時ほど、フイをつかれた時のダメージは大きいからな。しかも、お前が、じかに狙われちまったしな。」
エルは、泣きそうになった。グッとこらえる。けど、心の底からわきあがる先ほどの恐怖は、どうしても消えてくれない。
ロイドは、
「しっかし、アルバートのやつ、実戦がこれが最初とは思えなかったぜ。シゼレのやつ、よくあそこまで訓練させてたな。ありゃ、かなり腕が立つぜ。あ、そうだ。おれの独断で見習い副官やめさせて、お前の護衛主任にさせよう。昼も夜も、ぴったり、お前にくっついて、お前を守らせることにする。とうぜん、天幕もいっしょだ。いやとは言わせないぞ、エル。」
じょうだんじゃない、とエルは思った。第一、あいつは父ちゃんを奪ったやつじゃないか。昨日の晩、なんとなしにアルのあとをつけてたら、父ちゃんと逢引したの、しっかり目撃してしまった。
(もうやだ。マーレル帰りたい。ぼくじゃあ、父ちゃんの代わりなんて、できっこない。なんにもできない、ただのお飾りだもの。)
エルは、目をゴシゴシこすった。ゴミが入って痛い。