第四戦、士気低下(2)
シエラは、
「なーんか、レックスも夢中なのよね。それで、ずっと考えてたけど、ただの女性じゃないわね。カルディア族で何があったの? エルにきいても、ごまかされるたけだしさ。さ、かんねんして白状なさい。もう時効だし、怒んないからさ。」
「娘です。ぼくが、カルディア族の女性の体を使わせてもらって産んだ娘です。あそこは、奇妙な場所で、時間の流れが、こっちとはずいぶん違うから、実質二年、あそこで過ごしたんだ。こっちでは、ひと月程度だったけども。」
シエラは、フーンという顔をした。
「娘ね。そんな気がしてたんだ。クリスに会いに行く時とは、様子がまるで違ってたしね。ハハァ、よその女の体使って産んだから、怒られると思ったんだ。でもまあ、浮気だと判定しないようにしましょう。ね、一回くらい会わせてよ。」
「ダメ! 君に会わせたら、ヒナタを君にうばわれちゃうよ。あの子だけは、ぼくの子なんだよ。すごくかわいいしさ。やっと、お母さんって呼んでくれたばかりだし。」
「お母さんね。なんだかんだ言いつつ、兄様もさびしいんじゃない。ヒナタに全部、集中してるじゃない。私だけ、特定の相手がいないなんて不公平よ。会わせないって言うんなら、浮気判定出しちゃうからね。帰ってきたら、それこそ覚悟しなさいよ。」
ライアスは、青くなった。
「わかった。帰ってきたら、なんとかする。だから、そんな怖い目で見ないでくれ。」
「そうそう、最初から素直にそう言えばいいじゃない。アルバートにかんしては、私がシゼレ兄様にたしかめてみるわ。久しぶりに、サラサに里帰りしようと考えているのよ。あら、どうしたの、兄様。怖い顔をしてさ。」
「シエラ、君は、スパイをしに行くつもりか? このごろ、クリストンとうまくいかなくなっているから。」
「ただの里帰りよ。マーレルきてから、一度も帰ったことなかったもの。父様と母様のお墓参りもしたいしね。孫が産まれたよって報告もしたいのよ。それに、スパイしに行くんじゃない。もう一度、歩みよれないか、たしかめに行くだけ。」
「君は、やっぱり、エイシア統一には反対なんだね。」
シエラを、目をつぶった。
「統一はもう、さけられないわ。それはわかってる。時代の流れだもんね。私は、シゼレ兄様の本心がききたいの。あれだけレックスに協力していて、どうして、今の考えになってしまったのか、それが知りたいの。シゼレ兄様のことだから、何かもっと深い理由があると思うの。クリストンの保身以外に、必ずあるはずよ。」
「知ってどうする? どのみち、クリストンに将来は無いんだ。シゼレの本心が、どこにあってもね。」
「私は、シゼレ兄様が、領主の地位をマーレルに返納してくれたらな、と思ってる。ゼルムの時みたいにさせたくないからね。シゼレ兄様の子供達に悲しい思いなんか、させたくないのよ。末っ子の男の子なんて、まだ五歳にもなってないんじゃない?」
ライアスは、シエラから顔をそらした。そして、お休みと言い消える。里帰りなんかさせたくない。傷つくのは、いつもシエラの方だから。
それから、二日後、エイシア軍はバテントス本国との境に到着した。帝国軍は、こちらを待ちかまえ、すでに布陣を終えているという。レックスは、二十年前とまったく変わってないな、と、天幕の中で息子のエルに向かい苦笑していた。
レックスは、
「バテントス軍ってやつは、クリストンの時もそうだったが、重要ではないと思われる場所は、たいてい切り捨ててしまう。そして、兵力を温存して、自軍が有利な場所で一気にケリをつけようとする傾向があるんだ。いったん、奪われても、あとで取り返せばそれで済むことだしな。」
エルは、
「バテントス軍は、イリアとの境に軍を並べています。武器にたよった小規模編成の軍のようですが、国境沿いに何ヵ所も待機させています。今のところ、動きは無いようですが、いずれイリア国内に侵入するつもりなのでしょうか。」
「いや、威嚇だけだ。いざとなれば、その軍はいつでもこっちへと回せるよう、待機させているだけだ。イリア軍が防衛だけしかできないことを知っているからな。先にこっちをナントカして、あとで、イリアを取るつもりでいるんだろう。」
「ですが、イリア継承権を持つシグルド皇子は、こちらにいます。取ったとしても、どうするつもりなのでしょうか。いきなり、帝国内に組み入れたとしても、あれだけ大きな国ですから、内部反発が激しくなるだけだと思いますが。」
「セレシアを嫁にもらい、皇子が産まれた事実さえあればいい。シグルド・イリアス皇子なんて、いくらでも用意できるからな。例え、セレシアが子を産まなくても、イリアス皇子を用意してしまう。それが、帝国の考えだ。」
「・・・まるでモノですね。だから、父上が先制したのでしょう? そうすれば、シグルド皇子は、愛し合った両親から産まれる事ができますからね。」
レックスは、エルのひたいをつっついた。
「おれにとっても、シグルドが皇帝の子だと公表された事実さえあればいい。だれの子であったとしても、シグルドはこれで新皇帝になれる。あの黒獅子の紋章、かっこいいよな。なんか、双頭の白竜が時代遅れに見えちまう。」
エルは、父親の無責任な態度にムカッとしてしまう。
「私は、そう割り切れませんよ。弟ですからね! もう、よそで子をつくるのは、たいがいにしてください。これ以上、弟妹が増えたらこまりますから。」
「もう、いいだろう。あれから、一回も浮気なんてしてないしな。ところで、エル、アルとどうなっている?」
「どうって、普通ですよ。彼はカムイとうまくやっていますし、与えられた仕事も無難にこなしていると副官は言ってますし、何も問題は無いと思いますが。」
「友達になったかときいてるんだ。」
エルは、そっぽを向いた。あからさまな態度である。レックスは、ため息をつく。
「まさか、アルの前でもそうなんじゃないだろうな。お前、総大将なんだぞ。そんな態度、人前でとったら、士気にかかわってしまうんだぞ。」
「してません! そんな態度、人前でも平気でとってるのは父上の方でしょう。御自分の立場をわきまえているのですか?」
「ヤキモチかよ。おれは、一兵卒だからいいの! 明日の朝、カルディア族から騎竜隊がこっちにやってくる。そしたら、おれは本隊をはなれての行動が多くなる。ライアスも騎竜隊に入るから、明日からはお前一人で、エイシア軍をまとめなきゃならなくなるんだぞ。くだらないことで、ヤキモチなんか妬いてんじゃない!」
「だから、違うって! なんで父ちゃんは、いつもそうなんだよ。ぼくにばっかり厳しくて、リオンは甘やかし放題なのにさ。」
レックスは、あきれたように息子を見下ろした。
「女房三人持って、ガキまでつくった男が口に出す言葉か。おれは、お前をすでに大人だと見ている。大人だから、それなりに厳しくもする。とうぜんだ。」
エルは、知らないと言い、父親の天幕を出て行ってしまった。とちゅう、アルにバッタリ会う。エルは、アルを無視するよう、自分の天幕へともどってしまった。
レックスは、その様子を天幕から見ていた。そして、自分の視線に気がついたアルに、向こうで待っていてくれと、手で合図をする。アルは、巡回している兵士の視線をさけつつ、指示された方向へと消えた。
レックスは、天幕をスルリと抜け出た。そして、人の気配の無い場所まで見つからないよう移動する。立ち木がたくさん生い茂っている場所で、アルは待っていてくれた。
レックスは、
「すまんな。お前と話をするには、こうするしかなかったんだ。もう、誤解寸前まできてるようだしな。おれは、明日から軍とは別行動だ。だから、その前にお前につたえておきたいことがある。」
アルは、さびしげな笑顔を向けてきた。
「私は、誤解でもなんでもかまいません。あなたのそばに居られさえすれば、なんだっていいんです。つたえておきたいことってなんですか。」
「エルのことだ。お前に嫉妬している。わかっているだろう。だから、誠心誠意、エルに尽くしてくれ。自分の身を犠牲にしても、エルを守ってくれ。そうすることでしか、エルの心は解けない。」
「それは、もとより覚悟のうえです。でもなぜ、そこまで、私と殿下を近づけようとなさるのですか。殿下には、カムイ殿がいらっしゃるではないですか。」
「お前に、ライアスの役目をしてほしいんだ。カムイには、軍をまかせようと考えている。それに、カムイでは、ライアスの仕事はできん。」
アルは驚いた。そんなことを陛下が考えてるなんて、思ってもみなかった。