第四戦、士気低下(1)
レックスは、アルバートを大切にした。実の息子のように接した。はじめての戦争で、まったく知らない大陸へと放り出されるように、やってきたアルバートにとり、叔父であるレックスの優しさは、不安な心を抱きしめてくれる貴重なものだった。
いつしか、二人の関係は、親子と思われるほど親密なものになった。レックスも、自分をすなおに慕うアルバートが、本気でかわいいと思うようになり、養子にしようと考えるまでになっていた。
その日の行軍が終わり、天幕でレックスは、ライアスにそのことを話した。
「アルは、お前そっくりだ。マジ、かわいい。いや、かわいすぎる。エルみたいに、生意気な口なんて、まったくきかないしさ。おれと二人きりの時なんか、ちっちゃな子供みたいに甘えてくるんだよ。たまんないよ、もう。」
ライアスは、あきれたように見つめた。
「親密になるのもけっこうだけど、あんまり親密すぎるのもよくないよ。軍じゃあ、変なウワサが出始めているしね。」
「おれが、美青年の甥っ子に手を出したってことか、言わせたいやつには言わせておけ。そんなんでひるんでたら、アルの心が傷ついてしまう。あの子は、ガラスみたいなモンなんだよ。すごく繊細でさ。」
「エルがヤキモチ妬き始めている。君を取られたと思ってさ。まあ、顔には出してないけどもね。」
「女房三人も持っていて、いまさら父親の関係にヤキモチ妬くことも無いだろうに。第一、おれが甥っ子に手を出すと、本気で信じてんのかよ。」
「まあ、行き過ぎのカンがあるよ。とりあえず、ぼくから、アルに注意を入れておく。アルも、エルとの関係がこじれるのは好かないだろう。それに、養子の件は、アルとシゼレの気持ちをきいたうえで考えることにしろ。」
「わかったよ。けど、注意はやんわりとな。おれが、決してきらってるわけじゃないことを、きちんとつたえておいてくれ。アルは、すごく傷つきやすいから。」
ライアスは、やれやれと天幕から出て、紅竜と白竜のそばにいたアルに話しかけた。アルは、ライアスに会釈をする。ライアスは、ここで何をしていたのかたずねた。
「美しい馬だと思ったので、ながめていたのです。赤と白。実に見事です。そして、この二頭が合わさり、一つの巨大な力となる。まるで、あなたと陛下のようだ。二つで一つ。あなたに嫉妬を感じているんです。」
ライアスは、白竜の鼻をなでた。
「君は、かつてのぼくだね。ぼくもそうやって、幾人もの男に、父の代わりをもとめた。けど、満たされることはなかった。愛してもらいたかったのは、実の父だったから。」
「祖父が、あなたに冷たくしたことを言っているのですか。いつぞや使用人が、私をあなたに例えて、話をしていたのをきいたことがあります。」
「君は、ぼくと違って、母親には愛されている。シゼレの妻は、赤ん坊の君を大変、かわいがっていたはずだ。」
「はい。母の愛は、うたがったことなどありません。母は、ほんとうに私達きょうだいを平等に愛してくれましたから。慈母のような人ですから。私が戦争に出るさいも、待っていると涙ぐんでくれました。」
「いい人だね、君の母さんは。ぼくの方こそ、うらやましいよ。ぼくは、両方ともに愛されなかったからね。だから、レックスとシエラに執着したんだよ。レックスから愛されたいためにシエラになり、シエラからも愛されたいためにライアスとして、シエラの理想としてあり続けていた。そうやって、二人の愛を独占し続けていたんだ。それが、数年続いた。」
「今は?」
「今は、ふつうだよ。いろんな経験をして、心の隙間が埋まったからね。シエラの体をかりて、妊娠も出産もしたし親にもなれた。あの二人には感謝してる。」
「父は、どうして私を愛さなくなったのでしょう。母も、そのことで、ずいぶん悩んでいました。母が、思い切ってたずねても、父は何も言わないし。私が、あなたに似すぎているせいでしょうか。」
「君は、シゼレを愛しているのか?」
「わかりません。もう、何も考えないことにしているのです。この髪が、あなたと同じ色に変わり始めた時から、父の態度が変わっていきました。まるで、異物を見るような目つきでした。」
ライアスには、アルの気持ちがいやと言うほどわかる。急に親に疎まれ始めたら、子供は理由がわからず、ただただ混乱してしまう。ライアスは、アルをふびんだと思った。
「アル。軍で君達のことがウワサになり始めている。士気にもかかわることだから、少しひかえめにしてほしい。それと、エルとカムイと、もう少し仲良くしてくれ。いっしょにいても、だまっているだけじゃあ、二人とは友達になれないぞ。」
「友達、ですか。しかし、私のような者が、殿下の友になっていいものかわかりません。私はあくまでも臣下にしかすぎないのですし。」
「エルのことはきらいか?」
「いえ、決して。陛下とよく似てらっしゃるし、とても優雅な方で、できることなら、この戦いが終わってからのちも、ずっと御一緒していたいくらいです。わかりました。もう少し努力してみましょう。それと、陛下の前では、行動をひかえることにします。お優しい方でしたので、つい甘えてしまいました。」
「ありがとう。君の気持ちは、レックスにつたえておくよ。もう、休んだほうがいい。この先には、バテントス軍も待ちかまえているし、いつ戦闘になってもおかしくない。」
「はい。では、今夜はこれで失礼します。」
アルは、消え入りそうな姿で自分の寝場所へともどっていく。ライアスは、胸が痛くなった。
(ごめん、アル。ぼくが死んでしまったばかりに。できることなら、君をこの手で抱きしめてあげたい。そして、愛していると何百回でも言ってあげたい。けど、できない。レックスにすべてを託すしかないんだ。)
ライアスは、定時報告をするためにマーレルへと帰った。そして、シエラに、アルのことを話す。
シエラは、
「私ね、いまだに信じられないの。あのシゼレ兄様が、自分の息子にそんなことをするなんてね。だって、とてもアルバートをかわいがっていたもの。アルバートは利発な子だったし、シゼレ兄様のお手紙にも、将来、すぐれた跡取りになってくれるって、自慢げに書いてたもの。」
ライアスは、
「ぼくとおんなじたよ。ぼくも、母が死ぬまで、そうだった。とつぜん、態度が変わったんだよ。シゼレは、アルが本来、だれの子なのか知ってしまったんだ。いろんな意味で、ぼくに似すぎているから。」
「家族で、ただ一人、ダリウス・カラーの髪、か。髪ばかりではなく、青い目も、ダリウス王家の特徴だもんね。兄様もそうだったもんね。私は、ずっとうらやましいと感じていたけどもさ。」
ライアスは、シエラから視線をそらした。シエラは、
「あ、ごめん。そのことでヤキモチ妬いてたわけじゃないの。私も、そうだったらなって思ってただけ。だから、金髪のレックスに惹かれちゃったんだよね。」
「レックスは、アルを本気で養子にしようと考えている。レックスは、子供達が自分の手をはなれて寂しいんだよ。エルやリオンを抱きしめてキスしたくても、もうできないから。そのストレスが、すべてアルに集中しているんだ。ぼくが、たえず監視してないと、アルを本気で抱きしめてキスしかねないんだ。アルも、それをどことなく心待ちにしているようだしね。」
シエラは、ポンと手をたたいた。
「あ、それ、私もやりたい。この前、寄宿学校行って、リオン抱いたら、キモチワルイって言われたんだ。ものすごく腹が立って、もう知らないって帰ってきちゃった。やっぱり、親って寂しいモンなのよね。子供はいつまでも子供じゃないしさ。
クリスティアとベッタリしたくても、マルーとユリアの手前、できないしさ。だから、養護施設の子供達、まーいにち、ダッコしたりキスしたりして、私もストレス発散してんだよ。」
「あのね、シエラ。君まで、なんてこと言うんだい。相手は、えーと十六かな。いや十七? いくつだっけ。まあいい。成人直前の青年なんだよ。いくら、かわいくても、していいものじゃない。第一、絶対誤解されるしさ。」
「アルバートって、そんなに兄様に似てるの? だったら会いたいな。」
シエラは、ジーッとライアスを見つめた。ライアスは、
「なんか、獲物を見つけた猛獣みたいな目つきだな。子供としてではなく、恋人ねらいなんだろ。」
シエラは、ニッコリ笑った。
「ばれた。ね、それよりも、ヒナタってどんな女性なの?」
ライアスは、ギクリとする。