第参戦、戦争開始(3)
数日後、遅れてきたクリストン軍が到着した。レックスは、自分の目の前に現れた、クリストン軍の代表を見てびっくりしてしまう。
シゼレの長男、アルバートは、エイシア国王の前に静かにひざを折った。
「お初にお目にかかります。まずは、遅れてきたお詫びを申し上げます。」
金色の髪。空を思わせる青い瞳。髪もすっきりと短く刈り上げられている。顔立ちもシゼレとは似ていない。これは・・・、
「驚いた。ライアスにそっくりじゃないか。ジセレよりも、ライアスと親子みたいだ。でも、青い瞳はともかくとして、お前が赤ん坊の時、髪は母親と同じ明るい茶系だったと思ったが。」
「声変わりをすると同時に色が変わってしまったんです。父は、私の曽祖父がこのような髪の色だったと。ダリウス・カラーと言うんですね、この色は。王族の特徴だときいて、びっくりしました。きょうだいでは私だけなんです。あとは、父や母と同じ、茶系や黒ですから。」
レックスは、嫌な予感がした。たしか、ライアスも似たような家庭環境だったはず。アルバートは、
「父は、私にエイシア軍の一人として戦えと言ってました。それゆえ、私は、軍ではなんの地位も持ってません。陛下が、私の役職をお決めになってください。父は、陛下がお決めになられたのなら、例え一兵卒であったとしても、精一杯、尽くせと言っていました。」
「領主の長男と言えば、跡取りじゃないか。それを一兵卒でもいいって? お前の親父のシゼレは何考えてるんだ。自分の息子を戦死させるようなモンなんだぞ。」
「父の陛下への忠誠のあらわれです。私は父の意思を尊重します。」
「わかった、もう言わなくてもいい。けど、役職決めなきゃどうしようもないな。」
レックスは、となりに突っ立っているエルを見つめた。
「アルバート、お前はエルの副官だ。正式な副官は、すでに決まっているが、お前は見習い副官として、そいつの元で、いろいろと勉強しろ。エルと年齢的に釣り合いがとれてるから、それでいいだろう。」
アルバートは、謙虚に頭を下げた。レックスはエルに、アルバートにエイシア軍について、エル自ら、いろいろと説明するよう言いつけた。そして、カムイもさそって、三人で仲良しになっておけとエルに耳打ちする。エルは、うなずいた。
エルとアルバートがいなくなったあと、レックスは、さきほど感じた嫌な予感について、ライアスと話をした。
ライアスは、
「アルバートはね、実は、ぼくの息子として産まれる予定だったんだ。あんなに早死にしなければね。それで、シゼレのとこに長男として出てきたんだ。けどまさか、あそこまで似てしまうとはね。こっちが驚いた。」
「お前、最初から知ってたんだな。」
「ああ、サラサにいたとき、赤ん坊のアルバートの顔を見てすぐにね。けど、まちがいなくシゼレの実子だし、なんの問題も無いと考えてた。」
「一兵卒として尽くせ、か。自分の跡取りに言う言葉じゃないな。もし、それがシゼレの本心だとしたら、シゼレは忠誠の意味を履き違えている。だが、仮にそうでなかっとしたら、やつは、お前を虐待した男と同じだろう。シゼレは、アルバートが本来、だれの子であったのか見抜いているかもしれない。」
ライアスは、うつむいた。
「ドーリア公は、血のつながりよりも、魂のつながりを信じなかった自分の非を、ぼくに詫びていた。シゼレもそれを知ってるはずだ。何が大事かわかってるはずなのに。」
「だからだ。それを知っているシゼレにとり、血のつながりなんか、さしたる問題では無い。例え、妻が浮気して出来た子だとしても、魂の縁を信じて、その子を自分の子とするだろう。」
「まさか、ぼくの息子の予定だったから? 魂のつながりが、自分よりもぼくの方が強いと判断したから? あんなに似てしまったから?」
「シゼレには男子が四人いる。つまり、跡取り候補は、アルバート以外に三人だ。」
窓の外から、エルとカムイの声が響いてくる。楽しそうに会話をしているが、アルバートは二人から一歩下がり、だまってついていくだけだ。
レックスは、
「まあ、いきなり仲良しになんかなれないな。おれも昔、ああだったからな。内気な方だったしさ。親父の背中にばっかりかくれてたっけ。」
そして、レックスは、ライアスに向かい笑う。
「ライアス、お前の息子に産まれる予定だったんなら、おれの息子も同然だ。ま、もう一人くらい、子供が欲しいと思ってたからな。さて、クリストン軍も到着したことだし、この国の解放目指して、お仕事するとしますか。」
ダムネシア小王国の解放は、ここのバテントス軍が小規模だった事と、ユードスがあらかじめ国中に根回ししていた為、それほど問題では無かった。だが、レックスは、被害を最小限にする為に、双頭の白竜を呼び出し、その迫力ある姿で、バテントス軍を威嚇し、国境の向こうへと撤退させた。
双頭の白竜を従える奇跡の王は、解放の英雄として小王国中に鳴り響いた。そして、ネルザ王子の戴冠式は、レックスの立会いの下、つつがなく実行され、すぐさま政府が立ち上がり、ダムネシアの解放は終わった。
ここから、バテントス本国にたどりつくまで、まだ二つほど小国がある。バテントス帝国属州となっている小国だ。本国に近づけは近づくほど、バテントス側の抵抗も本格的になっていくはずだ。レックスは、東側とイリアの動きを考慮にいれつつ、進軍を開始した。
そして、圧倒的な軍事力を背に、双頭の白竜で脅しつつ、二つの小国の解放が終わった。
二つの小国は、かつて、ティセア王国と、ロマンサ公国と呼ばれていた。ティセア王国の方は、旧王族が生きており、支配階層がギリギリ残っていたので、解放後の独立はなんとかなった。
だが、ロマンサ公国はバテントスと国境を接していたせいもあり、完全に植民地にされており、旧支配階層も壊滅していたので、エイシアに併合する事にした。
そして、いよいよバテントス本国攻略へと取りかかる。レックスは、野営していた自分の天幕に、ユードスとセレシアを呼び出した。そして、皇帝と皇宮についてたずねる。
ユードスは、
「今の皇帝は、私の兄にあたる男だ。歳は五十半ばになるはずだ。私をサラサに向かわせたのは、父だ。私がマーレルを襲撃した時にはすでに、兄へと皇帝が代わっていたようだ。知ったのは、ずいぶん、あとになってからだったがな。」
セレシアは、
「結婚式なんて無かった。首都にきたら、塀でかこまれた後宮に入れられて、何日か待機したのち、私は、専用に部屋につれていかれ、それらしき男とすごした。仮面をかぶってたんで、顔なんてわからなかった。ただ、体つきは五十の男とは思えなかった。ひょっとして皇帝ではなくて、皇子だったのかもしれない。
妊娠がわかったら、待遇がすごくよくなった。後宮から、別の場所に移されたしな。さすがにあそこじゃあな。陰気な顔をした女だらけだったしね。あとできいた話だと、私がくる前に、妊娠した女が毒殺されたらしい。
どこに移されたって? あの山にある皇宮だよ。あそこに、子を持った女達の専用の場所が用意されてたんだ。まあ、たすかったよ。私の妊娠が知られたとたん、後宮の女達の態度が変わったしな。皇宮内部は、よくわからないよ。移された場所から、一歩も出られなかったし。」
ユードスは、
「私も、すべては知らないんだ。母が亡くなりしだい、代わりの女によって、後宮で七歳になるまで育てられていたしな。そのあと、山の皇宮に移ったが、皇帝の子息の少年男子が生活する場所で、さまざまな教育を施されながら、サラサに婿入りするまで過ごしていた。
他の男子は、仕事をもらって、そこから自立していく中、どういうわけか私だけが取り残されていたのだ。まあ、腐ってしまったのもしかたがなかったと言うわけだ。毎日、退屈をもてあましていて、飛び切りの美女とつきあうことばかり考えていたしな。
仕事を与えられなかった理由を知ったのは、私が再びこの地へともどってきた時だった。霊能者だったから、術者にする予定で特別扱いだったらしい。
私に呪術の指導をしたのは、神官みたいな男だった。皇帝一家の者ではない。皇帝に仕える呪術軍団がいるんだよ。呪術自体は、体系化されていて、おぼえるのはむずかしくなかった。
父皇帝とは、どんな男だって? さあな、いつも仮面をかぶっていたからな。皇帝一家の者は、赤子もふくめて全員仮面だ。素顔を人前にさらしたことなどない。分家扱いの人質妻の子など、父の素顔を見る資格などないのだよ。」
レックスは、二人を帰した。結局は、皇帝についても、皇宮についても何もわからなかった。