第参戦、戦争開始(2)
ネルザ王子は、
「遠路はるばる、御足労願いまして心より感謝いたします。ユードス殿から、陛下のお話は、きいております。アニー、ご挨拶しなさい。」
アニーと呼ばれた娘は父親の背にかくれた。父親は、
「申し訳ございません。この娘は産まれてより、逃亡やら隠れ住まいばかりでしたので、人の目が怖いのです。この子の母親も、逃亡生活での心労が重なり、この子が幼い時分に亡くナテおります。アニー、ご挨拶をしなさい。さあ。」
レックスは、
「王女殿下に御無理をさせる必要はありません。お気持ち、私もわかります。私も、五歳から十八歳まで、そのような生活をしてましたから。」
王子は、驚いたようレックスを見つめた。レックスは、
「私も、幼いころ、国を追われたのですよ。反乱があり、母であった女王を失い、父と二人でエイシア中を逃げ回りましたからね。つらくなかったと言えば、ウソになります。アニー王女のお気持ち、よくわかります。」
アニーは、おずおずとレックス達親子を見つめた。アニーは、美人と言うより可愛い系で、マルーともユリアとも違うタイプの子だ。
レックスは、ボケッとしているエルをつっつく。気のきいた声でもかけてやれと催促。エルは、なんて言ったらいいのかこまった。
ライアスが、バトンタッチしてくれた。エルは、ホッとしてまかせた。が、気がききすぎて、アニーはエルに恋をしてしまったようだ。エルは、またこまってしまう。ライアスに、文句を言ったが、知らん顔された。
エルは、
(兄さん、まさか、本気で結婚させるつもりなんじゃないでしょうね。いくら、アニーがかわいくても、三人目の妻はいらない。第一、マルーとユリアになんて説明したらいいんだよ。)
(説明する必要はない。どうせ、現地妻だしね。王子は、エイシアと同盟を結びたがっている。アニーにも、そう説明されてるはずだ。父親の影にかくれたのは、怖かったからじゃない。自分の夫となる相手を見て、恥ずかしくなっただけだ。)
(でも、現地妻なんて。)
(王子には、アニーしか子供がいない。占領された、この小王国の前王の子供達で、バテントスから逃れて生き残ったのは末娘だけだったんだよ。つまり、目の前の男は、その末娘の王女と結婚して、王子になったんだ。)
エルは、びっくりした。
(え? でも、執事は、この男が継承者だと言ってたよ。兄さんの話が本当なら、王になるのはアニーのはずだよ。)
(この国では王は、男しかなれない。だから、生き残ったのは王女ではなく、王子にしたんだよ。前王に、子供がたくさんいたことを利用してね。そうしなければ解放したって、王不在の国になってしまう。だから、現地妻にしろと言ってるんだ。)
(現地妻にしろという意味がわかんないよ。)
(国と国とが同盟を結ぶには、王家同士の結婚がてっとり早い。けど、ただ一人、王家の血を受け継ぐアニーをマーレルに嫁に出すわけにもいかない。だから、現地妻だ。)
エルは、父親と王子の、にこやかな歓談を見つめた。二人は笑いながら、こっちの様子をしっかりチェックしている。エルは、やられたと思った。
(兄さん、体、かすから、兄さんが結婚してよ。精神的に、ぼくには無理だよ。それでたぶん、マルーとユリアに言い訳できるからさ。)
(なら、さっそくOKでいいね。夕食前に結婚するよ。あ、言い忘れていたけど、この件はすでに取り決めに入ってたことなんだ。ここを補給基地として使わせてもらうために、アニーと君との結婚が前提条件だったんだよ。まあ、こっちとしても、ねがったりかなったりだから、当然のごとく断らなかっただけ。)
(兄さん、ぼく、こんなに父ちゃんと兄さん、きらいになったの、はじめてだよ。ヒドイ。ナイショで話すすめてるんだもん。)
(教えていたら、ここにくるのゴネたろ。まあ、これも王族の仕事だからね。)
すぐさま、現地式の式が挙げられた。そして、披露宴もかねたユードス主催の夕食会が、この地方の豪族達を招いて行われる。
夜遅くまで続いていた夕食会がやっと終わり、その日は解散となった。体から追い出されたエルは、父親の寝室で、ぼんやりとしていた。レックスは、
「お前も、生真面目と言うか、なんと言うか、まあ、その歳じゃあしかたないよな。けど、ライアスが相手したら、あとで大変だぞ。お前と別れるとき、泣いてえらい目にあうぞ。ありゃ、生前、かなりの女を落とした経歴の持ち主だしな。」
「マルーの事が頭からはなれないのに、結婚なんてできるはずないじゃない。父ちゃんも兄さんもどうにかしているよ。第一、父ちゃん、結婚は一回しかしてないじゃない。浮気はしたけどもさ。」
「あ、久々に父ちゃんって呼んだな。おれが、もらってもよかったんだけどもさ、やっぱり、若い娘には若い男だろ。アニーは、おれよりも、お前ばっかり見てたもんな。」
もう知らない、エルは、そっぽを向いた。レックスは、
「おれの中で、いっしょに寝ようか。お前と寝るのも久しぶりだしな。」
「いまさら、父ちゃんとなんてキモチ悪いだけだよ。マーレル帰りたい。」
レックスは、エルを抱きしめた。
「変わってないな、お前。見た目はでかくて、もうすぐおれにとどきそうなのにな。」
「キスしないでよ。もう、子供じゃないんだからね。」
「いいや、子供だよ。親にとって、子供はいつまでも子供なんだよ。自分の体にもどれ。ライアスは、おしゃべりだけしていて、何もしてないはずだ。」
「ずるいよ、きらいだよ。ほんとに。でも、それが仕事ならやるしかないんでしょ。」
「アニーは、いい子だよ。自分の立場をわかっているし、現地妻にしても、よその男に目をむけないだろう。時々、会いにくれば、それだけで満足するはずだ。戦後はすでに始まっているんだよ。この好機を逃がすな、エル。」
エルは、コクリとうなずいた。
ユードス・・・
ほんとにこれでよかったのか、王子。エイシアとの同盟は高くつくぞ。この国は、エイシアへの併合は避けられないだろう。
王子・・・
そうすることでしか、この国を守れないのであるならばな。バテントスという楔が消えれば、それまで押さえつけていた息吹がイキ(一気)に解放される。この国も無事ではすまなくなる。ならば、その前により強い国に守護してもらうしかない。
ユードス・・・
セレシアの話では、イリアもそう持ちこたえられないだろう。イリアが瓦解すれば、あそこも雨後のタケノコのような状態になる。バテントスが解体後、東側の動きも活発化するだろうし、今、結んでいる同盟の意味も無くなる。諸部族が小国となり、たがいに覇をきそい、だれが大陸の覇者となるか予断を許さない。お前は、最初から、その駒を捨てるつもりなのだな。
王子・・・
しょせん、なんの力もない小国だ。エイシア王は誠実な方だ。そして、御子息もだ。王家同士が血縁で結ばれ、その子が国を継げば、たとえ併合されたとしても、我が国は、それなりの扱いは受けられるはず。私はそう信じている。
ユードス・・・
シグルドが、お前の国をねらわないよう、祈り続けるんだな。シグルドの国は、最初は静かでもろい。だが、やがて獅子のごとく大陸を席巻する。私はそう信じている。
王子・・・
おたがい、信じるものが違うんだな。シグルドはいい子だよ。私も、あのような息子が欲しカタよ。王家の出でない私では、新たに妻を得ることなどできぬしな。アニーだけが、前王の血を引くただ一人の娘だ。この結婚により、男子を得ることを切に願う。
クリス・・・
わからない。あの方に再会できる時を心待ちにしていたはずなのに。会えて、うれしかったのは事実だ。けど、それだけだった。やはり、かりそめの愛でしかなかったのだな。
ユードス・・・
あまり、大きな声を出すな。シグルドが起きてしまう。
シグルド・・・
ユードス、おそいよ。いっしょに寝てくれるって約束じゃない。ね、ほんとのお父さんなんでしょ。お父さんだって言って。アニーにお父さんがいるのに、ぼくにいないなんて、やだ。お母さん、どこに行くの。
ユードス・・・
お母さん、用事ができたんだよ。私といっしょに寝よう。
シグルド・・・
早くもどってきてね、お母さん。
レックス・・・
わざわざ、その指輪を返しにくる必要もなかろうに。捨てちまえばいいんだよ。好きな男ができた時点でな。
クリス・・・
一度、捨てようとした。だが、この指輪は、マーレル公が、かつて妹の幸せを願い自ら細工したものだ。やはり、捨てられるものではない。だから。
レックス・・・
わかったよ。とりあえず、あずかっておく。けど、すっかり女らしくなったな。その方が、お前には似合っている。クリス、いやもうセレシアだったな。セレシア、いい名だ。マルーに女の子が産まれたことは、もうきいてるだろう。
クリス、いやセレシア・・・
きいたよ。マルーに会いたくなった。マルーの子なら、いずれ、シグルドの妻にほしいものだ。
レックス・・・
エルと交渉しろよ。クリスティアはエルの娘だしな。ぷくぷく太ってて、かわいい女の子だぞ。マルーそっくりだ。太ってるところもな。
セレシア・・・
マルーが太った? あのマルーが? どうして。
レックス・・・
ケーキの食いすぎ。エルの二番目の女房が、ケーキが得意でな。毎日食ってたら、ああなった。あれを見て、おれは太った女も、いいもんだなと思ったくらいだ。
セレシア・・・
幸せでいてくれるんだな、マルーは。よかった。
レックス・・・
もう行くのかよ。ユードスに誤解させる事もできないじゃないか。
セレシア・・・
私は、あなたの愛したクリス・オルタニアではない。ユードス・カルディアの妻セレシアだ。やっと、気持ちの整理ができた。礼を言う。