第参戦、戦争開始(1)
レックスは、ダリウス軍を率い海をわたり、かつてアレクシウス大王が征服し領土としていた地へと降り立った。指定された港にダリウスの艦隊が到着すると、港で待ちかまえていた初老の男が、数人の供とともに走りよってくる。
そして、エイシア王の前にひざを折った。
「わたくしは、このダムネシア小王国の宰相をつとめていた者です。お待ちしておりました、レクス・エイシア国王陛下。ええと、レシオン王太子デカは、どちらのお方で? ああ、あなた様がそうであられましたか。では、陛下の後ろにイラシャルお方は、陛下の式神様の、リアス公ですね。」
レックスとエルは、?という顔をした。デカ、殿下? イラシャル、いらっしゃる? レクス、レシオン、リアス? ライアスは、レックスの背中をつっついた。
(発音の違いだよ。アレクシウスが昔、領土としたこの土地を、大陸のうんと西、イリアよりももっと西からきたダムネシア民族が占領して、新しく築いた国が、ここのダムネシア小王国なんだよ。この宰相さんは、その子孫なわけ。だから、発音が微妙に違うんだ。)
エルシオンは、
「宰相殿、カイル軍は到着してますか? わかりました、すでに到着しているのですね。クリストン軍は、出港時の時化のため遅れてくると、こちらがダリウスの港を立つとき伝令がきましたから、到着したら城への案内をおねがいします。」
「かしこまりました。ユードス様は、ここから海岸沿いに東方面の城で、みなさまをお待ちしてます。では、御案内いたします。」
エルは、船上のカムイに向かい短く指示を出し、自分は父親とともに、ユードスの居城へと向かう。とちゅう、レックスはエルに緊張しているかとたずねた。
エルは、
「してないと言えばウソになります。なにせ、初めての戦争ですからね。総大将の名に恥じないよう、精一杯努力するとしか言いようがないのが現状です。」
「そのわりには、おちついているよう見えるがな。昔、大陸を旅したとき、さんざん文句言ってたのが懐かしいくらいだ。」
「父上には、かないません。父上はあの時は、ライアス兄さんを目標にしろと仰ってましたが、やはり、私にとり父上が目標です。少しでも御期待にそえられればよいのですが。」
「マルーの容態はどうだ。シエラの話だと、あまり思わしくないようだな。妊娠前は、太って丸々としていたのにな。」
エルは、うつむいた。レックスは、
「心配なのはわかる。だが、今は忘れろ。お前、船旅の最中、ダリウスの方向ばかり見つめていたからな。」
「申し訳ございません。以後、気をつけます。」
ユードスの城にはすぐについた。宰相は、一行を城の中に入れると港に引きかえした。レックス達は、この城の執事の案内で、城の謁見室みたいな場所へと通された。
中央のイスに、小さな男の子がチョコンとすわっている。そのとなりにたたずんでいるのが、クリス、セレシア王女であった。クリスは、
「ようこそ、お出でくださいました。私がセレシアです。そして、こちらにいるのが、シグルド皇子です。」
レックスは、セレシアの手をとり初対面の礼をした。そして、幼い皇子に向かい、形式にのっとったあいさつをする。シグルドは、かんげいしますと、母親に教えられたとおりに言った。
一通り、あいさつが終わると、執事が、ユードスは別室で待っていると言い、レックスは、謁見室を出て行こうとする。クリスは、何か言いたそうなしぐさをしたが、レックスは気がつかないふりをして、そのまま出て行った。
ライアスは、エルの中に入っていた。エルは、ライアスに心の声で話しかける。
(クリス殿下が、セレシア王女だったなんてね。シグルド皇子は弟でしょう? 瞳の色がおんなじだし。いったい何人、よそに子供つくってんだよ、もう!)
(ヤキモチ妬く歳でも無いだろう。三人目の奥さん、この国からもらおうか。たしか、君と同じくらいの王女がいたはずだ。マーレルにつれて帰らなくても、現地妻にすればいい。将来、君と王女の子がいろんな意味で役に立つはずだよ。)
(何、言ってんだよ、兄さん。私達は、ここの人達を助けにきたんだろ。)
ライアスは、おもしろそうに笑った。
(冗談だよ、何、本気にしてるんだ。でも、エルはすなおで優しい子だね。あれ、ロイドじゃないか。カイル軍の船は、港に無かったから今どこにいるか、きいてみて。)
ロイドが、こっちに向かって歩いてきた。そして、レックスの顔を見るなり、遅かったじゃないかと言う。エルは、案内してくれている執事に、少し話をしたいから、ユードスに待っていてくれるよう伝言をたのみ、その場から追い払った。
「ロイド義兄さん。カイル軍の船は、どこにあるんですか。港では、見当たらなかったようですが。」
「あそこはせまいからな。近くの漁港へと移動してあるんだ。大型船が横付けできる漁港が、ここから一日のとこにあるからな。まあ、カイル軍はそれほどでもないし、おれが直接行って、ひっぱってくるまでもなかったよ。」
ライアスは、カイル領主セシルについてもきいて、と言う。エルは、
「セシル様は、お元気でしたか。久しぶりにお会いしたのでしょう。カイル軍をつれてくるより、そちらが目当てだったのでしょう。」
ロイドは、首筋をポリポリかいた。
「ああ、カイル軍よりも、兄貴の顔が見たくなったんだよ。ルナと結婚した時、帰ったっきりだもんな。元気だよ、とりあえずはな。けどもう、四十半ばにさしかかっているから、無理は禁物だって言ってたよ。」
「ロイド義兄さんは、カイルへ帰らないんですか。セシル様に御子ができない以上、義兄さんはいつまでもマーレルにいられないはずです。このことにかんしても、お話するために帰られたのではなかったのですか?」
ロイドは、チラとエルを見つめた。
「それよりも、エル、おれの舎弟のカムイはどうだ? 去年、学校を主席で卒業してから、おれがビシビシ、カムイをきたえといたから、将軍のおれがいなくても、軍はスムーズにここまでこれたろう?」
エルの顔つきが変わった。ライアスが、表面に出てきたからだ。
「・・・まだ不慣れなところがあったのはたしかだよ。ぼくが、チマチマ指示して、ナントカね。カムイもエルとおんなじだよ。何もかも初体験で、そう、うまくやれるはずもない。だから、カイルに帰るかどうかきいてるんだよ。君の後任を早めに見つけておかなきゃね。」
「ライアスかよ。ほんと、嫌味なやつだな。兄貴は、まだまだ現役だよ。若くて元気な側室もらよう言ってきたから、待ってりゃ、おれが帰らなくてすむようになる。それとも、お前、おれを追い出したいのか?」
「帰るとしたらの話だよ。この戦いで、適任者の選抜でもしようかと考えてたんだ。でも、必要なかったみたい。カムイをもう少しきたえてくれ。あれじゃあ、使い物にならない。」
ロイドは、きびすを返して、その場から去っていく。レックスは、やれやれと思ってしまう。ライアスは、
「まだ、執事がもどってこないから言うけど、ルナとロイドは、家庭内別居の最中だ。気になって調べた。」
「やはり、死産が原因か。ルナもそうとうショックだったんだな。どうして、あの時、なぐさめに行ってやれなかったんだろう。悔やむ。」
「違うな。死産は、しかたがない。ルナもそう割り切っている。割り切れないのが、ロイドの心だ。ルナは自分は、シエラの身代わりでしかなかったことに気がついている。だから、ロイドをこばんだ。ルナは今、母親への愛と嫉妬のはざまで苦しんでいる。」
レックスは、ため息をついた。
「シエラは、そのことを知っているのか?」
「ルナが心配でも、ルナのことは君が話さない限り、口には出さないようにしている。シエラが、ひたすら君への強い愛情をしめしているのも、ルナの心はそうやってでしか、取りもどせないとわかっているから。一番、つらいのはシエラだよ。娘の幸せをだれよりも願っている母親だ。」
「どうして、こうなったんだろうな。あれだけ幸せな笑顔で、結婚式をあげたのにな。」
ライアスは、笑う。
「君達夫婦だって、いろんなことがあったじゃないか。それを乗り越えて、ここまできたんだよ。ルナだって、乗り越えられると信じている。それが、最悪の事態になったとしてもね。」
「お前は、離婚を望んでいるのか?」
「ロイドが、どちらを選ぶかによるよ。マーレルに残るなら、それでよし、そうでなければ、ルナを離婚させたほうがいい。エイシアは統一されなければならない。」
執事がもどってきた。
「まもなく夕食のお時間ですので、ユードス様は、お話はその場でとオシャテおります。その前に、ダムネシアの継承者であるネルザ王子にお会いして下さいませんか。陛下にお会いできる時を、心待ちにしておりましたので。」
執事は、レックスとエルを中庭へと案内した。三十過ぎた男が、エルと同じ年頃の女の子とともにいる。執事は、ネルザ王子とその娘だと紹介した。