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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第八章、天高く、空の向こう
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第弐戦、準備万端(3)

 あわただしい、ひと月が過ぎ去り、冬荒れしていた海が静まり、大陸へと向けた出兵準備が完了した。そして、いよいよマーレルを出るという前日、エルとユリアは時間を見つけ、二人でマルーをお風呂に入れてあげることにした。


 マルーは出産が終わってから、体調がおもわしくない。母乳も半月程度で止まってしまい、子育ては乳母にたよらざるしかない現状だ。


 春とはいえ、まだまだ寒いので、浴室をうんとあっためて、出産後、清浄(せいじょう)しかしていないマルーの体を、ユリアは、エルにあれこれ指示を出しながら、優しくいたわるよう、洗い清めていた。


 ユリアは、泣きたい思いをグッとこらえていた。マルーは、ユリアのケーキが大好きで、毎日のように催促(さいそく)して食べていた。そのせいで、妊娠前には、太ったと言ってもいいくらいだった。


 なのに、妊娠したとたん、ひどい、つわりでどんどんやせていく。そして、つわりが終わっても体重は増えず、そのまま出産をむかえ、産後の体調も思わしくないことから、食欲も無く、さらにやせ細ってしまったのだ。


 暖かな湯の中で、マルーは気持ち良さそうな顔をしていた。


「ありがとう、ユリア。すごく気持ちいい。お風呂ってこんなに暖かったんだ。」


「髪もきれいにしてあげるね。エル、そこのお湯のバケツ持ってきて。それと、タオルも。」


 エルは、ユリアの言われるままにしていた。マルーは、


「ね、今夜は三人で過ごそう。明日から、エルは大陸へ出かけちゃうでしょ。だから、ひさしぶりに三人でいたいの。」


 ユリアとエルは顔を見合わせた。エルは、ほほえむ。


「そうだね。そうしよう。じゃあ、仕事をできるだけ早く終らせてくるから、二人とも寝ないで待っていてね。そろそろ、仕事にもどらなくちゃ。最後まで付き合ってあげられなくて、ごめんね、マルー、ユリア。」


 ユリアは、


「じゃ、ケーキ焼いて待ってるから。できるだけ早く帰ってきてね、エル。」


 エルは、浴室の扉を閉めた。そして、あふれてくる涙をゴシゴシふく。やせ細ったマルーなんて、見ていられなかった。


 

 その晩、レックスは霊体を出し、ライアスとともに、寝静(ねしず)まったマーレル宮殿から抜け出た。そして、ライアスは東に、レックスはイリアに、それぞれ指定された場所へと向かう。


 レックスが向かった場所は、イリアの中央部に広がる砂漠地帯で、石だらけの地面には、常人には見えない魔方陣(まほうじん)があった。


 この魔方陣は、バテントス帝国をかこむよう、ほぼ東西南北に設置されている。すべてカガリビが族長の指示でつくったもので、北はカガリビ、西はレックス、東はライアス、そして、南はユードスが担当することになっていた。


 レックスは、ピアスを杖にもどし、頭上の月を見上げた。この月が、一瞬だけ強く輝く時が合図だ。


四方(しほう)結界か。バテントスの幻術(げんじゅつ)(ふう)じ込めるカルディア族秘伝の結界。戦争が始まると必ず、ユードスがかつて使った幻術と同じものを皇帝も使ってくるはずだ。エイシア軍が、その幻術に(まど)わされないようにする(ため)にも成功させなければならない。ユードスのやつ、うまくできるかな。)


 レックスは、ユードスよりもシエラを推薦(すいせん)していた。エイシアは南だし、かつて闇の手先となったユードスよりも、祈りの力が強いシエラの方が適任(てきにん)ではないかと。


 族長は、


「これは、ユードス自身の戦いでもあるのです。彼が過去との因縁(いんねん)を断ち切るためにも、やらなければなりません。私は、ユードスを信じます。」


 だが、レックスは心配だった。念のため、シエラに、マーレルからユードスの援護(えんご)をしてもらうことにした。今ごろ、寝室で祈り続けてくれているだろう。


 月が、一瞬だけ光った。レックスは、杖を両手でつかみバテントス向けて、族長から伝授(でんじゅ)された封印(ふういん)を始める。四つの力がバテントスを大きくかこんだ。が、すぐに、南からの力が弱まった。


(やはり、南が弱い。こっちの動きを感知した、帝国の()の力が南へ集中し始めている。やつらにとっちゃ、ユードスは裏切り者だしな。ユードスを援護したくても、こっちもなれない封印術で手一杯(ていっぱい)だし、シエラ、たのんだぞ!)


 わかった、という声が、レックスの心に響いた。南が持ち直した。そして、次の合図を待つ。この方法は、何段階かにわけて実行される。すべて、族長から出る月の合図に、そのタイミングが、かかっている。


 レックスは、ユードスが担当する南を見つめた。はるか南方向、見えるか見えないかギリギリのラインに、物質としての黒い雲が現れ始めた。南の空全体をおおい、月を見えなくさせるつもりだ。レックスは、双頭の白竜を出現させ、南へ向かわせ、ドラゴンの力で強風を呼び雲をかきけした。


 月が輝いた。意識を結界に集中させ、結界の輪をしだいに縮めていく。グググッと重い抵抗が感じられた。レックスは、なにくそと思い、杖で結界の力を強化する。レックスにシエラの援護が感じられた。たぶん、ライアスにも同じ援護をしているはずだ。


(ユードスだけでなく、おれとライアスの援護までできるなんてな。政治的な能力は、もう限界だと感じていたが、シエラの真価(しんか)は祈りにあったんだな。今になって、やっとわかるなんてな。さすが、おれが惚れただけのことはある。すごい女だ、シエラは。)


 夫婦としての思いが、一つになったような気がした。今だと思った。こん身の力をシエラと同じ祈りに変え、結界の輪を縮小し帝国の首都をかこむ。族長から、さらに合図。次は輪で皇宮をかこむ。敵は窒息(ちっそく)寸前の抵抗(ていこう)を、はげしく()り返してきた。シエラの援護がさらに強まった。


 レックスは、シエラはもう限界なのでは思った。三方を同時に援護など、いくらシエラでも、そう長く続けることができるはずもない。自分も限界に近い。


 そして、最後の指示がきた。結界の輪が、皇宮自体をグーッと()め上げるよう、皇宮内部へと侵入し、何かが音を立てて(こわ)れるような感触(かんしょく)がした。足元の魔方陣が、スーッと消える。レックスは、霊体にもかかわらず、荒く息をし続けていた。


(うまくいったみたい。けど、キツ。つかれた。)


 レックスは、その場からスッと消えた。マーレルに帰る前に、ユードスの顔を見に行く。あんのじょう、魔方陣が設置されていた拠点の古城のバルコニーでひっくり返っている。


「おい、満身創痍(まんしんそうい)ってとこだな。まあ、よくがんばったな。とりあえず、ほめてやる。」


 ユードスは、皮肉を言われても、まったく動かなかった。弱々しい視線で、ボンヤリと空にかかる月をながめている。レックスは、この調子では、朝までこのままかなと思い、凍死してはこまるので、最低限動ける状態にまで回復させることにした。


 さっき、霊力をあらかた使ったので、回復作業はかなりきつい。とりあえず、ユードスは上半身を起こすことができた。


「母が、亡き私の母がたすけてくれた。あの優しい思い。母にまちがいない。」


 レックスは、苦笑する。


「ユードス。お前の母ちゃん、どんな女だったんだ。」


「記憶にはない。私が二歳の時、亡くなってしまったのだから。ただ、母のぬくもりと優しい眼差(まなざ)しだけは、かすかにおぼえている。」


「援護していたのは、お前の母ちゃんじゃない。おれの女房のシエラだ。おれが、たのんでおいたんだよ。シエラには感謝しろよ。」


 ユードスは、レックスを不思議そうに見つめた。


「シエラ王后(おうごう)? あの祈りがそうだというのか。だが、あれはたしかに母の思いだった。」


 レックスは、


「シエラは、そういう女なんだ。おれに対しても、女房より母親だな。まあ、お前がそう信じたかったら、そう信じればいい。そろそろ中へもどれ。そのままだと凍死するぞ。とにかく、クリスと結婚しろ。正式ではなくても、クリスにたのんで、きちんとした夫婦になれ。じゃあな。」


 ユードスは、また月を見上げた。母の思い。ぬくもり。クリスが、シグルドを見つめる眼差し。ユードスは苦笑するしかない。


(私もすでに四十近くになる。いつまでも若くはない。私を受け入れてくれる家庭が欲しくなっているということか。セレシアとシグルドに、それを見ていたのか。あの金髪男、私の真意を見抜いている。だから、しつこいくらい結婚しろと言っているのか。)


 

 レックスは、宮殿の寝室のベッドで目をさました。シエラは、ベッドのわきのイスにすわり、自分の帰りを待っていた。シエラは、


「そのまま、寝てしまってもよかったのにさ。つかれてんでしょ。」


「じゃなんで、お前、起きてたんだ。お前だって、そうとうへばっているはずだ。」


 レックスは、上半身を起こした。シエラは、


「寝顔を見ていたいの。明日、いなくなっちゃうんだしさ。」


「そうやって、鼻でもつまんで遊ぶつもりだろ。」


「ばれた?」


 シエラは、むじゃきに笑った。レックスは、シエラの顔をじっと見つめた。


「すまんな、シエラ。戦いにはもう、巻き込むつもりはなかったのにな。」


「戦ってなんかいなかったわ。ただ、ひたすら成功するよう祈っていただけ。私、レックスの力になれることが、すごくうれしいの。」


「シエラ、おれのこと好きか?」


「うん、好きよ。」


「どこが好きだ。」


 シエラは、ちょっと考えた。


「昔は、優しいとこ好きだったわ。見た目もよかったしさ。今は、なんだろ。とにかく好き。ぜんぶ、好き。」


「なんか、子供達が手をはなれた分、おれに回ってきてる感じだな。また、おれを子供扱いする気でいるんだろ。」


「うん、ダメ?」


 レックスは、シエラのほおをなでた。


「そんなに、おれの母親やりたかったら、次の転生で、おれの母親になれ。うんとやんちゃな男の子になって、お前をこまらせてやる。」


「うん、やんちゃな女の子ね。次は、女の子しか産まない主義だからね。レックスなら、きっとかわいい娘になるわ。楽しみ。」


「なんだよ、それ。」


 シエラは、笑った。レックスは、シエラを引き寄せ抱きしめ、くちづけをした。


「ありがとな、シエラ。かならず勝利してみせる。だから、待っていてくれ。」


「うん、待っている。だから、無事に帰ってきて。」

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